第5話 敵対者
「ねぇねぇマリアちゃんってどっち?」
「私よ。よろしく!」
ゾンビ男のおちゃらけた問いかけにマリアが手をあげ答えた。
「わー実物が超可愛いなんて反則ー生マリアちゃん尊い」
「ありがとう。私も生ゾンビって初めて見たわ」
「そりゃあ今までずっと日陰暮らしだったからね。でもそれも今日でおしまい」
「どういうこと?」
「これから僕らゾンビの時代が始まるからさ。世の中には人ならざる種族がいっぱいいる。そんな中でも一番強かったのが吸血鬼で、圧倒的な力で他の人外たちをねじ伏せ決して表舞台に立たせようとしなかった。でも幸いなことに彼らは人間に倒された。一人だけ生き残っているという噂があったから、しらばく様子を見ていたんだけれどここ50年音沙汰ないから滅んだだろうね。邪魔な吸血鬼がいなくなった今、この世界でゾンビたちの物語を始めるんだ」
「そうなの? でも一体どうやって?」
「これだよ」
4人がけテーブルの上にあるテレビの電源がつき、画面にどこかの野外が映し出された。川が近くにあるのかせせらぎの音がする。中心には短い糸で繋がれた赤い風船が転がっていた。
『あそこは首都へ水を供給する浄水場の一つで、あの赤い風船の中に人をゾンビにするゾンビーパウダーが詰まっているんだ。過去、吸血鬼細胞に汚染された水道水によって9000人近くの眷属が生まれそうになったことがある。ゾンビパウダーも結構な感染力だからそれだけのゾンビが誕生してもおかしくないね。そうしたら、どうなるだろうね?』
恐怖と混乱に支配された人間たちの映像が脳裏に浮かぶ。
ただでさえ今は、ギリギリな状態なのだ。
ちょっとしたことが引き金を引き大パニックになり、あっという間に暴力に満ち溢れるだろう。一度始まってしまったら事態は最悪な方向に転がっていく。
ぎりっと睨むとゾンビ男は楽しげに両手を広げた。
「それこそ僕が望んだ物語。あとは始めるだけ。でもさ、こういうのって人知れずやるより、大々的にやった方がゾンビ爆誕って感じになるでしょう? ということで生実況しながらやろうと思っているんだ。マリアちゃんもお友達も一緒に特等席でゾンビがこの世界に溢れていくのを見よう? そのためにわざわざここに呼んだんだ」
背後から物音が聞こえ、振り向くと2体のゾンビがいた。
他にも階段から降りてくるもの、ゴミの山から這い出てくるもの、と続々現れる。
ゾンビたちにいつの間にか取り囲んでいた。
舌打ちをする。生き物の気配がないから、油断していた。
「2人とも僕が手ずからゾンビにしてあげる。ゾンビライフを楽しもう」
「嫌に決まっているじゃない」
マリアが手をかざし言葉を紡ぐや、周りのゾンビたちが血を全身から噴き出し次々と倒れていく。
ゾンビ男も私も、驚愕してマリアを見た。
紛れもなく吸血鬼の力だった。
「え……マ……マリアちゃん……一体何者……?」
「さっきあなたが言っていたじゃない。私がその最後の吸血鬼よ。そしてさようなら、ゾンビさん」
ゾンビ男の目から血がダラダラ流れ、手をばたつかせた。
「あ……ああ……!」
うめき声を発した直後、彼の頭が爆発した。頭を失った体は何歩か歩いた後、ドッと倒れた。
くすくすと笑うマリアに言葉を失うしかなかった。
いつの間にこれほどの力を取り戻していたのか。
とにも角も非常事態だ。
対吸血鬼シールドを展開し、時間を稼いでいる間に吸対に連絡しようとスマホを取り出そうとして、手がかすった。
ポケットにあったはずなのにない。
どこかに落とした?
いや、男の写真を撮った時にはあった。
まさか――とマリアを見れば、彼女の手元にあった。
「連絡はさせないわ」
「マリア、あなた……!」
にこりとマリアが笑ったと同時にピィンと耳鳴りがした。
この感覚は――転移。
かつて吸血鬼が使っていた術の一つだと理解した時には、マリアは消え去っていた。
「マリア……!」
目的地は映像の場所だろう。
時間がない。今すぐに彼女を追うしかなかった。
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