第242話 報告書 8


 「クロウ、また悪食の報告書?」


 「あぁ、まぁな」


 妻のナタリーが、呆れ顔を浮かべながら此方に酒の入ったグラスを渡して来た。

 ソレを受け取り、クイッと一口飲んでみれば。


 「ほぉ、また新しい物か? 美味いな」


 恐らく他国から送られて来た試作品の類なのだろう。

 イージスでは飲んだ事のない味が口の中に広がった。

 フルーティ、という言葉に相応しい果実の後味。

 しかし甘過ぎず、柔らかいほんのりとした果物らしい甘さが残る印象。


 「シーラから送られて来たの、今度は柑橘系のお酒に力を入れているみたい。これの感想も欲しいそうよ? 全く、いつまで経っても人使いが荒いんだから」


 「そうは言っても、色々と珍しい物が飲み食い出来るんだ。少しの手間くらい良いじゃないか。あぁ、そうだ。菓子の方の報告書も悪食から来てるぞ、コレだ」


 「全く、いつから貴方はそんなに食に煩くなったのかしらね? あと、もはや“悪食”って言葉の意味が薄れて来たわね彼等。食の研究家か何かじゃない、主メンバーは仕事してる訳?」


 悪食に提出してもらった報告書の内、菓子について書かれている物を彼女に差し出した。

 ホークに色々と持ち帰って貰ったからな、今回はかなりの量だ。

 しかも男性陣、女性陣。

 更には年齢層別に感想も書かれている為、それはもう多い事多い事。


 「これ……あの悪食が書いてるのよね?」


 「あぁ、そうだな。最近は随分と詳しくアレコレ書く様になった、まぁ……暇なんだろう」


 特に悪食の方角メンバー達は、最近指名依頼が入らない限りコレが仕事代わりになって来ているからな。

 魔獣には逃げられ、ダンジョンには嫌われ、街道作りも次々発生する訳でもない。

 むしろイージス側が管理する道に関しては、整備が早く終わり過ぎている程。

 「暇だから」という理由でドワーフ達と共に、街道を遊び半分で妙に作り込んでしまうのだ。

 それさえも終わってしまえば、今度は他所の国から届く試作品の味見や、調味料を使って新しい飯作り。

 もちろんプロの飲食店や研究家の元に優先的に届くが、大体悪食にも回って来る。

 という事で、日々何かしら作っては報告書を上げて来るという訳だ。

 むしろ姫様が悪食のホームに居るのだから、わざわざ私を通さなくても良いとは思うのだが……。


 「支部長も気になりますよね? ね?」


 などと言いながら、毎度姫様が此方に報告書を横流ししてくる。

 彼女曰く、俺に報告書を読ませて“食いたいと思わせたら勝ち”という事らしい。

 勝ち負けが発生する事例なのかと首を傾げてしまうが、まぁ俺もコレを読むのは嫌いでは無いので構わないが。

 ついでに言えば、俺が報告書を“投げたら”執筆者に追加ボーナスを支払っているらしい。

 小遣い程度か、旨い食品を優先して食べられる権利だそうだ。

 完全に悪食内の遊びに付き合わされている状況だが、まぁ若い連中に文章力が付く事は良い事だ。

 それにギルドで任された試食品なども、彼等に協力を仰ぐ事も少なくない。

 なので、こればかりはお互い様と考え承諾している訳だが。


 「あぁ、くそ。ナタリー、少し遅いが……軽くステーキでも食べに行かないか?」


 「軽く……軽く!? 嫌よ、今何時だと思ってるの? こんな夜中にガッツリお肉なんて食べません」


 「ではちょっと一人で……」


 「イージスは治安が良いからって、こんな遅くに一人で出かけないの……作ってあげるから。何読んだの?」


 もの凄く呆れた顔のナタリーに報告書を一つ差し出してみれば。

 彼女はペラペラと捲った後、大きなため息を溢した。


 「血は争えないって事かしらね……今の王女様も、なかなか語るじゃない」


 「兄のホークに関しては、まさにキタヤマの血を引いていると思える報告書を送って来るのにな」


 エフィ・ディーズ・エル・キタヤマ・イージス

 何かもうミドルネームが凄い事になっているので、王女も王子も普段名前しか名乗らないが。

 公の場で無ければ、多少略して伝えても良いのでは? なんて提案した事もあったが。

 咄嗟に名乗ったのは……王子はホーク・イージスと名乗り。

 王女はキタヤマ・エフィと名乗った事があった。

 一応ホークの方が正解ではあるのだが、どっちがどちらの親に懐いているのかよく分かる……と言ったら不敬なのは確かだな。

 とまぁ、見事に分かれてしまった事があった。

 そんな彼女は、普段からホームに居るキタヤマに色々と料理の類も教えてもらっている様で。


 「詳しい内容やら要望やらの手紙は普通として……相変わらずの感想文ね。いいわ、作って来るからちょっと待ってなさい」


 ナタリーは報告書をテーブルに戻し、さっさとキッチンへと姿を消した。

 と言う訳で、エフィの報告書をもう一度手繰り寄せ。


 「やはり、うむ……旨い物をしっかり旨いと書いてある報告書は良いモノだ。いや、待て。これは報告書か? あぁいや、今では間違いないのか。食の感想だしな……」


 一人にやにやしながら、もう一度頭から読み始めるのであった。


 ――――


 本日も色々と各国から頂いたソースや調味料を試食するという事で、私も参加させて頂きました。

 今回の物は私、エフィが報告書を担当させて頂きます。

 未だ至らない箇所ばかりの報告にはなってしまいますが、どうかご容赦下さいませ。

 という事で、先程も記載しましたが今日報告するメインはソースや香辛料の類。

 何でもお肉と良く合う様に作られたという数々の品。

 可能な限り試作品の味を確かめるために、街中で普通のお肉を買って来たと父も仰っていました。

 毎度思うのですが、普通に街中で売られているお肉というのは、こうも大きなブロック肉なのでしょうか?

 だとすると、持ち帰るにしても男手が必要になりそうな気がするのですが。

 そこいらの主婦が普通に買い物をしている以上、もっと小分けにされている物もあるのですよね?

 まぁ、それは良いとして。

 まずはステーキソース各種。

 こちらは一般に売り出すのが目的だという事で、それこそ安いお肉でも合う様に、という点が一番大事かと。

 そして本日用意してあるのは市場で買って来たお肉の数々。

 やはり安く美味しくというのは、誰にとっても味方という事ですね。

 という事で、最初は牛肉を普通にステーキとして焼いたもの。

 此方にステーキソースをたっぷりと掛け、皆揃って一欠片ずつ食べてみたのですが。


 「うん、ソースは普通にウメェんじゃねぇか?」


 「まさにそれっぽいって感じだな」


 「でもステーキがもう少し固くなっちゃったりしたら、ソースの旨味しか無さそうだね」


 お父様方がそれぞれ感想を残していましたが、コレと言って問題なく美味しいです。

 これなら慣れていなくても、お肉さえ焼ければとりあえず美味しく食べられる、という感じ。

 ソースの味がしっかりと口内に広がり、噛みしめれば肉の味が感じられる。

 単品だったとしても、ご飯が進みそうな味わいでありますが。

 とはいえやはり、コレでお父様たちが止まる訳も無く。

 次に出されたのはレアのステーキ、街中で大事に育てられた動物だからこそ出来る調理法。

 そう教えられたお肉に、先程のステーキソース。


 「さっきのより美味しいです!」


 肉の焼き加減は人によって好みが分かれるのは当然ですが、今回のソースは非常にレアの焼き加減に合うと思われます。

 ニンニクと玉ねぎを主張する味わいに、じわりじわりと口に広がっていく様なお肉の旨味。

 多分このソースを作っていた環境は“それなりに良い肉”を、“料理の出来る人間が作る”という前提として開発していたのだろう。

 それがしっかりと伝わるくらいに、先程とは違うガツンッと来る旨味。

 これぞステーキと言える程に口当たりの良いソースの味と、肉厚のお肉がよく合う。

 一般に売り出す前提としてはどうなんだ? とは思ってしまいましたが、それらを調査し報告するのも我々のお仕事。

 と言う訳で、次々と試していった結果。


 「良く焼きをもう一回。んで、こっちは次のソースな。レアの方は、さっきのニンニクオニオンベースだが、ちと手を加えた。叩いて柔らかくしてから、試しに下味付きな。味をみて、追い黒胡椒も振ってみよう」


 まずは良く焼きの方で、次なる新しいソース。

 見た目はそこまで変わらないが、どうなのだろう?

 期待しながら、パクリと一切れ口に入れてみれば。


 「先程の物より此方の方が、よく火が通っている物に合うかも知れませんね。しかし何でしょう……ちょっと物足りないというか。醤油ベースなので、馴染みがあるというだけかもしれませんが」


 此方のソースも美味しい。

 が、先程の物とそこまで感想が大きく変わるかと言われる……どうだろう?

 この辺りは好みの問題になってしまうが、その感想ばかりでは報告書として成り立たない。

 何てこと思いながら、ひたすらステーキ肉をモグモグと噛み砕いていれば。


 「エフィ、これと一緒に試してくれるか? 乗っけて、ソース掛けて喰ってみてくれ」


 そう言って差し出されたのは、山盛りの大根おろしとシソ。

 確かに醤油ベースなら、こういった物と合いそうだが……他の食材を追加してしまって良いのだろうか?

 まぁ、そういう報告も含めて感想を綴れば良いかと考え直し、良く焼きステーキにシソを乗せ、大根おろしもたっぷりと乗せる。

 その後醤油ベースのステーキソースを上から掛けて、パクリと口に運んでみれば。


 「んんっ! コレです! 確かにこれならミディアムかウェルダン、レアの焼き具合ではないと合わないと思います!」


 しっかりと歯ごたえを返してくれるお肉に、上に乗ったシソと大根おろしがさっぱりとした味わいを口に残す。

 こちらのソースは、非常に“さっぱりした物”と相性が良い。

 この為に作られたのではないのかと言う程、野菜達と良く組み合わさり柔らかい味わいを口に広げていくのだ。

 お肉を食べている筈なのに、爽やか。

 一見矛盾していそうな感想だと言うのに、ちゃんとまとまってくれる。

 コレは凄いぞ。

 ソースに「コレと合わせると、更に美味しくなる」と一文表記すれば、間違いなく試す人は出るだろう。

 そしてソレを味わってしまえば、このソースの本気を感じられる。


 「では、下処理を加えたニンニクオニオンの方も……」


 先程とは少々違う工程で焼いたらしいステーキに、ナイフを入れてみれば。

 あぁ……もうこの時点で違う。

 とにかく柔らかいのだ、そして切り分けた瞬間からフワッと湯気に乗って香りが嗅覚を刺激してくる。


 「コレって胡椒だけでは無く、焼いている時点でソースも絡めてません? 先程より香りが立っています」


 「大正解」


 何と、肉を柔らかくしたり普通の下味をつけるだけでは無く、焼いている時からソースを投入したらしい。

 思わずガブッと噛みついてみれば、それはもう……“染みている”という感想。

 簡単に噛み切れる程に柔らかく、お肉の旨味と先程よりも印象に残るソースの味が口内に広がっていく。

 “焦がし”って言葉はこういう為にあるのだと証明する程、良い香りが鼻に残る。

 そして最後に掛けられた追いソースと、黒胡椒の味わい。

 ガツンと来る上に、噛めば噛む程幸せになる。

 恐らく柔らかい部位を選んでくれたというのもあるのだろうが、このソースはコレが正解だと言えるだろう。

 ご飯と一緒にどれが食べたいかと言われれば、多分コレが一番。

 思わず舌鼓を打っていれば、更に飛び出して来る料理の数々。


 「こっちは他の調味料各種を使いながら焼いたヤツね~、鶏魔獣のチキンステーキ。ちょっと辛いかも知れないから、無理しない程度に」


 「油っぽい物ばかりじゃ口の中がアレだろうからな、ほいオニオンスープ。こっちも新しく貰ったのを使ってるから、皆感想よろしく」


 皆様から次々と差し出される料理の数々。

 まさにドカンと大きなまま焼いたお肉に、香辛料の類を微調整しつつ振りながら焼いた物。

 それを食べる分だけ、ゴソッとナイフで削いだ様な見た目。

 こちらは香ばしい匂いに、パリッとしそうな程良く焼かれた表面。

 皮、ソース、脂、それらの焦がしによって様々なお肉の旨味が化ける。

 今更言う事ではないかもしれないが、その事実を知っているからこそガブリと噛みついてみれば。

 それはもう、凄かった。

 パリッ! と食感の良い皮だけではなく、ピリッとくる様な香辛料の味わいと香り。

 噛みしめるとガツンと来る鶏肉の旨味に、調味料の辛さによって食欲がそそられる。

 今回使った物は唐辛子の類がふんだんに使われていたのか、噛めば噛む程、食べれば食べる程後からジワジワと辛さが押し寄せて来る様だ。

 しかし汗をかいて来た頃にスープを流し込めば、ふぅと一息溢してしまう程の安心感。

 辛い物を食べている時に熱い物を啜るという行為に、少しだけ口の中がヒリヒリする気がするが。

 これもまた、辛い物を食べている時の醍醐味というもの。


 「すっごく美味しいです! でもこれだけピリッと来る辛さがあるなら、揚げ鶏とかにも良さそうですね。あとは野菜各種に混ぜ込んで、お米で中和するのも美味しそうです」


 「あぁ~ビビンバ系とかか。よっし、作ってみるか。まだ食えるか? エフィ」


 「旨辛系と鶏はやっぱ良いよねぇ。牛肉豚肉でも、肉野菜炒めとかにも使ってみる?」


 「二人がそれ系作るなら、辛さ中和させる様なのを作るのがベストなんだろうけど……ピリ辛春雨スープとか欲しいな。もう辛い物フルコースで行こうぜ」


 誰しも楽しそうに、次々と料理を作っていくのであった。

 そんな姿を見ていれば、当然私も我慢出来るはずも無く。


 「私は粉物で味付けしてみたいです! お父様、鉄板を貸して下さい!」


 「おう、好きに使って良いぞ」


 と言う訳で、その後も色々と作ってみた訳ですが。

 続く料理の感想は別紙に記載してあります。

 その他何と合う、どういう使い方がベスト。

 または“出来ればもう少しこうして欲しい”、という要望はまた別に用意いたしました。

 お忙しいとは思いますが、ご確認下さいませ。


 ――――


 「あぁ……くそっ、色々作りおって!」


 思わずテーブルにビタンッ! と報告書を叩きつけてみれば。


 「今、投げたわね?」


 「んんっ!?」


 扉を少しだけ開いた状態で、ナタリーが顔を覗かせているでは無いか。

 その手に、ゆらゆらと湯気が立ち上るステーキを乗せた皿を持ちながら。


 「投げてない、テーブルに置いただけだ」


 「投げました、間違いなく」


 「し、しかし! あまりボーナスばかり増やしては!」


 「どうせ子供達のお小遣い程度なんだから良いじゃない、それにほとんど姫様が負担してくれるんだし。はい、ステーキ出来たわよ」


 やれやれと首を振りながら、ナタリーが俺の前に肉厚のステーキを置いてくれた。

 実に旨そうだ、それはもうガツガツと口に放り込みたい欲求が溢れ出て来る程に。


 「だが、な?」


 「私は姫様から“投げたかどうか”の判定役も命じられてるの。駄目でーす、アウト判定」


 「ぐっ! ぬぬっ!」


 と言う訳で、本日もまた悪食にちょっとだけボーナスを弾む事になってしまった。

 彼等に、と言うか今回はエフィに対してだが。

 金銭面的には痛くはないが、なんだか悔しい。


 「ほら、良いから食べちゃいなさいって」


 「う、うむ……すまんな。いただきます」


 「はいはい、どうぞ召しあがれ」


 そんな訳で、目の前のステーキに齧り付くのであった。

 報告書にあったソースと調味料、アレが手に入ったらまた作って貰おう。

 この報告書をもう一度読み直した後に。

 などと考えながら食べる深夜ステーキは……私の歳では絶対にやってはいけない、罪の味がした。

 旨い、とてもとても旨い。

 しかし普通なら明日の胃もたれやら何やらを気にするだろう。

 だが、私には余り関係ないと言うか。


 「随分健康体になったわね、クロウ」


 「コレも魔獣肉の影響かな? 旨い」


 「そ、なら良かったわ」


 とりあえず、目の前の妻が焼いてくれた夜食を平らげるのであった。

 悪食のホームに、件のソース達はまだ残っているだろうか?

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