空っぽ少女と最後の吸血鬼

ももも

第1話 最後の吸血鬼

「物語の終わりの先には何があるのかしら」

 

 本を読み終わった私の隣で、彼女がつぶやいた。  


「めでたしめでたしと締めくくられても、その世界は続くでしょう? 彼らの“それから”はどうして語られないの?」


 聞こえているのでしょう、と彼女の指が腰をつついてくる。

 余韻にひたっていたいと分かっているだろうに、嫌がらせには絶好のタイミングだ。

 けれどこのまま無視すれば経験上、もっとめんどくさくなる。

 本から顔をあげ横を見れば、彼女は仰向けに寝て空を見上げていた。

 シャープな輪郭がくっきり際立つ。そのまま引き寄せられるように細い首が目に入った。

 

 ――首を、絞めたい


 脳裏に浮かんだ言葉は瞬時に取り消される。

 そのような命令は受けていない。

 それにたとえ実行しても、彼女は喜々として受け入れ、こう言うだろう。

 

 ――私のことを殺してくれるのね?

 

ふぅとため息をつき、腰をつつき続ける指を邪険に振り払うと、彼女は大人しく引っ込めた。


「その後の彼らについて特別、何か語ることなどないからじゃない?」

「ふうん」


 適当に答えたというのに、彼女は満足げに喉を鳴らす。 

 そして立ち上がると長い黒髪をかきあげ、作り物のような綺麗な顔でほほえんだ。

 

「じゃあ、この世界の吸血鬼のその後の物語はどうなると思う?」


 

 口の端にちらりと犬歯がのぞく。

 その毒牙にどれだけの人間が犠牲になったのだろう。

 男であれ女であれ、彼女の朱の目で誘惑され正気でいられる者などそう多くない。 

 けれど、その罪を咎める者は少ない。

 刃を向ければ、愚者たちは彼女の盾になり慈愛の目を浮かべ口々にこう述べる。



 彼女はたった一人の吸血鬼なのだから、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る