二度とやらないで
「第十一飛行隊隊長、岡崎悦郎二佐であります!」
「エイトです。階級は二佐。宜しくお願いします」
白い肌、端正な顔立ちの女性パイロット──いや、アンドロイドパイロットは岡崎のしっかりした敬礼に対し、短く返礼した。
「初めまして岡崎二佐。技術一尉の坂本です」
隣にいた眼鏡の若い士官が敬礼をよこし、屈託のない笑顔で握手を求めて来た。応じた岡崎の右手は彼によってぶんぶんと振られた。
「いやー岡崎二佐! お会いできて光栄です! ナターラスカヤ防空網制圧! ドーラフェンヘルス要塞攻略戦! そしてバイカル作戦での大活躍! 正にスーパーエース、生きた伝説だ! 機人パイロット計画の教導官としてあなた以上の人材はいませんよ!」
「微力を尽くします」
「さて、今日が教導試験初日となるわけですが、スケジュールは把握なさってますよね?」
「ええ、一応は」
「時間が惜しい。では早速。今日は三本ほど軽く模擬戦をしてお互いへの挨拶としましょう」
「了解です」
「エイト二佐は実機での模擬戦は初めてですが、単独飛行時間は800時間を超えています。シミュレーションでの戦技評価はSプラス。VR模擬戦の戦績は328戦327勝1分け。引き分けた1回はサーバーダウンでね。まあやったら勝ってたでしょう」
「資料は見させて頂きました」
「だから機械風情と舐めたりしない方がいいですよ。伝説の"フラッシュ"が文字通りアッと言う間にパッと弾けたら、精鋭無比の雷鳴轟く第十一飛行隊の方たちもさぞガッカリでしょう」
眼鏡の技術士官は岡崎の
「握手でもしますか?」
坂本は岡崎が出したうんざりだと言う空気を全く読まず、エイト二佐を振り返ってそう提案した。
岡崎はモデル体型の美人にしか見えない女性型アンドロイドに歩み寄り「宜しく」と右手を差し出した。
「こちらこそ」
エイト二佐は抑揚の少ない様子でそれに応え、岡崎の手を握り返した。
***
結果は岡崎の二勝一敗。
二人はその日の飛行を終え、それぞれの機体を着陸させ、機付き整備が取り付けたタラップを降りて、滑走路脇のクルーエリアで顔を合わせた。
「いやあ、最後はまんまとやられました」
岡崎は笑顔で言った。
「あの位置関係から左ひねり込みをネジ込むとは……8G……いや、瞬間で言うなら10G近く掛かっていたのでは? とても真似できません」
「9.4Gです」
ヘルメットを小脇に抱えたエイトは関心なさそうに答えた。
「流石ですねエイト二佐」
「私はアンドロイドです。代謝や血流に活動を依存しない分、様々なリミットポイントがあなたがた人間より高い。当然のことです」
「明日からも宜しくお願いします」
「岡崎二佐」
「はい」
「三戦目、わざと私に勝たせましたね?」
「……」
「それも単にそうしたわけじゃない。最後の局面、あなたは故意に私の左ひねり込みを誘った。私の耐G性能がカタログスペック通りか試した」
「そういうわけでは……」
「はっきりさせておきたいのですが」
エイトは初めてしっかりと岡崎と向き合い、その目を正面から見据えた。
「私はアンドロイドです。あなたがた人間のような感情はありませんから、模擬戦に負けても、軽く扱われてもどうということはありません」
「はあ」
「しかし、あなたが不当に技術や戦略を出し惜しみし、全力でこの試験に臨まないならば、私の任務である模擬空戦における限界稼働性能を評価するという主目的が果たせない。そのことは理解なさっていますか?」
「分かっているつもりです」
「そうでしょうか?」
間近に見るエイトの目蓋がごく微細に動いた。
岡崎はごくり、と喉を鳴らした。
「とにかく、明日からの模擬戦では今日のようなことはないようにお願いします。実戦で相手を試すような機動をして、相手が予想を超えたならば、その次はない筈です。全てにおいて実戦のつもりで戦ってください。わざと負けるような真似は」
彼女はくるりと岡崎に背中を向けた。
「二度とやらないで」
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