第12話 魔術師と騎士と妻


 私はミナレット・ラーントルクと共に、幾人もの子供達に訓練を施し、彼等が最低限身を守れるようにと長きに渡って指導を続けてきた。訓練は基本的には六歳の子供に教える事も有り、才能は十人十色、事こと魔法となると適性を持つ物は少ない。それこそ、六歳の子供に過度な期待をする事はおろかとも言えた。


 人族の魔法は極めて体系だった素地の上に練り上げられた物であり、座学を通して魔法術式構築の基礎理論を学び、その上で口頭魔法詠唱によって一定の効率、一定の効果を発揮させる事が出来るものであった。但し、それはある程度のレベルまでの話であり、その先へ行くのは簡単ではない。


「あの子は、天才ですよ」


「……だろうな」


 私とミナレットは、訓練の第一段階を終えた事を祝し、ラーントルク家で祝杯を挙げており、既に一通りの食事を終えて、語るままにお互い酒を飲み始めていた。


「それは俺がよく知っている。空間移動魔法術式を魔法術式の魔の字すら知らない三歳児が発動させたのを俺は目撃している。あのシドナイですら呆気にとられていたからな。そして、ラクロアはお前との訓練を通して二年半で随分と練られたように見える」


 私の評価を受け、ミナレットは自家製の果実酒を一気に呷り、喉を潤した後に、冷静な評価をラクロアに対して下していた。


「ええ、ですがたった二年半です。人が十年も、場合によっては一生かけても辿り着けない能力を彼は身に着けた。貴方も見たでしょう、ラクロアは私から一本取るだけの力を既に身に着けているのですよ? 勿論、『魔翼』が持つ魔力精製能力は異質と言える。けれど、それ以上にあの子自体も子供とは言えない思考能力と魔法構成能力を持ち合わせている。それこそ、魔族の子供を見ているかのような成長ぶりです」


「それもまた、『魔翼』を持つ事の影響と考えたくなるが、それが自然かどうか……。まあ確かにラクロアと同世代の子供達も同様に修練を通して魔法を幾らか覚えるとは言え、その殆どは生活必需の魔法を数年掛けて治める程度か。それでも子供達の潜在魔力ではそれほど数多くの魔法行使は難しいのが実情だろう?」


「そうですね、如何に魔法陣式の魔法を覚えたとしても通常の年齢であれば強力な魔法行使に魔力が持たない。戦闘技術に昇華させる為には多大な時間が掛かるのが常です。それ故に我々、魔術師と騎士は王国においてもそれなりの地位を約束されていたわけですから」


 魔法技術、その力学は如何に少量の魔力で大きな力を引き出すかという点に優れている。しかし、当然ながら魔法術式を起動させる為に大なり小なり魔力は必要となる。ラクロアは三歳時点で、我々の視点からすれば大魔法である空間移動を起動できるだけの魔力を備えており、現在に至っては自在に魔法術式の構築を行えるまでに成長していた。これを異常と呼ばずに何と呼ぶのか。


「だから、私は彼を天才と私は評したのです」


 私は素直にラクロア評価をミナレットに伝えると、彼は困ったような心配そうな表情を浮かべた。


「うーむ、まあそれには同意するが、俺はそれよりももっと別のことが気になっていてなあ」


「それは何です?」


「あいつ明らかに子供達の中で浮いているよなあ……。子供達に聞いてもうちのカトルア以外は気味悪そうにして近づかないらしい。バニパルスの爺さんや、村の古株達それほどでもないが、俺達と同じような未だ日の浅い流入民世代の者達はかなり奇異の目でラクロアを見ているよ」


 それは痛い指摘であった。私との訓練において彼の長所は伸びたかもしれないが、一方で村の者達、特に人族の集落において人々との交流機会は明らかに少なく、ともすれば皆から不自然に映るのは納得がいく事でもあった。


「まあラクロア自体、自ら他者と関わろうという気概を感じませんからね。魔族の若者とは折を見てよく戯れているようですが」


 ミナレットは私の若干の後ろめたさに気づく様子は無かったが、逆にその環境こそが問題だと指摘し、酒の勢いも相まって語気を強め始める。


「それだよ。普通の子供であれば、親世代がそんな事をさせないだろう? 普通ではない行動を、どうしても歓迎できない者、恐怖を覚える者はやはり一定数いるという事だよ。俺は別にトマムを悪く言うつもりは無いが、あいつの育て方は人族のやり方とは違う。なんというか、その、だな……」


 ミナレットは、彼の妻であるオリヴィア・ラーントルクと魔族のトマムが仲の良い事も有り、言葉選びに慎重になっているようであった。その歯切れの悪そうなミナレットへと助け舟を出した。


「放任主義」


「そう、それだ。あいつは物事の流れに任せるきらいがある。いや、それはラクロアが確りと自己を持っているように見える事もあいまって、トマムの愛情故にそうしているのだろうが……」


「確かに周りの目を考えると、その辺りはトマムに助言するのも良いのかもしれませんね。ラクロアに同世代の友達を作る様に促すのも、この村に住まう、彼を育てる親としての責任でしょうから」


 ミナレットは大仰にうなずくと、手酌で自分のグラスに追加の果実酒を注ぐと一気にそれを呷った。


「うむ。お前も時にはいい事をいう。魔法研究に関する時は狂人にしか見えないが、今のは常識的な発言だったな!」


「それ別に私の事褒めていませんからね? そして、お酒は弱いのですから、ほどほどにして下さい。酔っぱらっていては子供達に示しが付きませんよ」


 ミナレットの飲んでいる果実酒は非常に甘味を感じる酒であったが、麦等から作るエールと比べても含有されるアルコール度数が高く、酔いの周りが早い。それを会話の合間に一気に呷るのはミナレットの悪い癖であった。


「これでは元近衛騎士団長様も面目丸つぶれという訳ですね」


「ふん、魔法技術研究所出身のもやしっ子には言われたくないぜ」


 売り言葉に買い言葉と言ったところで、場が荒れそうな気配を察知し、彼の妻であるオリヴィアが様子を見にきてくれた。


「またこんなに飲んで……。ノクタスも悪いわね、毎度お付き合いさせてしまって。今日はそろそろお開きとしましょう」


 こうしていつも彼女は宴の終わりを告げてくれる。オリヴィアは常に優しく、そして時に厳しく、場を切り盛りできる人物であった。彼女にそれだけの器量があるとは十年前には露と思わなかったが不思議なものであった。


 ラーントルク家を後にすると、既に日は落ち、闇夜が村に訪れていた。季節柄、生ぬるい夜風が吹き抜ける。風に乗って鼻腔を刺激する甘い花の匂いを酔い醒ましに感じながら、取り敢えず今晩中に、ラクロアに友人を作らせるよう、トマムには伝えておく事とした。

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