第3話 ラクロア成長譚 その2『思考、努力、魔力を理解する』

 一般的に生物には種族に関わらず生命活動に必用な要素として固有の魔力が備わっているらしく、私の場合で言えば族としての魔力オドと、『魔翼』それ自体が持つ魔族的な魔力マナが存在しているという事であった。つまるところ、私はどうやら人族と魔族、その両方を併せ持つ体質であるらしかった。


 「極めて厄介な身体に生まれたものだ」


 と、赤子ながらにため息が漏れる日常であった。


  問題点は魔翼が持つ魔力マナは私の意志に基づかずに自動的に私の身体へと流れ込み、抗力を発揮してしまうという点にあった。


 『魔翼』は私が生まれてこの方、赤子としてのか弱い我が身を防御するように自動的に稼働を続けており、その巡らされた『魔翼』の魔力マナによって身体機能の補助だけでなく、食事すら不必要となるように生命維持を強制的に行われていたが、鈍い事に当時の私は気づかずにいた。


 具体的に私の身体に何が起こるのかと言うと、私が意識的に行う身体操作に対して、更に自動で『魔翼』の魔力抗力が強制的に付与される事となり、自分が実行する身体の動きが無駄に強化される事で、意識と現象として起こる動きが全く噛み合わないという不具合が発生していた。


 当時を思い返せばそれこそ寝返りを打つと何故か四回転してしまうというような有様で、そうした動き一つとっても赤子だてらに極めて不自由な有様であった。


 その魔力抗力の構造を動かぬ身体でありながら、有り余る乳児期の時間を使い、身体の隅々まで意識を巡らせる事に成功した頃、原因解析をする事に何とか成功した。


 その発生源は自分が発する『動く』という意思に合わせて供給された魔力マナが過剰に抗力を発揮してしまうという体内における魔力の流れにあった。


(なるほど、つまり、この過剰な魔力供給によって発生する抗力の自体をどうにかする必要があるのか……、これまた厄介だな……)


 あーでもない、こーでもないと、私が試行錯誤を延々と重ね行き着いた結論として、自分が人間として生来的に持つ魔力オドを操る事で『魔翼』が発する魔力抗力とを相殺するという絶妙な魔力コントロールが必要であるという事であった。


 それからという物、私は骨格が出来上がり始めた生後八ヶ月頃から一年半以上に渡ってこうした自分の身体を操る為の魔力コントロールに意識的に時間を費やす必要に駆られた。


 私が必死になって身体操作の技術を向上させようと躍起になる傍ら、当時その様子を見ていた育ての親であるトマムは魔族の子供達には良くある事と特に心配もせず、そうして魔力操作を覚えるものだと私を半ば放置していた。


 これもまた後ほど窺い知る事になるが、魔族の子供は生後三ヶ月もあれば日常生活に困らない程度の魔力操作を覚えるとの事であり、それもまた世の中の一般的な認識であったようだが、しかし私の場合はそうもいかなかった。


 正直なところ、遅々として上達しない魔力操作に業を煮やす毎日であった。


 最初は先ほども述べた通りそれこそ寝返りをしようとするだけでも運が悪いと魔力抗力が過剰に反応してしまい、勢い余って壁に激突し強かに身体を打ち付けられてしまう事も暫しあった。


 その他にも、立ち上がる為に壁を補助にしようと手をついた際には、その勢いで肩を脱臼する等、本来自身の身体を保護する為の魔力反応が過負荷となり、生傷が絶えない生活を強いられていた。


 これを苦行と呼ばずして何と呼ぶのか、私は未だ口の利けない我が身を呪いながらこの生活に慣れざるを得なかった。




 しかし、幸にして一歳半を過ぎた頃には通常の人族の赤子と同様に、この村で使われている魔族人族における共通言語をある程度理解する事が可能となった為、窮状をトマムに訴えると、慌てたトマムが人族の集落で手助けを求め魔力操作に長けた大人達に様々面倒を見てもらう事が出来るようになった。


「本当に魔力が動きを阻害しているみたいね? カトルアと一緒に身体の動かし方を一緒に覚えましょうね?」


 私に救いの手を差し伸べてくれたのは、隣家に住まうオリヴィア・ラーントルクという女性であった。


 この点において私が生まれたと同じ時期にカトルアと名付けられた女児を育てていたラーントルク家には非常にお世話になったと言える。


 カトルアを育てながら母親のオリヴィアがまるで本当の母の様に私の面倒を見てくれていた甲斐もあってか、人族としての魔力制御の基礎を学びながらその後は徐々に魔力の扱いが上手くなっていったように思う。


「あくろらー、あくろらー」


 ついでではあるが、親の名前かの様に私の名前を連呼するカトルアが物珍しそうに魔翼を触りながらやたらと私に構ってくれていた事も記憶に深く刻まれていた。


 しかしながら、制御が徐々に上手くいくようになってからも長らく苦行は続いていた。


 魔翼が持つ魔力量が常人と比べて極めて高く、その当時の私が操れる生来身体に宿っていた魔力では自動的に魔力供給がされ続けるとすぐにガス欠となる事が原因であった。


 全力で常に走り続けているような感覚とでも言えばいいのか、訓練に訓練を重ねた結果として、自由意志で動ける活動時間も連続で精々十五分程度が関の山であった。


(しかし、これはやたらと疲れる……そもそも、この方法は本当に合っているのだろうか……)


 内心で今の状況を疑わしく思いながら、徐々にではあるが成果が出ている以上、それを続ける以上の選択肢は私には無かった。


 結論から述べれば、それは全くの間違いである事が判明する事となる。


 最初の頃は自身の筋肉への抗力、つまりは魔翼から供給された魔力が補助効果を発動したタイミングでそれを打ち消すように自身の持つ魔力をぶつけ、相殺する事で過剰な魔力供給を止めようと考えていた。


 しかし他の大人と身振り手振りで会話しながら魔力操作の概念を掴んでいく事で、そもそもの発想が間違っているという事に気が付く事となった。それを指摘したのはアーラ家のノクタスであった。


「ふむ、そもそもの発想が間違っていますね。魔力抗力が発揮してから相殺するのでは幾ら魔力があっても足りません。重要なのは抗力が発揮する前にそもそも抗力を発揮させないという事なのですよ」


 悲しい事に私が当初想定していた方法は、常に発動した魔法に対して更に相殺魔法を唱え続けているような物で、魔力の消費が格段に激しくなる上に、緻密な魔力コントロールを求められる技であるとの事であった。


 寧ろ十五分と継続して対応できる事が既に異常なレベルであるとの事でノクタスは随分と驚いていた。


(これまで掛けて来た私の時間は一体……)


 生まれてこの方、自分が行っていた事が無駄な努力であった事に半ば絶望しかけたが、人族の大人たちによる魔力操作の講義は非常に体系立てられており将来を見据えた上では十分に有意義であったと言えた。


 ノクタスの指導の元、こつを掴めばこれまでの苦行は一体何だったのかと思える程の速さで、自身の身体の自由を徐々に獲得する事ができた。


 自分のこれまでのセンスの無さに流石に忸怩たる思いであったが、それよりも身体的な制限を解消できる切っ掛けを得たことの喜びは殊の外大きく、気が付くと私はそんな事も忘れ訓練に勤しむ事となった。


 魔力操作において最も重要な点は、魔力が抗力を発揮する前段階に何等かの手段で介入する事で、抗力の発生そのものを妨げる事が重要との事であった。


 私の場合は、筋肉に対して魔力が魔翼から供給される事で抗力が発生している為、筋肉に作用する出掛かりをせき止める事が重要との事で、その思考錯誤に明け暮れる事となった。



 人族の中で最も魔力操作に優れたアーラ家の魔術師であるノクタスの説明を引用すると「田んぼの用水路の栓止めを行うイメージ」との事で、先ずは身体のどこから魔力が流れるのか――私の場合は左右の肩甲骨の中央にある背骨であった――を認識した上で魔翼から身体への魔力供給を防ぐ訓練を行う事が肝要との事であった。


 魔翼の魔力供給をせき止めた時に何等か不都合が発生するかと気にしていたが、その心配はいらなかった。


 むしろ抗力が発生する前の魔力と私自身の魔力が接合すると今までは完全に別の生き物のように蠢いていた魔力の流れはぴたりと大人しくなり、寧ろ魔翼に自分の魔力を流し込む事で自身の手足のようにして魔翼を操作する事が出来るようになっていた。


(なるほど、流し込む魔力量で結晶体の動きを制御できるのか。慣れると面白いな……)


 魔翼を操作して家の周りをのろのろと飛び回す事が出来るようになった頃には私は十分に身体操作が可能となるまでに魔力のコントロールが出来るようになっていた。


 試行錯誤の果てに手に入れた身体の自由に歓喜しながら私は束の間の自由を味わっていた。





 こうして長らく訓練を受け続け、一年掛かりで人族の他の子どもたちと何ら変わらぬ身体機能を獲得するようになった時には集落の人々が集まって健やかな成長を祈りささやかな宴が催された。


 大人たちにとっては人族としての少ない身内の成長は心からの願いであったのだろう。


 カトルアの母であるオリヴィアはほろほろと涙を流しながら、私の成長を実の息子の事であるかのように私の事を強く抱きしめ喜んでいた。



これが私が二歳半になるまでの成長記であった。

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