第14話 ラクロア、友達を作る その2 『魔族の愉快な仲間達』

 それからという物、私はグリムと行動を共にする事が極端に増えた。


 山羊の頭、人に似た胴体、四つ足の下半身を持つカプリコルヌス種のジナートゥや、鉱山等の採掘作業が極めて得意とされる、モグラに似た筋骨隆々のアルタイ種のヒナールを始めとした若い魔族と遊ぶ事が増えていた。


 その度に人族の大人たちは私を形容しがたい表情で遠巻きに眺めていたが、誰一人として私に注意をする者などはいなかった。


 ダインとは集落内で話す事はあったが、母親からあまり私に関わらないようにと言われているらしく、関わる事は稀であった。そうした偏見の目を向けられる事を回避する為に他の子供達とも基本的には距離を置こうとしていたが、何故かカトルアだけは私に声を掛けては人族の子供達に混ざる様に促してくれた。


 それをグリムやヒナールは愉快そうに笑っていたが、私にとってカトルアのその優しさは今のところありがた迷惑でしかなかった。しかしカトルアの誘いを断り続けるのも考え物と子供達の輪に何度か入っては見たものの、明らかに恐怖の視線を受けるのはあまり気持ちの良い物ではなかった。


「はは、ラクロアは考え過ぎだな。他人の視線など気にしなければ良いだけさー」


 グリムはそんな私の考えを見透かしたのか諭す様にやけにマイペースな口調でそう言った。


「しかし、群れで生きる人族から爪弾きにされては生き辛いと言うのも一理あるだろう。こちらからもっと友好的になる事も重要ではないか?」


 ジナートゥはグリムとは違い、周りから疎外されるのは悩ましい問題だとして、一体どうしたものだろうかと彼なりに助言を考えてくれているようであった。


「まあ、ラクロアに関して言えば別にこの村で生きなきゃ行けない訳でもないし、魔都へ行くのも良いかもしれないねえ」


 ヒナールは何も人族として生きる必要は無いという私からしてみると思いもよらぬ選択肢を提示してくれた。


「ほう、実際のところどうなんだい? 僕は魔都で受け入れて貰えるのかな?」


 一様にこいつは何を言っているんだ、という顔で彼らは私を見て私の疑問を一笑に付した。


「常識的な考えと照らし合わせると、魔族が魔王様の系譜を蔑ろにする事は出来ないだろう。お前は魔翼が魔族にとってどれほどの意味があるかを良く考えた方がいい」


 ジナートゥが冷静な口調で私に諭すように告げると、後の二人も同意見だと頷いていた。彼等の表情を見るに、私は幾つか重要な情報を人族の中で隠されている様に思えた。


「ぞもそもの質問で悪いけど、魔族にとって魔翼ってどういう物なのさ?」


 呆れた、と言う表情でジナートゥが私に対して一般論を説明し始める。


「魔王様が持つ力を分け与えられた者の証とでも言えばいいか。その潜在魔力量の高さから、結果として種族の長となる者が多い。いわば、その種族が魔王と深い関係性を持っている証として考えられる事となる。魔族の中でも魔翼を持つ者は周囲からしてもその強大な力から畏敬の念を向けられる事が多いのも事実だ」


「ほう、それじゃあ君たちは僕に対して畏敬の念を抱いているの?」


 冗談めかした口調で軽口を叩くと、ヒナールが、けらけらと笑いながら茶色く細かな体毛に覆われた首を振った。


「まさか、ラクロアは僕たちにとってはただのラクロアだからね。あくまでも一般論としての話さ、特に見知らぬ種族であったとしても魔翼を持っているというだけで魔王に連なる者として認識されるって意味だよ」


「なるほど、こんな僻地で集落を作る人族にとってそうした魔族からの認識を獲得するという事は確かに重要な意味合いを持ちそうだな」


 以前トマムが語って聞かせてくれた通り、この村が魔都では無く、人族の大陸にほど近いメライケ大森林内で実験的に集落を形成しているという事実は、やはり魔族にとって人族が未だ信頼に足る種族かどうか不明瞭であるという点が浮き彫りになっていると考えて良いのだろう。そうした意味で魔翼が持つ意味とその効果は非常に高いように思われるが、実際に集落の人々がどのように考えているかを私が話聞かされる事はこれまでなかった。


「そういう事だね。けれど、君は同じ人族でありながら疎まれているというのは変な話だね」


「いわゆる僕の人間性の問題だろうか?」


 ふと、先日自分よりも年上の人間を軽く捻った事を思い出したが、そういうところも私に対する偏見を増長しているのではないかと思い至り、自らの行いを見つめる必要が有る様にも思えた。


「というよりも、魔族に対する恐怖が勝っているのだろうね。特に人族の子供は弱く脆いから、親として心配なのだと思うよ。そういう意味で君は人族と言うよりも魔族として見られているように見えるね」


 ヒナールの言葉は良い線を突いているように思えた。先日ダインの母親にひっぱたかれた事を鑑みるにその可能性は十分に有り得ると思えた。しかしそれは人族に対してそうした恐怖心を煽らないように立ち回る必要があるという、非常に面倒な立ち位置に私が置かれているとも言えた。


「なるほど、それは盲点だった。集団において異物に対する人間の拒否反応の強さという物を久しく忘れていたよ」


 ヒナールは私の言葉を聞いてケタケタと笑い声を上げた。


「はは、ラクロアは急に人族の子供とは思えない事を言うから面白い。そういうところも君に対する偏見をより強めているんじゃないかな」


「年相応の振る舞いという奴か。それはまた非常に厄介な要求だな」


 周りの気持ちを慮るという工程が必要な関係性程厄介な事は無いなと、私は内心で人族に対する接し方に辟易していた。


「君にとってはそうなのだろうね。しかし、魔翼を持ち、やがては人族の長となるのであればその内そうした偏見を糺さなくてはいけない時が来るかもね」


 ヒナールはおどけつつも現状の打開が必要である事を指摘する。それは確かに今後の課題に成り得るものであった。しかし私は事実として適度に楽しく慎ましく、そして自由に暮らせるだけで十分であった。そうした柵に囚われるのは得てして自らを鳥籠の中に縛り付ける事となりかねない。


「困った話だな。僕は一度も人族の族長となる事に興味を示した事もなければ、打診された記憶も無いのだけれどね」


「はは、所詮君は未だ六歳にもならない子供だろう? 人間の大人が十二歳を迎えてからと考えると、未だ泳がされていると考えるのが自然じゃないかな?」


「泳がされているにしても周りからの目が冷ややかな気がするんだけれど」


「うーん。ラクロアに対して偏見を持っているのはどちらかと言うと、入植者の者達が多いように思えるなー。様子を見ているとサウダース家やトーレス家の者達なら大丈夫そうなんだけどなー。彼らは絶対に君を有効活用とするだろうしねー」


 グリムはおっとり刀で以外と人族を確りと見ているようであった。ジナートゥもそれを頷きながら肯定している事から魔族界隈ではそうした共通認識になっているのは間違いなさそうであった。


 人族が魔族にとっての監視対象となっている現状、人族として見れば『魔翼』を持つ私の取り扱いは慎重にならざるを得ないのも確かであり、ヒナールやジナートゥの考える『泳がされている』という見解もあるのかもしれない。


 しかし、魔族にとって未だ人間は敵対者であり、場合によってはいつ切り捨てられるともしれない関係性と言う事は皆理解しているとするのであれば、この村における人族にとって私との不和は思いのほか緊張感のある状況に思えた。


 トマムが私を人族と遊ばせようとしたのもそうした状況の改善と考えると納得感があった。そもそも、こうした状況を慮った結果、人族の中でトマムが私を育てる事となった経緯なのではないかと思い至ったが、その辺りを一度確認してみる必要があるように感じられた。


 そしてまた、サウダース家とトーレス家が人族の集落においてどのような役割を果たしているのかについても何れ確認する必要がありそうであった。そう考えた矢先に先日、私がサウダース家の者に絡まれた事をふと思い出していた。そして、その一件もまた集落の人々との不和を助長させる一幕であった事に思い至り、我ながら呆れざるを得なかった。


「ふむ、なるほど…… ん? あー、なるほどサウダース家ね。あー、この間そこの糞ガキを一人ぶっ飛ばしてしまったのだけれど、やっぱり不味かったかな?」


「おー、ラクロアは馬鹿だねえ。自ら敵を増やして行くんだねー」


 グリムが嬉しそうに喉を鳴らして笑い声を上げた。顔をくしゃくしゃにすると、可愛らしい声に似合わぬ狂暴な顔つきが露わとなったが、それでも確かにグリムの表情は笑い顔である事に間違いはなかった。


「まあ、先ずはラーントルク家の少女と仲良くなれば良いのではないか? せっかく向こうから仲良くなろうとしているんだ、無碍にする事もあるまい」


 ジナートゥが呆れながらも助け船を出してくれる。人間関係の改善が必要であるならば、心を折ってくれる少女を無碍にするのは確かに憚られるのも事実であった。


「ふむ、次回はそうするかな。まあ、それでも今は君たちに付き合うさ」


 私が適当にやっておくよと反応を示すと、やれやれと言った様子で彼らはおどけてみせた。

 暫くして気を取り直したヒナールがそれではと本日の本題を切り出した。


「そしたらラクロアの人生相談はここまでにして、今日の目的通り、坑道に住むと言われるエルダ―ドラゴンを見に行くとしようか」


 ドラゴン。それは魔獣の中でも龍種として呼称され、他の魔獣の比にならない程に強く、大きく、そして場合によっては知性すら持つと言われる生物であった。魔獣の中において食物連鎖の頂点に君臨する龍種は人族の物語でもその討伐を果たしたものを讃える物語が散見され、『龍殺し』といて礼賛される事がしばしばであった。


 その中でも長老級と呼ばれる龍種は数百年から数千年の長い時を経て、それこそ魔族に匹敵する程の実力を秘めている者も存在すると言われ人魔共に興味を注ぐ生物であった。


「しかし、長老級の龍種がそんなところに住み着いているというのも不思議な話だけれどねー」


「魔石鉱山に住みつく事で良質な魔力供給元を得たいというのは魔獣にとっての本能だろうさ。実際にクライムモア連峰周辺の魔獣は平野に住みついている魔獣よりも魔力濃度が高い故に単純に体躯も大きく強力だからな」


「魔獣の中でも最高位の龍種が僕達の近くに住みついているのであれば、それを見ない手は無いと言うことか」


「そういう事さ。僕達は生まれてこの方、直接龍種を見たことが無いからね。しかも長命の龍種は中々お目に掛かれるもんじゃ無い」


 エルダードラゴン。それは『やんちゃ』という言葉を絵に書いたような若者の冒険心と好奇心を掻き立てるには十分な動機だろう。かく言う私もはじめての経験に些か心躍っていた。龍種がどの様なものか、その姿、生態、能力、謎が詰まった未知の存在が放つ誘惑に、私は耐え難い好奇心を掻き立てられていた。


「それじゃあ決まりだね。クライムモア坑道へと行ってみよう!」


「「「おーっ!」」」


 ヒナールの号令に微妙に締まりのない声を三人で上げつつ、私達は足早に移動を開始する事となった。

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