第240話 弱肉強食
「おっしゃぁぁ!」
探究者とやらから貰った槍を振り回し、迫り来る相手の尾を弾いていく。
正直、冗談じゃなくキッツイ。
速いし、重いし、威圧感が半端じゃない。
だとしても、一発だって貰っちゃいけない。
絶体絶命、普段なら間違ってもこんな状況に陥っちゃいけないと断言出来る環境。
「ハハッ! どうした! こんなもんか!?」
でも、とにかく笑った。
そうじゃないと仲間を不安にさせてしまいそうだったから。
俺自身が、恐怖に押しつぶされて動けなくなってしまいそうだったから。
笑え、笑え、笑え!
こんな状況余裕だって笑い飛ばせ、こんな奴問題なく倒せると周囲にも自分にも思い込ませろ。
騙せ、装え、そしていつかひっくり返せ。
それだけを心に置きながら、ひたすら相手の攻撃を防いだ。
図体によって重さは当然の事、速さだって矢と同じくらいに速い。
が、しかし。
「当たるかブワァァカ!」
今の所防げているのは、尾の予備動作が有るから。
次は何処を突いて来ると予想出来るからこそ、何とかなっていた。
物凄いスピードで突いて来る尾の棘をギリギリで避け、時に槍で逸らし。
ギャリギャリと音を立てながら、すぐ隣を豪速の“死”が火花を上げて通り過ぎていく。
正直、長くは保たないと思っていたのだが。
「どらぁっ!」
突き放ってきた尾に対して、戻る前にやっと一発お見舞いする事が出来た。
どうやらこの槍、何もしなくとも電撃を纏っているらしく。
逸らしたり防いだりするだけでも、相手の動きが一瞬鈍くなる。
更に、魔力を通してみればどうだ。
一瞬どころか、目に見えて分かる程にビクッと震えて動きが鈍くなるではないか。
なら、まだ勝ち筋はある。
「どうした虫野郎、そんなもんか? でかい図体の割に、大した事ねぇな?」
チョイチョイっと指を折って挑発してみれば。
相手は理解したのかどうなのか、今まで以上に距離を詰めて来た。
うわ、まっず!
今までは尾だけだったから何とかなっていたが、今度は爪までギチギチ言ってやがる。
とか何とか、色々と嫌な汗は流れる訳だが。
「オラオラ、どうした! こっち向け!」
大声を上げて移動してみれば、相手は俺の方へと迫って来る。
よし、これで良い。
これなら、レインからボスを離す事が出来る。
横穴の集合地点かって程広くなった空間を駆け巡りながら、魔法陣を描いてみれば。
「ホーク!」
先程居た場所から、悲痛な声が聞えて来た。
俺が何をしようとしているのか分かったのだろう。
でも。
「わりっ、これ以外思いつかんのよ」
ハハッと軽い笑い声を溢した後、背負っていた刃こぼれした方の槍を構えて腰を落とした。
「オラァ! “電磁砲”!」
まずは一本。
とんでも威力の槍投げを、相手の正面から喰らわせてやった。
だが流石はボスと言うべきか。
負傷はしている様だが、致命傷には至っていない。
更に言うなら、俺の魔力も足りない。
初撃より明らかに威力が落ちているのが分かった。
だったら。
「もう一本あるんだよ! 貰いもんだがなぁ!」
すぐさま接近して、先程の電磁砲が当たった場所に直接槍を叩き込んだ。
そして、持てる魔力の全てを流し込む勢いで気張ってみれば。
「死ねぇぇ!」
魔槍の影響もあってか、普段以上にバリバリとそこら中に広がっていく雷。
いける、この威力なら中身から黒焦げにする事だって――。
「ホーク! 避けて!」
「ァグッ!? ……だぁクソっ!」
かなりの手応えがあったと言うのに、相手は長い尾を振り回して此方を引っ叩いて来やがった。
鎧のお陰で毒針を食らう事は無かったが、見事に初期位置に吹っ飛ばされてしまった。
すぐさまレインが治癒魔法を施してくれるが、逆に言えば彼女がすぐに駆け付けられる位置まで戻ってしまったという事。
コレは、不味い。
最大威力の魔法を囮に使って、追撃で一気に攻めたと言うのに。
もはや、囮に出来る槍が無い。
しかもさっきの尾の打撃が効いているのか、胸が苦しい上に上手く呼吸が出来ない。
「に、げろ……レイン」
「ふざけないで下さい! こんな状況で逃げられる訳ないでしょう!?」
未だ必死に治癒を続ける彼女を他所に、デカいサソリはゆっくりと此方に近寄って来るのが見える。
先程の攻撃が効いているのか、警戒しているのか、随分とのろまに感じるが。
しかし、このままでは“詰み”だろう。
普段なら、そうだな……俺が囮を買って、尾の担当。
正面からイースが突っ込んで、爪を防ぎながら殴り合うんだろうか?
そんでもってセイが注意を引かない様にしながら接近して、致命的な一撃を与える。
なんて風に想像してから、不意に納得してしまった。
俺達の戦術は、常に三人が揃っていて成り立つモノだったんだ。
誰か一人でも欠ければ、絶対に成功しない。
だからこそ、誰かが文句を言ってもずっと三人で生きて来た。
その理由が今はっきりと分かった気がする。
三人揃っていれば、多分コイツにだって勝てる。
こんなデカいだけの虫野郎になんて、遅れを取らない。
色々と危なっかしい所はあっても、いくらでも作戦が思いつくのだ。
でも、今は。
「ごめん、皆……レイン、すまん」
「良いんです、分かっていた事ですから……」
ボロボロと涙を溢しながら呟き、動かない身体を彼女に抱かれながら。
彼女もまた、諦めた様に落ち着いた声を洩らした。
ハハッ、こんなもんか。
やっぱ俺なんて、こんな所で終わっちまうのか。
そんな風に思っている間にも、デカい魔獣は迫り尾を振り上げる。
アレが振り下ろされれば、全てが終わる。
俺だけじゃなくて、レインだって。
でも、良かったのかもしれない。
小さい奴にガジガジされながら死ぬよりも、デカいのにズドンとされて死ねるなら。
多分、苦しくない。
きっと一瞬で、楽に終われる。
だから、コレで良かったんだ。
「……なんて、言うと思ったかよ!」
「え?」
ガクガク全身が震えているし、滅茶苦茶痛ぇ。
でも、やるんだ。
「夢だ何だは別にしても、俺はまだ“生きてる”。だったら、諦める訳ねぇだろボォケが!」
精一杯ガッハッハと笑ってやれば、ゴホッとむせて血の匂いがした。
やべ、肺をやっちゃってるかもしれん。
だが、知らん。
「こいや化け物、こんなもんじゃ終わらねぇぞ? 俺が死ぬまで、安心して齧れると思わねぇ事だ」
再び槍を構え、震える足をブッ叩き気合いを入れる。
ざけんな、俺はまだ生きてる。
だったら絶望なんぞしてやるか。
生きるんだ、最後まで。
泥臭く、他人から笑われようとも。
全身が泥まみれで真っ黒になっても、悲鳴を上げ過ぎて獣みてぇな声になっても。
俺は目標の為に、自分の為に。
そして、“生きる為に生きろ”と教えられているからこそ。
仲間の元へ帰らなきゃいけないんだ、こんな所で死んでる場合じゃねぇ。
「第二ラウンドだ。一発当てたくらいで、勝った気になってんじゃねぇぞ?」
正直、限界だった。
全身プルプルするし、息苦しい。
大きく呼吸すればむせるし、血を吐きそうだ。
でも、走り出した。
弱肉強食の世界で生きるってのは、こういう事だろう。
弱ければ食われる、強ければ生き残れる。
本当にそれだけなのだ。
だったら、今この瞬間だけ。
たった一瞬でも相手より強ければ、俺は生き残れる訳だ。
「おら、耐えてみろよ虫風情が」
かなり術式を簡略化した状態で、最後の武器を投げる姿勢に入った。
コレを投げれば、マジで残る対抗手段がない。
でも、やるしかないんだ。
「“
残る魔力がマジで空っぽになるくらい振り絞り、全力で槍を投げ放ってみれば。
魔槍が答えてくれたのか、普段以上に雷撃を放ちながら派手にぶっ飛んでいく。
周囲を巻き込み、まばゆい光を放ちながら。
だが。
「ハハッ……流石にそう、上手く行かねぇか」
フラフラしていた俺の槍は明後日の方角へ飛んで行き、相手の甲殻を焦がした程度で終わってしまった。
壁に激突し、轟音を上げただけ。
本当に、コレで終わり。
もう何にも残ってない。
諦めた訳では無いが、全身の力が抜けてその場に倒れ伏してしまった。
流石に魔力と体力が限界だ、もはやここから立ち上がるのだって厳しいだろう。
「ホーク! 起きて下さいホーク!」
すぐさま駆け寄って来たレインには悪いが、もう無理だ。
だから早く逃げて……なんて、思ったが声が出ねぇ。
どうか、彼女だけでも。
神様にでも祈りを捧げそうになった瞬間。
ズドォォン! と耳がおかしくなりそうな轟音が鳴り響き、壁が破壊された。
今度はなんだよ、何が登場したんだよと疲れた視線を向けてみれば。
そこには、ここにいる筈のない四人が立っていた。
「随分デケェ音がしたと思ったら……ココに居たか。西田、注意を引け。東、絶対通すな。南は二人の救助」
「「「了解」」」
ポツリと呟いた様なその声に。
三人はすぐさま動き出し、目の前に居たサソリは随分と慌ただしく動き始める。
「ハッハァ! やってくれたなぁクソムシがぁ! しかも捌いても食えねぇダンジョンな上に虫けらと来たもんだ! これっぽっちも興味が湧かねぇが……覚悟は出来てんだろうな?」
目で追えない程の速度で動き回る斥候が、あり得ない精度の連撃をかます……程度だったら良いのだが。
明らかに、“解体”している。
相手はまだ生きている上に、動き回っているのに。
それでも確実に甲殻が剝がれていき、今では筋までも切断したのか。
馬鹿デカイ尾も垂れ下がってしまった程。
「全く、やってくれるねぇ。色々不運が重なったってのは分かってるけど……まぁ、ダンジョンだし。逆に僕らも、加減する必要がないって事だ」
サソリの正面に回り込んだ盾役が、相手の顔面に盾をぶち込んだ。
そのまま地面に押し付ける様にして、ズガンッ! と凄い音を立てながら盾から射出された杭で固定している。
あまりにもおかしな光景。
未だ生きているらしいサソリは必死に爪で攻撃しているが、正面に立った彼は易々とソレを新しく出した大盾で受け流していくではないか。
あの程度の力では、一歩も引く必要は無いかの様に。
もはや、この時点で異常なのだ。
俺が必死で攻防を繰り返していた尾を瞬間的に無力化する斥候に、アレだけ体がデカい魔獣の攻撃を平然と受け流す盾役。
色々言いたいが、もはやポカンと口を開けながら眺める他無かった。
それはレインも同じ様だった様で、俺を抱きしめながら目を見開いている。
「お迎えに上がりました、ホーク様。レインさんも、御無事で何よりです」
何でもない風に笑いながら、俺達の教育係のミナミが目の前に降り立った。
いや、おかしいだろ。
これおかしいだろ!?
どうしてもそう叫びたくなってしまう光景が目の前に広がっているのに、彼女はソチラには目もくれず、俺達に笑いかけているのだ。
「お二人共、怪我はありませんか? 帰りましょう、皆様心配していらっしゃいますから。今日のご飯は豪華にしましょうか、せっかくならレインさんとロザさんもお招きしますか?」
「いや、あの、ね? 違う、ミナミ、違う。アレ、何?」
「何って、そりゃ……ホーク様だってよく知っているじゃないですか」
彼女が振り返ったタイミングで、最後の一人が物凄くデカイ槍を正面に構えてサソリに向かって突っ込んでいった。
しかも途中で飛び上がり、あり得ない高さから突撃していくではないか。
どうやってそこまで飛んだのって聞きたいけど、もはや矢の様に突っ込んでいく攻撃役。
自然落下でも凄い事になっているのに、それだけでは収まらず。
「行ってこい、こうちゃん」
「サンキュ、西田」
急に出現した斥候と足裏を合わせたかと思えば、宙に舞ったその場から更に急降下。
何かもう異次元の動きしてるんですけどこの人達。
「穿て! んで……爆散しろ、ゴミ虫が。喰えねぇ奴に用はねぇ」
相当ブチギレている御様子で、サソリの背中に突撃槍が深々とぶっ刺さった瞬間。
マジで、鼓膜がぶっ飛ぶかと思った。
ズドドドドッ! と、これまで聞いた事の無い爆発音が連続して響いてくる。
当然サソリは原型を残す暇も無く爆散。
ビチャビチャとそこら中にいろんなものが飛んで来る上、体液がこの広い空間を塗りつぶすかって勢いで飛び散っている。
それくらいに、とんでもない威力の爆裂魔法が連射された。
どう見たってオーバーキル。
格下相手に、感情をぶつけるみたいに木っ端微塵にした感じ。
だというのにその三人は「あぁ~終わったぁ」とかって雰囲気で此方に歩み寄って来るのだ。
一人は魔王みたいな鎧を纏い、馬鹿デカイ盾を両手に装備し。
もう一人はゴキゴキと首を鳴らしながら、動き回っていたその姿がやっとしっかりと確認出来た程。
それくらいの速度で動き回っていたのだ。
更に、もう一人は。
「待たせたな、ホーク。大丈夫か?」
自分よりドデカイ突撃槍……と言って良いのか?
摩訶不思議な物を肩に担ぎながら、緩い声を掛けて来る親父。
しかも鎧が、その……やっぱ厳ついんですよ。
一人一人が魔王かって程に、見た目がヤバイんですよ。
「お、親父? えっと……来てくれたんだ?」
「おう、来たぞ。んで、帰るぞ」
もはや何を言えば良いのかと言う戦況。
さっきまで死を覚悟した化け物が目の前に居た筈なのに、それ以上の化け物が飛びこんで来て食い散らかした。
本当に、それだけ。
それは分かっているんだが。
「お、親父達って……こんな強かったんだ……」
「そうでもねぇさ、俺等には物理しか無いからな。お前達の方が才能もあるんだ、もっともっと強くなる。毎度俺等が助けに来られるとか思うなよ? むしろこれっきりだと思え」
「あ、はい」
親父とどこかズレた会話をした瞬間。
「きゅぅ……」
声というか、妙な息が漏れた様な声が聞え、隣に居た筈のレインがぶっ倒れた。
慌てて支えようとしたが体が動かず、ミナミがスッと彼女の事を支えてくれる。
どうやら、完全に意識を飛ばしてしまった様だ。
探究者にも、大サソリにも震えながら耐えていたのに……よりにもよって限界を超えたのが、親父達。
いや、うん。
なんか色々複雑だ。
「その子だけはちゃんと守ったのか?」
「え? あ、うん。死んでも守るって、柄にも無く思っちゃって……ハハッ」
ちょっとだけ恥ずかしくなってポリポリと頬を掻いてみたりしたのだが。
「……そうか、よくやった。帰るぞ」
親父の言葉と共に、皆揃って此方に背を向けるのであった。
その背中は、なんというか……随分とデカく見えた。
普段ホームに居る皆と比べ物にならない程に。
「帰りましょうか、ホーク様。お疲れ様でした」
「あ、うん……なんて言うか、ミナミもすまん。心配掛けたっていうか……」
「いえいえ、私のミスでもありますから……肩、貸しますね」
何やらちょっとだけ悲しそうな彼女の顔を見た瞬間、今までは何だったのかという程カッとした気持ちが湧き上がって来て。
「違うから! ミナミのせいじゃないから! だってアレは――」
「あぁっ!」
「今度は何!?」
急に悲鳴を上げるミナミに驚きつつ、思わず寝そべったまま背筋を伸ばしてみれば。
「ご主人様方! 多分これダンジョンボスですよ!? コア! お宝! 回収していかないと損ですって! 壁を抜けてきましたから気付きませんでしたけど」
「今のがボスなのか!? いや弱すぎるから中ボスって可能性も……」
「こうちゃん、コア出て来たぞ。マジでボスだったみてぇだな……床からホワァッてコアで出てくんの、相変わらず視覚的に慣れねぇ」
「北君、宝箱も出て来たよ! お土産お土産! せめて空ではない事を祈って!」
なんというか、初めて親父達のウォーカーらしい一面を見た気がする。
戦闘もそうだが、お宝に貪欲な所とか。
でもまぁ、“ただのウォーカー”を名乗っているのだ。
これが普通。
普通、なのだが。
「もうちょっとこう、さぁ……恰好良く締めてくれよ」
「ウォーカーですから」
「ミナミ、それ言っておけば良いとか思ってる? もう良いよ……帰るか」
そんな事を言いながら、俺達は最下層から足を踏みだすのであった。
親父達がぶち抜いて来た穴を通って。
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