マンドラゴラの生きる道

惟風

第1話

 マンドラゴラ男は走った。走って走って、走り続けた。


 〈マンドラゴラとは−

 某国某地にひっそりと生息している、万病に効く植物である。

 その根は人型をしており、引き抜くと、周囲の者を絶命に至らしめる絶叫を放つ、危険生物である。

 万病に効くといえども収穫のリスクがあまりにも高いため、ごく狭い界隈で秘密裏に取引されてきた。〉


 ある日、マンドラゴラの絶叫を打ち消す「マンドラゴラキャンセラー」が発明されてから、状況は変わった。

 病を治したい者、薬として高く売りつけたい者達にあっという間に乱獲されることとなる。

 こうなってはマンドラゴラ達も黙ってはいられない。抜かれる時だけ声をあげるなどという、消極的な時代は終わったのだ。

 これからは自分で身を守り、子孫を残し種を繁栄させねばならない。

 マンドラゴラは人型をしている。

 これを利用しない手はなかった。

 収穫されそうになると、自らの足で高く飛び立ち、人間共がマンキャン(マンドラゴラキャンセラーの略)を発動させる前に、勝利の雄叫びをあげながら周囲の者をなぎ倒し、韋駄天の速さで走って逃げるのである。

 そして、人間に捕まる前に番いとなる相手を見つけ、雄のマンドラゴラのマンドラゴラをメスのマンドラゴラのアレにナニして新たな生命を大地に芽吹かせるのであった。


 そして冒頭に戻る。

 走り続けているマンドラゴラ男も、例に漏れず逃げていた。追手から逃れ、一昼夜、走って走って、もうこれ以上は走れないというところまで来た時、山奥にひっそりと立つ一軒家を見つけた。

「あそこなら休めるかもしれない。誰もいなければ、入ってみよう。」

 夜の闇に紛れて、外から窓を覗こうとした時、盛大に転んでしまった。

 バタン!!!

 割れはしなかったものの、窓ガラスに強かに顔を打ち付けてしまった。

「何?何の音?」

 マンドラゴラ男がしまった、と思った時には遅かった。

 家の灯りがつき、窓ガラスの向こうの人間と目が合う。

 息を飲んだ。

 豊かな金髪と、紅く艷やかな唇。吸い込まれそうな蒼い瞳。若く美しい女性がそこにいた。

 マギーとの出会いだった。


 マギーは、マンドラゴラ男を見て、最初は驚きを隠せなかったものの、すぐに優しく家に迎え入れてくれた。

「貴方、どこから来たの?随分と疲れているようね。休んでいくと良いわ。」

 綺麗な水を用意して、家の前の日当たりの良い場所に、柔らかく栄養のある土まで調えてくれた。

 人間達から薬の材料としてしか扱われなかったマンドラゴラ男にとって、マギーは対等の生命体として接してくれた初めての人間だった。

 山奥の小さな家は、古くはあるが丁寧に手入れをされ、美しく優しいマギーが静かに過ごすにはちょうど良いようだった。

 何故彼女がここに一人で住んでいるのか、マンドラゴラ男は聞かなかった。マギーも、マンドラゴラ男のことを深く詮索するようなことはしなかった。


 柔らかな日差し、時折聞こえる鳥の囀り。木々を揺らす風の囁き。

 窓辺で本を読むマギーの横顔。

 共に過ごすうちに、マンドラゴラ男は、胸が温かくなるのを感じていた。

 本来なら、ここを出て、仲間を探して子を殖やさなければならない。だが…


「私、病気になってしまったみたい。」

 ある日、真剣な面持ちでマギーに打ち明けられた。

 マンドラゴラ男は、ついに来たか、と思った。だが、とっくに覚悟を決めていた。

 もしも、マギーの優しさが、自分のマンドラゴラとしての薬効が目的であれば、この人になら身を捧げても良いと思っていた。


「どんな病気でも平気さ。俺は、マンドラゴラなんだぜ。」

 マギーは首を降る。

「いいえ。これは、マンドラゴラじゃ治せないのよ。」

「バカな!そんな病気聞いたこと無いぜ!それとも新種の病気なのか!?」

 マンドラゴラ男は青ざめた。

 少し迷ったように沈黙した後、マギーは大きく息を吸って、マンドラゴラ男に言った。


「恋の病はね、マンドラゴラでだって治せやしないのよ。きっと、もう一生治らないわ。私を患わせた責任をとって、私と結婚して。大切な貴方。」

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マンドラゴラの生きる道 惟風 @ifuw

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