確かめなければならないわ

 翌日もその翌日も。状況は変わらなかった。


 気象条件、時間帯、作戦高度、使用可能兵装の設定。様々な条件をどのように変えても、フラッシュはアイシクルを電子撃墜し続けた。

 岡崎がエイトに語った通り、試行回数以外の何かのブレイクスルーがなければ、この優劣が覆ることはなさそうだった。

 「じゃんけんの後出し」の意味も、エイトは理解し始めていた。

 岡崎は、予めエイトがどう飛ぶか、どうポジションを取るか、どう回避するかが分かっている。

 それが、重ねた試行回数の中で得た、エイトの状況に対する理解だった。だが何故そんなことが可能なのかの答えを、彼女はまだ見出せていなかった。


 さらに翌日。岡崎は休暇だった。

 

 アンドロイドであるエイトには人間のような休暇は必要ないが、訓練パートナーである岡崎やメンテナンス技師である坂本には必要だ。自然、彼らの休みに合わせる形で、機械の彼女も休暇とされて任務のない日が設けられるのだった。


 さりとて、任務の為に造られた彼女に、任務以外にやることがあろう筈もない。


 彼女は営舎の二階にあてがわれた自分の部屋の窓から空を見て、気象レーダーの計測結果と実測の空模様とを観測記録しながら、その生じるラグを計算し続けていた。


 正午を過ぎた頃。視界の端に、隊服をラフに着こなして洗面器を小脇に抱えた人物が見えた。


 岡崎だ。

 エイトはハッとして、窓から壁影に引っ込んで身を隠した。どうしてそんなことをしたのか、彼女自身にも分からなかった。


「あー! 隊長ー!」


 岡崎じゃない誰かの声が聞こえて、エイトは窓の縁から目より上だけを覗かせ、外の様子を伺った。どうやら昼休憩中の岡崎の部隊のメンバーが、岡崎の姿を認めて取り囲んでるようだった。


 エイトは再び窓の縁より下に身を沈めたが、掌を窓ガラスに当てて、その振動から岡崎たちの会話を聴取した。


「隊長。昼間っから風呂っスか? いい身分ですねー」

「非番くらい好きにさせろ。混む時間帯はムサ苦しいんだよ」

「早く隊に戻ってくださいよー。副隊長が機嫌悪くって」

「隊長代理がプレッシャーなのさ。山中は真面目だからな。優しくしてやれ」

「隊長が副隊長そっちのけでロボ彼女とイチャイチャしてるからでしょーが。副隊長に優しくしなきゃいけないのは隊長っスよ」

「バァカ。あいつはそんな安い公私混同するような女じゃねーよ」

「でも美人ですよね。あの機人パイロット」

「どこまでヤッたんスか隊長」

「胸くらい揉みました?」

「えっ、あいつオッパイ柔らかいんスか⁉︎」

「八木。優秀なパイロットが信じるものはなんだ?」

「は! 自分の目と耳だけであります!」

「そういうことだ。知りたきゃ自分で頼んで、揉ませて貰うんだな」

「えー。そんなこと頼んだら生身を20ミリで撃たれそう」

「大丈夫大丈夫。機械女の戦績は初日のお情けの一勝だけ。あとは隊長の完封だぜ? 喋るマネキンのションベン弾なんて風速指標の吹き流しにだって当たらねーよ」

 エイトの左手が拳を作った。しかしその動作は、エイトには彼女の意志ではないように感じられた。


「それは違うぞ塚田」

 ピシャリ、と岡崎が言った。

 それまでヘラヘラと軽口に付き合っていた声色とは明らかに違う、真剣な声だった。

「エイト二佐の航空機動戦技術は本物だ。恐らくだがワンオンワンで戦ったら、お前らは誰一人彼女には勝てない」

 岡崎の部下たちは黙った。

「もっとも、俺がお前らを率いて一緒に戦うなら、相手がエイト二佐1ダースでも楽勝だがな」


「へへっ、そうッスよね!」

「流石は"奇跡のフラッシュ"だ!」

「教導終わったら教えてくださいよ、機人パイロットの堕とし方を」

「どっちの意味でだ?」

「決まってるじゃないですかー!」

「お前らはこの後は?」

「副隊長と模擬戦ッス」

「副隊長、なんかやたら張り切ってて」

「でも機嫌は悪くて。マジ勘弁なんスよー」

「ボヤくなボヤくな。戦技コン1位の美人WACがあの技この技を手取り足取り教えてくれるんだろうが」

「言い方だけじゃないッスか……」

「飛んでる時よりむしろデブリーフィングが地獄なんスよ……」

「俺は非番だ。仕事の話はそれくらいにしてくれ。営舎の屋上でアイスでも齧りながら、お前らがシゴかれるのを見といてやるよ」


 それで会話は終わりらしかった。


 エイトはメモリの中から今聞いた会話を抜粋して再生した。 


『エイト二佐の航空機動戦技術は本物だ。恐らくだがワンオンワンで戦ったら、お前らは誰一人彼女には勝てない』


 岡崎の言葉が脳裏に響くと、彼女の握っていた左手から力が抜けて、掌は柔らかく自然に開いた。


 エイトはその左手をしばらく見つめてじっとしていたが、やがて自分に言い聞かせるように呟いた。


「確かめなければならないわ」

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