29.計画
それから数日、作業は休みにした。
ガスボンベの交換、無線機の引越し、タワーのアンテナの調整のついでの釣りとタワーの燃料補給など、
「衣食住で言うと、着るものと住むとこはとりあえずはあるから、まずは食べ物ね。」
「その内に木綿は植えたいなぁ。燃料も考えとかないと。あと、水も今は電気で汲んでる。」
「太陽電池ってどのくらい持つの?」
「10年ちょっとじゃないかな? バッテリーはもっと持たないと思うから、先に夜の電気がなくなると思う。」
「ガスは?」
「ボンベの数は数えてないけど数年? タンクなんかが充分持つなら、他の店を見つければかなりいけると思う。 ガソリンはろ過したり、密封するとかして、上手く使ってもせいぜい1,2年だと思うけど、灯油や軽油はもう少し持ちそうな気がする。」
「とりあえず、2~3年は冬を越せそう?」
「なんとか行けるんじゃないかな?」
「なくなったらどうするの?」
「
「ねぇ、昔の人って石炭つかってなかった?」
「堀りに行くの?」
「じゃなくて、なんだっけ、発電所とかで使ってるのが良くないとかニュースでやってた気がするんだけど。」
「あ、火力発電所がある。あと製鉄所でも使ってる。」
「製鉄所もあるの?」
「ある。割と近くに大きいのが2つ。工場の中に山ほど石炭を積んでるのを見たことある。」
「へぇ、それって持ってこれるの?」
「ダンプとかに積んでこれるかも。石炭ストーブみたいなのを探してこないといけないだろうけど。」
「やってみようよ。」
「石炭で風呂沸かせるかな?」
「昔は薪で沸かしてたんでしょ? なんとかなるんじゃない?」
「調べてみよう。」
「で、電気なくなった後の水は?」
「井戸はあるから手押しポンプ? 大きいホームセンターならあるかも。最悪は川か池の水。」
「どうせなら井戸から汲みたいね。」
「うん。」
「なんか、どれも時間かければなんとかなりそうじゃない? てことは、急ぐのはやっぱり食べ物? 」
「米だけは山ほどあるけどな。」
「それだけじゃねぇ……。」
「野菜を植えよう。」
「たんぱく質は?」
「採る魚の種類を増やしたいなぁ。貝も潮干狩りとかしてたから南のほうにいけば採れるかも。あと、保存食にしないと、冬場は厳しいような気がする。」
「干物とか?」
「塩漬けとか? 保存食だけでなくて、
「大豆って、種じゃないの?」
「あ、そうか。」
「お店に売ってるヤツは芽が出るのかな?」
「あぁ、いけるかも。探してみよう。農協に種として置いてるのもあるかもね。」
「なくても小豆とかの豆類はスーパーとかに残ってそう。小麦粉も欲しいね。」
「麦の籾? って手に入るのかな?」
「果物は?」
「果樹園を探そう。この辺には結構あるはず。蜂がいないから放っておくと実がならないと思う。」
「実がなれば、ジャムとかドライフルーツとか出来そうだもんね。」
ノートがどんどん埋まっていく。
「えーと、てことは、とりあえず図書館で調べるのは…… 」
「保存食と野菜の育て方。あと石炭の使い方。」
「果物も。」
「釣りももっと研究しないと。」
「畑の水ってさ、田んぼみたいに用水路の水を流すのは良くないと思わない?」
田んぼの様子を見てきた奈美が言う。まだ芽は出ないらしい。
「水浸しになりそうだもんな。」
「ホースに穴あけて
「水圧があればいけるかも。」
「水圧?」
「高いところに溜めた水の高低差で、みたいな?」
「高いところに運ぶのは大変だよね。」
「水は重いからな。あ、池が結構高いところにあるから、その高さのまま持ってこれればいけるかも。」
「どうやって?」
「池とおんなじくらいの高さに
ほんとはちゃんと配管でつくりたいけど配管を支えるサポートを考えるとホースのほうがお手軽だ。
「大変じゃない?」
「うーん、ちょっと考えてみる。てか、野菜って水要るの?」
「だいたい自然の雨で良いみたいなんだけど、日照りとか続くとね、あげたほうが良いみたい。」
「じゃそんなに慌てなくてもいいか?」
「とりあえずでいいから、夏までになんとかしたい。」
「8月?」
「7月中旬?」
「わかった。やってみる。」
最悪は用水路からポンプで上げるか。日照り対策なら長時間じゃなくても良いんだろう。それなら電気のケーブル引っ張るよりエンジンポンプがいいかな?
「芽が出たよっ!」
翌日、巡回から帰った奈美が、図書館からかき集めてきた本をぱらぱらめくっていた尚樹に声を掛ける。
「おぅ、すごいな、出たか。」
「見に行く?」
「もちろん。」
田んぼに緑の芽がぽつぽつ生えている。ほぼまっすぐ並んでいるから、植えた稲で間違いないだろう。ただ、列のところ以外にも緑の芽が見える。こぼれた籾かも知れないが、おそらく雑草だろう。
「間違いなさそうだな。」
何度か雑草を見間違えてぬか喜びしたが、植えた稲を踏んでしまうと泣きたくなるので、稲が芽を出すまで放置せざるをえなかった。読んだ本のどこかに「稲作は雑草との戦い」と書いてあったから、二人して覚悟はしていた。
「雑草も抜かないとな。」
「もうちょっと様子を見からでよくない? 水入れる直前とか。」
「そだな。酷くならなければよしとするか。」
なにしろ労働力はかぎられている。
「よし、あぜをやっつけよう。」
雑草よりあぜが先だ。まだ午前中。早速とりかかる。
稲の芽を慎重に避けながら、田んぼの縁を
すぐ腰と腕が痛くなる。さすがにこれは重労働で、奈美は早々に根を上げた。
休み休み掘り続けて1辺掘り終えたところであぜ板を広げ、掘った土で埋めていく。
奈美にも、あぜ板を広げるところだけは手伝ってもらった。
日が暮れる頃にようやく3辺にあぜ板が埋まる。へとへとである。まだ田んぼ2枚と1辺が残っている。
「あと2日はかかるな。」
「お疲れ様。」
夕食は奈美が魚をてりやきにしてくれた。
2日かけてあぜを作り、目立つ雑草をやっつけると、雨が降った。
「いい振りだねぇ。」
小雨じゃない、そこそこ本格的な雨だった。
「梅雨が来たかな?」
「あぜ、間に合ってよかったね。」
「うん、ギリギリだったな。」
二人して本を眺めていたが、奈美がボソッとつぶやく。
「ねぇ、一回
「あー」
そういえば、奈美は、ほぼ着の身着のままでここに辿り着いたのだった。
「色々取ってきたい。」
「車に積める?」
「うーん……、服と本とかと……、ベッドや机は無理かな?」
「トラックで行くか? 二人で積み込みさえできれは、大抵のものは運べる。」
「2階から二人で降ろせるかな?」
「一戸建て?」
「うん。」
「あと、病院にも寄りたいかな?」
「病院?」
「そ、職場。」
「え? 医者なのか?」
「まさか、ただの看護師。」
「そうだったのか。」
「そうは見えないでしょ?」
キリッとか、テキパキっとかいうイメージとはちょっと離れている見た目については、もう諦めている。
「あ、あぁ、そうかも。よく判らんけど。 」
「やっぱりそう思うんだ……。」
とはいえ、やはりちょっとしょげる。
「いや、そうじゃなくて、その……大変だったろ?」
言い繕いは上手くない。
「え? あ、うん。あんまり思い出したくない。」
「だよな……。」
「ずっとここにいるなら、薬とか器具とか取ってきておいたほうが良いかなって。」
「この辺の病院にもあるとは思うけどな。」
「それもそのうち行ってみないとだけど、とりあえず勝手がわかってるから。」
「そうだな。雨が上がったら行ってみるか。」
「うん、お願い。」
「よし、じゃあ、とりあえず、トラックを物色してこよう。」
「今から?」
「レンタカー屋か、運送屋に行けば程度のいいのがあるんじゃないかな?」
「さては、本読むのに飽きたな?」
「あー、まぁ、やることいっぱい過ぎて、頭ん中がまとまらん。」
「わかる。ふたりでやるには壮大すぎることが多すぎ。」
「ま、手を付けられるとこからやっつけるしかないんだけどね。」
「そだね。」
「気分転換だ。トラック取りに行こう。乗ってく車に乗って帰ってほしいから、一緒に来てほしいんだけど。」
「あぁ、そうか、わかった。」
軽バンで心当たりを探す。アンダーパスを避けながら走り、国道沿いにあったはずのトラック専門のレンタカー屋を目指す。
「あ、ここだ。」
入り口を探してゆっくり走りつつフェンス越しに眺めると、ほとんどが平台だったが隅に2tくらいの箱車が1台あった。
「あれがいいな。」
レンタカー屋に乗り込むと、箱車のナンバーを確認してから、事務所の脇に軽バンを停めて鍵を開ける、というか例によって壊す。屋根があって助かった。
車の鍵を探していて、ガソリンの携行缶と荷締め用のベルトを見つけた。鍵と一緒にありがたく頂戴して軽バンで箱車のそばにつける。箱車の扉を開けてキーを回してみるが、予想通りセルモータは回らない。
「やっぱり、バッテリーはダメか。」
雨をしのぐのに、軽バンのリアハッチからブルーシートを取り出して、端を箱車の荷室のサイドと、開けたままの軽バンのリアハッチにテープで張り付ける。大丈夫そうだ。風が強くなくてよかった。
軽バンから充電済みのバッテリーと工具を取り出して、箱車のバッテリーを交換する。軽バンと違って、トラックは外からバッテリーにアクセスできるので楽だ。
「よし、いってみよう。」
再び箱車の運転席に戻り、キーを回す。かかった。
「よしっ!」
レンタカーだから燃料は満タンだ。劣化が心配だが気にしても始まらない。
エンジンをかけたままブルーシートを外していると、運転席に移った奈美と目が合う。にこっと笑ってくれた。かわいいなぁ。
リアハッチにブルーシートを押し込みつつ、かわいい奈美に後ろから声を掛ける。
「後ろ、ついてきて。」
「わかったー。」
「ところで、さ。」
公民館に戻ったら
尚樹は、隙を見て、精一杯さりげなさを装いつつ、奈美に声を掛ける。
「ん?」
読んでいた本から奈美が顔を上げる。
「奈美さん
以前からの疑問だ。奈美の車のナンバーに記された町はミナトタワーからの光が届くには遠すぎる。
「え? あれ? 言ってなかったっけ?」
びっくりまんまるお目々。
「聞いてない。」
「あー、ごめん、地図、取って来る。」
慌てて外へ飛び出していく。
(いや、そこまでじゃなくても、口で説明してくれたんで良かったんだけど……。)
と、思いながらも勢いに負けて、黙って見送る。
「ひゃー、結構雨足強くなってきたねー。」
しばらくして帰ってきた奈美は、折り畳んだ紙と道路地図を持って帰ってきた。
髪が結構濡れている。
「ほい、タオル」
室内干しのタオルを投げてよこす。
「ありがと。」
雨の日は和室にぶら下げた竿に洗濯物が並ぶ。竿を天井に打ったアンカーボルトにつけたフックからロープで吊るせるようにしてある。
奈美は、髪をタオルで拭いてから、机に置いた紙と地図の表も軽く同じタオルで拭く。
「でね、うちはね。」
机の上に紙を広げる。これも地図だ。机からはみ出すほど大きな。
「ここ。」
「え?」
奈美は、自分が乗ってきた車のナンバーの町を指差す。そこは東京と境を接する埼玉県の町、いや市か。
「うそだろ?」
「うそついてどうするのよ。」
「いや、そりゃそうだけど、でも……。」
「なに?」
「そっからあれ、見えたのか?」
「光の塔?」
はずかしいからその名前で呼ぶな。
「あー、そう、タワーの」
「見えたよ。マンションの30階のベランダから。かすかに、だけど。でなきゃここにいないよ。」
「そりゃそうだけど、ほぼ奇跡だな。あれ?1戸建てじゃないのか?」
「家に帰りたくなくて、友達ん
「あぁ。」
そういえば、前にも聞いた気がする。
「行ったら、一緒に見てみようよ。」
「あぁ、そうだな、それは見たい。」
それを見るには30階分の階段を登らなければならないのだが、尚樹はそれに気がついていない。
「そうそう、それでね、ここに方位磁石を貼り付けて、」
地図上の、何かを剥がした跡を指差す。
「北を合わせて、鉛筆をここ、マンションの位置に立てて、」
穴が開いている。
「光の方向をこーやって見て、」
地図に耳をつけ、首をかしげて尚樹のほうを見る。
「この線を引いたの。」
地図に鉛筆書きの薄い線が引かれている。1本じゃなくて何本も曲がったり途切れたりした線が。
「寝転がって、長い定規でがんばって引いたの。」
その線は、川に沿うように延び、やがて東京湾に突入した辺りで地図が終わっている。
「ここが、ネズミーランドか。」
「そう。で、ここ。」
指差す。
「この、埋立地の角に行けばなにか見えるかな、と思って。」
「おおっ、なるほど。」
そういえば、奈美の冒険譚を聞いてなかった。
(長くなるな、これは)
思わず、頬が緩んでしまう。
伊佐物語 かしも りお @kashimorio
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