第2話 日常

 天井が目に入り、ああ今日も生きているとため息をついた。

 寝たまま死んでいたらよかったのに、と思うのは日課に近い。

 ガチガチに固まる体をなんとか起こし、冷蔵庫にある人工血液とトマトジュースを混ぜコップに注ぐ。

 今日は血液パックを申請しに行かねばならない。

 ついでに免疫抑制剤ももらってくれば「これ高いんですよ」という小言も1回で済む。 

 コップを傾けグイと飲み干そうとした直後、あっと思った時にはガチャンと音とともに足元に液体がバシャリとかかった。

 、床にはコップの中身がぶちまけられていた。




「おはよう、ソラ。今日もいい曇り空ね」


 案の定、マリアは玄関ドアの向こうで待ち受けていた。

 オートロック式のマンションなのに、彼女がこうしてドアの前に立っているのは毎度のことだ。いくら対吸血鬼用の防衛結界を張っても易々と突破される。

 家にいる限り吸血鬼の特性上、入ってこれない。

 けれど、そうでもない時はこうして彼女につきまとわれていた。

 

「病めるときも健やかなるときもあなたと一緒にいたいのよ」


 と彼女は言うが、そんなものはただの建前。彼女の拘束を私に解いて欲しいからだ。絶対しないと言っているのに、諦める様子はない。

 家に引きこもりたいが、ちょっとでも遅刻すれば上司の嫌味攻撃が飛んでくる。

 わざとらしくため息をつき彼女の隣を通ろうとすれば、彼女の澄んだ声が耳元に届いた。


「人工血液の匂い。もしかしてこぼしたの?」


 うっと声が漏れそうになった。

 犯罪現場のような朝の惨状を泣きそうになりながら片付けた先程の出来事が頭をよぎり、そっと右手の縫合部位をさする。

 これ以上マリアに詮索されてるとめんどうだ。


「そういうあなたこそ、天然の匂いがぷんぷんするんだけれど?」

「あら、バレた?」


 マリアは悪びれることなく小さく舌を出した。


「一体、何人の血を吸ったの?」

「あててみて」

「……7人?」

「あたり」


 問いただす目を向ければ、彼女は肩をすくめた。


「だって人工血液なんて不味くて飲めたものじゃないもの。何度も言っているけれど彼らは進んで提供してくれるのよ。私は受け取っただけ。もちろん命はとっていないわ」


 本日、何度目か分からないため息をつくしかなかった。

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