第3話 ダンピール
1970年、世界安全機関は対吸血鬼戦線における終戦を宣言した。
リリスから続く、吸血鬼との戦いは終わったのだ。
しかし当初の目的であった「地球上からの吸血鬼の根絶」には今なお至っていない。
最後の吸血鬼であるマリアがいるからだ。
当時の彼女はまだ幼体であったために、上層部が情けをかけ退治されなかった、と表向きは説明されている。
でも本当の理由は違う。
ある意味、吸血鬼がいたことで経済が支えられていた部分があり、次の世界に移行するには準備期間が必要だったからだ。
そのためマリアは吸血鬼の脅威を伝える存在として、名前を剥奪され13の拘束を施され、大人の事情で生かされ続けた。
けれど、時がたてば事情も変わる。
終戦から50年以上たった2021年。
日本の対吸血鬼戦の要であった吸血鬼対策本部、通称吸対は、一人の無害な吸血鬼にわざわざ金をかけて対策をする必要がないと予算が年々減り、担当が代わり、人員が減らされ、部署が変更し、今現在、重大な規範を犯したが公務員ゆえに首が切れない人間たちが流される部署と化した。
かつて共に戦い勝利を祝った者たちの座っていた机には、仕事をサボってスマホをいじっている人間しかいない。
彼らにいくらマリアの現状を報告してもムダであった。一丁前にプライドだけは高く、こんな部署になんで俺が配属されているのか分からないと、私にネチネチ小言を言って鬱憤を晴らすだけだ。
『人工血液こぼしたって? もうさ、例のアレでどこも予算ギリギリなんだよ。そこさぁ、ちゃんと分かっている?』
『マリアちゃんの報告書? あー見た見た。がんばっていると思うよ。でもさあ、それとこれは話が別でしょう?』
『いいよねー俺もマリアちゃんを見ているだけでいい適当な仕事してー』
正直、辛い。
それに加え、世界は新型感染症という新たな脅威を前に混乱をしていた。
次から次へと湧いてくる問題の対処に精一杯で、誰もが過去の敵を気にかけるどころか、存在すら忘れていた。
そんな状況下、マリアは無害な吸血鬼の皮を脱ぎ始めていた。
『どうしてスパチャオフにしているかって? だってエリナは吸血鬼だからお金じゃなくて血が欲しいの!』
上司が仕事中にこっそり見ているマリナチャンネルのVtuberはマリアが演じている。
登録数は先日10万を超え、彼女は信者たちに血を貢がせていた。
(全部、報告書に書いてあるけれど絶対見ていないだろうな)
抑えとなるはずの吸対がアレではどうしようもない。
微力ながら力をつけつつあるマリアを前に、まったく手段がないかと言われると、そうでもない。クソ上司を飛ばしてしかるべき場所に報告すればいい。
ただそれをやってしまえば最後――マリアは人間社会に敵対したとみなされ瞬時に叩き潰されるだろう。
だから私には、彼女の行動が理解できなかった。
どれだけがんばったところで同胞が生き返ることはなく、最後の吸血鬼としての立場は変わらない。どうして死ぬ危険を冒してまで足掻いて生きようとするのだろう。
それと同時に思う。
私はなんで生きているのだろう。
マリア同様、私も新しい世界から取り残された側の人間だ。
いや、人間ではない。人工ダンピールだ。
16歳の時に家族を吸血鬼に皆殺しにされ復讐のために吸血鬼細胞を埋め込み、対吸血鬼戦線での最終兵器として戦った。
けれど脅威がなくなった今、吸血鬼を恨む人間の凶刃からマリアを守るボディーガード兼監視役としてかろうじて存在が許されている、金食い虫だ。
体内の吸血鬼細胞が必要以上に増えないよう搭載されたナノマシンの影響で年をとらない体は、度重なる戦闘の後遺症が今頃現れ始め、日々
使われず、手入れがされない武器が少しずつ錆びていくように。
〝物語の終わりの先には何があるのかしら?〟
いつだったか、マリアにそう問われた。
人類は吸血鬼を殲滅しました。めでたしめでたし。
私の物語はあの時、終わりをむかえた。
そこからの延長線上には何もない。空っぽのまま、ただ緩やかな死が待つだけだ。
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