第七章『心喰い』

(1)


「どうした、すずめ丸。帰り道が違うぞ」


 佐倉が声を掛けたのは、今日も今日とて《あかね屋》で遅めの昼食を取った帰り道。突如すずめ丸が予定にない道を曲がった時だった。

 手を引かれてさえいなければ立ち止まって問い掛けることも出来たが、手を引かれていてはついて行くしかない。


 頭の中で、道の先に何があるのか考える。道の先の終着地には寺と墓地があるばかり。

 一体誰の墓参りに行くつもりなのだろうかと頭を傾げるが、そんなことがあり得るわけがないとすぐさま思い直すと、


「つけられてんだよ」


 苛立ちを隠すことなく小声で告げられた。


「振り返るなよ」


 反射的に振り返ろうとしたところを止められる。


「本当につけられているのか?」

「ああ。間違いなくな」

「何故?」

「そんなの知るかよ」

「そうか」

「そうだ。ご丁寧に住処に案内するつもりはねぇから。寄り道してる風を装って、人気が無くなったところで問い詰める。だからあんたは――って、何してんだよ!」

「ん? 墓参りに行くのであれば、手向ける花が必要だろ?」

「だからって、道端の花をいきなり手折ってんじゃねぇよ!」

「しかし、花売りが来るわけでもなし、ちょうどよく咲いているのであれば持参するのも当然のこと」

「だろうけどよォ」


 つけられていると言った傍からの大胆な行動に、思わずすずめ丸が目を手で覆う中、偽装工作と言う名の花摘みを淡々と行う佐倉。


「つか、摘みすぎだろ」


 腕いっぱいに抱えた姿を見て、さらに頭を抱えるすずめ丸。


「だが、ご近所の墓にも供えようと思えば、これでも足りぬだろ?」

「良いから行くぞ!」

「分かった」


 いつまでも摘んでいそうな佐倉の袖を引っ張って、すずめ丸が人気のない道を進む。

 日は中天を少しばかり過ぎた頃。

 町の通りは賑やかだが、寺の敷地に入ってしまえば人通りはほとんど皆無。

 雑木林の中を黙々と進み続ければ、なるほど確かに、自分たちとは違う足音が付いてきていると佐倉にも解った。

 不揃いな砂利石が、否が応にも追跡者の存在を主張する。

 もしも今時分が、蝉の賑わう季節であれば気付くことはなかっただろう。

 しかし、紅葉には早いものの、すっかりと蝉の声がご無沙汰になった今では、どうしたところで隠しようがなかった。


 そうか。そういう意味でこちらの道に入ったのかと佐倉が納得していると、ふと、すずめ丸が足を止めて振り返った。

 その目が言っていた。もうこの辺りでいいだろうと。


 佐倉は言われるまでもなく、すずめ丸の背後に回り、追跡者へと向き直る。

 するとそこには、食事処『あかね屋』で、札を売りつけていたあの老僧が一人、錫杖を杖代わりに歩いて来るところだった。

 顔は笠のせいでまるで見えない。

 むしろ、笠のてっぺんが見えているということは、老僧は俯いているということで、もしかしたら二人が足を止めていることすら気が付いていないのではないのかと佐倉は思った。


 故に、佐倉は初め分からなかった。何かが凄まじくおかしいということに。

 老僧が錫杖を付く。足を進める。砂利の音がする。

 老僧が錫杖を付く。足を進める。砂利の音がする。

 老僧が錫杖を付く。足を進める。じゃり――と言う音がする。

 そして気が付く。

 錫杖を付いたときに音がしないことに。


「すずめ丸」


 思わず名前を呼んでいた。

 分かっていると言わんばかりに『ああ』と言う頼もしい声が返って来る。

 何か異様な雰囲気が、風を引き連れ雑木林を騒がせた。

 二人が無言で見守る中、老僧はボロボロの僧衣の裾を風に弄ばれながら、一歩一歩と近づいて、その距離がおよそ三間まで縮まったとき、ぴたりと老僧は足を止め、


「おや、やはり気づかれていたか」


 笠を上げ、何一つ悪びれることなくつけていたことを暴露した。


「一体何が目的で付いて来やがった」


 対するすずめ丸は初めからの喧嘩腰。


「事と次第によっちゃあ、ただじゃ済まさねぇぞ」


 凄んで見せれば、年老いた老僧は、どこか禍々しくも感じる笑みを口元に浮かべ、


「おお。怖い怖い。さすが《心喰い》が付いていると言うことが違う。けけけけ」

 と笑って見せた。

 当然のことながら、『何のことだ』と惚けるすずめ丸だが、


「いい、いい。惚ける必要などどこにもない。わしの眼にはちゃ~んと見えている。お前さんは単に騙されてるだけだ。そこの《心喰い》にな」


 そう言って、老僧が顎で指したのはすずめ丸――ではなく、その後ろの佐倉。

 これにはすずめ丸も眉間に皴を寄せ、訝しげな眼を老僧に向けた。


「何の話だ?」


 思わず確かめてしまうほどに予想外の言葉。

 確かに《心喰い》はここにいる。

 しかし、《心喰い》なのは佐倉ではなくすずめ丸。


「お前さんがどうしてそんなものと行動を共にしているのかは解らんが、悪いことは言わぬ。こちらに来い。今にその感情全てを奪われるぞ。腐ってもわしは仏の道に一度は足を踏み入れたもの。それなりのことは出来る」

「余計なお世話だ。勘違いも甚だしい。行くぞ、佐倉」


 話しているのも馬鹿馬鹿しいとばかりに、すずめ丸があえて老僧の横を通り過ぎた時だった。

 老僧が錫杖を突き出すのと、すずめ丸が力任せに佐倉を引き寄せたのは同時。

 錫杖が貫いたのは、佐倉が手折った花の束。肝心の佐倉自身はすずめ丸の背後に引き寄せられて無事だった。


「何しやがる!」


 すずめ丸が羽を逆立てるかのように怒気を露わにすれば、


「それはこちらの科白だ、小僧っ子。何故『心喰い』を庇う。共に行動しているということは、そ奴がただの人間ではないということ、分かっているだろうに」

「こいつはただの人間だ!」

「どこがだ」


 間髪入れずに切り返される。


「わしの眼は遠の昔に光を失ったが、その代わりに人ならざる者の姿はハッキリと見える」

「それで私が《心喰い》だと」

「聞くな、佐倉」

「いや、聞こう。あなたには私がどう見える?」

「がらんどうさ」

「がらんどうか」

「おい、佐倉!」

「いい。すずめ丸。一度聞いてみたいと思っていたことだ」

「逃げんのか?」

「逃げる必要は感じない」

「老いぼれ相手では脅威も感じんか」

「そういう意味ではない」


 錫杖を構えて腰を下ろされながらも淡々と切り返す。


「ただ知りたいだけだ。私がどう見えるのか。何故そう思うのか」

「簡単なこと。人ならば詰まっているはずのものがない」

「詰まっているはずのもの……か」

「感情だ」


 だろうな。と佐倉は静かに納得した。


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