第15話 ラクロア、友達を作る その3 『エルダードラゴンを求めて』

 坑道までは大森林を突っ切って、ひたすらに進む必要があった。魔石鉱山として栄えた人魔大戦以前であればいざ知らず、今では全く手入れが為されないまま再び草が生い茂り、かつて人族が切り拓いた形跡も石積み程度と、僅かにしか残らない微かな痕跡を辿り、坑道までの道のりを再び藪漕ぎをしながら進む必要があった。


 人族の足で二日程度、魔族であれば周囲の魔獣を警戒しながらであってもせいぜい数時間もあれば到達可能であった。私も魔力操作を用いれば彼等の行動速度に追い付くのも大した苦労は必要なかった。


 暫く藪を突き進むと、異様な魔力濃度の検知と共に皆の足が止まった。皆で顔を見合わせ、一様に自分達が坑道の直ぐ側にまで至った事を確信していた。


「よし、そしたらここで坑道内部の地図を見るとしよう」


 ヒナールが腰に巻き付けた革ベルトに括り付けていたポシェットから紙束を取り出すと、其処には詳細な内部の地図が描かれていた。どうやら過去にアルタイ種が坑道調査を行った際の写し書きの様であった。


「何処にエルダードラゴンの棲家が有るかという事ですが、まあ順当に考えれば最も魔力濃度が濃くなる魔石採掘場でしょう」


 ジナートゥが地図上の最奥を指差すと、それにヒナールも同意を示した。


「以前調査を行ったのは六十年以上前だろう? 崩落等で地形が変わっている可能性も考慮しておいた方がいい。魔力溜まりで方向を見失うのも厄介だな」


「なら、グリムのマーキングと鼻を頼りにしよう。グリムなら魔力濃度の高い場所であっても索敵可能だろう?」


「うん、大丈夫だよー、ラクロアも魔翼を使えばこの坑道の中でも魔力感知でフォロー出来るでしょー?」


「まあ、範囲は限られるけれど確かに魔力感知の精度を上げる事は出来る。それであれば先頭をグリム、最後尾を僕が請け負うよ。次はジナートゥ、ヒナールかな。仮に僕達が生き埋めになった時に二人が散り散りにさえならなければ後はどうとでもなるだろうし」


 ヒナールは種族柄、鉱山等を掘り進めるのはお手の物であり、ジナートゥはその場における迅速な判断を下せると私は判断し彼等の配置を決めると、特に三人から反論はなく、スムーズに私達の隊列組は終了し、いよいよ坑道内部へと侵入を試みる事となった。


 坑道の内部は極めて高い魔力濃度に満ち、思いの外当時の採掘場としての面影が現存していた。魔力による影響で劣化が著しく妨げられているとジナートゥが解説する通り、行動内部に敷設されたトロッコ等の車軸は錆びつく事無く未だに力を込めれば動きそうな程であった。皆、興味深そうに内部を進み、地図と見比べながら歩を進めて行った。


 時々、グリムが先行しては魔石や採掘道具を加えて持ってきては、どうだ、と言わんばかりに私達に見せつけてはその度にしたり顔をしていたが、私達にとっては犬が玩具を加えてきた様にしか見えず、影でヒナールが笑いを堪えているのを私は横目に危うく吹き出しそうになっていた。


 坑道内部はかなり広く、所々に野営の跡が見えた。どうやらこれは過去、人族がクライムモア山脈を越える際に坑道を用いて進軍していた時の名残の様であった。人骨などは見受けられなかったが、中には強い魔力を帯びた剣や防具等も見受けられた。


「面白い事があるのだな。恐らくは長年に渡って放置された結果、魔力が武具に宿ったということかも知れないが、此処まで長く魔力に晒され続けた武器という物はあまり例は無いだろう。研究資料としても非常に興味が湧くな。……だが、アルタイ種が調査時に持ち帰らなかったのは何か村の中で取り決めがあったのかも知れない。安易に触れるのは辞めておくとしよう」


 ジナートゥは残念そうに坑道に打ち捨てられた武具を見遣りながら、欲求をなんとか抑え込んだ様であった。


「はは、あくまでも今日の目的はエルダードラゴンだからね。また別の機会に来れば良いさ」


 ヒナールはジナートゥを慰めながら、引き続き地図を用いた案内を続けてくれた。暫く道なりに進むと急に瓦礫に埋まった行き止まりが現れた。


「おかしいな。地図だとこの先に採掘場がある筈なのだけど、ラクロアの言っていた通り道が潰れたのかな?」


 普通の人間であれば濃度の高さに酔ってしまいそうなほど立ち込める強い魔力は引き続き目の前に見える瓦礫の奥から放たれており、私には目に前の瓦礫の山に違和感を覚えた。


「うーん、なんかこの瓦礫変だと思う、何か混じっている感じがするなあー」


 グリムの予感は正しく、私は即座に全員を守る様に魔力障壁を作り出した。その一瞬後に凄まじい熱量を含んだ魔力放出が私の障壁を呑み込み、眼前で火炎が爆ぜた。


「わっ、わっ、わっ、なにこれなにこれ!!」


 グリムはその場で驚きのあまり飛び跳ねながら驚きを見せつつ、目の前で堰き止められる爆炎を眺めていた。


「瓦礫は魔法による幻影か。まさか、エルダードラゴンは魔法まで使えるのか!!」


 ジナートゥは唸る様に呟くと、草食動物宜しくその大きな目を見開き、瓦礫として目の前に現れた魔力抗力を一瞬で掻き消した。


 幻影が消えると、目の前が開け、巨大なドーム状の空間が姿を表した。壁一面に魔石の光が淡く漏れ出し、内部を明るく照らし出していた。その輝きの中央には二対の巨大な翼を持つ、龍が文字通り気焔を吐きながら私達を睨め回していた。


「これが、エルダードラゴン……」


 魔族では無く、あくまでも魔獣の最上位種として君臨する生物としての圧倒的な存在感。そして全身を並々と満たす魔力濃度の高さ。煌々と赤く溶岩のように輝く外殻と、一枚一枚がまるで宝石の様に磨かれた龍鱗は観る者を嘆息させるだけの美を十分に備えていた。


「凄いね、雄々しいとはまさにこの事だね」

「はは、なるほど美しいな!!」


 ヒナール、ジナートゥ共にその美しさに見惚れていた。

 彼らの喜びとは反面、ドラゴンは猊下の我々を見据え、気炎を吐きながら腹の底に響く咆哮を部屋全体に響かせていた。


 しかし、エルダードラゴンが見せるその敵意を正面から向き合っていた者は其の場には私以外にはいなかった。エルダードラゴンは紅蓮の炎を纏い、ゆっくりとその巨体を揺らしながら円を描く様に歩き始め、私達を警戒している様であった。


 唐突に、かぱっ、と顎が開くと其処には体内で分泌された引火物質の貯蔵袋へと繋がる管が気管から飛び出しており、一瞬視界が揺らめいたように見えたと同時に二回目の火炎が吐き出され、再度私の魔法障壁を呑み込んだ。完全に防御に成功しているものの、周囲の焼け爛れた様子や、魔石坑道という空間の耐久性を鑑みるに余り長居するのは得策では無い様に思えた。


「ラクロアを連れて来ておいて良かったね。僕達、燃やされていたかもしれないねー!」

 グリムは危機感の無い様子ではしゃぎながらそういうと、エルダードラゴンの尻尾を目で追いながら、今にも飛びかかりそうな様子を見せている。


「長く留まるには少し危険かもね。鱗を数枚頂いて帰るとするかい?」

「同意だ。グリム、四枚ほど剥がしてすぐに戻って来てくれ」


 グリムは待っていたとばかりに、全身に魔力を漲らせると、矢が放たれるように目にも止まらぬ速度でエルダードラゴンとの距離を詰め、首から胴体に掛けて噛みつき、煌めく龍鱗を一瞬にして剥がした。


 痛みに吠えるドラゴンの前腕による一撃を反転して躱すと、意気揚々と魔法障壁の内側にグリムは戻って来た。


「ふぁい、みんなのぷんだよぅー」


 口に龍鱗を含みながら喋るせいで気の抜けた口調に磨きが掛かっていたが、それを皆受け取ると嬉しそうに鱗を眺め、丁寧に鱗についたグリムの唾液を拭った後で懐に仕舞った。


 その間、エルダードラゴンは痛みに暴れ回り、パラパラとドームの天井から瓦礫が落ち始めていた。


「取り敢えず外へ急ごう。グリム、先導を頼む」

「わかったー、急ごうー」


 私は最後に、エルダードラゴンが放つ焔を今一度見遣ると、確りと目に焼き付けて踵を返した。


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