機人の空

木船田ヒロマル

結構な美人だそうだ

 唸りを上げるターボファンエンジンの響き。


 アニュラII型燃焼器が毎秒3千800万ガロンの勢いで大気を鱈腹たらふくに吸い込み、9段構成の軸流圧縮機がそれを2万8千LBFの純粋推力へと置換する。放たれた鋼の戦鷹は瞬く間にV速度を軽々と超えて、吸い込まれるように深い蒼穹の大空へとその身を投げ出してゆく。

 岡崎はこの瞬間が好きだった。

 ウィングマークを受領してから二十年。何万回と繰り返しても飽きない、パイロットとして戦闘機を駆る陶酔が、この瞬間にはあった。


『聞こえる? フラッシュ』 

 だが岡崎のささやかな愉しみの時間は、僅かに遅れて離陸したアンドロイドからの通信で途切れた。

「感度良好だアイシクルつらら

『いつでもいいわ。合図は任せる』

「了解アイシクル。5カウント。5、4、3、コンバットオープン……ナウ」


 果てなく青い空間に、二機の戦闘機が描く二条の白い航跡が、三次元の複雑な幾何学模様を描き始めた。



***



「自分が、でありますか」


 時間は一度、五日前に遡る。


 北部方面隊戦術航空団、第十一飛行隊隊長、岡崎二佐は司令からの通達に対してついそう返してしまった。


「不服か?」

「はぁ……そういうわけではありませんが、もっと若い人材にやらせては?」


 初老の司令は椅子から立ち上がり、息だけで笑いを表現した。窓に歩み寄り、遠く滑走路のエリアに目を細める。


「総監部の意向はな、我が基地で最高の戦技と経験を持つパイロットによる性能テストだ。だから当然、君ということになる」

「しかしその間、第十一飛行隊は……。近頃は連合の威力偵察も頻繁になっておりますし」

「副隊長の山中三佐に任せたらいい。たった二週間だ。彼女にもいい経験になるだろう」

「自分は、アンドロイドのパイロットとは絡んだことがありません」

「君だけじゃない。我が国のパイロット全てがそんな経験はないんだ」


 司令は岡崎とすれ違うように立ち、その肩をぽん、と叩いた。


「だから君なんだ。なに、多くは望まん。適当に相手して、要求に従うフリをして、機嫌良く帰って頂け。期間中は手当ても割増ししておく。それにだ。その内連合もアンドロイドの戦闘機乗りを繰り出して来るかも知れん。今のうちに機人の飛び方や取り回しのクセを知っておくのは、君や君の部隊の財産になるんじゃないのかね?」

「はあ」

「よろしく頼む。下がっていい」


 敬礼して踵を返す。

 岡崎は機械人間のパイロットとなどいう得体の知れないものと関わりたくなかったし、政治に聡いこの司令になんだか上手く乗せられている気がしないでもなかったが、命令である以上は従うしかないのだった。


「あ、そうだ岡崎」

「なんでありますか」

「技研謹製の八式機人パイロットはな──」


 甲高いジェットの排気音。

 訓練飛行の機体が司令部の近くを通り過ぎる。

 二重の作りの窓がそれでもビリビリと振動するる。


「──結構な美人だそうだ」

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