第20話 ラクロアとシドナイ その1『シドナイ』

 私がした時に、魔族は未だ群体としての意志しか持たず、個人としての意志を持ち合わせている者はいなかった。


 何故か、誰も届かない高みを私は求めていた。群体としてではなく、確固たる個としての力の希求。自らの背に『魔翼』が無かったとして、それでも心は進めと叫んでいた。

 

 種族の壁を越え、ありとあらゆる敵と相まみえた。許す限りの時間を訓練へと充て、己の技術を磨き、一つの種族では持ちえない発想を組み込み、戦いへと赴き、そして勝ち続けた。


 優に千年、魔大陸に巣食う魔族の猛者を下し続け、最後に辿り着いた先に待つのは究極の高み。即ち魔族の頂点であった。


 しかし、相手は究極。魔族の深奥にして統率者、そして唯一個体として名を持つ者であれば、私の意識を赤子を捻るが如く容易く書き換えせしめる存在であるが故、その存在に牙を向けば、今の私が私では無くなる事を知っていた。

 

 この今にも叫び出してしまいそうなほどの狂おしい程の希求が、自己の消滅という恐怖を超え、私自身を燃やすように猛っていた。

 

 私の血が、肉が、細胞全てが、魂が叫んでいた。


 進めと。


 ただ、進むのだと。


 世界を統べる神と等しき存在を前にして、私はその一切の呵責も無く何千万回と繰り返した所作と共に、槍を彼の者に突き付け、私は宣言を下した。


「魔王バザルジード。我が魔槍を以て御身を、刺し穿ち奉る」


 許しなど必要無かった。合意も必要無い。


 報われる事の無い、けれど魂の発露がその根底にはあった。


 音を置き去りにし、認識すらも許さず、多元歪曲した空間を破壊し、因果律さえも捻じ曲げ、彼の魔法障壁すらをも抉り穿つ。


 積み重ねた、積み重ね続けた、更にその先に放たれる、一死一槍。


 この一撃が我が人生の絶槍となって構わないと、魂が吠えた。



『その確固たる意志や『善し』。己を極限まで燃やし尽くし、存分に力を見せるが良い』



 魔王は、笑っていた。


 私の姿を、目を、意志を、魂を見据え、『善し』と笑って見せた。


 魔王へと魔槍を向けた唯の魔族が一匹、いつでも縊り殺せる筈の虫けら程度にしか考えないと私は考えていた。


 凡そ羽虫を払うが如く我が人生は終焉を迎えるのだと、そう思っていたのは間違いであった。


 彼が私と言う突然変異の個体に対して向けた眼差しを忘れる事は死ぬまで無いだろう。


 



 決着は十秒にも満たない時間であったが、その濃密さ雄弁さを魔王と私意外の何者にも語る事は出来ないだろう。


 あの恍惚の時間を、積み上げた全てを吐き出す事が出来た、あの時間を私は忘れない。


『私はお前の在り方を認めよう。これより汝はシドナイと名乗るが良い。その名と共に、更なる研鑽を積み、私の元へと再び訪れるが良い』


 シドナイと名を付けられた時、私はその身に宿る魂が打ち震えるのを伝う涙と共に強く感じていた。


 生きる意味を、その魂の求める先を肯定された事が、何よりも嬉かった。


 それ故に、私はこの先も高みを目指し続ける。


 私を待つ、至高の御方を刺し穿つ為に。

 




 ミナレットに敗北を喫した翌日から、私はノクタスとの訓練に続き、再び長期に渡ってミナレットとシドナイから訓練を受ける事になった。


 ミナレットとシドナイで役割分担を行ったようで、子供達との訓練時にミナレットから剣技に纏わる指導を受けし、私の模擬戦担当は最終的にはシドナイが担当するようになっていた。


「ラクロア、腰の入りが甘い! そして重心をぶらすな! 魔力強化にかまけて基本を疎かにしては後々身を滅ぼす事になるぞ!」


 ミナレットの剣術指導は地道を極めていた。肉体の鍛錬、型、素振り、模擬戦闘。子供達の技術を向上させる為に必要な基礎能力の向上、そして応用を積み重ねる。


 月日を経て、試行回数を増やし、身体が完全に動作を覚えるまで延々と反復動作の繰り返しを行い続けた事で、やがては思考の段階を飛ばし、反射的に剣が動くまでになり始めると共に、次第にミナレットの要求が高度になって行く。


「無意識の反射に頼るな、常に頭を回せ、状況を確認し、次の行動を予測し続けろ! 敵は休ませちゃくれない、お前は戦場で死にたいのか! 周りが見えれば予測が利く、その為に感覚もすべて動員し、常に頭を働かせ続けろ! 」


 子供達も良く付いてきていると思いながら見ているが、ミナレットは個人個人に合わせた訓練を同時に行っており、私と同等の訓練を行っているのはクオウとカトルアぐらいのものであった。


 子供達と共に人間の剣術含めた戦闘における技術体系を覚えながら、徐々に学びををシドナイとの戦いの中で昇華していく。


「ふむ……。徐々にではあるが、入口に辿り着きつつある」


 シドナイの言葉はまごう事無く誉め言葉であった。


 確かに、訓練の度に胸を安易と貫かれたシドナイの槍捌きも、私の魔力感知の鋭敏化によって魔力の流れ、その残滓を捉える事が出来るようになり始めていた。


 見えるという事は予測が利くとは良く言った物で、確かに朧気ながらにシドナイとの攻防に対応する事が可能となり始めていた。


「とはいえ、まだまだ戦士としては半人前よな」


 しかしながら、容赦のない彼の槍捌きによって未だ半人前の烙印を押される日々が続いた。


 普通の人族であれば致命傷となる攻撃の嵐。死の予感を受けながらに、躱し、そらし、時として敢えて受ける。


 そして『魔翼』を使って全力で彼を倒す為に魔法を行使し、手にした剣を用いて間隙を縫うようにして彼へと肉薄を試みる。


 数える事も億劫になるほど、幾度も退けられ、幾度も挑戦し、工夫し、鍛錬し、全力を注ぎ込む。それでも尚、シドナイに勝つことは叶わなかった。


 一年半以上の時が過ぎて尚、彼我の実力差が埋まることは無く、とてもでは無いがどれだけ時間を重ね努力したとしても届きそうに無い、そんな絶望的な感覚を何度も抱かせられ続けていた。


 近接戦闘においてシドナイの能力は圧倒的に秀でており、隙という隙が無く攻略の糸口が掴めずにいた。


「単純に強すぎるんだよなあ……」


 そんなぼやきもまたシドナイと私の実力差を端的に表す物差しとなっていた。


 私が完全に身構えているにも関わらず、私の体内に流れる魔力の揺らぎを検知するや否や、思考の隙間を狙って圧倒的速度で攻撃を差し込んでくる始末。


 その絶技には幾度と無く辛酸を舐めさせられる日々が続いた。

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