第244話 ご飯研究会


 「何かあったのか? セイ」


 思い切り溜息を溢した俺に対し、ホークが訝し気な顔を向けて来る。

 現在お昼。

 今日は休日というか、次のダンジョンに潜る前の作戦会議という予定になっており、これからレインさんとロザさんも合流予定。

 ついでに言えば二人も料理に慣れておきたいという事で、普段野営で使っている道具のみでご飯を作る練習会と言う訳だ。

 二人が来る前に料理を始めてしまっては意味が無いので、ホークとイースと一緒に調理道具を準備している。


 「いやぁ……何というか。ウチのお母さん若いなぁって思ってたけど、落ち着いてるからまだ何とかなってたんだよ。行動まで若くなっちゃうと、俺としてはどう反応して良いのか分かんない訳で」


 「セイ君、本当にどうしたの? 両親の愚痴を言うなんて、物凄く珍しいね」


 イースからも心配そうな目を向けられてしまうが。

 でも、やはり溜息が零れてしまうというもの。


 「今後、悪食のホームにペット増えるよ……猫、喋る奴」


 「「はぁ?」」


 事実だけを告げてみれば、二人からは思い切り呆れた声を頂いてしまった。

 まぁそうだよね、普通そうだよね。

 孤児院の方ではマンドレイクとか、何かでっかいリスとか居るけど。

 ホームは今の所ペットの類は居なかったし。

 孤児院だけでも変なのが住み着いているのに、今度は喋る猫と来たものだ。

 なんだろう、ここの人たちは珍しい生き物を集める趣味でもあるのかな。


 「いやいやいや、喋る猫ってなんだよ。魔獣でもそんなの見た事無いぜ?」


 「だねぇ。マンドレイクが畑に居る時点でおかしいけど、流石に猫は喋らないでしょう」


 二人はカラカラと笑いながらそんな事を言っているが、まぁいいや。

 どうせ後で分かる事だし。

 更に言うなら、ウチの母のテンションがものっ凄く高くなってしまったのだ。

 なんかもう、ずっと猫を構っている感じで。

 年甲斐にもなく、猫なで声ってヤツを上げるくらいには。

 しかも本人はペットに夢中なので、覗き込んだ俺に気が付かないくらい仔猫を弄り回していた。

 周囲に見られたら、イメージ崩壊どころではない魔女の姿。

 それ見てしまった息子の心境を答えよ、という感じだ。

 再び大きなため息を溢した所で、敷地の入り口から手を振りながら近づいてくる姿が二つ。


 「お待たせしましたー! お邪魔しまーす!」


 「魔導コンロが安く売られていた。小さい上に少々古い様だが、これは良い買い物をしたんじゃないか?」


 レインさんとロザさんが、本日も元気な様子で顔を見せた。

 皆揃って手を振って答えるが……。


 「セイさん、どうしました? なんだか、元気がありませんね?」


 「というより、疲れているのか? どうした」


 お二人からも心配されてしまい、首を横に振って見せる他なかった。


 「ちょ、ちょっと環境の変化があっただけですから……大丈夫です。あとロザさん、その魔導コンロちゃんと使えるか試してから買いましたか?」


 「ん? それはどう言う事だ? 売っていたのだから当然使えるだろう」


 首を傾げる彼女からコンロを預かり、水を入れた鍋を乗っけてスイッチオン。

 しかし、しばらく経っても湯気が上がって来る事も無く。


 「あちゃ~、こりゃ不良品掴まされたか?」


 「というより、劣化品って言った方が良いのかも。一応起動はしてるけど、熱が入るのがあまりにも遅すぎるね」


 ホークとイースの言葉に、ロザさんが絶望的な顔をしながら倒れ込んでしまった。

 相当ショックだった様で、もしかして結構大きな出費だったのだろうか?


 「安くともそれなりの金額だったから、かなり長時間悩んで購入を決めたのに……生活に余裕がある訳ではないのに……」


 「ロ、ロザ! 大丈夫だから! 皆さんに相談する前に買う事を勧めた私にも問題がありますから! 今度からこういうのを買う時は一度相談に来ましょう!? これも経験という事で……」


 必死にレインさんが慰めているが、多分「すぐ買わないと売り切れる」とか何とか言われたのだろう。

 こういう品は現状品販売返品不可を謳い、とりあえず売りつけて後から何を言われても対応しないってのが大体だ。

 あとロザさん、距離感が縮まると普通に大きいリアクションを見せてくれる。

 以前の様な怖そうなお姉さんって雰囲気は無くなったのは、俺としては非常に有難いが。

 今では少々残念なお姉さんという印象に切り替わり始めている。


 「セイ、これどうにか出来るか?」


 「ん、まぁそう言われるだろうと思ってたよホーク。ロザさん、コレちょっと預かって良いですか? 俺の方で、直せるか見てみますね」


 そんな声を上げれば、ガバッと身体を起こした彼女が此方に縋りついて来た。

 怖い怖い怖い。

 急に接近された上に、ガシッと掴まれると物凄く圧迫感ある。


 「出来るのか!?」


 「ま、まだ分かりませんけど。付与の術式を確認して、掃除とかすればもしかしたら……部品の劣化なら簡単ですけど。最悪の場合は中身をマルっと交換するか、旧式付与を書き足しちゃえば何とかなるかもしれませんし。外側は綺麗ですから」


 魔道具、こう言うモノの専門は俺だ。

 便利な道具、見た事もない代物。

 その仕組みを調べたり、修理したりするのは昔から好きだった。

 そういう物を求めて、俺はダンジョンに潜っているのだから。

 付与を書き換える様な真似は、流石に母と一緒ではないと怖くて出来ない程度の実力ではあるが。


 「ま、とりあえず飯にしようぜ。今後の方針会議はそれからで良いだろ?」


 ホークの言葉と共にジャンク魔導コンロのお話は終了し、皆揃って料理の準備を始めるのであった。

 いやぁ、こういう時にスパッと環境の空気を変えてくれるのは非常にありがたい。

 今やる事じゃないよって言ってるみたいに、ホークは今やるべき事を指示してくれる。

 こういう所は、俺も見習わなければいけないのだが。

 なかなかどうして、魔道具弄りや調薬なんかを始めてしまうと周りが見えなくなる事はよくある。


 「ありがと、ホーク」


 「何の事やら。スープ系を教えるのは頼むぞ、セイ。お前が一番上手いんだからな」


 そんな会話をしながらも、俺達はお昼ご飯を作り始めるのであった。


 ――――


 「なるべく保存が利く料理をって事で作り始めたけど、どうだろうね?」


 「結局は冷蔵機能バッグと、マジックバッグ次第にはなっちまうからなぁ。こればっかりは実際使ってみないと分からん」


 イースとホークがやれやれと首を振りながら、料理を並べていく。

 但し目の前のテーブルには結構な種類があるし、普通に豪華な感じになってしまったが。


 「あ、あの……保存食、なんですよね? 普通の野菜とかお肉とか、そう言うのってどうするんですか? 冷蔵されていても、あまり日持ちはしない気がするのですが」


 「そこら辺はアレですかね、凍らせてから冷蔵バッグに突っ込んで、なるべく日持ちさせたり。ダンジョンだと現地調達が出来ないので、そこらへんも試していかないと」


 レインさんの疑問に答えては見たものの、これだって付け焼刃なのだ。

 長期間の遠征となれば、最初から最後まで手料理という訳にはいかない。

 保って最初の二日三日という所だろうか? その日数だって駄目な物の方が多いし。

 なのでやはり最初は豪華に、あとは保存が利かないモノから食べていくって感じになるだろう。

 具無しでも良ければスープの類は作れるから、あの固いパンもどうにかなる筈。

 ホークとイースは、保存食料の固パンでもガブガブ食べるが。

 俺としてはやはり、何かに浸して食べたい所。

 という事で、スープに使う調味料系は俺が集める他無さそうだ。


 「とはいえ遠征始めの数日間は……こういう物が食べられるのか。宿の食事より豪華だぞ」


 そんな事を言いながら、ロザさんが料理を覗き込んでいく。

 今回作ったのは、お弁当になりそうなモノ各種。

 おにぎりやサンドイッチ、この辺りは本当に初日用。

 後は保存食のパンに、一度凍らせた肉を解凍して調理した後挟んでみたり。

 野菜の類も冷蔵保存でどれくらい保つのかを調べる為に色々使ってみた。

 なんか馬鹿デカイバゲットに、新鮮野菜やら大盛りの肉やら詰め込んである物もあるが、アレは完全にふざけて作ったのだろう。

 そうだと思いたい、流石にデカすぎだし日持ちしそうにない。

 レタス等の新鮮な上に水分量の多い野菜なんて、冷蔵で長持ちしないからって凍らせたら、正直とんでもない事になってしまうと思う。

 まぁそちらは一旦放置して、あとはスープ。

 出発当初は色々と出来るが、後半へ行けば行く程生鮮食品は無くなって来る。

 基本冷蔵機能を頼る事にして、保存の利くキノコ系のスープなんかも色々作ってみた訳だが。

 コレも無くなったら、完全に調味料のみの単調な味のスープになる事だろう。

 やっぱりウォーカーという職業は、食の問題と絶対に対面してしまうのだ。

 森に行こうが、ダンジョンに行こうが。

 とりあえず腹を満たす為に我慢を覚えるしかない。

 現地調達出来る森なら、幾分かマシになるのは確かだ。

 でも俺達の目的はあくまでもダンジョンな訳で、こればかりは色々と試行錯誤する他ないだろう。


 「んじゃ、食ってみるか。いただきまーす」


 「「「いただきます!」」」


 皆揃って手を合わせた後、各々好きな物に手を伸ばしてみれば。


 「旨そうだな」


 急に、背後から声を掛けられた。

 おかしい、さっきまで全然気配とかしていなかったのに。

 しかもウチの中庭は広いし、誰かが近寄ってくれば気付かない筈がない。

 思わず手に持ったサンドイッチを取り落とし、ナイフを構えてみれば。


 「落とすな、勿体ないぞ」


 俺の落としたサンドイッチを平然とキャッチしてから、口に運ぶ不審者。

 黒いローブを羽織り、フードを深く被っていて顔が半分も見えない。

 傍から見たら不審者以外何者でもない様な恰好のその人だったが。


 「は、墓守さん……でしたっけ?」


 「あぁ、そうだ」


 非常に短いお返事を返しながら、手に持ったサンドイッチを平らげる墓守さん。

 そして、続けざまに。


 「そこのデカいの。長いパンに色々挟まっているヤツ、食べても良いか?」


 「え? あ、はい。どうぞ」


 突然やって来たその人は、物凄く静かに声を溢しながら俺達の食事会? に加わるのであった。

 ホークとイースは不審な目を向けるし、レインさんは完全ビビっている。

 ロザさんに関しては……警戒しながらも引いている、という表現が正しいのだろう。

 そして、彼が飲み込む様にバゲットサンドを平らげてから。


 「保存食の研究か?」


 「う、うっす。肉とか凍らせて、どうにかもう少し日持ちしないかなって」


 ホークが声を上げると、墓守さんは「ふむ」と顎に手を当て。


 「干し肉は悪食で旨い物を作っていただろう、魚の干物に関しては少し教えてやる事も出来る。あとはそうだな……こういう食事を作りたいのなら、酢漬けはどうだ? ピクルスなんかがあると、他の味が落ちていても非常にさっぱりと食える。かなりの長期遠征でもない限り、最後まで食べられるんじゃないか?」


 なんか、物凄くまともな事言い始めた。

 この食事だけで俺達が何をしようとしていたのか、ソレを見抜いたのも凄いが。

 普通にアドバイスを頂いてしまった。


 「こういう食事は、基本的に“誤魔化す”事が前提だ。味を求めず保存期間だけを考えるなら別だが、そうでないのなら保存が利いて味の良いモノを一品加えると良い。全体を旨くしようとするのは、環境が整っている状態で試行錯誤するものだからな。逃げの様に聞えるかも知れないが、窮地に立った時には何でも旨く感じる。その中に味の良い物が一品あれば余計に、な。俺は何度かソレで救われた」


 「飯の事になると、めっちゃ喋りますね……」


 「すまない、余計なお世話だったか?」


 「あ、いえ。そう言う情報助かりますけど……」


 ホークもタジタジになりながら、その後も墓守さんの話を聞いていた。

 なんというか、俺等が見て来た人達よりずっと“達人”って雰囲気のあるウォーカー。

 一人で生きていく術を知っている、長く生き残る術を身に着けている様な。

 そんな雰囲気の彼が、淡々と俺達に話を聞かせてくれた。

 主に、食事の事を。


 「時間停止付きのマジックバッグを持っているのが一番だが、無いなら“過冷却バッグ”というモノを買うと良い。それなりに値段もするが、それでも役に立つ。この街にもグリムガルド商会はあっただろう? そこで買える。物自体がデカいが、有って損する事は無い。普通のマジックバッグでも手に入れば、それらもまとめて持ち運べるからな」


 「絶対買いますソレ! 超欲しい!」


 ホークだけは墓守さんとご飯トークで打ち解けたのか、妙にテンションが高いが。

 はてさて、結局この人は何なのか。

 お父さん達の知り合いみたいだけど、未だどんな人なのか全く掴めない。

 死霊術師ネクロマンサーって、そう聞いたけど……大丈夫だよね?

 本物を見たのは初めてだし、元々あんまり良いイメージは無いんだけど……。

 何てことを思いながら、フードの彼をジッと覗き込んでいれば。


 「お前がセイか?」


 「は、はいっ!」


 急に声を掛けられてしまった。

 何かやってしまったのかと、思わずピンと背筋を伸ばしてみた訳だが。


 「お前には、買い物以外にも教える事がある。小道具の使い方や保管方法、基本現場指導になるが下準備は今日中にやってしまおう。俺とお前の戦い方はよく似ているらしいからな、よろしく頼む」


 「は、はい?」


 なんだが、良く分からない言葉を頂いてしまうのであった。

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