第241話 戦利品とお菓子


 バグトラップに引っかかった俺は、運悪く最下層まですっ飛ばされた。

 そんな訳で、色々とギルドでは取り調べが行われる結果となった訳だが……言う程堅苦しい形にはならず。


 「良く生きていたな、ホーク。無事で何よりだ」


 「うっす、マジで死ぬかと思いましたけど……なんとか」


 随分と厳つい顔の支部長が、安堵の息を溢しながら此方に紅茶を出してくれた。

 ウチの国のギルド、その支部長はもう結構な歳なのだが……ものっ凄く元気。

 むしろ顔面一つで若いウォーカーを黙らせるくらいに怖いのに、俺等からすれば昔馴染みな上に優しいおっちゃんって感じだ。


 「バグトラップに引っかかる運の悪さだけは何とも言えんが、それだけの大物を相手にして対等に戦ったんだ。胸を張れ、お前の歳で最下層にたどり着き、更には誰かを守りながらボスを相手にした。これだけでも偉業と言って良いだろう」


 「もしかして最年少で最終層への到達とか!?」


 思わずガタッと席を立ちあがり、支部長に詰め寄ってみれば。

 彼は少々気まずそうな表情を浮かべてから視線を逸らし。


 「いや、その……なんだ。細かく言うならそうなのかもしれないが……ノインのパーティのエル、アイツも十五の時に最下層にたどり着いている。そして、なんだ。ボスもパーティだけで討伐している。もちろん相手は違ったがな?」


 「規格外が過ぎるんよ……あの人達」


 ぶへぇっと息を吐いて、机の上に倒れ込んでみれば。

 支部長はぽんぽんと俺の頭を叩きながら、菓子の類を机に並べ始める。


 「まぁどちらも悪食から出た最短記録だ、誇れ。という事で、何か土産に持って行って良いぞ? 何が良い?」


 ハッハッハと笑いながら、恐らくシーラと飯島産であろう高級菓子を次々と並べていく。

 うっはぁ、すっげ。

 見た事もねぇ菓子の類までいっぱいある。

 この人の場合、両国の偉い人と関係を持っているらしく試作品なんかも送られてくるみたいだ。

 奥さんもシーラの元重役だったって話も含め、余計にいっぱい届けられるそうで。


 「菓子も嬉しいけど、ランクアップとか……」


 「あぁ、そっちも検討しよう。すぐには無理だが、ダンジョンをもっと深く潜っても良いという許可は既に出してあるぞ?」


 「でもそれって、そこらのウォーカーなら普通に無視するし、破っても違反にならないんじゃ?」


 「そうだな、破っても構わんが命の危険は増すだろう。ついでに言うと、アイリに激怒されても私は知らん。コアが回収された以上、明日からはしばらく他のダンジョンになるからな。また地道にやる事だ」


 そう言われてしまうと、もう何にも言えない。

 イースの母ちゃん、怒るとマジで怖いからな。


 「あとは……えっと、俺等と一緒に最下層に落ちたパーティは……」


 「全滅、だな。遺留品も残らず食い尽くされたと考える他無いだろう。だがお前のせいじゃない、それにウォーカーというのは“そういう仕事”でもあるんだ。肝に銘じて、普段は“冒険しない”事だ。分かったな?」


 その言葉に、グッと奥歯を噛みしめた。

 俺とレインだって、肉片さえ残らずダンジョンの糧になっていた可能性だってあるのだ。

 あまり良い記憶がある先輩方って訳では無いので、俺がいちいちショックを受けるのもおかしいのかもしれないが。

 それでも、この事実は胸の奥に重い感情が渦巻いた。


 「んじゃ、報告は以上っす。他はなーんもありません」


 嫌な気持ちを紛らわせるかの様に、あえて軽い声を上げてみれば。


 「うむ、ご苦労だったな。それで、土産はどうする? ホームと孤児院、それから今回のメンバー。あの二人とも正式に組む事にしたんだろう? なら、持って行ってやれ」


 なんて事を言いながらズイッと、所狭しに並べられた菓子の箱を勧めて来る支部長。

 この人、絶対自分だけでは食べきれないから俺に寄越してるだろ。

 しかも後にはしっかりと食レポを求めるのだ、食品改良に使うからとか言って。

 昔から俺等三人のお小遣い稼ぎになっていたので、今更文句を言うつもりはないが。


 「コレとコレ、ホームと孤児院はとにかく数があれば何とか。あと……若い女の子達が好きそうなのってどれですかね?」


 「ホークもそういう歳になったか」


 「ちっげぇっすよ。でも、最下層に落とされた後すげぇ助けてもらったんで……御礼には丁度良いかなって」


 という訳で、幾つもの菓子を頂いて俺は支部長室を後にした。

 数々の菓子を胸に抱きながらウォーカーギルドを突っ切るのはどうなんだ? とか思ってしまうが。

 まぁ、貰ってしまった物は仕方ない。

 という訳で、笑われる事を覚悟しつつ広間へと降りてみれば。


 「ホーク! 大丈夫でしたか!?」


 「随分と長かったが……まさか降格とか資格剥奪なんて事になってないだろうな!?」


 レインとロザの二人が、すぐさま駆け寄って来た。

 おぉ、まさかとは思ったが待っていてくれたのか。

 俺の前に取り調べされていたレインだったが、流石にもう宿に戻っているものだと思っていた。


 「へーきへーき、むしろ菓子いっぱい貰っちゃった。二人は今日暇だったりする? 暇なら一緒にホーム行かねぇ?」


 主に、荷物持ちを手伝って頂けると助かる的な意味で。

 抱える様にして持っているコレらは全て菓子なのだ、落としたりすると流石に不味い。


 「い、良いんでしょうか? 私達は部外者ですし……」


 モジモジとし始めたレインと、早速俺が抱えている菓子の箱を幾つか回収してくれるロザ。


 「パーティ、正式に組むんだろ? だったらもう部外者じゃねぇよ」


 「――っ! はいっ!」


 そんな訳で、レインの方も俺の抱えている菓子を幾つか持ってくれる。

 助かった。

 あまり斜めにすると不味そうな菓子も混じっていたから、非常にありがたい。


 「お嬢様を助けてくれた事、改めて感謝する。それに駆け付けてくれた御仁達にも挨拶したいのだが……」


 「あぁ、多分本人達に言ったら適当にあしらわれるぜ? そういう堅っ苦しいの嫌いだから。でもまぁ、ホームに行けば居ると思うよ。指名依頼が入らない限り暇そうにしてるから、親父達」


 「やっぱりあの方々が、ホークのお父様達なのですね……」


 ロザとレインから温度差のあるお言葉を頂きながら、俺達はのんびりとホームへの道のりを歩いた。

 何というか、平和だねぇ。

 というか元々のパーティメンバー二人は心配の一つもしてくれない。


 「支部長の所? うん、行ってらっしゃい」


 「あはは……僕達は、ホラ。まだお説教と特訓が待ってるから……ホー君が帰って来るまでには終わらせておくよ」


 なんて言いながら送り出されてしまった。

 全く、薄情な奴らめ。

 とはいえ、当人たちは色々と大変そうだが。

 何でも俺が居ない間に何かやったらしく、ミナミが御立腹なんだとか。

 しかしながらアイツ等が悪さしたって事は無いだろうから、俺からもミナミに声を掛けておいた方が良いだろう。

 とか何とか考えながら、“悪食”のホームへとたどり着いてみれば。


 「おっかえり~! ご飯出来てるよー!」


 「父さん達が前回ダンジョン攻略したのに空箱だった補填……じゃなくて報酬で、海鮮いっぱい貰ったんだって! 早く食べよう!」


 庭先で盛大にバーベキューしながら、セイとイースが手を振っていた。

 どこか表情がげっそりしている気がするけど、食欲はありそうだ。

 無事で何より。

 そんでもって、周囲に集まるのはいつもの悪食の面々。

 当然親父達も居る訳で。


 「親父、支部長から土産。多分報告書くれって言われるから、そこんところよろしく」


 「おう、お帰り。また菓子か? アイツの所には本当によく届くな……」


 やれやれと首を振りながら、俺が持って来た土産を受け取りマジックバッグに突っ込んでいく。

 多分晩酌の時間にでも食ってくれるのだろう。

 ウチの面々、毎日の様に皆揃って酒飲むし。


 「あ、あの……お邪魔します」


 「以前の件、改めてお礼をと思いまして――」


 付いて来た二人が慌てて挨拶をしようとするが、親父は軽く手を振りながらハハッと笑い声を溢した。


 「いらんいらん、そういう堅苦しいのは。息子の仲間達が遊びに来ただけだろ? だったら遠慮なんかするな。腹減ってるか? 丁度飯が出来た所だ、食って行けよ」


 「「は、はいっ!」」


 やっぱり、こうなるのね。

 親父の適当な対応に呆れたため息を溢してから、とりあえず持ち帰った菓子をマジックバッグへ全部仕舞って貰う事にした。

 全部時間停止が付いてるの、物凄く羨ましい。

 一個くらいくれよ、なんて思ってしまうが……とても貴重なモノなので、口が裂けても言えないのは確かだ。

 というか言ったら普通に貸してくれそうで怖い。

 あんな目が飛び出しそうな高価な上、滅茶苦茶貴重なモノを腰にぶら下げながら街中を歩く度胸は俺には無い。

 だがしかし。


 「ホーク! 俺等の初マジックバッグ、マジで大当たり! 冷蔵効果付きだよ!? ……容量はそんなに多く無いけど」


 「いやぁ、ジャングルで戦闘中に超難関の鍵開けをしてもらった甲斐があるよ……凄かったんだよ? 一つミスれば全部トラップが発動する様な、とんでもない感じで。あれは流石に術師ありきってくらいに意地が悪いよねぇ……」


 えらく恐ろしい事を言いながら、今回の俺達の戦利品であるマジックバッグを掲げているセイ。

 何でも俺が居ない間にゲットしたらしく、先日まではアナベルさんが鑑定したり、ドワーフの面々が色々調べてくれていたらしいが。

 本日、手元に戻ってきた様だ。

 うん、普通に嬉しい。

 嬉しいんだけど、これからは更に周囲に気を付けないといけなくなるな。

 あんな物盗まれたら、泣くに泣けねぇよ。


 「おかえりなさい、ホーク。はいコレ、鑑定の結果は特に問題無し。間違いなく“魔槍”、特殊な付与効果が付いた高級品ね。大事にしなさい」


 それだけ言って、アナベルさんが例の槍を手渡して来た。

 “探究者”と名乗る怪しげな奴から渡された槍。

 だからこそ、トラップとか呪いの類も調べてもらったのだが……コレと言って問題は無かったらしい。

 思わずホッと胸を撫でおろすが。


 「何度も確認するようだが……そいつは“探究者”って名乗ったんだよな?」


 「え? あ、うん。灰色っぽいローブ被ってる若い男。何、親父達の知り合い? こんな武器ポイッとくれたし」


 何やら渋い表情を浮かべる親父が、口を噤んで視線を逸らした。

 更には他の皆も何か思う所があるのか、各々考え込むような雰囲気が伺える。


 「ホーク、良い武器はどんどん使え。そうすりゃ生き残れる確率がグッと上がる……なんて教えて来たが。ソイツだけは、なるべく使わないでくれって言ったら……お前は聞いてくれるか?」


 「へ?」


 急にそんな事を言い出した親父が、膝を折ってしゃがみ込み此方を覗き込んで来る。

 兜まで外して、物凄く真剣な瞳で俺の事を真っすぐ見つめて来るではないか。


 「もちろんヤバイと思った時にはガンガン使ってくれて良い、ただ普段使いするのを控えてくれる程度で構わないんだ。何がどうって詳しく説明は出来ないんだが……あまり良い感じがしねぇ。だから――」


 「いいよ、分かった。マジックバッグも手に入った事だし、やべぇ時以外は普段の槍を使う」


 今までに見た事無い程真剣な様子に、思わず理由も聞かず了承してしまった。

 だって普段と全然違うのだ。

 まるで必死にお願いするみたいに、親父が頼み込んで来てるんだ。

 だったら、無理に反発する必要もねぇだろう。


 「いいのか? ソイツはお前の適性魔術に合った、スゲェ槍なんだぞ?」


 「むしろ凄すぎて、今の俺じゃ宝の持ち腐れだよ。それにこの槍、滅茶苦茶軽い上に攻撃するだけで魔術が乗るんだ。こんなのずっと使ってたら、俺自身が鈍っちまう。だから、悪食ドワーフの皆が作ってくれた黒槍を使うよ、あっちの方が慣れてるし」


 ニカッと笑みを向けてみれば、親父は安心した様に微笑み。

 離れた場所で見ていたドワーフの面々は、嬉しそうに笑いながら新しい槍を持って来てくれた。


 「以前のはお前の雷撃に耐えられなかった様じゃからな、今回はそっちの方にも強くしてみたんじゃ。あとで感想をくれよ?」


 「金属自体を変えたから、魔術無しの戦闘じゃ前よりも強度が低い可能性がある。注意しながら使うんだぞ?」


 「だが今回は前以上に手を掛けた上に、マジックバッグもあるんじゃ。駄目になったらすぐに替え、新しいので戦え。ケチ臭く最後まで使い潰そうとすると、いざって言う時の失敗に繋がるからな? 絶対にやるんじゃねぇぞ?」


 「つっても、容量が小さけりゃそこまで持ち運べねぇからな。大事に使う為に、また砥石の使い方も教えてやる。お前等の親父達みてぇに、一度の仕事で何本も使い潰されちゃ敵わん」


 ドワーフの四人から色々お言葉を頂きながら、新しい槍を何本もいっぺんに渡されてしまった。

 お、重……とは言え、この面々が作ってくれた武器だ。

 どれも美しく輝き、力強い見た目をしている。

 更には、信頼だってあるのだ。

 いきなり深層に落とされても、ボスや周りの敵と戦えた武器。

 刃こぼれはしてしまったが、多分アレだって俺の使い方が悪かっただけ。

 もっと丁寧に、それこそニシダさんが使っていたみたいに刃物を扱えば、もっともっと長持ちした筈なのだから。


 「ありがと、皆。俺、悪食シリーズの槍がやっぱ好きだわ」


 「そう言って貰えると、儂等も作り甲斐があるってもんだ」


 カッカッカと笑うドワーフの四人に微笑みを返してから、槍を担いで仲間達に視線を向けた。


 「俺等のマジックバッグ、初の荷物はホークの魔槍だね。悪食シリーズの方を使うなら、邪魔でしょ? それに黒槍もそんなにいっぱいあったら、持ち運び出来ないしね」


 魔道具に興奮しているのか、やけに楽しそうな様子のセイがバッグの口を開いて此方に走り寄って来た。

 そうか、そうだよな。

 三本も四本も槍があろうと、今後は普通に運べるんだよな。

 食材とかいっぱい詰め込んだら、分からないが。


 「ま、ウチのリーダーは武器の消耗が激しいからね。保険の武器が無いと心配だよ。あ、ホー君がバッグ持ってね? 間違いなく一番お世話になるのホー君だよ?」


 イースがそんな事を言いながら、呆れた表情を向けて来る。

 彼の言葉を受け、セイの奴が俺の腰にベルトを巻き付け、マジックバッグを取り付けて来る訳だが。


 「あぁ、こりゃ。なかなか使いやすそうだな」


 ポンポンっとバッグを叩いてから、試しに一本槍を仕舞って、すぐに取り出してみる。

 まるで自らが望んだモノをバッグが中から手渡してくれる様な、不思議な感覚。

 これが、マジックバッグか。

 ウォーカー達が、ダンジョンで求める物第一位に輝くのも分かる便利さ。

 そんな物を、俺達は早くもゲットしてしまった訳だ。

 なんか槍がちょっと冷えている気がするのは……冷蔵機能のせいか。


 「ははっ! 次の探索も今から楽しみだぜ!」


 何てことを言いながら豪快に笑ってみれば、周囲からは呆れたような笑みを向けられてしまうのであった。

 正直、俺達はまだまだだ。

 今回はバグトラップのせいで深層に行ったが、本来ならまだ三層か四層辺りをウロウロしていた筈。

 でも、これだけの成果が残せた。

 これもまた、ダンジョンの醍醐味と言えるのだろう。

 何たって、二度のダンジョンアタックでお宝二つにパーティメンバー二人まで確保してしまったのだから。


 「つぅわけで、今後ともよろしくな。レイン、ロザ」


 「はいっ! 今度はもっと役に立って見せます!」


 「あぁ、よろしく頼む。前回は迷惑ばかり掛けてしまったからな、私達も色々勉強させてもらうよ」


 二人からも良い返事を頂き、皆安心した所で。

 本日の豪華な昼飯が幕を上げるのであった。

 シーラから貰った海鮮に、飯島から送られて来たらしい新しい調味料。

 そんでもって、イージス産のドデカイ獣肉。

 更には周辺国から色々と流れて来るらしく、最近ではバーベキューもかなり豪華になっているのだ。

 こういう飯はやっぱり、ダンジョンでは食えないからな。


 「食うぞぉ! めっちゃ食うぞぉ!」


 「「うぉぉぉぉ!」」


 「う、うぉー!」


 「ハハッ、お嬢様も段々馴染んでいきましょうね?」


 という訳で、悪食の面々と俺のパーティメンバー合同でのお食事会が始まった。

 あ、そういえば。

 パーティの名前とか決めて無かったな……後で考えておこう、どうせなら格好良い感じの奴。

 何てことを思いながらも、俺達はデカい肉に齧り付くのであった。

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