一発当たれば死ぬんだからな
エイト機の、アイシクルの動きが変わった。
翌日、最初の模擬戦でアイシクルは綺麗にフラッシュの裏を突いて、高らかに撃墜警報を鳴らしてみせた。
「やるなアイシクル」
岡崎はエイトの成長を素直に称賛した。
「この様子ならキャンペーン期間は終了して構わないな?」
『言ったはずよフラッシュ』
エイトの声にも、どこか喜びが滲んでいる。
『実戦のつもりで来なさいと。それとも手加減してたんだってエクスキューズを手放したくないの?』
「心ってなあ一日二日で自由に扱えるもんじゃねえ」
システムをリセットした岡崎は肩をほぐすように首をくるりと回すとスロットルを吹かした。
「時計仕掛けのデジタルメイデンにそれを教えてやるぜ」
『粗野で下品な
アイシクルの機体も寸分の遅れもなくそれに追随する。
『せいぜい鼻血吹いて気絶しないように頑張りなさいな』
「へっ」
『フフッ』
二機は同時にアフターバーナーを点火した。
放たれた矢のように加速するフラッシュとアイシクル。
二人の空戦は情熱的なラテンの音楽が彩るダンスのように、激しいリズムで大空に火花を散らせた。
***
二人の実力は全くの五分と五分だった。
反射速度やG耐性ではアイシクルに、フェイントの巧みさや先読みの正確さではフラッシュに分があった。
二人の描く飛行機雲の航跡は、時に互いを求め合う鳥のように、時に互いに殺し合う魚のように、天空にそれぞれの戦術の奥義を立体的に焼き付けて行った。
初めは、一人の休憩中の整備クルーがそれを見上げていた。
やがてそれは二人になり、三人になり。
次第に作業していた者も手を止めて互いに声を掛けて誘い合い。
ついには、基地の殆どの者が、その歴史に残るだろう世紀の模擬戦を見上げていた。
それは殺し合いの技であるにも関わらず、激しく無遠慮な意志の応酬であるにも関わらず、優雅で、力強く、合理的かつ機能的で、なにより確かに美しかった。
どちらが何勝でどちらが何敗なのか。
いつからか二人にはどうでも良くなっていた。
ただ、この時間を少しでも長く共有したいと思い、何故か相手もそうなのだということを理解して、不思議な一体感に包まれながら、それでも手足はさながら独自の意志があるように振る舞って、乗機に構造限界ギリギリの高度な航空機動戦を演じさせるのだった。
だが、そんな鋼の猛禽の饗宴は唐突に終わりを迎えた。
『こちらコントロール。緊急。緊急。訓練中止だ二人とも。そのまま別の任務に当たってくれ。事態は一刻を争う』
「別の任務?」
『そうだフラッシュ』
声は管制官ではなく、司令のものだった。
『実戦だ』
***
『43分前。敵の爆撃部隊を察知した打撃空母アシハナから第603飛行隊が上がった』
「
『彼らは21分間の戦闘で敵の爆撃部隊を壊滅に追いやった。だが、完全ではなかった』
『敵を取り逃した?』
『その通りだアイシクル。U-Tisにデータを送る』
二人の機体の統合戦術情報システムに連合の爆撃機の情報がアップされる。
『被弾した一機が緩衝地帯沿いに一路この基地を目指している。カイヤーンの帰還可能エリアからは離脱された。こちらで対処しないとあと……8分で基地上空に到達する』
「自爆攻撃か?」
『分からない。時間がない。一度警告して進路変更しないようなら即時撃墜しろ。いいな。警告は一度。従わなければ撃墜だ』
「了解。コントロール」
『それとフラッシュ』
「なんでありますか」
『そちらのレディは初の実戦となる。しっかり護衛しろ』
「了解」
『健闘を祈る。オーバー』
「アイシクル」
『聞こえてる』
「階級は同じだが俺が先任だ。今回は俺が仕切る」
『了解』
「手負いの烏は鷲よりも獰猛だ。油断するな」
フラッシュのエンジンが一層甲高く嘶いてその機体が加速した。フォーメーションを保ちながら、アイシクルの機体も正確にその動きに追随した。
フラッシュはああ言ったが、彼女は彼女とフラッシュのペアが堕ちかけの爆撃機ごときに遅れを取るとは思えなかった。むしろ今の二人なら、どんな相手でも打ち負かすことができると、彼女は感じていた。
『私たちが相手とは、ついてないわねこのエネミーは』
「気を引き締めろ。実戦では──」
岡崎は唇をぺろりと舐めた。
「一発当たれば死ぬんだからな」
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