第三部 2章 アフターストーリー

第243話 再会


 「配達に来た。久し振りだな、ミナミ」


 「これはこれは、今回は御一人ですか? “墓守”さん」


 久し振りに、懐かしい顔を見た。

 シーラからの来客、向こうの国で随分と名が広まっているらしい“守人”というパーティ。

 何かしら確たる大きな成果を上げる訳ではなく、着実に“全て”の依頼をこなしているオールラウンダー。

 そのリーダーが、たった一人で悪食のホームに訪れた。

 大きなカバンを背負いながら。


 「魔女は居るか? アイツに届け物だ。それから……庭に居る奴等、アイツ等の子供か?」


 「えぇ、貴方が見るのは随分と久し振りですからね。大きくなったでしょう?」


 「だが、まだまだ特訓中という所か?」


 「そこらへんはまぁ、致し方ありませんかね」


 中庭で訓練していた皆様に視線を向けながら、随分と渋い顔になった墓守さんが呟いた。

 この人も当初は、私から見ても若いと感じられていたのに。

 今ではもはや、彼の方が実戦経験も多い程だろう。

 竜と戦った経験は無くとも、この人は海と陸両方の戦い方を知っているのだから。

 むしろ竜との戦闘経験があるせいで、妙な称号が付き私の方が劣ってしまったくらいだ。


 「しばらく、こっちに居ようと思う。色々と調査というか、食に関して調べたい事もある」


 「ほぉ、これはまた珍しい。宿はお決まりですか? こんな事を聞くのは失礼かもしれませんが、懐事情は?」


 「……無駄遣いは控えろと言われている」


 相も変わらず黒色のローブに、目元まで隠す彼の表情は読みづらいが。

 それでも、こういう時の空気だけは分かる。

 金銭に困っている訳でもなく、仕事を終えてさっさと帰っても問題無い筈なのに。

 何かしら思う所があって、ココに残りたいと考えているのだろう。


 「部屋は空いていますから、如何でしょう? 私達からの仕事を受けてみては。食事と寝床は保証します」


 「それは、好条件だな」


 「……貴方も、随分とお人好しになりましたね?」


 「放っておけ」


 などと言いながら、彼はホーク様達に歩み寄っていくのであった。

 配達に来たと言いながら、その荷物も降ろさぬまま。

 その肩に、マジックバッグから取り出した銀色の大きなシャベルを担いで。


 「ガキ共、模擬訓練だ。掛かって来い」


 「「「誰っ!?」」」


 「俺は“墓守”と呼ばれている。お前らが小さい頃には会った事があるが……まぁ、覚えていないだろうな。色々と教えてやる」


 互いに不器用なやり取りを繰り返す彼らが武器を合わせ、三人共打ちのめされるまでにそこまで時間は掛からないだろう。

 何たってあの人は、ウチのノインやエルだって勝てるかどうか分からない程。

 勇吾君も一緒に来られれば、もっと良い刺激になったかもしれないのに。

 今では彼等も、シーラを代表するウォーカーの一人なのだから。


 「来い……勝負だ」


 ドン引きするホーク様達を他所目に、彼は頬を吊り上げるのであった。

 ほんと、こういう所は昔から変わらない人だ。


 ――――


 「お父さん! 墓守ってウォーカーの事何か知ってる!?」


 ズバンッ! と扉を開いてみれば、父は静かに本を読みながら薬草の類を弄っていた。

 他の人と絡んでいる時には結構軽い様子で話しているのに、普段はかなり静かだと言って良いだろう。


 「んん? 墓守君がどうした。どっかで会ったのか? セイ」


 なんて事を言いながら調薬していた薬を放り出し、此方にニカッと微笑みを浮かべて来る。


 「今、ホームに来てるよ。何か届け物だって……あと、さっき手合わせしてもらった。普通に負けた」


 「ほぉ、そりゃ珍しい。長旅ご苦労って所だが……なははっ、負けちまったか。アイツも強いからな、まさに何でも出来る“万能型”って奴だ。俺もアイツとは戦いたくねぇや、小道具の使い方としては向こうの方が上だろうし」


 カカカッと笑いながら、お父さんは手元の資料に目を向けた。

 薬学。

 それは普通、学園とか専門の技術者から学ぶモノ。

 だと言うのに、ウチのお父さんはありとあらゆる所から資料を取り寄せ、ひたすら試す事を繰り返す。

 そして完成した薬を専門家へ鑑定依頼に出し、問題なければ使用する。

 とても不思議な行動をしている薬師、といったら良いのか。

 それとも片手間に薬の知識を養っているだけと考えれば良いのか。

 この前も見せてくれた、斥候として……というか戦闘員としての技術は半端じゃないみたいだし。

 少々判断に困る行動を繰り返している訳だが。


 「んじゃ、用事が済んだら挨拶にでも行きますかねぇ。届け物って言うなら、懐かしい顔だからって急に皆で押し寄せたら迷惑だろ」


 などと言葉を残しながら、再びお父さんが作業台に身体を向けた瞬間。


 『さっきから怖い事ばっかり言わないで下さいよ! 結局何なんですかコレ!?』


 どこからか聞えて来た叫びに、室内が緊張感に包まれた。

 明らかに、建物内から聞えて来たと思う。

 しかも、普段大声を出しそうにないその人の声だったから余計に。


 「お父さん、今のって……もしかしてお母さ――」


 「すまんセイ、ちょっとコレ頼むわ。熱しておいてくれ」


 そんな事を言いながら、ポイッと試験管を投げ渡されてしまった。

 お父さんが使っている機材はどれも硝子製なので、取り落として割ってしまったりするえらい事になるのだが。

 意外と使い方が適当なのだ。


 「お父さん! 結局あの人なんなの!?」


 「他所の国の死霊術師ネクロマンサーだよ、ちと様子を見て来る」


 とんでもないお言葉を頂きながら、父に代わって試験管に火を当て続けてみれば。

 パリッと嫌な音がして硝子にヒビが入った。

 あ、ありゃぁ? これ、大丈夫なのだろうか?


 ――――


 「待たせたな、魔女。依頼の品だ……いや、お前の依頼では無かったか。だが、依頼の品だ」


 そう言って目の前で開かれた大きなバッグからは、小ぶりならスイカでも入りそうな木製の箱が出て来た。

 物凄く厳重に保管されている様だが、なんだろうコレ?

 彼の言う通り私は依頼を出した記憶も無いし、他国の誰かが私宛に荷物を送って来るとも思えないのだが。

 もしかして魔道具の鑑定依頼とかだろうか?


 「お久し振りです。えぇと……中身は?」


 「開ければ分かる」


 何というか、本当に淡白な人だな。

 相変らずと言って良いのか、昔からこういう所だけは変わっていない。

 体つきや表情に関しては、本当に大人になったという印象なのに。

 この辺りだけは、ユーゴ君達と長年一緒に居ても直らなかった様だ。

 思わず呆れた笑みを溢しながら、目の前に置かれた木箱に触れてみれば。


 「あの、何か中で動いてるんですけど……」


 「活きが良いんだ」


 「生モノ!?」


 本当に何を持ち込んだこの人は。

 さっきからガタガタと動き始め、テーブルの上に置かれた木箱は自らゴットンゴットンと移動していく程。

 ちょっと開けるのが怖いんだけど……。

 そんな事を思っていた私に対し、墓守さんがスッと鍵を差し出して来る。

 てっきり釘とかで蓋を閉めてあるのかと思ったけど、そこらの運搬物とは違うらしい。

 つまり船に乗っている間も度々開ける必要があったのか。

 それとも、この施錠にも何かしら魔術的付与がされているのか。


 「早く開けろ、中の奴が不機嫌になるぞ。それから、飛び出してくるかもしれない。注意しろ」


 「さっきから怖い事ばっかり言わないで下さいよ! 結局何なんですかコレ!?」


 やけに急かして来る墓守さんが、ゴンゴンと木箱を軽く叩いてみせれば。

 中からはカリカリと何かを引っ掻く様な音が聞えてくる。

 いや、うん、本当に何?

 まさか向こうの国の珍しい魔獣を、生きたまま連れて来たとか言わないだろうな?

 そんな事をされても、私としても悪食としても困ってしまうのだが。

 もはやため息しか零れないし、相手も中身を教えてくれるつもりもない様だ。

 だとすれば諦めて、スパッと確認してしまった方が良いのだろう。


 「……あ、開けますよ?」


 「あぁ」


 恐る恐る鍵穴に渡された鍵を差し込み捻ってみれば、内部からカチャリと小さな音が響いた。

 今の所妙な魔術が発動した様子も無いし、急に中身が飛び出してくる事も無い。

 ゆっくり、ゆっくりと蓋を開けて覗き込んでみれば。


 「え?」


 そこには一匹の猫が座っていた。

 白黒のハチワレに、短い手足。

 そして妙に長い全身の毛と、モフモフの尻尾。

 更に、その子の瞳は。


 「あ……さぎ?」


 過去、昔の仲間のお墓に出現した霊体の猫にそっくりだった。

 あの時よりも小さな身体になっているが、それでも見間違える筈が無い。

 未だ魔女になる前の記憶は戻らなくとも、この子の姿を見た瞬間浮かんで来た名前。

 それが、“浅葱”。


 「アオイ! アサギ、復活したぞ!」


 非常に可愛らしいその子が後ろ足で立ち上がり、短い前脚を頭の上に持って来た。

 どこかの動物が威嚇する時、こんなポーズを取った気がする。

 このポーズの浅葱が、妙に懐かしく感じてしまい思わず手を伸ばした。


 「浅葱? 本当に浅葱なの?」


 小さなその体を両掌で包み込み、ゆっくりと持ち上げてみれば。


 「ヘンじゃない? あったかい? ちゃんとモコモコ?」


 びろーんと体を伸ばした状態の浅葱が、心配そうな瞳を此方に向けて来る。

 一体何をどうしたら、こんな事が起こるのか。

 私の掌に返ってくる感触は、浅葱の柔らかい長毛と温かさを感じ取っていた。

 本当に生まれ変わったみたいに、ちゃんと生きているのだと分かる鼓動が伝わってくる。

 “懐かしい”と、思わずそう思ってしまった。


 「浅葱、浅葱だ……本当に、あさぎ……」


 「アサギだぞ! 墓守と、れんきーじゅーしって人が、作ってくれた!」


 嬉しそうにしながら空中でワタワタ短い手足を動かして、必死に私の方へと来ようとしている。

 その愛らしい姿に思わず頬が緩み、ゆっくりと膝の上まで持って来てみれば。


 「いっぱい掛かったけど、ただいま~アオイ。アサギ帰って来た」


 膝の上で溶けてしまったかの様に、脱力しながら声を上げる仔猫。

 モコモコの尻尾が脚の上で動いていて、ちょっとだけくすぐったい。


 「おかえり、浅葱。本当に……本当に、おかえりなさい」


 そう言葉にしてみれば、涙が溢れて来た。

 温かくて、柔らかくて、懐かしい。

 失ってしまった記憶の一部であった筈の浅葱が、以前見送った筈のこの子が。

 今度は私に“ただいま”と言って、帰って来てくれた事が嬉しくて。


 「アオイ、どうした! ヘーキ! アサギちゃんと居る!」


 「うんっ……うんっ、おかえり浅葱……お帰り」


 以前霊体だった時と同じように、涙を見た瞬間励ましてくれる。

 本当に、優しい子なのだろう。

 小さなこの子を抱きしめて、その感触にもっと涙が零れて来て。

 浅葱に励まされながらも、嗚咽が零れてしまった。

 ちゃんと笑ってあげなければいけないのに、笑顔で迎えてあげないといけないのに。

 そんな事を思っていれば。


 「アサギ、教えた筈だ。人は嬉しい時にも泣く生き物だ、そして魔女の名前を間違えてやるな。名は存在の証明。過去に何があろうと、今の名乗っている名前で呼んでやるべきだろう」


 「そっか! アナベル! ……でも墓守もあんまり、他人の名前ちゃんと呼ばないな?」


 「……」


 「あっ……アサギ分かる。コレは言っちゃいけないヤツだったって……」


 全く、こっちは苦しいくらいに涙が零れて来ているのに。

 そんな中二人でおかしな会話を繰り広げないでほしい。

 感情があっちに行ったりこっちに行ったりして、変な笑いの壺に嵌ってしまいそう。

 泣いている様な、笑っている様な変な泣き方になってしまったではないか。

 何とも緊張感の無い空間が広がって来たその頃。


 「アナベル! どうした!?」


 ウチの旦那様が扉を蹴破る勢いで突入して来たのであった。

 腕の中の浅葱はビクッと反応してから毛を逆立て、墓守さんは大きなため息を溢す。


 「相変わらず賑やかだな、ココは」


 「フフ、お陰様で。ありがとうございます、墓守さん。この子を届けてくれて」


 泣き笑いしながら、とにかく彼に向かって頭を下げるのであった。


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