渡れ! 騒がしき鳥たちよ

久賀広一

渡り鳥のV字飛行は、なかなかに騒がしい。


「はあはあ……少し疲れてきたよ……。先頭を交代してくれる?」

「OK! 僕は今日、調子が良いんだ。けっこう長い時間ひっぱれると思うよ」


そんな風に、たいてい彼らは、なごやかな雰囲気で大陸を渡っていく。

その名は、『キョクアジサシ』。

北極圏ツンドラから、南極の海域まで三万㎞を超える旅をする、勇鳥だ。


「ピーピピー」

「あっ、あいつ!」


しかし、多くの鳥が隊列を組む難しさ。

中には、ふざけたやからが必ず1羽、2羽はいるものなのだ。


”ねえ、ちょっと昼過ぎで暖かくなってきたからボーッとしてたけど、さっきのヒト、10㎞くらいで先頭代わらなかった?


”やっぱり、君もそう思う? 僕も、その前のキョクさんから、何か短くなってないか?って感じたんだよ”


20羽を上回る数の鳥たちの、あちこちでヒソヒソとした声が上がりはじめる。


先ほど最後列に回った者が、さして疲れたふうもなく、口笛を吹いているのを聴き取り、頭の毛を逆立てている仲間もいる。


そんな意識の乱れからか、やや隊列はくずれ、羽ばたきの軌道も上下に揺れはじめていた。


「……やあ、みんな」

そこで全員に聞こえるように話し出したのは、その渡り鳥グループのリーダー格、アジさんだった。


「知ってるかい? さっき後列に回ったキョクさんやサシさんは、寒い地域で飛ぶのはあまり得意じゃないけど、”南方の風は気持ちいい”と、オーストラリア海域では他の1・5倍も先頭を飛んでくれることもあるんだよ」


それは長い目で見て、良いことじゃないかい?

そんな穏やかな意見が語られていた。


いったんその話は終わったように思えたが、しかし、古手の鳥たちの中には、特定の仲間をよく見ている者もいたのだ。


そんな老鳥の1羽が、声をあげる。

「なあ、アジさん。あんたの言うことはもっともだ。けど、あいつはどうだい? 今も後ろの方にいるチョウの野郎は、他の者が気付かないくらいの微妙なサボりをしやがるし、エサ場では仲間の鳥をストーキングして、自分で探さずに誰かの食い物を横からかっさらうばかりだ……!」


そ、そうだそうだ!

チョウさんは、僕もずるいと思ってたんだ!


意外なほど、その話題には反響があった。

リーダーは、小さくうなったあと、首をふることしかできなかったのだ。


……そして。

これは言うべきかどうか迷ってたけど、と彼は語り出す。


「……実はね、私はこれまでの、いろんなことの数を記憶しているんだ。ただ空を渡ってゆくだけなんて、過酷だけどあまりに退屈じゃないか。それで」


まわりに配慮しながら、アジは続ける。


「これまで、目的地まで飛べそうにない天候の悪化や、人間の土地開発で奪われたいくつものエサ場。そういった目の前に持ち上がる緊急の問題から、誰が一番群れを救ってきたのか?」


「……」

周囲の渡り鳥たちは、黙り込んでいた。

お互いに視線を交わし、”まさか”というような表情をうかべる。


誰かがポツリと言った。

チョウさん……


皆、心の底では分かっていたのだ。

誰がこの群れを、全滅の危機からいちばん多く救ってきたのか。

向かい風が荒れた日、ヘトヘトになってたどり着いたエサ場の湖が埋め立てられていた絶望から、一筋の光である小池を見つけてきたチョウ。


「でも!」

と若い鳥たちは叫ぶ。

「僕たちは、アジさんがリーダーだから、この群れにいるんだ!!」

「そうだ! チョウの奴がここにいてそんな働きが出来るのも、アジさんの器があってこそだよ!」


皆の嬉しい声に、リーダーは困ったように微笑むだけだった。

幾度もの窮地におちいりながら、それをくぐり抜けてきた者だけが身につけることができる、雄大で温かな笑み。

もっとも価値ある存在は、どこまでも酸素や太陽のように、当たり前にそこにあるものなのだ。


……それなりに体の大きな鳥が空を飛翔すると、その斜め後ろには他の鳥を助ける上昇気流が発生する。

10羽程度の数のV字飛行でも、同じ労力の50%飛距離を伸ばせ、20羽を超えると70%近くのプラスαが生じるのだ。


過酷な地や気候を抜ける彼らは、少しでもその生存確率を上げねばならない。


おおむね、渡り鳥たちは平均的に役割を分担している。

……だが。


「やっぱり、チョウの野郎は……」

「いや、キョクさんもだよ! 自分にとって心地の良い飛行だけしてるなんて、気まま過ぎる!!」


何かと騒がしく、今日も空を往き来しているのかもしれない。










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