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「早く!追いつかれる!もっと早く走って!」
何も理解出来ない。どうして私が追われているのか、誰に追われているのか。分からないまま、目の前の知らない人についていく。
「っあ、」
己の加速に足が追い付かずに縺れ、その場に崩れ滑る。前で走っていた人が気付くのと、すぐ後ろから声がしたのは同時だった。
「お誕生日おめでとう。この日をずっと待ってたんだ。ずっときみを見ていた。迎えに来たんだよ、さあ一緒に行こう」
男の声だった。顔はよく見えない。でも、狂気に満ちて澱み輝く瞳が闇夜に浮かんで見えた。殺されるんだって、そう理解した。
その時頭上に、白く輝く閃光。蒼眼と視線が合わさり、その人は迷いのない動きで、男の背後に組みついて首を捻った。
一瞬のことだった。静寂の中、男が地面に伏す音だけが響く。目の前で私を見下ろす蒼い眼。その人は何も言わずに私を見つめていた。真っ白な髪に、真っ白な肌、真っ白な服。全てが白くて、この暗い夜の中では酷く不釣り合いだった。
「あー、間に合って良かったよナノ。君は無事?怪我はない?」
私の前を走っていた男性に手を差し伸べられ、それを頼りに何とか立ち上がった。この人はナノというみたいだ。男性なのか女性なのか分からない中性的な顔立ちをしている。
「急にこんなことになって驚いてると思うけど、今は時間がないんだ。とにかくあいつらから逃げなきゃだから。僕らについてきて、君のことはナノが守るから」
「はい」
「よし、じゃあ頼んだよナノ」
ナノと呼ばれた人の方をちら、と見ると、分かっていたみたいにぴったりのタイミングで目が合った。この人はさっきから1度も喋らない。
男性のほら行くよ、という合図で私達はまた歩き始めた。暗い森の中を、月明かりだけで進む。時々転びそうになる私を、ナノが支えてくれる。無言で、ただ歩き続けた。理由を知りたいとは思うけれど、どうでもいいと思っている自分もいる。何であれ私はこの人達についていくだけ。ついてこいと言われたから。
「前方300m、10秒後」
突然ナノがよく分からないことを言う。それを聞いて、男性の顔色に焦りが見え始めた。
「思ったより早いな…!ごめん、ちょっと来て!」
男性に手を引かれ、草陰で身を隠すように言われる。訳もわからないまま、私はただ頷いた。頷くことしか出来ない。
「僕がいいよっていうまで絶対に顔を出さないでね」
言い終わるかどうかくらいの時に、辺りに轟音が響き、それと共に砂煙が舞うのが見えた。視線を少し上げると、月灯に照らされた白銀の人影。ナノだ、ナノが空中で身を翻している。体操選手のようにしなやかに。その後を、追うようになにかが舞う。なにか。人じゃない。それの甲高い笑い声が森中に響き渡る。
「あっハハハハハ!!!ナノ!今までずっとどこにいたの?」
「教えるわけないだろう、お前に」
「そんな冷たいこと言わなくても…僕ら兄弟じゃん、ね」
兄弟。その言葉の響きが胸につっかえる。その時、頭蓋骨を内側から叩かれているような鈍い痛みが脳を揺さぶった。痛い。目の奥から焼かれているように痛い。痛い。痛い。
「あ…そこにいるのかぁ、5号!」
「はーい」
「オダマキ、3秒後前進」
すぐ近くで、男の子の声がした。声のほうに目を向けると、刃物を手にした少年が、今まさにこちらに向かって飛び掛かって来ているところが見えた。さっきと同じ。素直に死を覚悟した。思わず反射で目をつむる。しかし、思っている衝撃は来ない。代わりに、金属同士がぶつかり合う音が聞こえ、ゆっくりと目を開けると、男性が片手で持った刃物で少年からの斬撃を防いでいた。いや。刃物を持っているんじゃない。腕から刃物が生えている。
「ナノ!」
男性がナノを呼ぶとほぼ同時に、男の子の脳天にナノの踵が直撃する。男の子がよろけている間に、男性が一歩踏み込んで一閃。男の子の腕は切り落とされた。男の子は、おそらく痛みと失血のショックなのだろう、気を失っている。
「見えてたんなら、もうちょい早く言ってくれない?」
「見てなかった」
「ほんとかなぁ」
2人が会話を続けている間に、ナノが先ほどまでいた方を見る。そこには、人には見えないが、かろうじて人型であるとはいえるようなものが床に転がっていた。見たことがないものだった。
「よし、もう少しでやつらの探知範囲外に出れる。頑張ろうね、えっと…ごめん、名前は?」
「ナナシ」
「え、名無し?………そうか、よろしくナナシ。じゃあ行こう」
NANO おはぎ @mob_b
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