第7話 村と魔族と人族の歴史 その2『魔族と人族』


「この村が人族に近い領域にある理由は何故なのでしょう?」


「そこに関して疑問を抱くのは当然よね。本当に魔族の総意として融和を望んでいるとすれば、地政学的にわざわざ争いの渦中に巻き込まれる可能性が有る地域に村を建てたりはしないもの」


 トマムは私の理解に同意を示し、言葉を続けた。


「魔族についてもこの宥和政策については意見が分かれているの。魔族から見て人族は未だに敵である事に変わりはない。そうした人族を首都や大陸内奥部に住まわせるのは管理が出来るとしても危険度が高いと考えている魔族もいるという事なの。魔王バザルジード様や元老院筆頭のレイドアーク様がこの政策を打ち出したとは言え、強権的な改革は民衆に理解は得られない。元老院においても融和政策そのものに対しては承認されたものの、この村の設立に関する幾つかの条件が盛り込まれる事となっていたの」


 トマムの言葉は私が興味をそそられるワードを幾つも含んでいた。


「トマムさん。その辺りについては魔族の政治状況について簡単に説明する必要が有るでしょう。ラクロアの理解力が高いとは言え、概要の説明は必要でしょうから」


 トマムは「あらいけない」と少しあたふたしながら、魔族における政治体系を生態系も交えて話し始めた。


「過去において魔族はそれぞれの種族が自分達の縄張りを守るような形で生活をしていたの。種族の中でも特別強い力を持つ者が種長として差配を振るい、独自の生態系を維持していた。けれどそれは平時の場合に限ってね。魔族という生物はその頂点に君臨する一人の王によって統治されていた。それが魔王という存在。私達は全知全能である魔王に逆らう事は出来ない存在だった。それは物理的な力としてもそうだし、本能として魔王に対する忠誠心や従属性という物が刻まれていたの。これが約八百年前までの状態。一方で今は魔王という絶対的存在を君主として迎えながら、各種族長による会議によって政治方針を決める合議制を採用しているわ。魔大陸全体を一つの国家として考え、そこに住まう魔族全てと共通意思を持った民主的な政治体制を構築しているの。この体勢が完全に機能し始めたのが凡そ六百年前になるわね。現在では魔族においても首都が存在し、そこでは多種多様な魔族が住み付きながら魔大陸全体を統治する国家機能を発揮しているの」


 トマムはすらすらと彼女が知る現状を私に解説してみせた。要約すると、魔族は現在立憲君主制の政治体制を敷いているとトマムは語っている事になる。これについて私は大いに驚いた。多種多様な種族が交わる魔族においてそうした政治体制が保たれているという事は信じがたいモデルケースであった。


「けど、魔王という存在が強権を発動する事も出来るから、完全な民主主義とは言えないように見えるけど」


「そうね。実質的な意味合いで言えば、魔王が何等か恣意的に動こうと思えば強制的に事を成す事は可能でしょうね。けれどこの六百年間において、そうした事例は一度も起きていないの。人魔戦争においても魔王はその強権を発動する事無く、議会が定めた軍事用兵によって人族を撃退したというのが事実。未だに私達は魔王に強制的な従属を求められる事は無く、自由を保っている。更に言えば、魔王は今回の人族の融和政策についてご意見番の元老院の半数以上の許可を以て、議会に対して政策案を提出している。そして議会が承認するに併せて提示した、補足要綱についても確りと受け入れて対応を行っているの。一方で人族の政治体系は同じ君主制と言えど、絶対君主制による強権政治を敷いている。けれど、私達の見立てではこの王政は完全な機能を有しているとは考え難い。人魔戦争以降において王位簒奪が少なくとも七度は行われ、国を二分にする紛争が起こっていた事を確認しているの。恐らく人族は種長である王に我々の魔王のような権能とでもいうべき同族支配の能力が備わっていないと分析されているわ。この点においてはこうして人族との関りを持つ中で、人族の生態が解明されていくにつれて理解が進んでいると言えるわね」


「けれど、分からないなあ。何故魔王は人間と違ってそうした権能を持っているのに態々合議制を敷いて自分の権力を弱めるような事をしているのかな?」


 私の質問についてトマムが返答しようとすると、それを制してノクタスが私へ答えた。


「議論はまさしくその点に集束する事になるのです。恐らく魔王は人族との宥和政策を遥か昔から考えていたのではないでしょうか。魔王の権能は人族には有効ではない。それ故に、単純に傘下に加えるだけでは完全な平和は成り立ち得ない可能性がある。そこで、政治体制を組み合わせる事で、人族が参画しやすい状況を先に造り上げたのではないでしょうか。それであれば納得がいくという物です」


 ノクタスは自身に言い聞かせるようにして私に語り聞かせる。しかしそれは魔王の本心であるかどうかは想像の産物でしかない。


「魔王の意志について私達は窺い知れない。けれど、その可能性は高いと思って居るの。でなければ貴方の言う通りこんな何百年もかけて魔大陸を管理し、剰え魔族同士の交流を深めるようなことはしなかった筈。そして私達魔族は、どこかで魔王に服従する事を強いられていた運命的呪縛から、表面上だけかもしれないとしても自由意志を獲得したという実感が持てているのも事実」


「そこまでして魔王が人族との融和を進める必要はあるのかな? 邪魔なら滅ぼしてしまえるだけの力を持っているのに」


 それはもしかすると、力を持つゆえの驕りであり、ともすれば全知全能と謳われる力を持った者が故の退屈しのぎの道楽でしかないのかもしれない。しかし、こと魔王が本心から人族との宥和を考える魔族であるとすれば、いつかは人族との宥和も実現するのかもしれないと思う程度にトマムとノクタスの言葉には説得力があった。


「残念だけれど、その観点を魔王は明確には表明していないの。しかし、戦争状態からの脱却という観点で言えば、徒に戦力を削るよりも平和的解決を図るのが合理的であるのは間違いないとは思うのだけれど」


「我々では魔王のような方の深謀遠慮を推し量る事は出来ないでしょう」


 確かに魔族からして短命な人族が明らかに次元の違う力を持つ存在の考えを推し量るのはナンセンスかもしれない。けれど、二人の話を聞けば聞く程、もっと別の角度から、大局的に物事を見る必用性と、その為の智識として更に歴史を紐解く必要があるのではないかと感じていた。


「少し話が脱線したわね。そろそろ村の創設について話をしてもいいかしら?」


 私が頷くとトマムは話を続けた。


「先ほどの流れから魔王が宥和政策を提言し、結果として生まれたのがこのトリポリ村になるの。トリポリというのはこの村の村長の名前から取られているわね。彼はこの政策に対して賛成派閥の中でも急進派だった事も有り、首都ニブルヘイムから派遣されてかれこれ村の創設から七十年間に渡って村長をしているの。何れ顔を合わせる事もあるでしょう。この村の役割は、人族と魔族が共同生活を送れるかどうかを見極める事。先ずは人族に対する宥和政策に賛成し、かつその中でも特に協力的な魔族種が彼らの中でも特に若い親世代と子供世代を合わせてこの村に入植させたの。人族については、昔から人族の国家で争いがある度に国外追放となった人たちを集めて、趣旨に賛同してくれた人をこの村の住人として迎え入れたの。この村がメライケ大森林に建てられたのも、そうした人材を吸収する効率を上げる為でもあるわね。勿論、前提として人族を私達が攫ったり、スペリオーラ大陸に対して無遠慮に領土侵犯を行ったりはしていないから安心してね? 私たちはあくまでも、この村に自力でたどり着いた者については保護するというルールを運用しているの。多くの人族はこの村に辿り着く前に森の魔獣に殺されてしまうのだけれど、これは村の秘匿性と効率性を兼ね合わせた折衷案を用いていると考えて頂戴ね」


「それで、この村全体では何人ぐらいが住んでいるの? 散歩した時には結構な大きさだと思ったけど、人数はそれほど多いようには感じなかったけれど」


「村民は全体で千二百名程度、その内人族は二百十名程度だから、全体の約十八%を占めているわね。この住人の規模感は人族基準で言えばちょっとした町相当かしらね。一方でこの村の大きさは四方を二キロメートルで囲いこんでいる事もあり、更に多くの居住者を抱える事が出来るようになっているの。今は、貴方が抱いた感想も通り非常に過疎的な状況ね。これは設立時の構想として、人族の文明レベルで非常に大規模入植が可能となるようにと考えていたの。国交が正常化した際には後々に魔大陸とスペリオーラ大陸を結ぶ交易の要所としてこの村を都市として発展させようという目論見があってのものね。今は区画整理をして網目上に各種族の生活空間を他種族が基本的には侵犯しないように区切った構成になっているけれど、入植者が増えればこの構成も抜本的に見直す可能性は有り得る状況よ」


 確かに散歩をした際に、集落をブロックごとに区切る導線が敷かれており、集落内部も随分と広い区画のわりに家の数も決して多くなく、住人が少ないと感じていたがそうした理由が設計当初より設けられているとは知る由もなかった。


 魔族としては、実験的にこの村を設立しただけでなく、その後もこの村を衛星都市として発展させて魔族、人族の交流及び貿易の場とする事まで考えている事には素直に驚くと共に、随分と遠大な構想であるとも思った。既にこの村が出来て七十年が経つという事からしても、私が生きている間にそのような世界が来るとは到底思えなかった。


「そうすると、既にこの村で生まれ育った大人もいるという事?」


「ええ、その通りです。貴方の両隣の家に住む、サウダース家とトーレス家等はこの村の最初の入植者の家系となります。三十人程度の入植者が今では二百名を超えておりますから、緩やかではあれど着実に成果は出ていると言えると思います」


 七十年での人口増加率を軽く試算し今後に当てはめて単純計算してみる。もう百四十年もすると人口は一万人を超え、二百年後には人族の人口が五万人を超える試算となる。ひょっとすると国交正常化が為されずとも、魔族の事を知る人間をとにかく増やすという考え方も有るのかもしれない。人の思考回路では恐らくそうした超長期計画は採用され辛い傾向にあるが、永い時を生きる魔族であるからこそ、そうした考えを思いつくのかもしれない。


 その後もこの村の成り立について二人の講義を受け続けた。頭では理解しつつも全体を体系立てた情報が欲しいと二人に質問する。


「もっと魔族と人族の歴史を知りたいのだけれど、書物で纏まっていたりしないの?」


 その質問に対してトマムは申し訳なさそうな顔でこちらを見た。


「この村には魔族の歴史書については編纂が開始された約六百年前までの物はあるのだけれど、人族の殆どが研究用に首都に持ち込まれてしまっているから歴史書については余り多くこの村には無いの。ノクタスがある程度を語る事は出来る筈だけれど……任せてもいいかしら?」


「ええ、勿論です。その為の私ですから」


 人族の歴史について客観的な情報が得られない事は残念であったが、先ずは基本的な情報だけでも構わないと考え、その後もノクタスに国家の成り立ちや、魔族と人族の関わり合いについて、文化の度合等、様々に話を聞いた。どれもがノクタスがこの村へやってきた十年以上昔の話であるとの事で、最新の情報はそれこそ首都のシュタインズクラードへでも行かなければ分からないとの事であった。


「因みに、ノクタスは何でこの村に来たの? 」


「私もシュタインズクラードから追放された身でしてね。元々は王国における魔術師を務めておりました。ただ、私は魔法の研究を突き詰めたい気持ちが強く、国家の守護に対してそれほど頓着をしていなかった事もありましてね。ひょんなことから十年前にそうした中で私が担当をしていた王族が跡目争いの中で暗殺されてしまいまして、私も危うく詰め腹を切らされるところだったのですが、その頃開発していた魔法で何とか王都を抜け出したと言うわけです」


 ノクタスは笑いながらそう言ったが内容は穏当では無かった。


「その後は行く当てもなかったのでいっその事、魔族の魔法を研究しようと思い立ち、魔大陸を目指していたのですが、偶然にも大森林内でこの村を見つけ、そこで出会った魔族の皆さんからだいぶ良くしてもらいましてね。気が付いたらこうして住み付いていたという訳です。今では入植者への歴史説明や、魔法の研究と農耕技術などへの転用を主な仕事としています。勿論、子供達への基礎訓練における教官もミナレットと共に務めていますよ。今後、長老たちとの協議次第ですが、ラクロアは魔力操作について優先して習得する必要があるようですから、直ぐにまた会う事になるでしょうね」


 ノクタスは自分の過去を語った後に「しかしろくでもない人生を送っているものですねこうしてみると」と自嘲気味に呟いたが、それは自分を卑下したものではなく自分の意志を貫きながら生きる人間特有の満足感を覗かせる表情であった。


「ふふ、あなたも自分の人生を思うように生きられる事を先達として祈っています」


 彼の祝福の言葉は私にとって今はとても気持ちの良いものに感じられた。

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