第246話 ご飯とクロスボウ


 結局安全地帯で休んでいた皆にスープを配り、そこら中でホッと息を溢しているウォーカー達。

 意外な事に「旨かった」と礼を伝えて来る者や、今回は請求した訳でもないのに金銭を支払ってくれる律儀な方々も多い様で。

 しかも何名かはパーティ名を名乗り、困った時には声を掛けろと言ってくれる程。

 そんなこんな終わってから、今度は俺達のご飯がやっと本格的に始まった。

 何故こんなに時間が掛かったのかと言えば、配給していたのもあるけど、肉類が殆ど凍っていたからである。

 解凍するにも魔術が必要で、その辺の調整はホークやイースでは上手く出来ないという訳だ。

 つまり、スープで忙しかった俺の手が空かなかったのが原因。


 「過冷却バッグすげぇ……まだ凍ってるぜ。セイが忙しい時は自然解凍するとして、バッグから出して探検してれば丁度良い感じに溶けるか?」


 「いやいやホー君。一つの階層でどれくらい掛かるか分からないし、ちょっと危なくない? 下手したら腐らせちゃうよ」


 「ホークの雷適性なら、なんか上手くやれば解凍出来るかもって言ってたけど……前黒焦げにしたもんね。現地調達なしで無駄に出来ないってやっぱり色々難しいよ」


 皆で相談しながら、色々と作ってみた。

 今回は肉関係と冷凍野菜のお試し品。

 ホークはとにかく色んな状態のお肉を持ち込んだらしく、未だガチガチに凍っている物からギリギリ解凍済みかな? という物まで。


 「うーん、まぁこれくらいなら問題ねぇな。まだそこまで時間経ってねぇし」


 「ちなみにそれは?」


 「凍らせた魔獣肉串、ダンジョンに入る前に冷蔵付与バッグに突っ込んでみた。丁度良く食える様にならないかなって」


 「……本当に平気? ほとんど自然解凍だよね?」


 まさに肉串って見た目をしているのだが、大丈夫だろうか?

 要は作り置きで、しかもさっき言っていた“探索中に自然解凍”を、早くも試していたと言う事なのだろうけど。

 更に言うなら防腐の青ハーブも使うのも忘れていない御様子。

 火で焙ってみれば、ジリジリと音を立てながら段々と肉の焼ける匂いが広がって来た。

 うん、悪くなったって感じの匂いもしないし大丈夫かな?

 やっぱりハーブ系統は凄い。

 とはいえハーブだけでは限度があるので、やはり後半は塩漬け肉を食べる事になるのだが。


 「ふむ、旨そうだな。しかし今度からは香辛料の類を揉みこんで置くと良いかもしれん。であれば荷物も少なくて済む」


 ジッと眺めていた墓守さんが、そんな事を言い放った。

 まぁ確かに、香辛料といえば防腐作用も聞くけど。

 アレだったら塩の方が断然良いって言われた様な気が。


 「確かに塩漬けにしてしまった方が保存は利くが、そればかりでは味気ない。であれば早めに食べる事を前提として、そう言うモノを準備しておけば手間も省ける。至極単純な事だが、毎日食べる物が変わるのは良い。何より食べる順番を決めておけば手間が省ける。時間の短縮は、食問題にも探索にも影響するだろう?」


 な、なんか凄く家庭的な事を言われている気分。

 でも理屈は分かるし、防腐というより時間の短縮に重きを置いている御様子。

 俺達の遠征先はダンジョン、となれば食料の補充が出来ない。

 だからこそこうして食べ物の状態確認や、メニュー悩んだりしている時間はハッキリ言って無駄だ。

 時間を掛ければ掛ける程、食べ物だって悪くなってしまうのだから。

 ソレを解決するならやはり保存が利く固パンと、干し肉。

 遠征の食事と言えばやはりコレだし、何より荷物が少なくて済む。

 でも俺達は森での経験が長かった上に、現地調達が出来なくてもやっぱり美味しいモノが食べたい訳で。

 その我儘を通すのなら墓守さんの言う通り、もっと下準備の段階で色々と考えておくべきなのだろう。


 「あぁそれから、携帯食料のパンでも軽く温める程度に焼くか、可能なら揚げる。きな粉や砂糖を振っただけでも意外と食える。もしくは以前言ったピクルスや干し肉、それらを細かくして、保存できるならチーズも乗せて食う。これだけでも旨いぞ? 一応はマジックバッグを持っているのだろう? 揚げ物鍋もそのまま持ち運べるはずだ」


 「「「旨そう!」」」


 すっごく気になる情報を得てしまった。

 思わず魔導コンロに鍋を用意し、油をドボドボ。

 熱して来た頃にスライスしたパンを放り込み、良い感じの色が付いたら取り出してチーズを乗っけた。

 冷蔵機能だと、どれくらいまで保つのかな? という実験程度の感覚で持って来た訳だが、思わず使ってしまった。

 パンの熱さでチーズが蕩けて来た頃に、市場で買ったピクルスを乗っける。

 これも今度からは、絶対自分達で作ろう。

 マンドレイクが作った野菜でピクルスとか、絶対旨い。

 そんな事を考えながら、イースが慌てて刻んだビーフジャーキーを上からパラパラと掛けてみれば。

 思わず、ゴクリと唾を飲んでしまった。


 「い、いただきます……」


 まずは代表とばかりに、ホークが出来上がった品を齧ってみると。

 彼はぷるぷると震え始め。


 「うっめぇ! お前等も食えよ! 保存食って感じが全くしねぇ!」


 その一言に、皆して手元にあるパンに齧りつくと。


 「あぁぁ、なるほど。携帯食料のパンでも、こうするとお菓子みたいに食べられるね」


 「結構食感が強いですけど……チーズやピクルスの味で、確かに保存食って感じがしません」


 「マジックバッグが手に入ると、ダンジョン内で揚げ物まで出来るのか……凄いな」


 皆気に入った様子で、バクバクと食べていく。

 俺も一口齧れば、なるほど確かに。

 ザクッ! と良い食感を返すパンも、普通に食べるよりずっと食べやすい。

 しかも上に乗せてあるチーズの影響で、しっかりとご飯を食べているという感覚になる。

 そしてピクルス、この味のお陰で濃厚なチーズや油で揚げたパンにも飽きが来ない。

 非常にまとまりが良く、これなら俺でも固パンをバリバリもしゃもしゃ食べられそうだ。

 更に言うなら、上に乗ったビーフジャーキー。

 噛めば噛む程肉の味を主張してくる。

 普通の干し肉ならもっと固い食感だったり、塩辛い印象になるのかもしれないが。


 「そっちも良いが、肉が焦げるぞ」


 そんな事を言いながら焚火の近くに刺してあった串焼きを手に取り、彼が口に運んでから。


 「……」


 「墓守さん……そのですね。貴方程のベテランが、なんでよりにもよって最後に焼き始めた串焼きを手に取るんですか?」


 完全に生焼けの串肉を齧って、彼はそのまま停止してしまった。

 ミナミさんが呆れた様子でため息を溢し、墓守さんから串焼きを奪い取り再び火の近くに突き立てたが。


 「こっちは……良いか?」


 「あ、はい。どうぞ……」


 許可を出せば、彼はガブガブと串肉を齧り始めた。

 どうやらこの人、食に関しての知識はあってもセンスは皆無らしい。


 ――――


 「おう、来たかニシダ。ちょいとコレを見てくれ」


 「ちぃと重くなっちまったが、ロザっちゅう嬢ちゃんのクロスボウ。こんなもんでどうかと思ってな」


 トールと、そしてこういうのに詳しいディールが自信満々に胸を張って言葉を残す。

 目の前のテーブルにあるのはドデカイクロスボウ。

 それは分かる、分かるのだが。


 「ダセェ……」


 「あぁ!? テメェ今なんつった!?」


 「ダッセェってコレ! 確かにでっけぇクロスボウってのは分かるけど、3Dの練習始めたプログラマーが作った試作品かよ!? 流石にダセェぞ!?」


 目の前に転がっていた、その……なんだ。

 四角と三角をとりあえずくっ付けて形にしましたって物体には、ロマンがなかった。

 とても綺麗に、それはもう綺麗に作られているが。

 これはポリゴンなんよ、だせぇんよ。


 「これでもかなり工夫して作ってんだぞ!? 何たってあの嬢ちゃんのクロスボウを、単発式だとしてもある程度連射可能にして、しかもマガジンタイプに変更。あのデカい矢を事前準備さえしときゃ、今までの威力で最大七本は連射可能な上に――」


 「いやそれはすげぇよ!? でもダセェのよ! 剣や槍でも、スタイリッシュさって大事じゃん!? どうした今回は!? 南ちゃんのクロスボウだってもっと格好良かったじゃん!」


 「元々のクロスボウがこんな感じじゃったろう!? あんまり形を変えちゃ扱いずれぇのかと……」


 「確かにアレも武骨だったけども! こんな真四角じゃなかったろうに! いや、凄ぇのは分かるし使い勝手良いのかもしれんけども!」


 思わず全力で突っ込んでしまったが、残るコールとタールだけはウンウンと頷いてくれた。

 だよな、これダサいよな。

 だってグリップから体に向かっては普通のクロスボウって感じなのに、その先が四角い何かなのだ。

 ダセェってこれは。


 「お前等が使う訳じゃねぇから、あんまり派手にしちまうと嫌がられると思ったんだが……そうか、流石に地味過ぎたか」


 そんな事を言いながらディールの奴が再び図面を引き始める。

 どうやらこっちは、新しいデザインを考え始めてくれた様だ。

 しかしながらトールの奴は未だプンプンと怒りながら。


 「ったく、これだけ表面を綺麗にしてやったというのに。まぁ確かに……ちと四角くなり過ぎたが。おいニシダ、魔女様はまだ来ねぇのか? こういう奇抜なモノのデザインは、今じゃ魔女様の担当だろうが」


 「それは……すまん、未だ猫に夢中だわ」


 「ハァ……まぁ仕方ねぇわな」


 ボソッと小声でそんな事を呟くトール。

 あれ? 随分簡単に引き下がるじゃん。

 とか思いながら彼に注目していれば、鬱陶しそうに手を振られてしまった。


 「なぁ、やっぱお前等って昔のアナベル――」


 「過去の詮索なんぞ野暮だろうがい、ニシダ。どうしても知りたきゃ、今の魔女様を知り尽くしてから聞きに来い。中途半端は、嫌われるぞ」


 「……そうかい」


 思わずガリガリと首元を搔きながら視線を逸らしてみれば。


 「いずれ、教えてやるさ。お前がそれだけの男になるんならな」


 「焦るな、ニシダ。お前は魔女様を間違いなく幸せにした男だ。まずは自信を持て」


 コールとタールの二人から、バシバシと背中を叩かれてしまった。

 恐らく、この四人はアナベルの過去を何かしら知っているのだろう。

 だったら今すぐにでも聞き出したい、そういう気持ちもあるのだが……。

 それが正解なのか、今の俺には分からないのだ。


 「それは、聞いて良い過去なんかね?」


 「「「駄目に決まっておろうが」」」


 「おぉっと?」


 皆から声を合わせて答えられてしまった。

 つまりはまぁ、あんまり幸せな歴史じゃなかったって事なのか。

 それとも彼女の古傷を抉る様な内容になるのか。

 だとしたら、俺は……どうしたいんだろうな?

 そんな事を考えながら、思い切り溜息を溢しそうになったその時。


 「おいニシダ、コレなんかどうじゃ!? メインの大型クロスボウは変わらず、サイドにミナミと同じ様な連射式の小型を取り付けて……反対側には炸裂弾の様な特殊な矢を放てる様にしよう。重さは今まで以上になるが、どうだ? 面白いだろう? これなら一人で結構な場面に対応できる」


 先程から図面を引いていたディールが、意気揚々とゴテゴテしたクロスボウの図面を見せつけて来るのであった。

 コイツ等、本当に変わんねぇわ。

 最初に酒飲んだ夜から、マジでそのまんま。


 「まぁ、もっとゴツくはなったな。サイドのが内部に収納出来たり、場面によって変形したりするともっとカッチョ良いけど。でもデカすぎねぇ?」


 「だはははっ! なるほどな! あい分かった、任せておけ! お前の息子のパーティに入った娘っ子の武器だからな! 俺等が作ってやんねぇと!」


 「なぁ、だからデカすぎねぇ? 一応言っとくけど、女の子が使う武器だからな?」


 そんな事を言いながら、ディールの奴は完成していたデカいクロスボウをばらし始める。

 なんともまぁ、即断即決。

 一度決めたら、すぐに行動に移す。

 この辺りやっぱりすげぇわ、ウチの鍛冶師は。


 「んで、だ。ニシダ」


 「ん? どしたの」


 険しい顔を浮かべるトールが、俺に声を掛けて来たと思えば。

 周りも似たような顔を浮かべているではないか。


 「あの二人は、“悪食”に入るのか? 今の状況だから手は貸してやるが、他所のパーティに移る奴に俺等の作品を簡単に渡すつもりはねぇぞ」


 あぁ、なるほど。

 確かにその通りだ。

 息子達のパーティは、まだ名前も決まってない。

 そんな奴等に武器を与えてやって、はいサヨナラって事になると……正直目も当てられないだろう。

 だからこそ、そういう事を気にしているのは分かる。

 でも。


 「大丈夫だよ、アイツ等が“悪食”を名乗るかは分かんねぇけど。それでも……多分パーティを解散する事はねぇって。新しく入った子達も、半端な気持ちで組んだ訳じゃなさそうだぜ? 南ちゃんの報告によれば」


 「なら、良いんだがよ」


 「最悪アレだ、契約書でも作れば良い。パーティ脱退の際には武具の返却、消耗品の弁償とかな? 魔術契約でも結べば、相手は逃げらんねぇだろ? 最悪俺等が取り立てに行っても良いぜ?」


 「お前は平然と恐ろしい事を言い出すな……分割払いローンの客でも、魔術契約まで結ばねぇよ」


 呆れ顔のドワーフ達は、再び特殊大型クロスボウの改良へと戻ってくれた。

 ま、実際どうなるかは分からんけども。

 悪い子達じゃないといいねぇ、ホント。

 そんな事を考えながら、仕事の邪魔にならない様に大人しく退散するのであった。

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