第260話 酒飲みと最終報告


「随分急ぎで出ていくんだな? 墓守君よ」


「そうは言っても、ダンジョンで結構な時間を使ってしまったからな。明日の朝には発つ。ニシダはまだ寝なくて大丈夫なのか?」


「俺等は結構のんびりと生きてるかんね、夜更かしも多々ってなもんだ」


 皆寝静まった頃、普段は酒飲みメンツで集まっている場所に。

 本日は俺と墓守の二人きり、他の皆は何やらまだお仕事中の様だ。

 という訳で、適当なツマミを用意しつつ二人でグラスを傾ける。


「しっかし、助かったよ。またトラブルに会ったんだってな、墓守がセイに付いてくれたんだろ?」


「気にするな、ダンジョンでは良くあること。これも仕事の内だ。それに、アイツには色々と教えると約束していたからな」


 相変らず淡白なお返事が返って来る事で。

 とはいえやはり食に関しては興味を示しているのか、ツマミには非常に真剣な表情で次々と摘まんで行く。


「んで、セイはどうだったよ?」


「前にも感想は述べた筈だが。いや、そうだな……“吹っ切れた”と言って良いと思う」


「というと?」


 質問ばかりになってしまったが、相手は気にした様子も見せず、真剣な眼差しを此方に向けて来た。

 ついでに食い掛けのツマミも取り皿においてから。


「俺の戦い方を真似した影響もあるのだろうが、一度術を掛けてやったら随分と柔軟に、しかも思い切って動く様になった。元々戦闘技術の水準は高かったのだろう、それを現場でより生かす事が出来る様になった……と、思う」


「あぁ、なるほど。そいつは随分な成長だ。やけにアクロバットな動きを練習してると思ったが、その影響か」


 やはり彼に教育を任せたのは正解だった様だ。

 きっちりと、まともな仕事をこなす“ちゃんとしたウォーカー”。

 こればかりは、俺達では教えてやる事が出来ない。

 いつだって現場判断で、こうちゃんの指示の下突き進んで来た様な戦い方をして来たんだ。

 各々の特徴も随分と特出してしまって、他者の参考になるかと聞かれれば微妙なラインなのだから。


「今度此方に来た時には、俺の研究資料も渡してやろうと思っている。セイに俺と同じ魔法適正があるのかどうなのかは分からないが、知識は多い程良い」


「おぉ~結構気に入って貰った感じ?」


「まぁな、だがまだまだ拙い。今後も注意が必要だろう」


 ほんと、真面目です事。

 勇吾君達も連れて、悪食に来て実地講師でもやってくれないもんかね。

 そんな事を思ってしまうが、彼等だって忙しいのだろう。

 今では、シーラを代表するウォーカーになってしまった様だし。


「注意といえば、もう一つ。あの双剣だ」


「あぁ、あのダンジョンから拾って来たヤツか。いやはや、羨ましいね。俺等はダンジョンで普通の宝箱なんぞ見つけた事がねぇよ」


 カカッと笑い声を洩らしてみると、相手からは非常に呆れたため息を返されてしまった。

 冗談でも言っていると思われたのかもしれないが、悲しい事に事実だ。

 未だに謎だが、ダンジョンで俺等はとにかく運が悪い。

 敵も多いし宝箱はスカばかり、未確認のトラップなんかも襲って来るし。

 ほんと、世界に嫌われてるんかねぇ?

 なんて少々愚痴を溢してみれば。


「お前らならその状況でも生き残るだろうからな、どうでも良い」


「ハッハー、冷たい事言うねぇ。んで、あの短剣の話だよな?」


 改めて本題に戻りつつ、二人分のグラスに酒を注いでみれば。

 墓守は何も言わずグイッと酒を呷り、ふぅと一息ついてから今まで以上に鋭い眼差しを此方に向ける。


「はっきり言おう。いくらモンスターハウスを抜けた先とはいえ、たかが六層であんな物が出て来るのは異常だ。ボス部屋の宝箱でさえ、あれ程の代物はなかなか出ない」


「ドロップ率とレアリティは俺等にはよく分らんけど……やっぱそうなのか。なんたって魔剣だもんな、浅い層で出るなら市場にゴロゴロ転がってねぇとおかしい」


 ホークの魔槍に続き、今度はセイの魔剣。

 子供達が俺等とは違い、滅茶苦茶引きが良いってだけの話だったなら良いんだが……槍に関しては、“アイツ”が関わってるみたいだしな。


「シーラの方でもダンジョンに異変が見られている。急に活性化したり、未知の魔獣や魔物の出現。そして何より見た事もないエリアの発生と、そして……何と言ったか、此方では“バグトラップ”と呼んでいるんだったか? アレの存在だ」


「どこへ行こうと、おかしな現象は起きてるって事か。やっぱり“アレ”が悪さしてんのかね?」


「分からん、俺は実際に遭遇した事は無いからな。しかしダンジョンの調査を王族から請けおい、いくつかの場所を確認したが……やはり、どこも似たような状態だ。まるで意図的にダンジョンの攻略難易度を上げられてしまったかの様な。だが、一つだけ言えるのは」


 喋りながら、空になったグラスを此方に差し向けて来る墓守。

 長く喋る時は喉が渇くってか、さっきから勿体付けて喋りおって。

 何てことを思いつつ酒を注いでやれば、再びグイッと飲み込んでから続きを話し始めた。


「どのトラップ、または作りも非常に“意地が悪い”という事だ。まるでダンジョンその物に意志や思考能力があり、意図的に“人間が引っかかりやすい”様に作られているとしか思えない」


「知的生命体がダンジョンマスターやってるとしか考えられねぇっと、そう言う訳だ」


「俺も報告は受けている、その為に調査依頼が来ている訳だが……“探究者”だったか? 資料に嘘偽り、“盛った”内容で無いのならあり得るだろうな」


 いやはや、マァジで面倒クセェ。

 アイツが関わって来るとなると、かなり手間が掛かるぞ。

 何たって相手はダンジョン内を自由に移動できるのだ。

 俺等が必死こいて船で他所の国に移動している間、向こうはダンジョンからダンジョンへテレポート。

 実際詳しく分かっている訳ではないが、そうとしか考えられないのだ。

 しかも以前の探究者とは違い、今何を目的にしているのかも不明。

 “ユートピア”とやら作り上げて、一人でのんびり暮らしてくれりゃぁ良いモノを。

 あろう事か、以前シーラに行った際には奴隷を購入していた記録まで残されていたのだから。

 ホント、何がしたいのやら。


「アイツを炙り出す為には、それこそ各地で一斉にダンジョンアタックでも掛けないと無理だろ。その辺シーラではどうなってんの?」


「基本的には少数に特殊依頼として、調査だけに留まっているな。あまり大きく動く訳にもいかないんだろう。ダンジョンでの被害は確かに増えたが、それでも“その程度”だ。まだ相手が国に牙を剥いた訳ではない」


「ま、そうだよな。戦争を吹っかけられたなら分かるが、今から国全体で動くには理由が足りないって訳だ。証拠も危険度も明確になってねぇし。何より、今の状態でもウォーカーが“攻略”出来ちまってる。だからこそ、大袈裟に動けない」


「その通りだ」


 探究者が何か悪さしてるってんなら、確かに不気味さは漂って来る。

 今後何かが起こるのかもしれないと警戒するに越した事は無いが……不安だからと言って一個人を叩き潰す許可を出せるかと言われれば、微妙だ。

 ダンジョンをいじくり回し、被害が増えたとしても。

 本来出来ない筈の事をやっている相手を捌く法律は無い。

 それを使って国家転覆なんか狙うなら話は別だが、今の所そういう兆しは確認できない。

 そして何より例え大袈裟に動けたとしても、今度は民衆からの不満を買う形になるのだ。

 ウォーカーにとってのダンジョン。

 専門にしている奴等からしたら、大勢力で端から攻略なんてされれば稼ぎが無くなる。

 つまり探究者云々の前に、ダンジョンで生計を立てている奴らの生活を奪う事になっちまう訳だ。

 そういった連中に限らず、国を動かし一斉攻略した場合の取り分。

 それは分配される形となり、特殊物品なんかは相場金額に応じて報酬を増やす形になるだろう。

 残った実物はどうしたって王族が保管、もしくは市場に流す形にする他ない。

 こうなって来ると、ダンジョン産の特殊な道具を取り扱う商会なんかを敵に回す事になり、国から直接となれば仕入れや販売金額もほぼ相場通り。

 所謂“掘り出し物”が無くなり、仕入れ先が一つになってしまえば在庫の調整は楽になるが、 物量によっての値段の上下というモノが発生しにくくなる。

 すると今度は、購入者である一般市民からも反感を買う事になりかねない。

 もっと言うなら、そんな事をすれば国が特殊物品の物流を全て管理しなければいけないのだ。

 人手や時間も無限ではない以上、そんなモノは叶えちゃいけない夢物語だ。

 どう転んでも王族に対しての悪印象になる。

 一度でも下手な真似をしてしまえば、イメージの払拭には相当な手間と金と時間が掛かるだろう。


「あーあーあー、ほんっとにメンドクセェなぁダンジョンって奴は」


「この歪さも、人の集まりでは致し方ない。そして多少攻略難易度が上がろうが、ダンジョンは人を引き付ける。例え命を掛けてでも、先へ先へと進もうとしてしまうのがウォーカーというモノだ。それだけの“餌”があるのなら、なおの事」


「いっその事、俺等みたいな集まりだけで片っ端からコアを引き抜いて来ちまうか」


「やってみろ、ろくな事にならないぞ? その場合不満を買うのは国ではなく一つのパーティ、クランになる訳だ。周囲の憎しみや妬みは、国相手とは比べ物にならない程分かりやすく直接的になる」


 でっすよねぇ。

 つぅか毎日ダンジョン暮らしとか気が滅入るっての。

 ヤダヤダ、考えたくもねぇ。

 一応その戦法が合法かつ手っ取り早いのは確かだが……生憎と、既に悪食は国と繋がっちまっている。

 何たってリーダーが、政治に口を挟まない王様モドキって状態だからな。

 俺等が何かすれば、間違いなく姫様に飛び火する事だろう。


「結局は様子見するしかねぇって事なのかね。そっちの調査はノインのパーティに任せっきりだわ」


「ならばそのパーティとアイツ等を組ませない方が良いな。子供達はまだ、ダンジョンに夢を見ている。調査隊と一緒では、悪い所ばかり目にする事だろう。もちろん危険も増える」


 意外と心配性なのか、そんなお言葉頂いてしまう訳だが。

 その後はコレと言って難しい話をする訳でもなく、黙々とツマミを口に運び始めた墓守。

 ほんと、良く食うな。

 他人の事は言えないが、これでも夕飯もガッツリ食った後だと言うのに。


「あぁそういえば、バタバタしていて忘れていた」


「おん? まだ何かあんの?」


 食事の手を止めたかと思えば、彼は急にマジックバッグへと手を突っ込み。

 ズドンッと音がする程重そうな木箱を、部屋の中に並べ始めた。

 何だ何だ、随分な量が出て来たが……よくこんな物を今まで忘れていたもんだな。


「これは?」


「ユーゴからだ、海産物各種。後はラーメンの材料やら新しい調味料などなど。甲殻類を好んでいる奴も居たと記憶していたからな、そっちも多めに持って来た。痛む前に仕舞ってくれ」


「待ってました!」


 という訳で、墓守が滞在する最終日。

 些か今更感のあるお土産を大量に頂いてしまうのであった。

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