第259話 はじめましてのごあいさつ


「支部長、失礼しますね」


 ノックの音が聞こえ、返事を返してみれば。

 本日は珍しい来客があった。

 いや、本当に珍しいな。


「アナベルか。どうした? 報告の類ならホーク達から聞いているが、他にも何か?」


 今の所、悪食上層部は大きく動く様な仕事は受けていない筈。

 普段は姫様から直接仕事を貰って動いている三馬鹿に、他の面々はモノ作りや授業で忙しかったと思ったのだが。

 そんな事を思いながら仕事の手を止め、私の部屋に訪れた魔女に視線を向けてみれば。


「本日奥様はいらっしゃらないのですか? 挨拶しておきたいという方が来ておりまして」


「ナタリーは現状ギルド職員という訳ではないからな、毎日ここへ来る訳ではないさ。それで、その相手とは?」


 問いかけてみれば、彼女はクスッと柔らかい微笑み浮かべながら身を逸らす。

 すると廊下からもう一人の来客が姿を見せた。

 真っ黒いローブを羽織り、フードで顔を半分程隠した男性。

 外見だけなら、思わず警戒してしまいそうな風貌ではあったのだが。


「支部長は初めてでしたよね? ご紹介します、彼は――」


「シーラでウォーカーをやっている者だ。以前はナタリー支部長に世話になっていたのでな、せっかくなら顔を見せておこうかと寄らせてもらった。“墓守”と呼ばれている」


 彼の言葉を聞いた瞬間、ゾクリと背筋が冷えた気がした。

 その名前は、もちろん耳にした事がある。

 アイツ等とも共に戦ったと報告があり、更に今ではシーラの英雄として称えられる存在の片割れ。

 “異世界”からの召喚者、チバ ユーゴと共に組んでいる人物。

 “平和の守り人”と語られる彼等のパーティ。

 英雄の隣に立つ、影の様な存在。

 しかしその実力は何処までも高水準、どんな依頼をもこなせると言われているオールラウンダー。

 そんな人物が、私の目の前に立っているのだ。


「これは……驚いた。まさか本人に会える日が来ようとは」


「大袈裟だな、俺の様な存在はそこらのウォーカーと変わらないだろうに」


 なるほどなるほど、ナタリーに聞いていた通りの性格の様だ。

 思わずククッと笑い声が零れ、口元が吊り上がる。

 どこまでも現実主義者、自ら過小評価しがちであり“どこかの誰かさん達”と同じ様に、英雄扱いされる事を嫌う存在。


「まぁ、書類上は確かにその通りだな。とりあえず座ってくれ、珈琲でも出そう」


 そう言ってみれば、彼は遠慮なくドカッとソファーに腰を下ろした。

 その後やれやれと首を振りながら、アナベルの方も静かに隣に座る訳だが。


「こーひーって苦いやつ? アサギ苦いのきらいー」


「あ、こら。まだ挨拶が終わって無いでしょ?」


 ……うん?

 今また違う声が聞えた気がするのだが。

 珈琲を準備しながら振り返ってみたが、やはりソファーに座っているのは二人だけ。

 なんだ?


「……墓守君は、珈琲は苦手だったか?」


「今の声が俺に聞えたのなら、とても素晴らしい聴覚をしているな。イージスの支部長は」


「だよな、私もそう思う。もう一人何処かに居るのか?」


 キョロキョロと見回してみるが、やはり姿は見受けられない。

 はて? と首を傾げながら、とにかく二人に珈琲を出してみたが。


「えぇと……すみません支部長。また面倒事というか、内緒にしてほしい事が一つありまして。あっ、姫様には既に報告済みですから、大丈夫ですよ?」


 急に慌てた様子の魔女が言葉を紡ぐが、いったい何の事を言っているのだろうか。

 確かに悪食絡みとなると、色々と軽率に口に出来ない事情などは数多くある訳だが。

 また何か増えたのかと、訝し気な視線を向けていれば。


「あーその……結果から言いますと。世紀の大発明的な存在が、ペットになりまして。その後報告に……」


「すまない、先程から言っている意味が分からない。もう少し分かりやすく説明してもらって良いか?」


 世紀の大発明? ペット?

 それが先程の声と関係があるのか?

 ひたすらに混乱しながら、首を傾げていれば。


「とても簡単に説明すれば、シーラに居る錬金術師がホムンクルスを完成させた。“体だけ”だがな。そしてその体に死霊術師ネクロマンサーである俺が魂を下ろした。結果、人造的な命が誕生し悪食のホームで生活する事になった」


「ちょっと待って欲しい、お前達は何を言っているんだ?」


 ホムンクルスが完成したとなれば、それはもう確かに世紀の大発明だろう。

 なんたってアレは、過去数多くの錬金術師が挑戦するも完全な結果を残せた例は無いのだから。

 体だけと言っていたが、それだって凄い事だ。

 肉体を作り上げると言う事は、生命体の構造全てを理解する事に他ならない。

 この世界に居る医者だって、人体の全てを理解している訳ではない。

 それすら凌駕し、完成体を作り上げたとなれば……間違いなく天才の成せる技。

 更に言うなら、錬金術師では成し遂げられないと言われていた“魂”の製造。

 こちらは作るのではなく、死霊術師が“下ろした”となれば……普通ならギルドで押し留めて良い情報じゃない。

 発表すれば多くの学者達が押し寄せる事態になるだろう。

 何たって、コレの技術が公になり量産が出来る状態になれば。

 人は寿命というモノに囚われない、という事態にだって発展するのだから。


「まぁ、支部長であれば色々と想像出来ているのでしょうけど……“そう言う事態”にならない為に、内緒にしておいてほしいなぁと。そのご相談に、ですね……アサギ、こっちおいで。勝手にウロウロしないの」


 何やらおかしな事を言い出すアナベルは、最後は小声で何かに囁きながら部屋の隅を睨んでいた。

 その視線を追って顔を向けてみても……やはり何もいない。

 さっきから何なんだ?

 それから、その発明に対して何故悪食が関わって来る?


「錬金術師の方とも話が付いている、この件は公にしないと。そして俺自身、世間の見世物にする為にコイツを“戻した”訳ではない。我儘を言って申し訳ないが、了承してもらえると助かる」


 件の死霊術師まで、そんな事を言って来る始末。

 コレだけの事をやってのけたなら、研究者であれば世間に公表して認めて貰おうとするのが普通。

 その方が金になるのだから。

 だがしかし、彼はそんな物に興味はない御様子だ。

 まるで一個人の為に作り上げたから、余計な茶々を入れるなと言わんばかり。

 造った本人にそう言われてしまえば、確かに私程度では口を噤む他無いのだが……。


「とにかく、そのホムンクルスはどこに? 先程の声が当人なのだろう? 随分と幼い声に聞えたが」


 改めて二人に問いかけてみれば。

 アナベルはアハハ……と苦笑いを溢し、墓守に関しては我関せずと言わんばかりに珈琲を飲み始めている。

 そして、珈琲に満足したのか。

 ふぅと一息ついてから。


「足元だ」


「うん?」


 言われた通り、自らの足元へと視線を向けてみた結果。

 何か、居た。

 白黒のハチワレ、やけに毛が長く手足の短い仔猫が。

 随分と綺麗な瞳の色だ。

 思わず抱き上げ、正面に持って来てみれば。


「アサギはな、アサギって言うんだぞ? よろしくなー」


 そう言って、猫が笑った。

 うん? うん、うん?


「うん?」


「アサギだぞー」


「そうか、アサギか。私はクロウだ」


「クロー、覚えた!」


 随分と可愛らしい仔猫は、短い手足をワチャワチャと動かしながら楽しそうにしている。


「うん?」


「支部長……さっきから思考が停止していませんか?」


「ソイツが錬金術師と共に作り上げたホムンクルス。過去に存在した魔女の飼い猫、それを復活させた姿だ」


 いや、え?

 彼が魂を下ろしたと言う事だから、過去の人物……では無くて猫? である事は確かなのだろうが。

 おかしいな、猫は喋らない筈では?


「アサギ、と言ったな? 喋るのか? にゃーとは言わないのか?」


「ニャー」


「あぁよかった、やはり猫か。そうだよな、これが普通だ」


「アサギはアサギだぞ?」


「シャベッタァァァ!」


 思わず、デカい声を上げてしまうのであった。

 またか、またなのか。

 マンドレイクを捕まえて来たり、妙にデカいリスを捕まえて来たり。

 畑から新しいマンドレイクが生えて来たりと、妙なペットばかり飼っていると思っていたが。

 今度は喋る猫と来たものだ。

 しかもその正体は錬金術師と死霊術師の最高傑作。

 更に本人達が黙っていろと言っているのだ。

 ならむしろ報告しないでほしかった。

 知らない方が幸せだったのかもしれない。

 いや、悪食のホームに行って急に遭遇するよりマシなのかもしれないが……それでも。


「えぇと……姫様には報告済みだと言っていたよな?」


「はい、まぁ……」


「もう判断はそっちに任せる……私は何も口を挟まない」


 久し振りに、こう言う事で頭痛を覚えたんだが。

 大きなため息を溢しながら、改めてアサギを覗き込んでみれば。


「クロー、お腹空いた」


「お前は何を食べるんだ?」


「何でも食べられるぞー? アサギは強いから、甘いのも辛いのも食べて平気ー」


「猫には色々食べてはいけない物があるだろう? 平気なのか?」


「れんきんじゅーしが、色々試して、大丈夫だって言ってた! チョコって言うのも食べたけど平気だった!」


「そうか、それは強いな。ではちょっと待っていろ」


 とりあえず、俺の机から菓子を取り出し餌付けしてみるのであった。

 何だコイツ、本当に何だ。

 食べている姿は普通の猫だな、可愛い。


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