第261話 憧れの向かう先
「セイー? どうしたー?」
母さんが仕事の間暇なのか、中庭で魔剣の慣らしを行っていた俺の足元にアサギが寄って来た。
刃物を振り回している訳だから、あんまり近くには寄らないで欲しかったのだが。
御猫様には関係なかったらしく、呑気な声を上げながら俺の足をよじ登って来る。
やがて肩まで来て満足したのか、顔の隣でふぅと息を溢して寛ぎ始めるのであった。
猫って凄い、こんな足場が狭いのに体を安定させてまったり出来るのだから。
「どうしたって……見ての通り、剣の練習だよ」
「でもつまんなそーな顔してるぞ?」
アサギに言われて気が付いたが、確かに楽しいとは感じていなかった。
昨日はこの双剣を振り回しているだけでも、気持ちが高ぶって早く使ってみたいとさえ思っていたのに。
これでは本当に振り回しているだけで、訓練にもなっていないだろう。
全然集中出来てない。
その原因は、やはり。
「今日の朝、墓守さんが帰っちゃったんだ」
「アサギ、バイバイして来たぞ! またねーって。その後また寝たー」
「あはは、アサギはあんまり気にして無さそうだね」
そう呟いてみれば、肩乗り猫は不思議そうに首を傾げて見せるのであった。
「セイは、寂しいのか? 墓守が帰っちゃったから」
「そう、だね。もっと色々教わりたかったな。俺にとってあの人の戦闘は、理想形っていうか。うん、目標になってたから」
彼の戦う姿を見て、事前に状況を予測し準備を整える姿勢を見て。
単純に、憧れたのだ。
俺もこういう風になりたい、彼くらい強くなればきっと。
なんて事を思わずにはいられなかった。
「墓守はなー? 結構適当なんだぞー?」
「え、そうなの?」
急にそんな事を言い出すアサギに、思わず振り返ってしまった。
すぐ近くに居るソイツは、猫の癖にニコッと笑いながら楽しそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。
「れんきんじゅーしのお部屋はな? いっつも散らかっててな? 墓守が片付けろって言っても、聞かなかったら。色んなものを蹴っ飛ばしながら入って来るんだぞ? そしたら、れんきんじゅーしも、うわぁぁってデッカイ声を上げて片付けるの」
「えぇと? あぁ、錬金術師? 墓守さんと一緒にアサギを作ったっていう」
「そう! 後はな? 墓守はアサギには他人の名前をちゃんと呼べって言うのに、自分はあんまり名前を呼ばないの」
「あぁ~それは確かに。あんまり皆の名前も覚えて無さそうな感じだった」
レインさんだけは、植物の事を教える為に覚えていたみたいだけど。
それ以外に関しては“お前”とか、“アイツ”とか色々呼んでいた気がする。
思わず呆れた声で笑ってしまったが、アサギの言葉はそれだけでは終わらなかった。
「でもな、ちゃんと友達になりたい人の名前はすぐ覚えるの。船で一緒になって、良く話してたおっちゃんとかは、ちゃんと名前呼んでた! それに、セイの事もよく名前で呼んでたぞ!」
嬉しそうに言葉を紡ぎながら、アサギは俺に擦りついて来る訳だが。
確かに……俺、結構名前で呼んでもらってかも。
何かを教わる時や、雑談みたいな時でも。
ちゃんと、俺の名を呼んでくれていた気がする。
勿論会話の途中では“お前”と呼ばれる事も多かったが。
「認めて……貰えてたのかな?」
だとしたら、嬉しいな。
憧れたその人に、一個人として認識されていたというのは、非常に嬉しい。
そんな事を思っていれば。
「しらなーい」
「あはは、言うねぇアサギ」
ま、そうだよね。
この子が知っている訳も無いし、あの人が誰かにそんな話をしているとも思えない。
結局真相は分からぬまま、彼は自分の国へと帰ってしまった。
だからこそ、答えを聞く事は叶わない。
そう、思ったのだが。
「今度はセイが墓守の所に行けばいーんじゃない?」
「え?」
「だから、セイが墓守の所に……旅? すれば良いって言ってるのー!」
伝わっていない事が不満だったのか、器用に後ろ足で立ち上がったアサギが、前脚を頭の上に持ち上げて威嚇のポーズを取って来る。
器用だな、というか良くそれでバランスが取れるな。
肩の上だと言うのに。
「そう、だね。確かにそうだ。俺も一人で動けるくらい強くなったら……あの人の所に行ってみようかな。まだまだ教えて欲しい事、いっぱいあるし」
「アサギも行くー! 海ってな? 美味しいお魚いっぱいあるんだぞ? でも墓守が焼くと、真っ黒くろになる!」
「料理だけなら、墓守さんより勝ってるのかもね?」
「セイが作るスープおいしー!」
「ありがと、アサギ。今晩も作ってあげるね」
「やったー!」
大袈裟に喜ぶアサギが、グリグリと額を俺の頬に押し当てて来た。
いまいちどういう存在なのか分からないペットだが、今の所悪食には受け入れられている御猫様。
そしてわざわざ、シーラから墓守さんが直接届けに来たくらいだ。
何かしら秘密があるのだろうが……あまり詮索しようとは思わない。
やけに明るい性格の猫が居て、お母さんと何やら繋がりがあって。
更には皆に受け入れられ始めている猫。
だったら、余計な事を考えても仕方ない気がするのだ。
アサギはアサギ。
しかも母との繋がりで、俺に妙に懐いてくれる。
もっと言うなら、こんな風に愚痴を聞いてくれる上、励ましてくれるのだから。
当人には、そのつもりは無いのかもしれないけど。
「アサギ、今から買い出し行って来るけど欲しい物ある?」
「んー? ご飯?」
「それはいつも通りだね」
「じゃぁアレ! 爪をバリバリーってするヤツ! 変な所でやると、怒られる」
「爪とぎね、了解。ちゃんと買って来るから、ソファーとかでやらないでよ?」
そんな会話をしながら、俺達はホームの中へと戻っていくのであった。
次の遠征までに魔剣をしっかりと使える様になって、更にはあの時の動きを自分だけで再現出来る様にならないと。
前回は墓守さんの魔術でゴーストが力を貸してくれたが、次からはサポートが無い。
だったら、全て自分で観測するんだ。
全体を把握し、最短で終わる活路を導き出す。
それが俺の役目で、俺が求める最終形なのだから。
「これから、忙しくなりそうだ……」
「んー? アサギも手伝おうかー?」
「あはは、ありがとね。もしかしたら、何かお願いするかもしれない。その時はよろしく」
「任せておけー!」
何故か自信満々な仔猫に対し、呆れた視線を投げ掛けながら。
本日も一日が過ぎ去っていくのであった。
――――
「って、セイが言ってた!」
「そっかぁ、あの子が墓守さんをねぇ……てっきり悪食の誰かに憧れを抱くかと思ってたのに、意外」
もう眠りに付こうかと言う時間帯。
ベッドに入ってみればアサギが布団の中に潜り込んで来た。
アサギ自身はご満悦の様子で、ゴロゴロと喉を慣らしながらくっ付いて来る。
「アオ……じゃなかった。アナベルは、セイが墓守と仲良くするのは嫌なの?」
「ううん、そんな事ないよ? それから、何度も言うようだけど……無理に呼び方変えなくても良いのよ? 呼びやすいならアオイって――」
「アナベルって呼んだもん!」
「そうだったね」
クスクスと笑いながらアサギの頭を撫でてみれば、気持ちよさそうに目を細めている。
アオイ、多分それが私の以前の名前。
でもやっぱり記憶には残っていないし、アオイと呼ばれてもいまいちしっくりこない。
でも、不思議と懐かしい気持ちになるのは確かだ。
「墓守も忙しいな! あっちでもこっちでも大人気だぞ!」
「そうなの?」
「うい、れんきーじゅーしも墓守の事いっぱい頼ってた」
錬金術師、で良いのだろう。
この子の体を作ったという人物。
ホムンクルス。
言葉だけなら聞いた事はあるが、成功したという例はどの書物を読んでも記載されていなかった。
しかし、アサギの体に触れてみれば確かな鼓動が伝わってくるのだ。
これが作られた肉体だとは信じられない程、しっかりと“生きている”。
魂の練成までは至らなかったにしても、十分過ぎる成果と言って良いだろう。
まさに天才。
いったい何をどうすればこんな事が出来るのか、想像がつかない。
畑違いだと言われてしまえばそれまでだが、私だって製造する仕事をしているのだ。
どうしたって、気になってしまう。
そして何より、この子を現世に戻してくれた事に感謝を伝えたかった。
「ねぇアサギ、錬金術師さんってどんな人?」
ちょっと眠そうな顔をし始めたアサギに問いかけてみれば、うつらうつらとしながらも。
「いっぱい散らかして、墓守に怒られてる人ー」
コイツめ、もう半分寝てるな?
かなり答えが適当な上に、特徴らしい特徴を教えてくれない。
「他には?」
「あとはー、髪が長くてクネクネ動く。好きな相手には“ちゃん付け”で呼んで、クネクネする」
「情報がぶつ切り過ぎて、人間を想像するのが難しいね? とりあえずクネクネしてるんだ?」
「後は~……デッカイ、登るのが大変」
男性、で良いんだろうか?
でもクネクネしてるって表現をしている以上、滑らかな身体の曲線を言っているのかもしれない。
だとすると女性? しかも話の内容的に、墓守さんにも“ちゃん付け”をしていると言うことなのだろう。
そんな事をするって事は、女性という事で良いのかな?
髪が長いというのも判断材料になりそうだが、男の人でも髪長い人は居るし。
ギルさんとか。
「他にもなぁ? しけんかん? を、食べたりとかなー?」
「試験管は食べないんじゃないかな。ごめんねアサギ、もう寝よっか」
それだけ言って、今にも寝落ちしそうな仔猫を腕に抱いた。
小さい、そして温かい。
思わず頬が緩むのを感じながら、部屋の明かりを消して私も瞼を閉じた。
この懐かしさに溺れてしまえば、私は多分仕事どころじゃ無くなるのだろう。
だからこそ、度々セイにお願いして猫離れしようとはしているのだが。
「アオイー……ごはんー」
「もう寝るよ、アサギ。ご飯は明日」
「しけんかん……食べる」
「それは食べません」
そんな会話をポツリポツリと呟いていれば、すぐに小さな寝息が聞こえてくるのであった。
あぁ、本当に……温かいな。
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