第25話 シンラと鍛冶と父の面影
あの日、カトルアの涙を見た日からというもの、私は人族との交流においてはカトルアと行動を共にすることが多くなった。
彼女の交友を中心に私もその輪に加わる様になり、友達と呼べるかは分からないがそれなりに会話をする事が出来る人々が増えて来ていた。
そんな状況をいつものメンバーである、グリム、ヒナール、ジナートゥに話すと「同種族の癖に時間が掛かりすぎだろう」と、げらげら笑われたりしていた。
「誰しもそんな簡単に心を通わせる事は出来ない」と反論しても、魔族からしてみると「それは君がどうしようもなく臆病だからさ」と鼻で笑われていた。
一念発起して、確りと人族の子供達と交流を持つようになったのは、そんな話をしてから暫くしてからの事だった。
私の狭い人族との交友関係の中で同性としてよく会話するようになったのが鍛冶師の息子であるシンラ・オーガスタであった。内面的には引っ込み思案なシンラであったが、彼は背の高さとその癖っ毛の強い赤毛が外見的な特徴であり、子供達の間ではそれなりに目立つ存在だった。
また、その背の高さもあり、同年代の中では腕っぷしが強いと見られていたが、実のところ彼自身は争いを好まない優しい性格をした純朴な少年であった。
シンラと会うようになったのはカトルアに連れられて穀倉地帯の警備に駆り出されていた時に、物見櫓から空を眺めるシンラに何度か出会した時に、警備をサボる為に彼の横で息を殺しながらじっと空を眺めていると「ラクロアは空、好きなの?」と何とものんびりとした問い掛けを受けた事が切っ掛けであった。
よくよく話を聞いているとシンラの家であるオーガスタ家は鍛冶師の家系であり、昔はシュタインズクラード公国において軍部のお抱えの工房を持つ鍛治師であったとの事で、彼の先祖が作成した魔剣の中にはラニエスタ・ランカスターの魔剣とは異なる七英雄が使用したとされる一振りも存在しているとの事であった。
「シンラは親父さんと同じく鍛冶師になりたいの?」
「うん、僕はクオウやラクロアみたいに戦う事よりも何か作る事を仕事にしたいと思っているんだ」
「ふうん、手先が器用なのは本当に羨ましいよ。何かを作る仕事か……。僕のように戦うしか能が無いのは、面白味が無いと言うかなんというか、この村では戦闘技術なんて結局のところ誰も求めていないだろう? いつかはシンラのように僕も何か見つけないといけないんだろうね」
私は素直に魔剣を作成する鍛冶師の系譜であるという事に感嘆を隠さなかった。戦闘技術ばかりに磨きが掛かる今の自分を恥じると共に、何か別の特技を身に付ける必要があるのではないかと、シンラと会話するにつけて思う当たり、存外私は周りの目という物を気にしているのかもしてなかった。
「ラクロアは極端だよねえ」
「そうかな? 僕は自分に出来ない事が出来るシンラが素直に凄いと思っているんだけど」
そしてまた鍛冶という仕事は私にとって未知の領域であり、自分が決して器用では無い事をなんとなく察していた事も相まって、シンラに対して素直な言葉を述べた。
シンラはその言葉がくすぐったいようで、はにかみながら笑顔を見せてくれた。
「そんな事はないよ。魔族と対等に戦えるって言うのは僕らには出来ない事だから、大人はラクロアに期待しているんじゃないかな?」
「ふうん、僕にとってその辺りは少し疑問だな。魔族と対等に戦えると皆が喜ぶのはなんでなのさ?」
「だって、普通の人族は魔族に勝てないって分かっているんだよ? もし魔族が暴れたりしたら僕らはどうしようもないじゃないか」
シンラの心配は最もではあったが、私からして見ればそれは杞憂というものであった。
魔族が人族を襲うという事を考える事自体、人間が人間を襲う可能性を考慮して交流を避けるようなものであり、懸念を抱き続ける事自体が無意味なものであると感じていた。
「……魔族が人を襲うとは思えないんだけどねぇ」
「ラクロアは分かってないなあ、魔族が実際に襲ってくるかなんて関係ないんだよ。側に大きな力を持っている魔族が居て、僕たちに力がない事がどうしようもなく怖いんだよ」
そこまで聞いて、漸く私はシンラが何を伝えようとしているのかを漠然と理解した。それはある種の強迫観念のようなものであった。
「抑止力的な意味合いという事だね。持つもの、持たざるもの、考えは幾つかあるにせよ、そういうものかもしれないね」
私は自分が置かれた環境のこと、育てられ方についても特に深く考える事は無かったが、自分に何が出来るのか、自分が何を求められるのか、これからを生きる上で重要である気がするのは間違いなかった。
いつかは確りと考えなければいけない事柄に対して私はその
「ラクロアは大人になったら何になりたい? やっぱり警備部隊に入るのかなー、そしたらラクロアは村の外もたくさん行けるようになるかもね」
「うーん。まだ何にも考えていないけど、外にはもう少ししたら行ってみたいと思っているよ。人族の世界も見たいし、魔大陸も行ってみたいしね。シンラはこの村で鍛冶をずっと続けたいの?」
「僕は出来るのなら魔大陸の首都でお店を開きたいな。剣だけじゃなくて装飾品とかにも興味があるし、魔族も結構喜んで買ってくれるんだよね。父さんは魔剣を打つ鍛錬を積めって煩いけど」
シンラはそう言いながらポケットを探り、ブレスレットを取り出した。地金が美しく磨かれており、散りばめられた大小様々な魔石が太陽の光を受けて輝きを見せていた。
「まだ製作途中なのだけれど、どうかな? 結構上手く出来ていると思わない?」
私はその出来栄えが商業地区で売られているものと遜色のないものであると私は感じ、シンラに対して素直に感想を述べた。残念な事に私はそこまでそうした装飾品に対して造詣が深くない事も有り、ありきたりな感想しか浮かばないが、シンラは少し嬉しそうに笑みを見せた。
「もう完成品みたいに見えるけれど?」
「うーん、それが魔石と適合する素材が足りなくて、もっと綺麗に輝く筈なんだけどね」
どうやら、完成すると魔石は素材が持つ魔力に呼応して魔石の内部で魔力が活性化し、その動きが輝きに変化をつける機能を持つようであった。じっと、魔石を覗き込むと、確かに斑らに光りはするものの輝きは弱々しく、より輝きが増せば確かに今以上に美しい物となりそうであった
「素材はどんなものから取れるのさ?」
「基本的には強い魔力を持つ生物から取れる事が多いんだけどね。それこそ魔獣とか、魔族の角とかね。商業地区に出回っているものは粗方試したんだけど、上手くいかなくてさ」
それなら、と私は身体を起こし軽く伸びをした後にシンラに提案をする。
「折角だし、この辺りでは見ない魔獣でも狩ってみようよ。坑道付近まで行く許可を貰おうよ、僕ならあの辺りは案内できるし、魔獣狩りもそんなに苦労しないと思うよ」
シンラは驚いた顔をしていたが、私と一緒ならばと承諾し、直ぐに家の者に交渉を開始し始めた。
オーガスタ家の家長である、カイエン・オーガスタは商業地区の一区画に工房を構えており、丁度長剣の研ぎをしていたところであったが、急に現れたシンラと私を交互に見ながら手を止めて話を聴いてくれた。
カイエンは私たちが素材探しに出掛けたいとの事を理解すると、暫く唸りながら自分の息子が完成させたいというブレスレットを見せるように要求してきた。
「いいじゃないか、隠す必要も無いと思うよ?」
シンラは少しオドオドとした様子を見せながら、渡す際には覚悟を決めたとばかりに鉄製のブレスレットをカイエンに手渡した。
カイエンはまじまじとブレスレットを眺め、各所に施された装飾と、魔法回路を眺めてはしきりに頷き、その構造を解析していた。
「なるほど、魔石回路に魔力持つ触媒を満たす事で魔石の内部の魔力を活性化させる仕組みか。魔剣の軸作成の技術に似ているな……。魔法陣を組んで魔力抗力による輝きを発生させないのはブレスレットの寿命を伸ばす為か?」
カイエンの質問に対してシンラは緊張した面持ちであったが、その解答は明瞭であった。
「はい、魔法陣付きのブレスレットは多くが魔石の消耗が激しく長く使用するのが難しいと聞きます。なので単純な仕組みと素材を用いれば長持ちするかと思ったのですが……」
「防具として考えるのではなく、単純に観賞用、装飾用の側面を前面に打ち出したという事か。但し問題となるのは魔力を持った触媒の方だな……。余程魔力の篭った触媒でなければ魔石の消耗を心配する前に触媒がへたれてしまう。痛し痒しというわけだが、それで魔力濃度が高い素材を求めて坑道付近の魔獣狩りという訳か」
カイエンは私を見ながら「まあお前さんなら心配は無いんだろうが……」と呟くも、思い直したように被りを振った。
「森に住む魔獣程度の魔力では触媒には恐らくならないだろう。そうだな……恐らくは魔族が持つ鱗の様に魔力保持力が高い触媒が無いと難しいだろうな。季節ごとに生え替わる角や脱皮殻では残存魔力が魔獣よりは強いとは言え魔力自体は然程残ってはいないからな。森に行くよりも誰か魔族に協力してもらった方が良いと思うが、自分の身体の一部を装飾品にされる事を快諾してくれるかは分からんな」
シンラは残念そうに俯き、カイエンも我が子の作品を完成させたい気持ちはあるようだが如何ともし難いと思案気な表情を浮かべていた。
「強力な魔族の鱗って言いましたよね?
私は普段から持ち歩いていた小さな巾着型の袋を取り出し、中に入っていたシドナイの鱗を取り出した。
虹色に光を見せる鱗を見たカイエンは、目を丸くしながら鱗が放つ魔力量に呑まれている様であった。
「この一欠片で十分に使えそうだが、本当に使ってしまっていいのか? それこそ魔剣を作る触媒にすら使える逸品だぞ?」
「大事なものではあるけど、シンラが作りたい物を作れる方が今は嬉しいですからね。個人的に完成したブレスレットも見てみたいし。本当に魔剣が必要になったら、シンラが作り直せばいいんじゃないですか?」
私はシドナイの鱗が本人の知らぬ間に防具でも武器でもなく、装飾品になるという事も存外面白いと思い快諾した。
「はっはっは、確かにそういう考え方も出来るか。しかし、気前のいい奴だな。因みにこの鱗は誰のものなんだ?」
「エキドナ種のシドナイの物だよ。以前彼から貰ったんです」
カイエンは驚いた様子を見せた後、一瞬迷った様子を見せたが、首を振る私の心意気を感じて堅物な相貌を崩した。
視線をシンラへと戻し「良かったな」と、シンラの頭を強めに撫でる姿は、まさに彼の無骨さを体現した父親らしい姿であるように見えた。
「ラクロア、ありがとう。僕このブレスレットを完成させるよ!」
シンラもその純真な心のままに私に礼を言うと、私から受け取ったシドナイの鱗に目を奪われていた。
「うん、じゃあ作り終わったら見せてね」
それじゃあ今から製作に取り組もうと、シンラは工房に留まりカイエンと共に仕上げに取り掛かるとの事であった。私は嬉しそうに作業の準備をする二人を横目に工房を後にした。
「父親か……」
思わず言葉が口についたのは、私の父親がどの様な人物であるのかに考えが及んだからであった。この身体に魔を降ろす事を強要した存在が父親然とした姿を見せるとは到底思えなかった。
王国内でどの様な組織が有り、どういった目的で暗躍をしていたのか、今の私には知る術は無かった。
どうせろくでもないことに違いないという確信はあったが、気にする程でも無いと私はなんとなく感じていた上に、その知的好奇心の赴くままに行動を起こすほど若い精神性でも無かった。
「おお、ラクロアではないか。何をしている?」
私に不意に声を掛けてきたのは警備部隊の屯所へと帰る途中のシドナイであった。訓練以来会うのは久々であったが、その動きは相変わらず強者としての風格を備えたものであった。
「オーガスタの工房でちょっと素材を渡していたんだ」
「ほう? 魔獣の素材でも渡したのか?」
「シドナイの鱗だよ、前にもらったやつがブレスレットになる予定だよ」
それを聞いたシドナイは一瞬の間の後に大きく笑い声を上げた。
「我の鱗が防具となるか。はは、人族とはやはり面白いものだな」
「怒ったりしないの? 勝手に道具になっちゃうけど」
「ふむ、人族が触媒に選ぶ素材は強者の物と相場が決まっているからな。私も鼻が高いという物。戦士にとっては誉であろうよ。他の魔族であればいざ知らず、私自身喜びはすれども怒りなどしない。良き防具となるといいな」
シドナイは嬉しそうに私の頭を強めに撫でた。見上げた先に映るシドナイの姿が何故だか少しカイエンと重なって見えたが、それはきっと気のせいだろう。
私は黙って彼の愛情表現を受け止めると共に、あのブレスレットが防具では無くただの装飾品である事は黙って置くこととした。
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