第16話 ラクロア、友達を作る その4 『宝物を握りしめて』

 

 私達が意気揚々と息を弾ませながら坑道を出ると、其処には思いもよらない人物が仁王立ちで私達を待ち構えていた。


「ふむ、エルダードラゴンの見物か。若人よ坑道内部の冒険は楽しめたか?」


 どうしたものか、という声音で私達に声を掛けたのはシドナイであった。その爬虫類顔を悩まし気にしながら、我々を見据えていた。


 ノクタスとの訓練を終えた今だからこそ、シドナイが放つ魔力の濃密さと、その身体操作における完璧なまでの魔力との同調が際立って見え、私は改めてシドナイが魔族の中でも最上級の強者である事を強く印象付けられていた。


「げ、シドナイだー」


 グリムが呑気な声で、今ようやくその姿に気づいたとばかりにシドナイの登場を驚くと、シドナイはやれやれと言った様子で私達四人を交互に見比べ、「弁解はあるか」と私達に聞きながら、取り敢えずとばかりに軽くグリムの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。


 グリムとは違い、ヒナール、ジナートゥは被りを振り観念した様子であった。そもそも村を離れての子供だけの行動は多くの場所で制限が為されており、それは魔族も人族も同様であった。特に魔石坑道は強力な魔獣が生息する事もあり、大人のいない中での探索は強く禁止されていた。


 実力値で言えば、エルダードラゴンを捕獲ないし討伐するわけではないので、魔族の子供達からしてみれば肝試し程度にしか考えていなかったが、村の規則を破っている事は明白であり、それなりに怒られる事は覚悟しなければならなかった。


「特にラクロアよ。人族の魔翼を持つ者でありながら逸脱した行いは時に自らに帰るものだぞ」


 シドナイの言葉は最もであり、軽率な行動と言われればそれまでであったが、私は四人でエルダードラゴンを見る事が出来た興奮も相まって、罰など最早些末な事にしか映らなかった。


 今日の出来事は私の中でちょっとした冒険として映っていたように思う。


 客観的に見れば、子供達が見知らぬ場所にちょっとした神秘を求めて仲間と共に歩んだ一日ばかりほんの僅か、短い冒険であったが、それ以上に得られた興奮と充足感が身体を満たしていた。


「そうだね。ただ、僕にとってはエルダードラゴンを見られて満足だよ。それにほら!」


 私は懐から龍鱗を取り出し、シドナイに見せ付ける。私が命一杯、手を伸ばし空に掲げた龍鱗に陽射しが重なると、その滑らかな表皮を染める赤銅が色を増すと共に、更に滲むような鈍色の七色の輝きを放ち始め、私の視線をひたすらに奪っていた。


「この四人でこれを手に入れた事は、たぶんこの先もずっと僕にとっての思い出となると思うよ」


 シドナイは少し驚いたようで、繁々と龍鱗を眺めると其処に込められた魔力からエルダードラゴンの能力を逆算した様であった。


「ほう、そのレベルの魔獣から龍鱗まで手に入れるとは予想外だな。人族の強さからは明らかに逸脱していると言って過言ではあるまい。ノクタスに鍛えられた成果が出たという訳か」


 シドナイは少し嬉しそうに口角を上げると、私の頭をグリムと同じようにわしゃわしゃと乱暴に撫でた。


「だが、村の掟は掟だ。坑道は基本的に立ち入り禁止区域である。それであれば、お前達四人は罰せられなければならん」


 三者三様、観念した様子か、それとも面倒臭そうな面持ちか、はたまた特に何も考えていない様子を浮かべながらで罰を下されるのを持っていたが、シドナイはここに来て何か思い付いたのか少し悪戯な笑みを浮かべて私達に決定を下した。


「しかし、大人が監督していればその限りでは無し。どうやら監視役のトマムも遠巻きに見ていながら止める事はしなかった事を考えると、お前達を責めるのは少々酷と言う物か……。であれば、私との稽古で勘弁してやろう」


 さっ、っと私以外の三人の顔色が青ざめたのが横目でも確認ができた。私も嘗て心臓をシドナイに穿ち抜かれた事を思い返し、背中が汗ばむのを感じていた。


 しかし、ノクタスとの訓練を経た今であればある程度対抗出来るにではないかとも思い至り、さして厳しい罰では無さそうだと思い返していた。


「いいよ、僕はそれで構わないよ」


 私がそういうと、他の三名は不味いという表情を有り有りと見せ私を止めようとしたが、シドナイにとっては私が快諾した以上、他の三名の言葉を聞く気はなく既に手遅れの様であった。


「ふむ、ラクロアよ良い心掛けだ。存分に己が技量を見せるが良い」


 私は全身に魔力を漲らせると、魔法構築と共にいつでも戦える体制を取った。


「いつでもいいよ。昔よりはマシになっているからね」


「ははは、良かろう。その成長がどの程度か見てやろう」


 

    ◇◇◇◇◇



「ラクロア、大丈夫ー?」


 地面で仰向けに、それも大の字に倒れたままの私を見ながら同じく地面に蹲るグリムが心配そうに声を掛けてきた。私は息を切らしていた私は、何とか口を動かすが上手く声を出す事も出来ない程に疲弊していた。


 目線だけ動かすと、ヒナールとジナートゥがシドナイに躍起になって襲い掛かる様が見て取れたが、シドナイのその流麗な動きに付いて行く事も出来ず、地面に転がされ続けていた。


「な、なんだよ、あの動き、はやすぎるだろ……」


 私は魔力オドによる身体強化のみを用い、魔翼と魔法術式の使用はせずにヒナールとジナートゥと同様にシドナイに挑んだが、爬虫類特有の軟体さと、魔力感知を凌駕する移動速度に悉く裏を掻かれては投げ飛ばされ、延々と地面を転がされ続けた。


 シドナイの厄介なところは、こちらの体力が尽きるぎりぎりまで、地面に転がっていようが容赦なく追撃を仕掛けてくる事もあり、こちらとしても全力で対応せざるを得なかった。


「ふむ、そろそろ終わりか。子供達よ、確かに成長はしているようだな。ラクロアよ、次に機会があれば『魔翼』とマナを解放して掛かってくるが良い。それでは、これで稽古は終了とする。皆ゆっくりと休むように」


 シドナイは愉快そうに三白眼を釣り上げながら、満足した様子であった。


 漸く解放されたと私はいいように扱われた事に忸怩たる思いを抱きつつも、内心この程度で終わってよかったと、ほっとしていた。


 しかし私はこの後、改めて自分の愚かさとシドナイの恐ろしさを味わう事となる。しかもシドナイの言う訓練が向こう数年に渡って続く事になるとはこの時思いもしなかった。

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