第258話 今回の成果


「やっと……見つけた」


 五層から下に降りる階段。

 その先には、間違いなく六層へと続く安全地帯があるのだろう。

 そこで、合流すると約束したのだ。

 だと言うのに。


「邪魔クセェんだよ!」


 目の前に集まって来るのは小物の魔獣達。

 今までの様に大物が出てくるのなら、まだ良かったのだ。

 それだったら単体を相手にすれば良いだけ。

 だというのに、ひたすらに細かいのが集まって来る。

 小動物の様なモノから、鬱陶しい蝙蝠まで。

 とにかく数が多い、水辺から離れたかと思えばウジャウジャと。


「ホー君落ち着いて! どうにか退けながら突破しよう! 一匹ずつ相手したらキリが無いよ!」


 イースが叫ぶ様にして言葉を発するが……あぁもう、分かっていても焦ってしまう。

 こういう時に限って湧いて来やがって、本気で邪魔で仕方ねぇ。


「ホーク、どうする! 松明で散らすか!? しかし地面を這っている魔獣達は……そう簡単には退かないだろうな」


「指示を! なんでも言ってください!」


 ロザとレインも、俺に指示を求めて来る。

 分かっているのだ、俺がしっかりしなきゃいけないって。

 だというのに、時間が掛かり過ぎた事に焦燥感が拭いきれない。

 安全地帯で一日待つなんて言いながら、ここまでたどり着くまでにかなりの時間を使ってしまった。

 ちくしょうが、マジで情けねぇ。

 もはやすぐにでも、ミナミに地上へ走って貰った方が得策かもしれない。

 下層へと降りる階段を目の前にしているのだから、それこそ今更だが。

 ここまで来たら、ミナミにも手を貸してもらうか?

 ごちゃごちゃと思考が絡まり、妙に疲労感が襲って来る。

 それくらいに、焦っていた。

 でも、やっと見つけた。

 あの先に彼等が待っているのなら、それで終わり。

 でももしも姿が見えなければ、六層へ踏み込むか地上に戻って親父達に頼るかの判断を迫られる。

 あぁ、情けねぇ……結局俺達はこんなもんかと愚痴を溢したくなってくる。

 でも、そんなもんは後回しだ。


「レイン、俺達を完全に包む様にして“プロテクション”を準備。俺の攻撃と同時に発動してくれ」


「密閉する……って事ですかね? 分かりました!」


 彼女が詠唱を開始したのを確認してから、マジックバッグに手を突っ込んだ。

 もう、ホントに面倒くせぇ。

 出し惜しみ無しだ、有るモノは全部使ってやる。

 バッグから“探究者”に貰った魔槍を取り出し、上空に魔法陣を描き始めた。


「ホー君! 小物接近!」


「イースは正面を押し返せ! ロザは威嚇射撃でも良い! とにかく近寄らせるな!」


「了解!」


 二人に指示を出しながら、手早く陣の完成を急ぐ。

 水分が多いから、そこら中湿っているから。

 俺の特性がかえって不利になる状況が揃っていた訳だ。

 でもこの数は流石に、キリが無い。

 どこからこんなに集まって来たのかという程、多種類の魔獣が入り混じり俺等に向かって牙を剥いて来る。


「お前等……マジで面倒クセェよ。とっとと退けぇ! “電磁砲レールガン”!」


「“プロテクション”!」


 俺の槍が投擲されると同時に、レインの魔法が仲間達を包んで行く。

 そして、透明な壁の向こう側では。


「わりぃな、付き合ってる暇がねぇんだわ」


 地面に突き刺さった槍が爆発したかの様に、雷撃の波紋が広がっていく。

 魔法の壁越しにも衝撃を感じる程、ズドンと腹に響く振動。

 その後は周囲に稲妻が轟音を響かせ、その場に居る全ての命を焦がし尽くしていた。

 今まで、これ程までの威力を出せた事があっただろうか?

 やはり、あの槍は異常だ。

 どこまでも雷の適性に特化させた、まるで俺専用かって勘違いしちまいそうな一級品。

 ソレは俺の魔術の威力を、何倍にも膨れ上がらせているかの様。

 ド派手な電流が周囲を巻き込み、紫電が視界の端から端まで迸る。

 しかも最後には、オマケだと言わんばかりにそこら中から雷が落ちて来るのだ。


「こ、これは……ちょっとヤバすぎない?」


 イースがヒクヒクと頬を引きつらせながら笑っている。

 まぁ、そういう反応にもなるだろう。

 何たって階段前の広間が半壊している上に、そこに居た筈の魔獣達は真っ黒になり死体さえ崩壊し始めている。

 ダンジョンに飲まれる前だと言うのに、原型を留めていないのだ。

 更に言うなら、さっきまで周囲はかなり湿っぽい空気が充満していたのに。

 レインがプロテクションを解除してみれば、随分と乾いた空気が周囲を包んでいた。

 ここら一帯の殆どの水分が、一時的に蒸発してしまったらしい。


「行くぞ、皆。この安全地帯に二人が居ない場合は……マジで忙しくなるからな」


 地面に突き刺さった魔槍を引っこ抜き、肩に担いでから階段を降り始めた。

 慌てた様に仲間達も後を追って来るが……正直、走り出したい気分だ。

 きっと居る、あの二人は俺達を待っていてくれる。

 そう強く自分に言い聞かせないと、この槍だけ掴んでそのまま六層に飛び込んでしまいそうで。


「頼む、頼むぜ……セイ。信じてるからな」


 一歩一歩踏み締めながら、安全地帯へと降りる階段を下って行けば。

 やがて見えて来る、植物に包まれながらも穏やかの空気を放つ空間。

 間違いなく安全地帯。

 俺達は今、五層を突破したのだ。


「セイ! どこだ!? セイ!」


「ホー君! 他の人も居るから……ちょっと落ち着いて」


 イースに止められてしまったが、俺は休憩中のウォーカー達の顔ぶれを眺めていく。

 どこだ? どこに居る。

 誰しも不思議そうな顔を向けながら、此方を眺めているが。

 どうしても、俺達の知っているその顔が見つからなかった。


「……」


「ホーク様、時間が掛かり過ぎました。私が地上まで走ります、よろしいですね? その間皆様は待機、手紙を出してからすぐに戻ってきます。そしたら、六層を探しましょう」


 ミナミの言葉に、無言のまま頷いた。

 ちっくしょう、ちくしょうが!

 もっと早く五層を攻略していれば、俺達がこのまま探しに行けたかもしれないのに。

 今でも待っているかもしれない仲間を、これ以上待たせる事無く救出出来たかもしれないのに。

 結局また、親父達を頼る事になってしまった。

 最終的にこうなるのなら、もっと早くミナミを地上に向かわせるべきだったのだ。

 くそ、クソクソクソ!

 何がリーダーだ、いっぱしの働きも出来ねぇ半人前が!

 自らの惨めさに、思わず涙を浮かべそうになったその時。


「ホーク! あれ!」


 レインが、俺の肩を揺さぶりながら反対側の階段を指さした。

 ゆっくりと、そちらへと視線を向けて見れば。


「皆! おまたせ!」


「意外と手間取ったからな、やはり先に来ていたか。すまん、待たせた」


 セイと墓守さんが、六層へと降りる階段から姿を見せてくれた。

 生きていた、帰って来てくれた。

 もはや胸の中にはその言葉しか浮かばす、思わず槍を投げ捨ててセイに向かって飛びついた。


「バッカ野郎! 心配させやがって!」


「ハハッ……ごめんホーク。でもホラ、こうやって無事だからさ」


 困った様に笑うセイを思いっきり抱きしめながら、今度こそ涙が零れて来た。

 仲間が居なくなる事、生死不明、行方不明。

 それが一番怖いって教わった事があったが、マジでその通りだ。

 どれ程気合いを入れようが、大丈夫だって言い聞かせようが。

 やっぱり不安だったのだ、“もしかしたら”って言葉がいつだって頭の中を過っていた。

 でもその感情が今、コイツの顔を見た瞬間に吹っ飛んだ。


「無事で良かった……マジで、本気で。心配したんだぞ」


「前回は俺らもそうだったんだからね? ホークこそ、気を付けてよ」


「あぁ、スマン」


 なんて事を言いながら、俺達はバシバシと背中を叩き合った。

 無事だ、生きている。

 ただそれだけでも、こんなにも嬉しいのだ。


「走る必要はなくなったみたいですね。お疲れ様でした、墓守さん」


「あぁ、こっちは問題ない」


 そんな落ち着いた会話が聞えて来た気がするが、俺達のパーティは皆揃って引っ付いたまま、ギャーギャーと騒ぎ声を上げるのであった。


 ――――


 その後、六層に下りる事無く俺達は地上へと戻った。

 ホークはまだまだ平気だ、とばかりに笑みを見せてくれたけど。

 やっぱり、俺と墓守さんを探すのに無茶をしたのだろう。

 トラブルが起こった後は皆疲れている御様子で、この時ばかりは下層に拘る事無く満場一致で帰還を決意したのであった。

 正直な所を言えば、墓守さんと共に戦った高揚感と、戦闘で味わった“あの感覚”が身体から抜け切れず。

 もう少し動いて体を慣らしたい気分ではあったのだが……流石に俺が原因で皆に心配を掛けてしまった後では、我儘を言う訳にもいかない。

 結局の所、また踏み込む事が許可されている階層を突破出来ずに地上へと戻るのであった。

 後はギルドへの報告と、魔石買い取りの申請。

 やはり水中の魔獣が多かった影響もあり、全体の利益としてはあまり多くない……という結果にはなったのだが。

 あくまでも、“お金という意味では”。


「うぉぉぉ!? 何それ何それ! 超格好良いじゃん! 魔剣だよ魔剣!」


「対になってる短剣ってなると、まさにセイ君専用だね。しかも一本ずつ属性が違うとか……いやぁ、ロマンあるなぁ」


「凄い……鞘から抜いただけで、氷の粒と火の子が微かに舞ってます」


「トラブルこそあったが、良い物が見つかったな。無事で何よりだ」


 墓守さんと共に戦ったあの場所で、俺が鍵を開けた宝箱から出て来た一対の短剣。

 まさに大当たりと言って良い代物が手に入ったのだ。

 パーティの皆は俺が使う事を認めてくれているみたいだし、もう一人所有権が主張出来る人に関しては。


「良かったな、セイ。大切に使うと良い」


 彼はあっさりと、この武器を俺が所持する事を許してくれた。

 自分には馴染んだ武器シャベルがあるからと。

 と言う事で、俺は新しい武器を手に入れた。

 赤と青の鉱石で出来ているのかという程、美しい見た目の双剣。

 ドワーフの皆の見立てではかなり固い代物らしく、全力で叩きつけても簡単に刃こぼれしたりはしないだろうとの事。

 さらにお母さんの鑑定により、この二本の剣は完全に自立型。

 周囲の魔素を普段から吸収し、貯蔵するらしい。

 使い手が溜まった魔力を“押し出す”形で使ってやれば、元々組み込まれている魔法が詠唱も無しに発動するという、非常に珍しい魔剣だと言う事。

 こんな物が近くのダンジョンに眠っていたのかと思うと、いくらウォーカーが居ようがやはり隅々までは調べられていないって証明なのだろう。

 そう考えると、人間欲が出て来るもので。

 もっともっと強くなって、更に深い階層へと潜り魔道具を探したい。

 これまた、新しい目的が出来てしまった。


「なぁセイ、コレ刀身触っても大丈夫か?」


「あ、うん。俺も触れてみたんだけど、刀身自体が滅茶苦茶熱いとか冷たいって事ではないみたい。魔力を流さなければ、危なくないよ」


「どれどれ……あ、ホントだ。火の粉とか氷の粒が見えるのに、何か変な感じだね」


 興味津々の皆に二本の剣を渡してみれば、物は試しとばかりにペタペタ触っていく。

 見た目は凄く温度の上下がありそうだから、あんまり触っていると感覚がおかしくなりそうになるが。


「幻影の様な感じなんですかね? 火の粉に触れても熱くないです」


「それが本物だった場合、非常に保管が大変な武器になる所でしたね……あ、お嬢様刃には触れない様に」


 多分術式云々の前に、刀身に使われている物体そのものが特殊なのだろう。

 まさしくダンジョンの不思議物品。

 ロザさんの言った様に、アレが本物だったら常に火事の心配を伴う武器になってしまう所だったが。


「魔力流すとどんな感じなんだ? 結構高火力?」


 ワクワクした表情で剣を返して来るホーク同様、皆もやはり機能が気になる御様子で。

 俺も剣を見つけた時はこんな調子で、墓守さんに少々呆れた視線を向けられてしまった記憶がある。

 でもやっぱり気になるよね、という訳で。


「分かりやすい様に、剣に溜まった魔力全部使っちゃうね」


「最高火力って訳だね! 早く、早くみせて!」


 イースの声を合図に、まずは炎剣から。

 魔力を流し込み、“押し出して”みれば。

 ボゥッ! って言うより、ドッ! という音が鳴り響き庭に火柱が上がった。


「よ、予想以上に大火力ですね……」


 確かにこれだと火力が高すぎて使い所に困りそうだが、魔力の量を加減すれば威力も調整できるので問題無し。

 そして今度は氷剣を使ってみると。


「炎の方は直接的な攻撃だったが、こっちは吹雪の様だな……いやはや、とんでもない」


 剣を中心にして、周囲には雪と暴風が吹き荒れた。

 結構複雑な魔法陣が付与されているらしいので、使い方次第では色々な能力に変わるだろうと言われたが……生憎と、今はコレしか出来ない。

 結構扱いが難しいのだ、コイツ。


「で、使い切っちゃうと暫く普通の剣になるって感じ。ホークの槍みたいに適性に合わせて何度でも行使可能な訳じゃないから、使い所を考えないとね」


「使い切りっていったら言い方が悪いが、自立型の欠点って所かねぇ」


「でも逆に、魔力が殆ど残ってない時とか、詠唱も陣も必要無い所とかは魅力じゃない?」


「あ、少し“押し出す”程度で使えるって事は適性も関係ないんですよね? もしかして私にも使えるんでしょうか?」


「まぁ普段は普通の武器として使い、ここぞと言う時に魔剣として使うといった所だろう。戦力が上がったのは間違いない」


 皆で剣の考察をしながら、ワイワイと騒いでいれば。

 ゾッとする程の気配を、背後から感じた。

 恐る恐る振り返ってみると。


「楽しそうな所申し訳ありませんが、庭であまり大火力の魔術を使うのは感心しませんね? 火遊びも雪遊びも結構ですが、孤児院の子供達が真似したらどうするおつもりですか? 新しい玩具が手に入ったからと言って、はしゃぎ過ぎですよ?」


「「「……すみませんでした」」」


 ニコッと微笑みながら表情に影を落としたミナミさんが、いつの間にか真後ろに立っていた。

 そして本日も、お説教が始まったのであった。

 俺の魔剣、玩具呼びされてしまった。

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