第10話 ラクロア魔力を学ぶ その3『魔力と成長と、在りし日の思い出を胸に』
私は引き続きトリポリ村に住まう人族の中では随一の実力を持つアーラ家のノクタスと共に訓練を重ねる日々を過ごしていた。
石を積むようにゆっくりと、けれど着実に研鑽を積み続ける。その合間に瞬くように月日は過ぎていった。気が付けば訓練を始めた春の季節を二周し、空は青く、緑は奥ゆかしさを含め、色を付ける花弁が姿を見せる始める。優しい陽気に再開しながら、それでも尚、私の訓練は未だに続いていた。
成長は留まる事無く、気が付けば五歳を過ぎたその頃には、自分の身体に流れる魔力を完全に掌握する事に成功していた。全身を巡る魔力は身体能力を著しく高め、肉体の強度自体も高めるまでになり始めていた。当然の帰結として『魔翼』もまた自身の意志で高度な操作が可能となり始めていた。
私の成長に合わせてノクタスの使う魔法術式の密度は日増しに高まり、今となっては私への気遣いは一切存在しなくなっていた。ノクタスが扱う魔法は相変わらず爆発魔法が主体であったが、その威力もこれまでの比では無くなり、その一発一発の威力が私の半径五メートル圏内を易々と消し飛ばすようになり、並の魔術師や戦士であれば、肉体を保護する魔法障壁も役に立たず瞬時に蒸発するような威力を持ち始めていた。
ノクタスが放つ『フェルド・バースト』と呼ばれる閃光爆発魔法術式は、彼が対人用の基礎理論を基に対魔族用に更なる開発を進めた、殺傷能力が特別向上された魔法であった。その内容としては閃光によって相手の視界を奪い行動制限を課しつつ、同時に発生する容赦の無い爆発の威力を以て相手を完全に封殺するものであった。
ノクタス自身の解説によると、この魔法術式は彼が戦闘において好んで使用している常用且つ一撃必殺の魔法との事であった。訓練上でそれを用いる是非を語るのであれば、ノクタス曰くこの魔法における魔力操作の流れ、動きが掴めれば大概の対人用魔法は看過できるとの事で、事実としてノクタスが王国の魔術師として頭角を現して以降これまでに渡ってノクタスを破った魔術師は王国内にはいないとの本人談でもあった。
いずれにせよ、ノクタスにとって対人戦闘におけるこの爆発魔法の運用、その対応範囲は絶対の自信を覗かせる戦闘技術である事に間違いない。
それに付随するようにしてノクタスはこれまで用いる事の無かった、魔法効果、発動速度を高める為に魔法構築術式を刻み込んだ小ぶりの杖を手に持ち、魔力を込めるだけで魔法が発動できる体制を構築するようになっていた。
通称『触媒』と呼ばれるその魔術道具は程度の差はあれど魔術師であれば誰もが持つ物であり、自身に適した『触媒』を用意するのが常との事であった。魔術師は常に魔法術式の発動のタイムラグを如何に短縮するか、こと戦闘においてはそれが求められる事となり『触媒』の性能はそのまま魔術師の生死に直結するとの事であった。
ノクタスの持つ魔法術式を編み込まれた『触媒』は、元から魔法術式の構築速度が尋常では無かったノクタスが、単純に魔力を込めるだけで魔法術式を発動をする事が可能なものであり、相対する者にとって脅威と言って過言では無い性能を秘めていた。
つまりは、ノクタスの魔法術式の使用、特に連続射出という観点において、通常では如何なる高速詠唱を以てしても次弾の魔法術式の発動には詠唱の為のインターバルが必要とされる事となるが、『触媒』を使用した際の魔法発動は詠唱が要らず間断の無い連続発動を可能としていた。そしてそれは、対人戦において必然的に猛威を振るう事を意味していた。
こうしたノクタスからの実地の訓練や知識の共有を更に数ヶ月に渡って繰り返す内に、魔翼、魔力操作を学ぶという段階から、如何にしてノクタスを倒すかという状態へ訓練の質が変化してきた事に私も徐々に気付き始めていた。
その頃になると、いつの間にかミナレットやシドナイが偶に訓練の様子を見始めるようになり出していた。さながら敵情視察と言った面持ちで、その眼差しには普段の柔和さは存在せず各々が戦士として如何にノクタスを攻略すべきか思考しているように見えた。
◇
ノクタスとそうした戦闘訓練をこなすようになり始めてから数ヶ月後、訓練は唐突に佳境を迎える事となった。
いつも通り座学が終わりると、二人で昼食を取りいつも通りに訓練場へと移動する。そこにはここ最近では見慣れた顔となったミナレットと、シドナイが既に我々の到着を待ち侘びていた。
二人に軽く会釈をするが、今日の面持ちはいつも以上に険しく、やたらと真剣な物に見えた。その理由を推察するよりも早く、彼等の表情が何を意味すのかを私はノクタスから聞かされる事となった。
「ラクロア。今日が最終訓練です。恐らくこれまでで最も厳しい訓練となる事でしょう。今日は貴方が今出来る全てを絞り出して私の魔法攻撃を防ぎ切り私を打ち倒して見せて下さい。この二年以上の間に貴方の魔法操作技術は飛躍的に成長したのは間違いありません。それを私達に見せて下さい」
そう言終えるとノクタスは大きく息を吸い込み目を閉じた。次の瞬間には無言で全身に魔力を漲らせ、ゆっくりと目を開きながら私を鋭く見据えていた。
その眼差しはこれまで向けられてきた物とは明らかに異なる、明確に外敵を排除するかのような冷徹な殺意を漲らせており、その一切を隠す事なく私と向き合っていた。
私は肌がひり付く様な魔力の圧力と、身体が粟立つ危機感を感じながら、緊張感が高まるのを感じつつ、ノクタスと同様に全身に魔力を漲らせ始めた。
お互いの魔力の高まりを感じながら、徐々に緊迫した空気が場を支配し、その間私は微動だにせず魔力感知の網を周囲に張り巡らせノクタスの動きをつぶさに観察していた。
ノクタスの魔力操作は極めて精緻に行われており、魔法が発動される直前までその稼働状況を把握する事が困難な程にまで動きが読めず、その魔力の泰然自若とした様は、静寂を通り越し、最早、静謐さをさえ漂わせる程であった。
そしてまた魔法術式の完成速度も、これまで以上に正確且つ瞬間的であった。
刹那
全てを白に染め尽くす白亜の閃光が私の視界を完全に塞ぎ、次の瞬間には周囲の酸素を完全に燃焼させながら、物体という物体、周囲に存在する空間をすらも完全に無に帰さんとする衝撃波が熱波と共に世界を埋め尽くした。
半ば反射的に私はノクタスが魔法術式を発動しようとする出掛りを察知し、術式が魔力抗力を発揮しようとした瞬間に同等の魔力量を持つ魔法障壁を当てる事で、発生する抗力が私に辿り着く前に私は全身を防御する事に成功していた。
魔力は魔法術式を通してエネルギー変換がなされ、何等かの物理的な抗力を発揮する事となる。私がノクタスの攻撃に反応出来たのは、ノクタスの魔法が、その抗力を発揮する直前、魔力が事象を起こすエネルギーへと変換された際に発生する僅かな歪みを検知する事が出来たからであった。
通常であればそもそも魔法術式の構築を行う際に流れる魔力を感知する事で相手の動きを読む事が可能であっただけに、ノクタスの魔力操作の精度に私は戦慄していた。
「やはり……そこまで出来るようになっていましたか」
その様を見たノクタスは満足そうに頷くと、続けざまに私へと宣告を下した。
「それではこれからが本番です。くれぐれも死なないようにして下さい」
ノクタスの一挙手一投足を見逃すまいと張り巡らした私の魔力感知の網を容易に擦り抜けたノクタスの魔力操作の精度に驚愕を覚える暇もなく、今の一撃が唯の小手調べであるという事を認識し、私はこれまでに無い集中と共に次の瞬間には魔力障壁を三百六十度に張り巡らせ、全力で行動を開始せざるを得なかった。
ノクタスの照準を欺くために、全身を魔力強化と共に高速で動き回ると共に、ノクタスの放つ魔法の出掛かりを探り続ける。一方のノクタスは笑みを浮かべながら間断無く魔法術式の構築を無詠唱で行いつつも、片手に持つ触媒を通した即時の爆発を織り交ぜながら私の行動を阻害しようと試み始めていた。
触媒を通しての速射は最早不可避の速度で私の周囲を焼き尽くし、私は常時の魔法障壁の展開を止める事は叶わなかった。その為、延々と魔力を消耗させられ続ける事となり、ノクタスの手練手管にじわじわと締め上げられ始めていた。
この場においてノクタスの攻撃を避けるばかりではジリ貧である事は明白であり、魔翼のコントロールと共に私の身体を放射状に取り囲む魔力結晶体を操り、ノクタスへ目掛け牽制の意味も込め高速での射出を開始した。
ノクタスは高速で迫る魔力結晶体の数々を待機させていた魔法を用いて無表情で撃ち落とす傍らでひたすらに速射で私を狙い撃つ事を止めなかった。
「我慢比べと行きましょうか?」
ノクタスは私の知る紳士的な表情とは打って変わった、まるで愉悦を感じているかのような獰猛な笑みを浮かべつつ、魔翼の迎撃と私に対する執拗な迄の反撃を繰り返し、それでも尚その緻密な魔力操作に陰りを見せる事なく、爆発魔法を使用し続けていた。
我慢比べと言ったノクタスには隙と言う隙は見られないどころか、その魔法構築速度は加速度的に早まり、十秒、二十秒と時間を経る度に私の動きを完全に予測したかのようにノクタスの動きに変化が付き、私の行動阻害をすら始める徹底ぶりであった。
私の中で徐々に溜まる精神的疲労。しかし、それに反して徐々に集中力が研ぎ澄まされ、より一層高まる感覚を私は覚えていた。
この状況を打破する為に何をなさなければいけないのか、思考を常に全力で回転させながら魔力操作と魔翼操作を両立させなければならない中で最善手を探り続ける。
相手がされて最も嫌がる事は何か、どうすればノクタスの正確無比な魔法構築を阻害する事が出来るのか、呼吸すらままならずはち切れそうになる速度の問答の末に見つけた答えは一つであった。
私は魔翼操作を手動から魔翼自身による自動操作に切り替えると、ノクタスとの彼我の距離を一気に詰め始めた。ノクタスは目を細めつつ私の行動を奇妙と見たが、はたとその意図に気付いた瞬間に全力で私と距離を取ろうと試みた。
ノクタスはそれまで構築していた全ての魔法を破棄し、其の場から飛び退く姿勢を見せたものの、魔法構築の数が仇となり、身体操作に対する魔力供給が後手に回っていた。ノクタスの身体強化が間に合い、彼が跳躍を始めた瞬間には既に手遅れであった。
既に私の魔法術式の構築は完全に終了しており、そして魔力操作による身体強化によって加速度の付いた私の接近のが明らかに一歩早い。
ノクタスと私の視線が交錯する至近距離。彼との距離が零となった瞬間に無詠唱で構築し終えていた魔法を躊躇いなく発動させた。
『フェルド・バースト』
解放された魔法が抗力を発揮し、其の場に顕現する閃光と爆発。
その双方が刹那の合間に発生し、光が視界を埋め、熱量が地面を溶かし、爆風が強かに私とノクタスを包み込んだ。
ノクタスは寸でのところで発生させた魔法障壁によって身に受ける衝撃を軽減すると共に、魔力感知によって私へ向けて魔法術式の発動を試みるが、その時には遠隔操作を行った魔翼の結晶体の一つがノクタスの喉元に届いていた。
ノクタスは大きく息をつくと共に訓練の終了を告げた。
私がノクタスと訓練を開始し、実に二年と五ヶ月の月日が経とうとしていた。
「本当に、強くなりましたね」
ノクタスは嬉しそうな、そして少し寂しそうな表情を浮かべながら私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
私は黙ってそれを受け入れながら、彼と過ごした日々を思い返し、その公私を共に過ごした日々の感謝と共に、その楽しく充実した日々が終わりを迎えた事に一抹の淋しさを覚えていた。
「私の指導は一旦ここまでです。弟子の成長は常に嬉しいものですが、手離れするのもやはり寂しいものですね……私は今後、魔法術式について知識的な側面でサポートする事になるでしょう。会う頻度は減ってしまうでしょうから、これだけは先に貴方に伝えておきましょう。ラクロア、長い間よく頑張りました。貴方は私の誇りです」
ノクタスの言葉には慈しみが溢れていた。その言葉は私の胸を満たし、胸の奥底に感情の火を灯していた。視界が滲み、気づいた時には自然と流れ落ちる涙を止める術など私には無かった。
「ありがとう……ござい、ました……」
たどたどしい感謝だったと思う。稚拙な、けれど心から零れた言葉であったのは間違いない。
そしてまた、頬を濡らす想いの丈をそのままに、自身の感情を吐き出した言葉に、私は何処か清々しさすら覚えていた。
そんな私を見たノクタスはもう一度、今度は優しく私の頭を撫でてくれた。
そして、ふと視線を移し、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「それでは、これから先は彼等に任せるとしましょう」
ノクタスの視線の先で、彼と同じように微笑むミナレットとシドナイが私を優しく見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます