第8話 ラクロア魔力を学ぶ その1『魔翼操作』


 私とノクタスが初めて魔力操作について取り組みを始めたのは座学が始まってから数週間後の事であった。


 ノクタスが私に課した魔法操作の訓練は実に単純明快であり、何よりも先ず、魔力とはそもそも何かを学ぶ事からが始まりであった。


 私がこの訓練を通して得た認識としては、ノクタス・アーラという人物は魔術師として、そして教師として間違いなく優秀な存在であるという事であった。


 彼が人族の世界においてどのような扱いを受けていたかそれを窺い知る事は出来ないとは言え、間違いなく比類なき才を持った人間の一人である事は疑いようの無い事実であった。


 彼によって効率化を目的に構築された魔法体系は、少量の魔力で如何に効率よく大出力の抗力、即ち物理的事象を齎すかに焦点が置かれていた。


 その考えは人族が生来持ち得ている魔力量が魔族と比較して極端に少ない事に立脚しており、押し並べて体系化された魔力操作及び魔法構築技術は極めて合理的に機能していると言えた。


「敢えて貴方に関して私が助言するのであれば、この人族の魔法体系はあくまでも知識として持ち合わせ、適宜使える所を取り込んでいけば良いでしょう。貴方は魔族と同等、若しくはそれ以上の魔力量を潜在的に持ち合わせている。何より重要な事は、一般的な人間とは違い、魔翼を持つ者は内側に宿る魔力オドだけでなく、外部に存在するエーテルを取り込み体内で魔力マナを精製する事が出来るという点です。これは人族の魔力運用を根本から覆す事態と言って過言では無い。少量の魔力を如何に効率的に突き詰めるかを考えてきた人間の論理に対し、圧倒的な魔力を以て魔法行使を行う魔族の魔法体系は完全に真逆の位置に存在しています。もし、魔族の持つ魔法体系の中で、その運用効率を極限まで高めた際に一体どれほどの力を得られるのか……純粋な興味は尽きません。貴方の身体を解剖でもすればもう少しその辺りを詳しく調べられそうでもあるのですが……ああ、いけませんね、話が随分と脱線しました。そうですね。貴方に魔法操作について教える前に、先ずは魔力について、どういった感覚、認識を持っているかを擦り合わせましょうか?」


 ノクタスからまるで私を人体実験の道具に見立てているかのような不穏な気配を感じ取ったが敢えてそれは聴かない事とした。


 やや警戒心を露わにしつつ、私は問われるがままに自分がどのように体内外の魔力を捉えているのかについてノクタスに伝えた。


「先ず身体の内にある、自分の魔力オドと、魔翼が持つ魔力マナが存在しているのは分かります。これについては自分の魔力オドを操作して今は魔翼から内部へ流れ込む魔力マナを堰き止める事で魔翼の活動をある程度制限下に置く事が出来ています。この魔力操作によって漸く身体は自分のものとする事が出来た感じですね。とは言え魔翼の自動防衛的な動きを完全に支配下に置くのは難しいのが現状です。魔翼自体が意思を持つかのように、その魔力マナが内側から堰き止められているのであればと、半ば強引に外部的に魔力マナを私に付与しようという動きが見え隠れしている。少なくともこれまでのように私の身体操作に何等か影響を与える事はありませんが、魔翼の持つ魔力マナについては完全に掌握出来ているわけではありません」


「なるほど、その二つの魔力の中で貴方が自在に利用できているのは自分の魔力オドだけという事でしょうか?」


「そうですね。自在に動かせるという意味ではそうなります。ただ、魔翼側に自分の魔力を流し込むと、何というか、魔力同士が結合して自分の意識下で扱えるような感覚もあります」


「なるほど、既にそこまで……であれば貴方は魔翼のコントロールに重きを置いたほうが良いかもしれませんね。魔翼は強力な魔力マナ発生装置でありながら、その一方で貴方を守る為に貴方の意思と無関係に魔力を用いて魔法を行使してしまう。日常生活に於いても、勿論実戦であったとしても暴発する魔力庫ほど困った代物は有りませんからね」


 私はノクタスの提案は最もであると納得していた。確かに村という集団生活が求められる中で、魔翼が一体どのようなタイミングで暴発するかが分からないのであれば、日常生活にすら差し障りが有るというのは誰もが認めるところだろう。可能であれば早急にそのような状態から抜け出したいというのが私の切実な願いでもあった。


 ノクタス曰く、人族の一般的な魔法技術体系において、人間や一般的な動植物の内部に存在する魔力をオドと呼び、魔族が持つ魔力をマナと大別しているとの事であった。


 そして、ありとあらゆる空間に満ちる指向性を持たない普遍的な魔力を『エーテル』と呼ぶとの事であった。エーテルはあくまでも場に存在するだけであり、普段何らの影響も及ぼさないが、オドやマナと結びつく事で莫大な抗力を発揮する事が可能との事であった。


「それでは、貴方の魔力を魔翼に流し込み、その操作を手中に納める訓練を進めるとしましょう。私が魔法を用いて貴方を攻撃します。それを魔翼は自動的に防御しようとする筈です。それを自らの意志で的確に防ぐ訓練としましょう」


 一瞬わが耳を疑う不穏当な言葉がノクタスから聞こえた為に、私は思わず動きを止め、彼の顔をまじまじと見つめた。


 特に冗談で言っている風もでも無く、流石にそれはと別の代替案に切り替えようとした瞬間に私は容赦の無い一撃に晒される事となった。


「それでは行くとしましょう」


「ちょ、まっ……!」


 ノクタスの持つ杖に一瞬集中した魔力を感じた直後、私の目の前で起こったのは不可避の明滅と熱であり、そしてそれは間髪を入れず大地を抉り取る衝撃を産み出し、爆音と共に私を中心として空間を削り取る咢と化した。


 私は自身では一切の反応が出来ず、『魔翼』の反射的な防御機能によって私の意識とは切り放れた自動防衛機能によってその衝撃を完全に相殺していた。


 どっ、と冷や汗が背中から溢れ出るのを感じ、胃を竦ませる焦燥がじわじわと私の全身を支配し始めていた。


 ノクタス・アーラが放った魔法の一撃は仮に魔翼が間に合っていなければ確実に自分の身体を貫いていた一撃であり、間違いなく半身を吹き飛ばす十分な威力が籠った魔法であった。


 ノクタスはその様を目にしながら嬉々として説明を早口で続けていた。


「今のは威力で言えば一般的に中級魔法に区分される爆発魔法です。そうですね、相手が人間であれば重度の火傷、身体的欠損を狙う魔法ですが魔族の強固な魔力障壁を貫くには力不足です。ですがこれも私のように威力を高める為に魔力圧縮を行い貫通性を高める事に加え、無詠唱で魔力の流れを抑えながら不意打ちを与えれば一般の人間を殺傷するに足る十分な威力へと昇華する訳です。込める魔力量にも依りますが魔族に対してもある程度有効だとは思っています。まあ、やはりと言うべきか、貴方の魔力レベルに対しては大した意味は無さないようですね。見ての通り魔翼の反射による防御機構に容易に相殺されてしまいました。まあこれで安全性は実証できたので、上手く魔力の流れを読んで防御に徹してください。この程度反応出来ないようであれば魔族と対等に渡り合うのは夢のまた夢ですからね」


 ノクタスは私の持つ魔力量を通常の魔族の数十倍という表現を既に説明として私に行なっていた事もあり、恐らくは今の攻撃は私に害にならない事を見抜いた上で先ずは実践と魔法攻撃の一撃を見舞ったようであった。


 しかし、いきなりの出来事に私は何一つ反応出来ず、魔翼が存在せず、一般的な生身であれば確実に死んでいたという感覚が酷い恐怖心をもたらしていた。


「まあ、慣れですから、後は実践あるのみだと思いますよ?」


 その後、ノクタスは気にする風でも無く、笑顔を湛えながら、続け様に先程と同じ魔法を私へ目掛けて撃ち込み始めた。


 私は一切反応する事が出来ないままであったが、ノクタスの攻撃に合わせて魔翼の持つ自動防衛機構が器用に反応し、魔法に対して魔力防御を展開し意力を相殺するという事が何回か続いた。


 何度かそうした攻撃を受けていくと不思議なもので、そのうちに私自身も徐々にノクタスとの遣り取りに慣れ始めて行く。


 次第に魔翼の防御機構が確かに安全であるという認識が持てるようになり始め、漸く本題であるところの魔翼を自ら動かすという感覚について思考を開始する事が出来る様になっていた。


 魔翼の防御機構を観察していると幾つか重要な点に気付く事ができた。


 それは、ノクタスは自身の体内から魔力オドを使用し、何らかの触媒を用いて外部魔力に働きかけて魔法を発動させる。


 どうやらその出掛りに発生するほんの僅かなな空間の変化、場に漂う魔力量の変化に対して魔翼は鋭敏に反応し、迎撃態勢を整え、魔力防御を展開していた。


 具体的にはノクタスから放たれた魔法に対して同じだけのエネルギー量を持つ力場を発生させる事で私を魔法抗力から守っている様であった。


「少し落ち着いてきたようなので、もう少し速度を上げて、タイミングをずらしてみるとしますか……」


 ノクタスが非常に厄介な魔術師であると分かったのは、彼はこの魔法の発動タイミングを任意にずらす術を持っているという事であった。


 ノクタスは単純に魔法構築を行うのではなく、魔力が魔法術式を構築し最終的に抗力を発生させるそのの状態で意識的に魔法を幾つも待機させ、時には多段で、時にはフェイントを入れ、時には威力そのものを変化させ、こちらにタイミングを掴ませない為に緩急を用いて魔翼の間隙を縫うように魔法を発動し、私を攪乱させようと試み始めていた。


 問題は自分で魔翼の制御を行おうと魔力を流し込むと、確かに自分の意思に従って魔翼を操作可能には徐々になっていくものの、魔法発動の速度に私が反応仕切れずに本体である私に攻撃が当たり幾度と無く鈍器で強か殴られるような衝撃を受けていた。


 幸いに魔翼を操る為に全身を巡る魔力量がエネルギー量として優っていた為に装甲として働き、身体的な被害を受ける事は無かったが、攻撃を受ける度に肝を冷やしたのは言うまでもない。


 ノクタスは私に攻撃を与えると同時に、魔翼が反射的に行う結晶体を放出する反撃を、少しおっとりとした性格からは想像の出来ない華麗な身のこなしと、圧倒的な防御力を誇る魔力障壁を用いて容易に凌ぎ切っていた。


 本人曰く、力を受けるのでは無く、透かし、逸らし、受け流すのが重要との事であった。


 これは単純に真正面から魔翼の一撃を受けると、幾らノクタスとは言えども防御障壁を突破し肉体を抉る一撃を魔翼が私の意思とは関係なく容赦無く放つが故であった。


 私は一先ず、この強制的にノクタスへ反撃を試みようとする魔翼の行動を制御する事から始める事とした。


 まかり間違ってノクタスを殺害するのは御免被りたいという事もあり、勝手に動く魔翼を魔力制御し自分の側へ押し留める訓練を開始する事とした。


 正直なところ、放射状に緑色に輝く結晶体を身に纏いながら、ノクタスが放ち続ける攻撃を受け続けるのはまた骨が折れる訓練であった。


 常に魔力を魔翼へ流し込みつつ、ノクタスの動きを観察し、攻撃の予兆を察知すると同時にそれを相殺するべく魔力操作を行い続けた。魔力操作を行う内に、魔翼が発生させる力場の構築を私自身のオドを使用しながら構築が出来るようになり始めていた。


 一般的に魔法から身を守る魔力力場を魔法障壁と呼ぶようで、私は一先ずノクタスから攻撃が繰り出される度に正面に魔法障壁を作り出し、ノクタスの攻撃を可能な限り防ぐように試み始めた。


 しかし、どれだけ上手く魔力操作が出来たとしても、熟練された技術を持つ、明らかに一枚、二枚と上手のノクタスに私は封殺され続け、次第に都度都度、魔法障壁を発生させるのではなく常時、魔力障壁展開を私の体力が続く限り行う事でノクタスの猛攻を防ぐようになり始めていた。


(これは、明らかにジリ貧だなあ……)


 都度の発動に比べて継続した魔法障壁の構築は、酷く疲労感の伴う物であったが私の潜在的な魔力オドが多い事にかまけ、物理的な魔力量で言えば問題なく障壁を張り続ける事ができた。


しかし、この点における問題としては、この魔力障壁は魔力消費に伴う精神的な磨耗が激しいという事であった。


 特にこの精神的消耗には既視感が有り、以前に私がオドとマナの見分けが確りと付いていなかった頃に味わった感覚に似ていた。


 そえは身体操作の為、魔翼が放つマナに対抗する為に私のオドによって力場が釣り合うように魔力障壁を張り続けていた状態の疲労感そのものであった。


 訓練が始まって既に二時間以上、恐ろしい事でノクタスは休憩等要らない様子で、ひたすらに私に対して魔法を放ち続け、引き続き私を吹き飛ばしては容赦なく追撃を見舞い続けていた。


 私はノクタスの魔法発動にも限度がある事を徐々に見抜き始めていた。


 それは多段魔法詠唱であったとしても、どこかしらインターバルが存在し、息継ぎのタイミングが確かに見え隠れするというものであった。


 私はその間隙を狙う為に、棒立ちになりがちな魔法障壁の構築を辞めて、訓練場を兎に角走り回り、ノクタスを撹乱する事とした。


 魔力障壁を解除させつつ魔翼が持つ魔力マナによって身体強化を図ると共に、先程から巻き上がり続ける爆炎と砂塵に紛れて地面を蹴った。


 一瞬ノクタスは私を見失ったようであったが、私の魔力反応を察知し狙いを寸分違わずに私へと向けていた。


 私が動き回る事で、ノクタスの魔法術式の発動が先程よりも照準を行う為に時間が必要となっていのを理解し私は更なる行動を開始する。


 そのノクタスの照準が定まる合間に私は魔翼を物理的な盾として操り、ノクタスと私の間に魔翼を展開し続けることで魔力障壁を張らずとも純粋な装甲としてノクタスの攻撃を防ぐことに成功した。


 これを好機と私は一気に距離を詰め、ノクタスと彼我の距離を縮め魔法の爆発範囲内にノクタスも巻き込むような位置取りをする事で魔法発動を躊躇わせようと画策する事としたが、ノクタスは依然として表情を崩さず、寧ろ私に対して行為の是非を伝えてきた。


「まだまだ甘いですねえ」


 にやり、とノクタスは笑うと、強力な身体強化による跳躍によってその姿は私の目の前から一瞬で消え失せ、それと同時に周囲三百六十度を檻のように囲った閃光爆発魔法が形成され、考えるまもなく閃光が私の眼前を埋め尽くした。


 意識が途切れるような衝撃に翻弄された初日の訓練であったが、ノクタスと私の訓練はこうして幕を開ける事となった。

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