魔王との戦い……そして
「ぐ……ぐぐぐ……」
「勇者様!!!」
「まさか、これで終わりではないだろうな?だとしたら、とんだ拍子抜けだぞ」
私は、目の前の光景が信じられなかった。まさか、勇者様が手も足も出ないなんて。
戦いの始まり、確かに勇者様は押していた。自慢の聖剣で魔王の体を真っ二つに切り裂いた時は勝利を確信した。
しかし、それでも魔王は生きていた。切り裂かれた状態で…
「これは面白い……よし、久々に力を開放するかな」
そう言った魔王は、みるみる内に異形のモノへと変化を遂げた。先程までとは段違いの禍々まがまがしさ、そして段違いの強さ……
「勇者様、すぐに回復いたします……!」
私は勇者様に駆け寄り回復魔法を唱えた。
このままではまずい…!私自身の魔力もそうだけど、もし魔王が私をターゲットにしたら…間違いなく避けられない。
それに、もし勇者様が私を守ろうとして致命傷を負ってしまったら……
「ハハハ……いや~ごめんな、まさかこんなに魔王が強いとは思わなかったよ」
「きっと……きっとなにか手はあります!この身尽きるまで、私は勇者様をサポートします」
きっとなにか手はあります……か。実のところ何も手なんて思いついていない。それはおそらく勇者様も同じはずだろう。
どうすれば……いや、1つだけ方法が……『記憶崩壊』魔法を使えば。でも……それは……それだけは……!!!
「勇者様、こんな時に一体……?」
突然勇者様が私の頭を撫でた。
私は勇者様に頭を撫でられるのが大好きだ。嬉しい時、泣いている時、怒っている時、どんな時でも勇者様に頭を撫でられると幸せな気持ちになれる。
「実は俺、お前の頭を撫でるのが好きだったんだ。だから……最後にな」
「……えっ?最後って……?」
勇者様の言葉が理解できず私が混乱している所に、魔王が声をかけてきた
「つまらんな、ここまでか…もう飽きた。まずは目障りなその娘を殺して、とっとと貴様も殺してやる」
遊んでいたおもちゃに興味を無くしたかのように、魔王が冷たく言い放つ。
「まあ待ちなよ……ここからが本番だ……ぜ!」
勇者様が魔王に突っ込んでいった!待ってください勇者様!正面からは危険すぎます!!
「無策な玉砕覚悟か、くだらん…フンッ!」
勇者様に向かって魔王がその拳を全力で振り下ろす!食らったら一撃で致命傷だ……でも、大丈夫。あの速度なら勇者様は避けら……えっ!?
勇者様は変わらず正面から突っ込み…その拳は勇者様のお腹を貫いた。
「なっ!?貴様、どういうつもりだ!」
「あんたのすぐ近くまで来れたら、それで大成功…さ!」
「なんだと!?……う、ギャーーーー!!!」
突然勇者様の体が激しく光り出した。そして魔王の絶叫が響き渡った。これは一体……
「これは大量の生命エネルギー……まさか貴様、死ぬ気か!?」
「さすが魔王様、御名答……♪」
死ぬ気?御名答?何を言っているの?私は2人の会話が理解できなかった。
「レミル!」
「はい!!」
「悪いな。俺、魔王と共に死ぬわ。後の事はよろしくな」
……何を言ってるんですか?勇者様。だって、魔王を、倒して、平和な世界にして、それから…………一緒に、一緒に……
「レミル!!最後に一言だけ……俺……お前の事が好きだった。実は魔王を倒したら告白するつもりだったんだ。……イイ男、見つけろよ」
勇者様が微笑んだ……気がする……涙でそのお姿が良く、見えない……魔王が叫んでいる。勇者様の体が大きく輝き、光が拡散する。魔王の悲鳴が聴こえる。
気がついたら、辺り一面焼け野原状態となっていた。
「勇者様、勇者様……」
私以外に動くものは何も無くなった空間。だがそこに突然、空間の裂け目が生まれ、魔王が姿を表した。どうやら間一髪、異空間へと避難していたようだ。
「ふぅ…まさか自爆するとはな、驚いたぞ。ただ、私を滅ぼす程の力は無かったようだな」
「勇者様、勇者様……」
「残念だったな、娘よ。だが安心しろ、お前もすぐに勇者の元に送ってやろう」
「勇者様、勇者様……ごめんなさい……」
「フフフ、心が壊れてしまったようだな」
「勇者様、勇者様……ごめんなさい……!私がこの先も勇者様と一緒にいたいと願ってしまったから………………『記憶崩壊』発動」
私が詠唱した瞬間、跡形も無く消えた勇者様の姿がその場に蘇る。それを見た魔王が、驚愕した表情で私に叫びながら問いかける。
「き、貴様!何をした!!粉々になった者を蘇らせるなど……神にしかできない芸当だぞ!!!」
「だとしたら……私は今、神様になったのかもしれませんね」
「なっ…!!…………貴様は誰だ?私が戦っていたのは勇者だけだったはずだぞ!?」
今この瞬間、私の事を覚えている者はこの世界に誰もいません。世界中から私の元に力が集まってきている。
ただ、それらはごく微量。圧倒的な力を与えてくれているのは…私が大好きな……愛する………
「寝ているのに、ごめんなさい……私のワガママ、許してください……」
私は、眠る勇者様の頬にそっとキスをした。
「私も、勇者様の事が……大好きです。この戦いが終わったら告白しようと思ってました。お互い、同じこと考えていたんですね……♪」
そうしている間にも私の力はどんどん増大していた。私自身、制御ができなくなるほどに。
その様子を見た魔王はいつの間にか正気を失っていた。自分よりも圧倒的な力を持つ者を目の前にして、精神が耐えきれなくなったのだろう。
「キスをして……想いを伝えて……もう未練はありません。ですが……もし……もし何かのキッカケで、勇者様がほんの一瞬、わずかなカケラだとしても私の事を思い出してくれたら…嬉しいです…………さようなら」
私の全エネルギーが開放される。魔王が私のエネルギーに包まれる。その瞬間、この世界から魔の存在は消滅した。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「……ぐぐぐ……!」
気がつくと俺は焼け野原に倒れていた。記憶がとても曖昧だ……確か……そうだ!1人で魔王討伐の旅に出て魔王と対峙したものの、魔王が予想以上に強く、最後の手段の自爆の魔法を使って……
魔の気配はない、魔王は消滅したようだ。何故、俺は生きているんだ?
辺り一面の焼け野原。その中に1つ、輝く何かを発見した。
「これは……」
落ちていたのは指輪だった。誰の指輪だろう。なんでこんな所に……そして何より驚くべきことは
「なんで……なんで俺、泣いているんだ?」
全く訳が分からないまま、俺は手にとった指輪を見つめながら、しばらく涙を流していた。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「おいレミル、ちょっとこっちに来てくれ」
「はい!何でしょう勇者様」
「お前にこいつをやる」
「これは……指輪、ですか?」
「ああ。付けているだけでわずかだが永続的に魔力を回復できると言う指輪だ。魔力回復薬を持てる数にも限界があるしな、これで少しは戦いも楽になるはずだ」
「ありがとうございます!勇者様♪」
「あ、あぁ。喜んでくれて嬉しいよ。(魔王との戦いが終わったら、ちゃんとした指輪を……)」
「勇者様、なにか言いましたか?」
「ななな!なんでもないぞ!!!必ず2人で、魔王を倒し平和な世界を取り戻そうな」
「はい♪」
【短編】失われゆく少女と記憶 ゆきたか @shimitaka
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