第245話 教え方の違いとスープ配給
「すげぇぇ! オールラウンダーって多分こういう事を言うんだ!? おいセイ! 見ろよ! あんな動きがお前にも出来る様になるんだぞ!?」
「いやいやいや、本当にヤバイでしょあの人。全部の役割を一人でこなしてるよ……」
翌日、俺達は新しいダンジョンに向かった。
以前の初心者用ダンジョン……というには些か物騒だったが、あちらは攻略してしまったのでしばらく大人しくなるとの事。
なので、もう少し離れた場所にあるココへと踏み込んだ訳だが。
もう、ため息しか零れなかった。
何、何あの人。
墓守っていうウォーカー。
父同様に薬草や毒草の知識があり、更には小道具を使うのは多分お父さん以上に上手い。
小瓶を相手の集団に投げ込めば、相手は苦しみ。
抜けて来た魔獣を銀色のシャベルで斬りつけ、蹴飛ばして集団に戻したかと思えば。
最初の小瓶と同時に上に投げた別の物が、タイミング良く降って来て息の根を止める等など。
やっばいこの人。
一人で全部出来る上に、状況の先を読んでいるかのように先手を打つ。
意味不明な方向に投げた小瓶なのに、相手が回避した瞬間その場に落ちて来たり。
明らかにメイン武器はあのデカいシャベルだというのに、平然とナイフや手斧なども投げつけたり。
とにかく、なんでも使って平然と終わらせる。
もはや俺やレインさん、ロザさんなんかはポカンと見つめる他なく。
ミナミさんに関してはため息を溢しながら見守っている程。
先日の買い物の際も、色々と教えてくれた訳だが……。
「これは持っているのか? 無いのか、では買って置け。あっちはどうだ? そうか、買って置け」
という具合に、とにかく会話が一方通行。
喋るのが苦手って聞いてはいたけど、まさかココまでとは。
そんな事を思いながら買い物を済ませた俺等は、以前より大荷物。
マジックバッグを拾ったのに、更に荷物が多いのだ。
そんでもって、問題のベテランさんは。
「分かったか? こんな風に動けば、一対多の状況も切り抜けられる。得意な武器があっても、それ以外を練習しておく事は大事だ。慣れていれば様々な武具が使用できるが、練習さえしなかった物は使い物にならん。途中で使い慣れていない武器を拾っても、こん棒代わりになる程度で認識しろ。戦場で慣れない武器を使うな」
「「「は、はいっ!」」」
とにかく、実践して教えるタイプの人だった。
今までの悪食メンツとは違い、とにかく“やってみろ”ではなく一度見せる事を重視する。
「墓守さん……あまり過保護なのは、教育方針に反するというか」
「何故だ? 一度見せなければ、自らがどう動けば良いのかも分からないまま敵と対峙する事になる」
「あぁ、えっと。そこもまずは一度考えさせてですね……」
「なるほど、環境が整っていればそう言う事も出来るのか。だがしかし、ココは戦場だ。本番だ、練習ではない。皆が皆、助けてもらえる環境にある訳ではない。だったら、正解に近いモノを知っておくのは、大事だと思うが」
「まぁ、仰る通りなのですが」
ミナミさんだけは、墓守さんに食いついていた。
確かに悪食の方針というか、教え方としてはまず自分で考え、工夫する事。
そしてどうにか生き残り、次に繋げる。
分からない事は聞いて、その情報を元に自ら考えるというもの。
しかしながら、彼の場合は答えをくれる。
俺みたいな動きの人間にとっては、完成形と言えるだろう。
装備や動きを見る限り、墓守さんは斥候に近い。
でも彼自身があれだけ主力になり得るし、小道具を使って団体戦も制する事が出来る。
だからこそ、俺は余計に彼から教わらなければいけない訳だが。
「理解は出来る、考える事は大事だ。しかしココはダンジョンだ、ダンジョンでは不意におかしな事例が発生する。順調に階層を進めるのならソレで問題ないが、急に下層に落とされてみろ。考える暇もないまま、相手の餌になるのがオチだ。教育方針の否定はしないが、可能な限り生き残れる術を教えておきたいと……そう思ったのだが」
「そう、ですね。私達も、事実少し前にそう言う状況に出くわしました。数名だけが下層へ落ち、結局救助を呼ぶ結果になりました……」
ミナミさんは悔しそうに奥歯を噛みしめ、スッと視線を逸らしたが。
「誰か死んだのか?」
「いえ、幸いその様な事は。少なくとも“身内”で死者はいません」
「では、お前達の教育も間違っていなかったと言うことだ」
「はい?」
スラスラと会話が進み、彼が再び暗闇に向かってシャベルを構えれば。
闇の中から、狼の群れが襲い掛かって来た。
「そんな状況に陥っても、助けが来るまで全員生き残った。だったら、しっかりと“考える力”は備わっている。工夫する手立て、未知を予想する発想力。その上で他の誰かの完成系を見せてやれば、もっと変わるのではないか? 手合わせして分かったが、コイツ等はもう随分と強く育っている。が、拙い。それだけだ」
「ほんと、強くなりましたね。墓守さん」
「いつまでも子供ではいられないからな」
えらく落ち着いた会話をしながら彼はシャベルを振り回し、流れるような動きで小道具を放り投げる。
十数匹は居たであろう狼に対し、たった一人で応戦していた。
シャベルを振るった遠心力をそのままに、半端な距離の狼にナイフを投げたり。
跳び退くと同時に足元に小瓶を投げつけて、襲い掛かって来た数匹を回避行動だけで仕留めてみたりと。
すぐ近くに立って居たミナミさんが一切手を貸す事無く、また彼は単独で現場を制して見せた。
「今回俺が護衛に着いたからには、この方針で行かせてもらう。よく見ておけ、ガキ共。そして俺が前に出ろと言ったら、精一杯戦ってみろ。大丈夫だ、フォローはしてやる」
「「「は、はいっ!」」」
「な、何かまたとんでもない人の助力を受けている気が……」
「お嬢様、もう気にしたら負けです……」
もうちょっと良く分からない事になりながら、俺達にとって二つ目のダンジョン攻略が始まった。
前回は色々アレだったから、今回こそはしっかりとした形で成果を残したい。
そんな風に思っていたのだが。
前回以上に、頼もしい教育係が同伴してしまうのであった。
――――
「今回は六層までって言われてるから、結構豪華にしちゃって良いよな? 後半は頑張ったから腹減ったぜ」
「良いんじゃないかな、墓守さんのおかげで四層手前まで一気に来ちゃってるし。スープ作っちゃうね」
「最初は僕等見てるだけで良いのかなぁって思ったけど、凄く勉強になったね。普段とは違う感じで、まさに事前準備を完璧に整えてる戦闘ってこういうのかぁって」
三人揃って声を上げながら、安全地帯でご飯の準備。
ホークもイースも、今までに見た事無いタイプの戦闘をする人を見学した結果、随分と興奮している様で。
俺も含めた三人は意気揚々と食事の準備を進めていく。
レインさんとロザさんは、「今日何もしてない……」とか言いながらしょんぼりしつつお手伝いをしているが。
「あ、あの墓守さん。何が食べたいとかありますか? 俺スープ系担当なんですけど、希望とかあれば……」
料理に関しては一切触れて来ない彼に、勇気を振り絞って声を掛けて見た結果。
彼は少しだけ考えた様子を見せると。
「俺に、好き嫌いはない。何でも良いが、旨い物が食べたい。が、しかし……セイ、ちょっとこっちに来い」
皆には聞こえないくらいに小声になりつつ、彼は俺を手招きした。
はて? こんな事は今の所なかったのだが。
二層後半からは戦闘に参加し、指示を貰いながら肩を並べていたのだ。
何か俺だけに注意される様な事があっただろうか?
なんて事を思いながら、彼の傍まで寄ってみると。
「赤いスープは、戦場ではあまり好まれない。文句をいう奴等が居る訳ではないが、ただ不吉とされている。それには色々理由があるが、ゴブリンやオーガなどの人食い魔物が人間の真似をするからだと聞いた事がある。想像したくも無いだろうが、実際俺も見た事があった。だからなるべく、赤いスープは控えてくれ。周りも休んでいるのに、嫌な想いをさせる必要はあるまい」
そんな事を言われてしまった。
正直意外だったし、こんなにも周りに気を遣う人だったのかと、思わずポカンとした表情を向けてしまった訳だが。
「だが俺は、赤いスープも嫌いじゃない。トマトや辛い物を使った真っ赤なスープ、アレも悪くない。だから、他人が居ない時には作って欲しい」
「……ただの食いしん坊じゃないですか」
「人は食わなければ生きていけないからな」
とんでもなく無理矢理な正論というか、感情的なモノを見せられてしまい思わず笑ってしまった。
この人多分、結構な美食家だ。
いや、何でも食べる所を見ると食の研究家と言った方が良いのだろうか?
しかしウォーカー。
更には周囲に気を遣いながらも、かなりの不器用と来ている。
本当に、変な人だ。
「それじゃ今日は、コンソメスープにしますか」
「ほぉ、良いな。ベーコンかウインナーを入れよう、味にコクが出る」
「でも、あぁいう物は多少日持ちしますから……」
「俺が出す、幸い時間停止付きのバッグを相棒から預かって来ているからな」
「あ、はい」
そんな訳で本日のスープは燻製肉入りコンソメスープとなった。
本来こんな風に、教育係に食材を出させる事をすればミナミさんが注意してきそうだが。
彼女は、此方をジッと見つめながらため息を溢した。
「貴方としては、その行為は“有り”だという事ですね?」
「その場にあって使える物は全て使う、それがウォーカーだ。ついでに言うなら、今回は六層までなのだろう? 一日でここまで降りたなら、問題はあるまい。どうせ“まだ掛かる”」
「次の層から貴方はあまり手を貸さないという事ですかね……了解です。たまにはこういうのも良いでしょう。貴方が食べたいから、という理由にも聞こえますが」
「否定はしない」
「そこはもっともらしい理由を言って下さいよ……」
という事で、ミナミさんからも食材使用の許可が下りた。
これは何だか、前よりも凄い事になってしまいそうなんだが。
などと冷や汗を流しながらも、彼から随分立派なベーコンを受け取り、料理場へと戻ってみれば。
「早めに使わねぇといけない物は全部使うぞ~、チマチマ食っても傷んじまったら食えないからな」
「いやぁ、ダンジョン内で焚火ってのもどうなのかと思ったけど。変に煙くなる事も無いし、良いね。どこかに換気穴とかあるのかな? 魔導コンロも少ないから助かるよ」
「私は今日、薪を運んだだけになってしまいました……」
「お嬢様、料理で挽回しましょう。ほら、火が弱まって来ましたよ」
こちらもこちらで、かなりマイペースに料理を始めていた。
それはもう、前回同様に視線が集まっているが……あまり近づいて来ようとする面々は居ない様だ。
今回は墓守さんが近くに居る影響だろうか?
見るからに絡んで良い相手じゃないって外見をしているので。
「えぇと、ちょっとくらい配る?」
「セイ様、ですからその様な事は」
ポツリと呟いた言葉を、ミナミさんがピシャリと遮って来るが。
「全てを分け与えていたらキリがない。しかしスープを少量ずつくらいなら、問題はあるまい」
「墓守さん、流石にそれはやり過ぎです」
再び両者が睨み合うかの様な雰囲気になってしまった。
が、しかし。
「過去の悪食の様な強者の集いなら、恐らく仲間内でどうにかなったのだろう。しかし、“普通”は違う。俺の様な弱者は、周りの手を借りて何とか生き残る。シーラよりも人が入り乱れている事は理解しているが、こういう事が後に繋がったりするものだ。“見知らぬ誰か”が、“少しだけ知っている奴”になる。そういう奴らが、いざという時に助けてくれた経験も、少なからずある」
彼は、静かにそんな言葉を紡いでみせた。
何というか、この人の言葉は凄く深い気がする。
ただ喋るだけではなく、自らの経験を乗せて喋っている様な。
そんな凄みがあるのだ。
「……はぁ。随分喋る様になりましたね、墓守さん」
「俺の仲間がよく喋る奴等ばかりだからな、仲間の癖というのは移るらしい」
「そうですか、まぁ今回は貴方にお任せした訳ですしご自由に。ただし、その後の統率の仕方も教えてあげて下さいね?」
「もちろんだ」
それだけ言って彼はシャベルを担ぎ、安全地帯の中心まで歩いたかと思えば。
ガツンッと切っ先を地面に突き刺し、周囲のウォーカー達に視線を向けた。
誰しも彼の姿と、その行動にビクッと怯えたような反応を示したが。
「すまないな、旨そうな匂いがしていれば腹も減るだろう。全てを分け与える事は出来ないが、スープだけは提供しよう。飲みたいヤツは、此方に集まってくれ。但し今回だけだ、誰しも自らの命を守る事で精一杯という事は、理解しているのだろう?」
墓守さんの声と共に、そこらで干し肉を齧っていた連中がこぞって立ち上がったではないか。
こ、コレ大丈夫かな?
なんて思ってしまったが、彼はマジックバッグに手を突っ込み。
魔導コンロに鍋、そしてスープに使えそうな食材を引っ張り出した。
「セイ、頼めるか? 俺は料理が出来ない、他に必要な物が有ったら言ってくれ。これは俺が撒いた種だ」
「えぇと……俺としては問題ないですけど、今後の事を考えるとどうなのかなって……またたかって来たりとか」
「その時は、蹴散らしてやれば良い」
「はい?」
なんか、さっき言っていた事と真逆な台詞が飛び出して来たんですけど。
つまりどうすれば良いのだろうか?
「善意に対して善意を返す人間は仲間になるが、悪意を持って近づいて来る奴は切り捨てろ。そんな奴まで救ってやる必要はない。だから、そう出来る程に強くなれ。コレがシーラのウォーカー達の流儀だ」
「この人もなかなかに脳筋だったぁ……」
もう問いただすのも馬鹿らしくなり、俺はひたすらスープを作り続けた。
ホークやイースも、俺がスープを配っているのを見て「に、肉も少し分けるか?」とか言ってくるが、窮地でも無い限りそちらは金を取れと墓守さんに言われてしまった。
何が違うのさ、結局食べ物じゃないか。
スープ担当としては、思わず文句を言いたくなってしまったが。
「奴等が食べている物を見ろ、保存の利くパンや干し肉だ。アレらはとても喉が渇く、そんな時にお前が作ったスープがあればどうだ? 一品分け与えてやるのは、トラブルなく俺等が休む為でもある。それ以上は、贅沢というモノだろう。贅沢がしたいなら金を払うか、自分達でどうにかするしかない。それに、毎度分けてやれとは言わんさ」
この人……優しいのか厳しいのか全然分からないんだけど。
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