第21話 ラクロアとシドナイ その2『戦士と戦士』


何度も打ち破られ、幾度と無く敗北を続けながら、それでも終わりなく続く訓練の中で、私はノクタスとミナレットによって培われた技術に更なる研鑽を積み、如何にしてもシドナイを打倒するのかを、折れそうになる心の瀬戸際で考え続けていた。


 不思議な事にこのやる気がどこから湧いてくるのか、それは自分でもわからなかったが、理由を最もらしく付けるとするならば、それは恐らく自分自身の在り方や生き方の問題であるように思えた。


 絶対に超えられない壁を見せつけられた時に得る深い絶望感は、時として自分自身の在り方を定義付ける事にもなる。


 そうした中で、シドナイとの訓練の中で常に心に抱く『負けたく無い』という気持ちが殊更強く掬い上げられ、私の中で、延々と湧き上がり続けるのを感じていたのは確かであった。


 それは目の前にいる強者に対する憧憬であったのかもしれない。若しくは彼に認めて欲しいという願望であったのかもしれない。少なくとも、これまでには無い気持ちの発露であり、私はこの気持ちを何故か蔑ろにする気にはなれなかった。


 どうすれば勝てるのか。何をしなければならないのか。


 私がやらなければいけない事は明白であった。


 敗北の度に今一度、訓練の内容を振り返る事で、自分のアドバンテージがどこにあるのかを冷静に分析し、戦術に組み始めていた。


 私は自身の持つ魔力量のお陰か、シドナイから受ける攻撃に傷付く事がなかった。以前ノクタスの魔法を受けた時にも思った事だが、損傷を受けないという事は私にとっては実に有難い事この上なかった。


 真剣な訓練ではあったが、一方で身体の安全は保障されているという状況は私が如何にしてシドナイを攻略せしめるかという目下の課題に対して有利に働いていると言える。


 このアドバンテージを活かすためには、自ら勝機を放棄しないように、私は都度の敗北感や絶望感を抑える手立てを講じる必要があった。


 如何にして作戦を練り、実行するのか。シドナイを騙すには何をどうすればいいのか……。


 私はこの取り組みを一つのゲームと見立て、自身の感情をコントロールする術を身に着け始めていた。


 上手く感情の抑制が効くようになると、今まで見えていなかった細部にまで目端が利き、徐々にではあるが冷静に現状の分析が出来る様になり始める。私が真っ先に始めたのはシドナイが持つ能力の分析であった。


 シドナイの槍にはどうやら何等かの特性が有るという事には兼ねてより気づいていたが、その本質は槍で触れた魔力を強制的に霧散若しくは破壊する効果があるようであった。


 実のところこれが非常に厄介な代物であった。シドナイの槍は私の魔法障壁を一手で容易く引き裂き、防御そのものを無効化してしまう。


この能力が私が対抗手段も無くシドナイに良いようにやられてしまう第一の要因であった。


 魔槍が魔力を霧散若しくは破壊させる一方で、剣戟の合間に『魔翼』との物理的な接触で『魔翼』 が一撃で破壊される事無く、魔翼に対して物理的な効果を発しない。


 その事はこれまでの訓練から確認が出来ており、おそらく質量を持つ物理的な物体については彼の魔槍の特性で単純破壊する事は出来ないようであった。


 その他、シドナイの特筆すべき点としては彼の身のこなし、槍捌きについてであるが、これは言うまでもない。更にはシドナイの先読みとでも言うべき洞察力であった。


 シドナイは私の『魔翼』による攻撃を安易と躱し、私の魔法術式についても発動までの僅かなタイムラグを察知して距離を潰す事で発動を容易に妨げる事が可能であった。


 その天性の読みとでも言うべき研ぎ澄まされた感覚もまた、彼の能力としては非常に厄介であった。私の魔力の流れを読み、その指向性を読み解くと同時に間隙を狙われ、一瞬にして防御を削られて為すすべなく負けてしまう事も多く見受けられた。


「どの点を取ってもシドナイが強い事は変わりない。であれば自分を如何に強化するか、これに尽きるか……」


 シドナイの能力の分析は戦術構築に必要ではあるが、より重要な事は現時点における私自身の能力分析を行い課題を抽出する事であった。


 現時点で挙げられる能力的な問題で言えば、先ず第一に私自身の剣の腕が未熟である事、第二に肉体操作における魔力強化がお粗末というこの二点は間違いなく上げられる。


 未だ、シドナイとの戦いにおいて駆け引きが成立する段階までたどり着いていないのはこの二つが大きな原因であるのは間違いが無かった。


 思い返すと、私は基本的に戦闘中『魔翼』の操作と魔力障壁の維持、そして魔力感知、この三つに意識を裂くが故に、身体強化と攻撃魔法術式の発動にまで意識が及んでいない状況が幾度と無く散見されていた。


 あちらを立てればこちらが立たず、片手落ちと言っていい状況が私の弱点であり、シドナイはそれを容易に看過し追い詰めてくる。


 身体強化、魔翼操作、魔法障壁維持、魔力感知、攻撃魔法術式の構築、この五つの動作をシドナイの攻撃を受けながら行うのは至難である事は間違いない。


 しかし、例え困難であったとしても私がシドナイに勝つ為にはこの点を強化し、可能であれば剣術についても数合程度は鎬を削れる程度にまで技術向上を行わなければシドナイに土を付ける事は不可能であった。


 幸いにして私には子供だてらに時間があり、毎日やる事と言えば子供達との訓練とシドナイとの模擬戦しか無かった。


 それ以外の時間を魔力の多重操作と、可能な限りにおいて剣術の向上に没頭した。


 そうした取り組みに気づいてかシドナイとミナレットは共に意識の在り方について講義を何度も私にしてくれた。


『常在戦場。常に自分の状態を把握する為には如何に自身を客観視できるかが重要だ。それは単純に損耗状態を指すのではなく、何が出来て、何が出来ないのか。戦闘への集中とは別に、常に冷静沈着で客観的に自身を見つめなければ無ければならない。日常すらも訓練に取り込めば、自ずと見えてくるものもあるだろう』


 彼等曰く、『戦闘行為における集中と、自己の状態を認識する客観視はそれぞれが独立して成立しなければ意味が無い』との事であった。


 その言葉に従い、私は日常生活から自分の状態に関する客観視と、それに平行して多重魔力操作をひたすらに反復訓練を繰り返し、毎日シドナイに挑んでは返り討ちにされるという生活を又も二年以上行う事となった。



 魔力感知、『魔翼』の操作、魔法障壁の維持、攻撃魔法術式の発動が、連携を失わずに可能となり始めた頃、私は自分自身の成長を感じ始めていた。


「ふむ、悪くはない。随分と練り上がったな」


 最早数える事すら忘れた立ち会いの数、その修練の果てに私は客観的な意識コントロールと魔力操作における多重行動を体得しつつあり、シドナイは訓練終わりに恒例となった評価を下した。


 その評価と、表情を見るに、シドナイもまた、自身の放つ槍の一閃が容易に私の身体を貫けなくなりつつある事に気づき始めていた様であった。


 私は徐々にその時が近づいてきている事を予感していた。




 気が付くと既に訓練が始まってから同じ季節が四度巡り、暑い夏を迎えていた。

 

 噎せ返るような暑さに目が醒め、水差しに手を伸ばそうとした時、私の中で何かが噛み合う様な、とても心地の良い感覚を覚えていた。


 最早無意識と化した多重の魔力操作、寝食でさえも絶えず魔力操作を行い続ける中で、一度たりとも途切れずに私は魔力を操作し続ける自分の状態を認識していた。


「ラクロア、今日はいい顔をしているな」


 ミナレットは剣術の指導の際に私の変化を感じてか、そんな言葉を掛けて来た。


「ええ。多分今日がだと思っています」


 私自身、私の中で何かが花開くような、蛹から羽化するようなそんな前兆を感じていた。それが、恐らくは今日なのだと、私の中での騒めきが緩やかに波紋となって木霊していた。



 剣術訓練を終え、私はミナレットと共にシドナイの待つ訓練所へと移動した。


 私は自分の身体が何故か、自分の物ではないかのような奇妙な高揚感を隠し切れずにいたが、極めて思考は冷静であり、クリアであった。


 私がシドナイの姿を捉えた時『魔翼』が私の意気込みに応えるように放射状に私を取り囲み始めた。


「ほう、良い顔をしている……。なるほど、今日が、己の全てを見せる日となるか」


 シドナイもまた、ミナレットと同様に私の変化を感じ取ったようであった。私の放つ雰囲気から今日これから行われる訓練こそが、私にとっての集大成となる事をすら悟っていた。


「そろそろ、僕も負けてばかりではいられませんからね。今日は貴方に勝ちます」


「かっかっか! 言うではないか。だが、戦士たる者そうでなくてはな」


 シドナイは高らかに笑うと、自慢の槍を携え、私を見据えた。


「いつでも来るが良い」


  私はシドナイを見据え、必ず勝利を手に入れると胸に誓い、全身に魔力を漲らせた。

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