第4話 ラクロア村を散歩する その1『ラクロアとグリム』
三歳になると身体的な違和感を覚える事は略なくなり、これまで魔力操作に力を割いていた時間が丸々暇になるようになっていた。漸く余裕が出てきた事もあり、私は自分が住まうこの村について調べ始める事とした。
トマムの姿から、この村に人ならざる者が存在している事は理解していたが、それを何ら違和感なく大人たちが受け入れている事は意外と言えた。どうやらこの世界は異形の存在が当たり前に認知され、人間と共生を図っているようであった。
村の大きさは想像以上の規模であった。
二キロメートル四方を石積みの城壁で囲われており、その城壁に使われる石材も、岩を切り出したような精巧さが見て取れた。
経年劣化があまり見受けられず、門番をしていた魔族――全身の外皮は鱗に覆われ、ギョロギョロと忙しなく動く両眼とその動きに似つかわしい爬虫類顔をしており、魔族の分類学上はエキドナ種と定義される、片手に槍を持つことが特徴の魔族である――のシドナイに話を聞くと城壁には劣化防止の魔法が掛けられているとの事であった。
また、石材の切り出し及び成型も同様に魔法を使用しているとの事で、特に加工技術に優れた一部の魔族が行っていたと鼻高々に教えてくれた。
そうこうして、城壁の内部を散策する事でこの村における全容が徐々に露わになってきた。
東西南北で種族毎に居住区域が宛がわれ、村の中央が商業地域や政を営む為の社が設置されているという事が漠然と把握できた。
そうすると漸く自分達、人族の集落は南東地区に位置しているという事が分かり自身の凡その位置という物が見えてきた。
人族の集落は凡そ百数十人程度の規模で生活を営んでいたが、散歩の合間に大人達が他の集落を訪れ日々の情報交換を行っている姿もちらほらと見受けられたことから、別種族同士でもある程度の交流は行われているようであった。
そうした中で私が一人で村を散策している姿を何度か見咎められたが、私が魔翼持ちであると気づくと「まあいいか」と寛容な様子であった。
◇
集落を時計回りでぐるりと突き進むのが各地区を知る上で効率が良いと考え、ひたすら集落を突っ切る形で直進していたところ、突如として現れた四足歩行の狼に似た姿を持つメザルド種の若い魔族が私の姿を見るや否や、私の前に躍り出ると同時に食って掛かってきた。
「おい、人族の子供ー! 我らが集落を通る事は許されぬぞー!」
その若狼は言葉遣いに似合わず、身体も小さく、少し舌足らずさが見て取れ非常に愛くるしく見えた。
彼はその身体を何とか大きく見せようと、ぴんと背筋を伸ばしているのが印象的であった。その仕草から何となくではあるが、種族は違えど今の私と年齢もそう代わらなさそうに見えた。
(……うん、可愛いな)
銀色の体毛で覆われたその体躯も本気を出せば今の私でも十分に抱きかかえられそうな大きさであり、歯茎を見せて威嚇しているが、牙の大きさもどことなく心もとない。狼との違いと言えば額に第三の目が存在し、尻尾が三又に分かれているぐらいであった。
ふと、彼の背後に目を向けると、この若狼の姿に似た子供達が物珍しそうに私を眺めていた。どうやら彼らの足元にあるブーメランを見るに、子供達だけで遊んでいたようであった。
「ふむ。各集落を探検して来た中で通るなと言われたのは初めてだな。君の種族は人族と敵対でもしているのかい?」
私の言葉を聞くと、後ろの三匹の若狼たちは驚いたような甲高い鳴き声を上げた後、慌ててひそひそと会話をし始める。
『若い人族が一人で集落を冒険するなんて……』
『僕たちもまだ他の集落には一人で行った事が無いのに』
『本当はこいつ小さいけど、大人なのかな?』
『私達よりちいちゃいのに?』
それを聞いた目の前の若狼も同様に驚いた様子を見せたが、相変わらず威嚇の姿勢を崩さずに私を見据えていた。
「他部族の集落には子供だけで行ってはいけないって決まりがあるんだぞー! 破った子供は大人から罰を受けるんだぞー!」
先ほどまでの堅苦しい言い回しはすぐに崩れ、子供らしい物言いで若狼は集落のルールを私に説く。ここで漸く私は子供一人で出歩く事が集落の中では禁止されているという事に気が付いた。
よくよく確認してみると、幾つか村としてのルールがあるようで、他の集落に訪問する際は自分の種族の大人に連れられる必要があるようで、子供が自由に出入りしていいのは商業地区等の限られたエリアだけであるようであった。
「なるほど。先ほどまで各集落で受けていた視線はそういう事か……」
今の現在位置を考えると、東部の城壁でシドナイと出会ってから更に北進した当たりであった。南東の人族の集落から既に六区画程度は北へ進んでいる事となる。
面倒ごとを回避する為に一度西進する事もやぶさかでは無かったが、何故だか無性に目の前の若狼に興味が惹かれる事に気が付いた。その姿が実に可愛らしかった為であるのか、無駄に私は好奇心が刺激され、暫く会話を続ける事とした。
「まあまあ、一旦落ち着いて話しをしよう。集落の中に入らなければいいのだろう? 僕のいる場所は丁度集落と集落の境目になる通路だしね。僕の名前はラクロア。見ての通り人族の子供なのだけれど、君の名前は?」
若狼はしばしば考えるが、確かに私が自分達の集落に足を踏み入れないのであれば、こちらを糾弾する必要は無いと判断したようで、渋々と言った様子ではあったが彼は名乗りを上げた。
「獣魔族のメザルド種、メルトギリウスの息子グリムだよー」
「よろしくグリム。僕は今日初めて人族以外の魔族に出会ってとても好奇心が湧いているんだ。ちなみに君は他の魔族には会ったことがあるかい?」
グリムは少し悔しそうにかぶりを振った。
「俺達はまだ子供だから集落から出してもらえないんだよ。『自分達の普通が他の普通とは限らない』とか父ちゃんがよく言っていたからなー。ラクロアは後で大人に怒られるとおもうけど、ちょっと羨ましいな。この村にはたくさんの魔族が暮らしているんだ。特に大人は強い魔族が多いと聞いたぞー」
「さっきは東地区の門番をしていた爬虫類顔の魔族にも会ったけど、強いのかな?」
「おお! それはきっとエキドナ種の魔族だなー。彼らは魔族の中でも特に戦いが強くてエキドナの持つ魔槍はなんでも貫くって母ちゃんも言ってた。この村を覆う城壁の原料を切り出したのもエキドナ達だって聞いたけどなー。ラクロアはいいなあー、会ってみたいなあー」
思いのほかグリムはどういった魔族が村に住んでいるかを両親から聞かされているらしく、様々な魔族の情報を話聞かせてくれた。話をしている間は終始尻尾を嬉しそうに振り続けていたのが実に愉快であった。
暫く二人で会話を続けていると、グリムの後ろでその様子を見ていた若狼たちがそろそろと口元にブーメランを携えて近付いてきた。
「ねえねえ、グリム。人族にぶーめらん投げてもらおうよ。投げるのは人族の方が上手いって父ちゃん言ってたよ」
「あそぼー、人族あそぼー」
「僕も遊ぶー」
私に若狼たちはブーメランを無理やり押し付けると『早く投げて』とでも言わんばかりに三又の尻尾を全力で振っていた。幼いメザルド種は皆こうなのだろうか。こうしてみるとグリムは他の若狼と比べて幾らか大人に見えるのが不思議であった。
「仕方ない奴らだなあー」
グリムはせっかく会話を楽しんでいるのにと若干煩わしそうな表情をみせつつ、確りと他の若狼に混じってこちらを急かした。
「言ったら聞かないから適当に投げてよ。集落の中に向けて投げればこいつら勝手に捕まえるからさー」
受け取ったブーメランを見ると木製ではあるが極めて薄い作りであった。
中央をくの字型にしながら、手元に掛けては一段角度が外側へ跳ねるように付いている。
この辺りを見るに、手元に帰ってくる事を想定に設計された物であり、狩猟用ではなく遊戯用に作られた物であると思われた。
何となくの遊戯感覚で作られたものでは無く、確りと計算が為されて作製されたように見える当たり、ひょっとするとこの村の職人のレベルは思った以上に高いのかも知れない。
私はブーメランの端を掴み、垂直からやや斜めにブーメランを倒すように構え、そこから大きく振りかぶり放物線を描くようにして思い切って腕を振りながらブーメランを投げると三歳児が繰り出したとは思えない速度でブーメランは飛翔し中空を切り裂いて集落へと突き進んだ。
若狼たちは驚いた事にその速度と並走し出すと、その内の一頭が空中を駆けるようにして飛びつくとブーメランをその口でつかみ取り、勝利の雄たけびとばかりに大きな遠吠えを行った。
『グリムずるいー、空中走るの禁止―』
『グリムのずるっこー』
『ずる禁止―』
意気揚々に私の下に戻るグリムに対して他の若狼から遠巻きに非難の声が上がるがグリムは気にする様子もなく、空中を走れない若狼たちが悪いと返していた。
(そうか、お前も結局参加するんだな……)
と心の中で突っ込みをいれつつも、その後もせがまれるままに何度もブーメランを投げる事となった。
その中で幾つか気が付いた事があった。自分の物を投げる動きに合わせて無意識化で魔力を使用していたようで、今の自分に足りない筋力を補助していたようであった。
使用された魔力は自分が制御下に置いている魔翼に込められた
体内に流れる魔力を堰き止めている事から、どうやら体内を通さずに『魔翼』が自動的に外部付与の形で
どうやら自分の身に宿る魔力を使用する方法にも幾つか有るようだが、正直なところ自分で探求し続けるのは時間が掛かりそうであった。
まあ今はいいか、と私は引き続きグリム達、メザルド種との遊びに興じる事とした。
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