第18話 決死の先へ辿り着く者

訓練はノクタスの時と同じく、ひたすらにミナレットとシドナイと実戦形式の模擬戦を行い続けるとの事であった。

 

 しかし今回の訓練についてはノクタスの時とは違い、相手を慮る、いわば段階を踏むと言う考えが見受けられなかった。


 ミナレットとシドナイから、訓練の初日に先ずは全力で模擬戦を行う事を提案され、自分の実力がどの程度であるのか、村の人族において随一の戦士であるミナレットを相手にどの程度立ち回る事が出来るのかを試し、今後の訓練で何を学ぶべきかを知るというのが題目のようであった。


 準備運動を始めるミナレットを観察すると、彼は内在する魔力オドを限界まで使用して肉体強化を施し、その力を以て戦闘に臨むスタイルのようで、ミナレット曰く、一般的な人族の戦士はその様にして戦技を磨いてきたとの事であった。


 私はミナレットがどの程度の実力を持つのかを私は知らなかったが、少なくとも相対する彼の肉体は鋼のように丹念に鍛え抜かれ非常に密度の高い筋肉を宿しているのが見て取れる。そして同様に彼の身体を巡る魔力と肉体の連動率の高さ、身体操作と肉体の魔力強化によって醸し出される圧迫感は、私がノクタスに感じた物と同じく、明白にミナレットの実力が本物である事を告げていた。


「それじゃあ、始めるとするか」


 ミナレットはすらりと剣を抜くと、周囲が歪むかのような剣気とでも言うべき圧倒的な存在感を放ち、私と相対した。私はその緊迫した空気に当てられ、気が付くと腕に鳥肌が立っていた。


 危機感を察知した『魔翼』もまた、放射状に複数の結晶体を展開しながら自動的に迎撃体勢に入る。展開された結晶体は各々が翡翠に煌きを増し、魔翼に内包される魔力マナが活発に活動を始めているのが良く分かった。

 魔翼による防御陣に加え、私は全身を囲うように魔法障壁を展開させ、物理的な結界を以てミナレットの攻撃を防ぐ為に抗力を発揮し始めた。


 その様子を見ていたミナレットは簡素でありながら純度の高いミスリル鋼によって鋳造されたロングソードを中段に構えながら、結晶体に対しての意識と私に対する攻撃の意識を分散させながらじわりと距離を詰め始めた。


 私の間合いに果敢に踏み込むミナレットの形相は鬼を切らんとするが如く張り詰め、全体把握を試みる視線は精錬された刃のように研ぎ澄まされており、その鋭敏な知覚は刹那の隙すら見逃すまいとしている様であった。


 ミナレットは既に私の間合いの内に居ながらにして怯えは無く、しかし一分の隙をも見せず、初志貫徹とばかりに正面から私を見据えていた。彼自身の間合いからは未だ遠いが、私の魔翼が防御機構を発揮してミナレットに攻撃を加えようとした刹那、ミナレットは鼻から静かに息を吸い込んだと同時に体内を巡る魔力の収縮を起こし、そして弾けた。


 大きな土埃を上げながら大地を蹴った次の瞬間にはミナレットは迎撃陣形を敷き、自らに迫る結晶体を次々と叩き落とし、私の防御陣を容赦なく削ぎながら目にも止まらぬ速度で私に肉迫すべく突き進み始めていた。


 鋼鉄がぶつかり合うような甲高い音が世界を埋め、音が鳴ると共に火花が間断無く煌めき続ける中、ミナレットは魔翼を切り払い続ける。


 私が操る魔力マナの篭った結晶体は容易に鍛鉄を引き裂く威力を持ち合わせており、一つ一つの結晶体は私を守らんとミナレットに弾き飛ばされても尚、死を撒き散らす暴風となって繰り返し攻撃を加える為にミナレットへ突撃を繰り返し、攻撃しては防がれるという一連の流れを無機質に、執拗に繰り返していた。


 しかしミナレットは表情を崩す事なく迫りくる死を的確に躱し、逸らし、いなし、前進を続ける。


 その行為に対し私は客観的に恐怖を覚えさせられる。『魔翼』を組み合わせた魔力感知から伝わる情報からしてもミナレットは決して魔力量が高い訳でも、魔族のように人間離れした肉体を持っている訳ではない。


 ミナレットはあくまで効率化によって突き詰めた肉体強化と、磨き上げた剣術によって死線を悠々と踏破していると事実が目の前に存在していた。


 それは、並みの胆力では為せない結果であり、私に焦燥感を覚えさせるには十分な現実が目の前に存在していた。


 そうした中、既に三十合近く魔翼とミナレットの間で間断無く攻防が繰り返され続けている。


 押すでも返すでも無く拮抗したやり取りを嫌うかのように、ミナレットは裂帛の気合を叫ぶと、その手に持つロングソードに一気に魔力が注がれ、魔力に反応したその剣芯に沿って私の智識には存在しない魔法術式と思われる紋様が明滅と共に現れた。


 目にも止まらぬ早業、この認識が正しかったかは定かでは無いが、魔力の篭った長剣ロングソードをミナレットが横薙ぎに振り抜くと私の前面を防護する結晶体が恰も時空が歪んだかのように刹那の狂いもなく同時に弾き飛ばされ、当然の様に私の目の前に張り巡らせておいた魔法障壁にも斬撃による衝撃が走った。


 明らかな間合い外からの攻撃に対し私は瞠目するも、その隙をミナレットは見逃さず、滑るように私の眼前まで歩を進め漸く自身の間合いに私を捉えた。渾身の踏み込みと共に下段から容赦なくその長剣を振り抜き私に一撃を加えようとミナレットは再度咆哮を上げながら肉体に喝を入れた。


 しかし、その一撃は私が即座に再度発動した魔法障壁によって再び阻まれる事となる。その拮抗の合間に私は弾き飛ばされた『魔翼』を周囲に呼び戻すと共に、再度ミナレットの前に魔翼による防御陣を敷こうと試みる。


 しかし、ミナレットは決して作り上げた攻撃の機会を逃すまいと、その肩に担ぎ上げた長剣に再び魔力を灯し、再び死線を超えんと己の身体に鞭打ちながら全力で私に肉薄した。


「はぁぁあああああああッッ!!」


 ミナレットは臨界点まで引き絞られた弓のようにして肉体を収縮させると、爆発的な膂力と共に神速で長剣の一閃を放った。


 目には線とも映らぬ速度で弧を描きながら剣線が私の魔法障壁に触れる刹那、ミナレットを標的に舞い戻っていた魔翼結晶は先程と同様に全ての結晶体が同時に斬撃の衝撃を受け、再び私から完全に引き剥がされた。


 ここで漸く私はミナレットの持つ剣が魔法術式を発動させる触媒となって空間を超越し全方位に斬撃を加えることが出来る代物である事を完全に理解した。ミだが、ナレットが放った二度目の威力は一度目と比べても凄まじい威力を誇っており、『魔翼』に傷が付かないまでも一時的に私のオドによる魔翼掌握を阻害する事に成功しており、私の被害は甚大と言えた。


 この瞬間、私は明確に『魔翼』による自身の防御を諦め、ミナレットに対して魔法術式による攻撃への移行を試みようと意識を変え始めたが、この時、自身を未だ守護する魔法障壁に明らかな異変が起こっていた事にもほぼ同時に気がついた。


(まずい……ッッ!!)


 先程からのミナレットの連続した斬撃は魔法障壁を面で捉えるのでは無く、完全に同じ箇所を点として連続して攻撃する事によってその物理的な防御を発揮していた魔力抗力を貫き、周囲よりもその出力を低下させる事に成功していた。


 その一点に生まれた勝機をミナレットは見逃さ無かった。


「そこだぁぁああああああッッッ!!」


 ミナレットは裂帛の気合と共に全身全霊を以て気合一線の突きを放ち、容赦なく眼前の魔法障壁を貫き、見事その長剣を私の喉元に突きつける事に成功していた。


「そこまで」


 側で模擬戦の審判を買って出ていたシドナイはそこで判定を下し、模擬戦の終了を告げる。


 喉元に突き付けられた白刃を前に、どっ、と私は身体の穴と言う穴から汗が噴き出るのを感じていた。私はミナレットという本物の戦士が見せる技術に対して恐怖を覚えると共に、心からの賞賛と羨望を覚えざるを得なかった。


「負け、ですね……」」


 そういう意味では、ノクタスと共に徐々に作り上げた魔術師としての自信を打ち砕かれたと言って過言では無かった。今にして思えばミナレットはそうして点も考慮して全力を見せたという事も有るのかもしれなかったが……。


「ラクロアよ、ミナレットと立ち会ってどう思った?」


 シドナイはミナレットに水を渡すと呆然とする私に振り返り、感想を求めた。


「……驚きました。ノクタスとの訓練とは違って、何も出来ずに詰め切られてしまいました」


 シドナイはそうだな、と頷き先程の模擬戦から私の現状について読み取った内容を私に伝えた。


「ノクタスとの訓練は魔力操作を中心に魔力の『起こり』を捉える訓練であった。一方で戦いになった時にお前はミナレットの動きは見えていたようだが、それに思考と技術が追いついていなかった。即時の対応力というものを学ぶ必要があるという事だ」


 ミナレットは模擬戦が終わると水を目いっぱいがぶ飲みした後、一息ついたと会話に参加してきた。


「やはり魔力量は大したものだな。俺の一撃を難無く受けるとは流石だ。だが『魔翼』についてはもう少し動きに工夫が必要だな。フェイント含めた動きがあればより対処は難しくなっただろう。後は、最後になって攻撃魔法を行使しようとしていたが、あれは完全な判断ミスだな。接敵されてから魔法を使うのは先行して遠距離攻撃を行える魔術師としてのメリットを完全に失っていたな。ふふ、戦士としてはまだまだ勉強すべき事があるようだな」


 はっはっは、とミナレットは笑いながら幾つかアドバイスを私にしてきた。模擬戦時とは打って変わって緊張感の無い見慣れた笑い声を上げながら、「まあ気落ちするな」と私の肩を叩いた。


「それで、今日はこのまま訓練を続けますか?」

 

 私はノクタスとの訓練を思い出し、このレベルの模擬戦を繰り返す事になるのかと戦慄を覚えつつミナレットに尋ねた。


「いや、今日はもう十分だろう。これからの予定だが、今後は午前中は子供達に混ざりながら、型の練習含めた技術的な基礎練習を積んでもらう。午後は俺かシドナイと模擬戦による訓練とする」


 ミナレットはそう言うと、シドナイと今後の方針について一度話し合うからと私を早々と家に帰した。今日のような訓練が繰り返される事を思うとやや気が重くなるが、私に恐らく選択肢は無いのだろう。


「やれやれ、先が思いやられるな……」

 

 三十代が出しそうな溜息を吐きながら私は帰路へと着いた。

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