第239話 英雄を気取れ
「簡単に説明しよう、私はとある目的の為にダンジョンを研究している学者の様な者だと思ってくれ。全てを説明するには時間が足りないが、ダンジョンとは世界そのものだと考えている」
「はぁ?」
何やらその後もダンジョンについて語るローブの男。
色々喋っているが、正直半分も理解出来ない。
世界がどうとか、異世界がどうとか。
話の規模がデカすぎるってのもあるが、異世界がどうとか……マジかよ。
あの年齢になってまでそんな事研究してんのか?
そんなもんお伽噺の世界だろうに。
昔の記録にそんな事が記載されていたってのは知ってるが、どんな歴史でも過去の技術じゃ説明できない事例を大袈裟に書き記す物だ。
だからこそ、その手の与太話だとしか思えないのだが。
「というのが、ダンジョンに対しての知識だ。どうだい? 色々と興味が湧いてこないか? ダンジョンマスターにさえ知性があれば、世界は大きく変わる。しかしながら、“こちら側”のウォーカーとやらに関わらせるとろくな事にならないだろう? だからこそ私は自己完結に納め、新しい知識や変化を起こす事が出来る人物を求めている。それらを“住人”として取り入れ、更なる発展を遂げるためにね」
「あぁ、そうっすか」
もはや何を言っているのかも分からず、適当な返事をしながら後ろに手を回してチョイチョイっと手招きした。
言葉にしなくとも伝わったのか、レインは静かに先程の刃こぼれした槍を渡してくれた訳だが。
「動かないで下さい。ご主人様を傷つけようとするのなら、私も黙っている訳にはいきませんので」
ゴッと、こめかみに何かを押し当てられた。
生憎と兜を被っているので、鉄のぶつかる音が聞えたくらいにしか認識できなかったが……コイツ、いつの間に隣まで移動して来た?
「ハッ、何だいそりゃ。そんなちっこい武器で俺の鎧を貫こうって?」
視線を向けてみれば、先程のメイドが此方に黒い……なんだコレは。
クロスボウのグリップ付近だけを持って来た様に見えるが、見た事の無い武器を構えていた。
超小型のクロスボウ? でも弓の部分が無い。
魔道具の類か?
「無知は罪だと言いますが、こればかりは仕方ありませんね。この世界には無い代物だそうですから」
「さっきから世界がどうとか異世界がなんだとか、随分と壮大なお話ありがとうございますってなもんだ。生憎と頭がそこまで良く無くてね、全く持って分からねぇ」
「でしょうね、私も初めはそうでした。この目で見て、肌でその世界を感じるまで。とんだペテン師も居たものだと心の中で罵倒を繰り返したモノです」
本当にアイツの仲間、というか従者なんだよな?
えらく辛辣な台詞ばかり残すメイド服の彼女は、相も変わらず無表情のままゴリゴリと黒い小さな物体を押し付けて来る。
本当にこりゃなんだ? 殺傷力があんのか?
しかも相手のメイドさんはと言えば、ものっ凄く無表情で感情がまるで読めない。
ある程度表情があれば、コレがどれくらいの脅威になるのか図れたかもしれないのに。
隣に立っているこの人……多分、同い年か少し上くらいか?
だというのに、感情の起伏が全くない。
綺麗にそろえた前髪と、後ろでまとめた白金の髪色。
ジッと此方を見つめて来る血の様な赤い瞳は、それこそ兜の奥で俺が動揺しているのを見抜いているかの様に感じられる程。
見た目だけなら、それこそ人形の様に美しいと言えるのに。
こんな相手から小さな武器を向けられているだけなのに、さっきから背筋が冷えて仕方ない。
何なんだコイツ等は。
「やめろ、“ラテ”。今私は彼をスカウトしているんだよ?」
「理解しかねます、何故彼なのでしょうか?」
「正直、自分でもどうかと思うが……ちょっと気になるんだ、既視感のある鎧とかね? それに若いのに妙に強い所だったり、この状況でも諦めず後ろの子を守っている姿勢も良い。彼の様な勇気ある人間が、“ユートピア”の防衛に当たってくれたら、心強いと思わないかい?」
「普段開かれていないダンジョンなのに、何を防衛する必要があるというのですか?」
相手方が何やら話し始めた頃、俺は小さく魔法陣を描いていた。
バレるな、頼むから気付かないでくれ。
そんな事を思いながら、準備を進めていく。
本来なら窮地を救ってくれた恩人達であり、今の俺達の状況なら助けを求めるのが正解だろう。
しかし、本能とも呼べる何かが「コイツは駄目だ」と言っているのだ。
意味の分からない言葉ばかり紡いでいるし、何より気配だ。
本当に人間かよって程に、視界に入れているだけでダラダラと汗が流れて来る。
隣のメイドもかなりヤバそうだが、空中に立っている……“探究者”と言っただろうか?
アイツを見ていると、無条件に逃げ出したくなってくる。
弱気になりながらも、何とか術式が完成。
なら後は魔術を使って目くらましと攻撃、その後レインを連れて逃げる。
コレしかない。
グッと奥歯を噛みしめながら、タイミングを計っていれば。
「無駄だよ、少年。そんな魔法じゃ、私達には傷一つ付けられない。それどころか、発動前に君の背後にでも回り込んでみようか?」
ゾッと、今まで以上に背筋が冷えた。
それは此方の行動を全て把握している様な、絶対的強者の言葉だった。
無理だ、俺では彼らに勝てない。
だとすれば、降伏して奴等の言いなりになる他ないのだろう。
言う通りにすれば、レインだけは解放してくれるかもしれない。
そんな事を思って、槍を手放そうとした瞬間。
「まぁ、こうなる事は分かっていたよ。どうせ説明した所で理解してもらえないのはいつもの事だ。それにウォーカーって奴は、有能な者程私の言葉を信じないからね。先程の様な有象無象だったら、飛び付いて来たのに……あれは流石に要らないからなぁ」
何を、言っているんだろう?
先程の有象無象って、もしかして俺等と一緒にバグトラップに引っかかった連中の事を言ってるんじゃ……。
「お、おい! そいつらはどうなった!? まさか、お前が――」
「ホーク! 駄目です!」
思わず声を上げてしまった俺を、レインが抱き着く様にして止めに入った。
そりゃそうだ。
この状況で他の誰かを心配している余裕なんか無いし、俺達が助けてやる義理も無い。
だとしても。
「……答えろ」
ギリッと奥歯を噛みしめながら、彼の事を睨み上げてみれば。
相手は楽しそうに笑いながら、此方に歩み寄って来た。
まるで見えない階段でも降りるかのように、空中から俺の眼の前へと。
「私が殺した訳では無いよ、君だって見ただろう? 先程のサソリの群れ。助けてあげようかどうしようか、考えている間に皆食われてしまった。いやはや、ウォーカーのお仕事というのはいつだって無情だね」
「――っ!」
彼の言葉を聞いた瞬間にレインを背面の通路へと押し込み、ガクッと倒れ込む程に姿勢を下げてみれば。
こめかみのすぐ隣を何かが通り抜けて行った。
メイドが動いた瞬間に「バシュッ!」という炸裂音と共に、兜を擦る何かを感じたのだ。
しかし回避出来た、なら。
「シャァァァッ!」
地面スレスレまで姿勢を下げた状態から、思い切り身体を捻って正面へと穂先を突き出した。
物凄く不安定な体勢だし、急に動き出したから満足な力も乗らなかった。
だが相手は鎧を着ていない。
なら、これだけでも通る筈だ!
なんて、思ったのだが。
「お見事。昔の私なら、この攻撃だけで泣き叫んでいた所だろうね」
「……え? は?」
間違いなく、相手の足を俺の槍が貫いたのだ。
だというのに……探究者は、微笑みを崩さぬまま此方を見下ろしていた。
化け物。
それ以外の言葉が見つからない。
「今は何を言っても無駄だろうからね、大人しく引くとするよ。だが……そうだな。我々に興味を持ってもらう為に、お土産をあげよう。そして何より、私に攻撃を当てられた褒美だと思ってくれ」
「それはご主人様がトロいからでは無いでしょうか」
「ラテ、うるさいよ? 君も外したよね?」
「この魔道具、やはり使いづらいです。改善を求めます」
先程同様軽い雰囲気のまま、彼は虚空へと手を突っ込んだ。
自分でも何を言っているのか分からないが、何もない空間に腕を突っ込んだのだ。
そして。
「君に渡すなら、コレが一番だろう。是非使ってみて、今度感想を聞かせてくれ。私の研究対象はダンジョン。だからこそ、こう言うモノを作るのも仕事の内という訳さ。試作品だが、気に入ったらまた別の物もあげるよ。再会出来たら、だけどね?」
クスクスと静かに笑う彼が、何もない空間から取り出したのは一本の槍。
やけに装飾が付いた、俺の剣槍と似た長い刃が付いている代物。
だが、目の前に持って来られた瞬間に分かった。
コレは間違いなく魔道具だ。
しかも、本体が魔力を纏っている様な“魔槍”の類。
「遠慮せず受け取ると良い、是非試してくれ。私の自信作なんだ。そして私はあまりこのダンジョンには長居出来ない理由が出来てしまったからね、早く、出来れば早く受け取ってくれ」
未だ笑みを浮かべながら、何故か言葉だけ焦った様子を見せる探究者。
もはや何が何だか分からず、思わずその槍を受け取ってみると。
軽い、滅茶苦茶軽い。
玩具か、木製なのかと疑ってしまう程に。
「それじゃ、また会おう少年。私が顔を合わせると不味い連中がダンジョンを突き進んでいる様だから、ここらで御暇させてもらうよ」
俺に槍を渡した彼はすぐさま距離を置き、懐から何かを取り出して上空へと構えた。
アレは……ダンジョンコア?
資料でしか見た事が無いが、あんな感じに描かれていた気がする。
「本当にヘタレですね、そんな力を持っているというのに。昔ぶっ飛ばされた相手が居るなら、本来再戦を望みそうですが。また逃げますか、やーいヘタレヘタレー」
「ラテも“アレ”に出合えば分かるさ、もう顔も会わせたくないよ」
「……そんなに凄いのですか? ちょっと見てから帰っても良いですか?」
「駄目だ、アレは規格外という他ない。帰るよ」
「……了解しました」
やけに不満そうな声を上げるメイドを抱き寄せてから、探究者はコアらしき物を展開した。
すると彼等の体は、徐々にそのキューブへと飲み込まれていく。
コレは、なんだ? こんな魔法、見た事が無い。
「少年、一つだけ警告しておこう」
「……んだよ?」
驚いてばかりで呆けてしまっていたが、ハッとして相手から貰った槍を構えると。
「ここ、ボスエリアだから気を付けてくれ。さっきまでの細かいのとは桁違いの相手がこれから出て来るぞ? まぁその槍を試すには丁度良い相手だろう」
「は?」
「では、さらばだ。また会おう」
やけにやり切った顔をする相手が、コアから零れる光に飲み込まれていく。
本当に神秘的な光景、今までの常識をひっくり返すかのような摩訶不思議な現象。
だと言うのに、思わず叫んでしまった。
「ちょいちょいちょい! 待った待った! せめてボス倒してから帰ってくれよ! 俺じゃ絶対無理……って、あぁぁクソ! もう居ねぇし!」
声は広い空間の中に反響するが、相手の姿は既に無し。
この場には、俺とレインの二人が残されてしまった様だ。
そしてこの手には、先程の男から貰ったおかしな槍が一本。
「ホーク! 大丈夫ですか!?」
事が終わってから、すぐさま俺に飛び付いて来て治療を始めるレイン。
コレと言って怪我をした訳ではないが、彼女の治癒を受ければ緊張で凝り固まった筋肉が解れていく様だ。
あぁ~そこそこ、とか馬鹿な事を考えていられれば良かったのだが。
「っ! レイン、少し下がってろ!」
「また……ですか?」
巣穴の正面。
先程細かいのが溢れて来た周囲の穴とは違い、一回りも二回りもデカい穴が開いたソコから。
ビリビリと肌に刺さる程の敵意を感じる。
間違いなく、さっきの奴が言っていた“ボス”がご登場なされたのだろう。
「滅茶苦茶癪だし、何か悔しいが。今はこの槍を使うしかねぇよな」
貰った槍をブンブンと振り回してから、いつもの構えを取ってみれば。
正面の暗闇からは、先程のサソリとは比べ物にならない程デカイ個体が現れた。
今回もサソリだ、だからこそ注意する所は変わらない……なんて訳があるか馬鹿。
轢かれただけで死んじまいそうな、とんでもないゴツさ。
しかも爪も尾も、倍以上に育っている。
そんな化け物が、ギチギチと妙な音を立てながら接近してくるのだ。
その甲殻は、もはや鎧の様。
相手が掲げる尾の棘は、俺の剣槍よりも長い。
ヤバイ、ヤバいってコレは。
間違いなく勝てる筈のない相手。
逃げるにしても、この蟻の巣状態の横穴はいろんな場所で繋がっているのだろう。
何処へ行けば安全かなど、敵に見つかっている状態では分かったモノではない。
だからこそ、チラッと背後を振り返ってみれば。
「言った筈です、“最期まで”お付き合いしますと。どうせ逃げたって、個別にやられるだけですから。なら抗って、奇跡を信じましょう」
グッと握り拳を作るレインの姿が。
えらく頼もしい発言をしているのに、彼女の膝はガクガクと震えている。
あぁ、くそ。
こういう時に、“絶対大丈夫だ”なんて言ってやれれば格好良いのにな。
でも、俺は弱いから。
「その奇跡が起こるまでの時間稼ぎでもしますかねぇ。だが、いざって時は逃げろ」
「嫌です」
「レイン!」
「嫌です! だったら、勝ってください!」
急に何を言い出すのかと、思わず目を見張ってしまったが。
でも彼女は、目に涙を溜めながら笑うのであった。
「だったら、ホークが“奇跡”になって下さいよ。全力でサポートします、だから……最初から負けるつもりで戦わないで」
レインの言い放った言葉が、ストンと胸の中に落ちた気がした。
さっきの探究者も、集まって来たサソリも。
今正面から近付いて来ている大サソリも。
確かに、俺よりずっと強い存在だろう。
だからこそ、と言って良いのか。
俺は常に負ける想像ばかりして来た。
どうすれば時間を稼げるか、レインを逃がせるかという事ばかり考えて来た。
森に居る時、俺はこんな事を考えながら槍を振るった事はあっただろうか?
「は、ハハッ……らしくねぇ」
「ホーク?」
思わず笑いが漏れた。
ピンチだ、絶体絶命だ。
その状況は今でも変わらない。
だがしかし……だからこそ、負けると思って攻め込んでも未来はない。
だったら、少しでも可能性があるのなら。
俺は“攻める”べきなのだ。
生物とは、生きる為に最後まで足掻くモノ。
小さな鼠だって、大型生物に牙を立てる事だってあるのだから。
なら、俺が今やる事は何だ。
諦めながら、時間を稼ぐ事か?
死を受け入れて、目の前の化け物と対峙する事か?
ちげぇだろ馬鹿。
俺の後ろには女の子が居て、彼女は俺に勝てと言っているんだ。
体も疲れ切ってるし、魔力も残り少ねぇけど。
それでも。
「すぅぅぅっ、シャァァァァァァァ!」
思い切りデカい声を上げながら、再び槍を構え直した。
勝てるかどうか、負けない様にするにはどうすれば良いか。
そんな事ばかりを考えているから駄目なんだ。
馬鹿になれ、もっともっと馬鹿になれ。
俺は超強くて、どんな敵にも負けない。
アホみたいに、今だけは想像しうる物語の“主人公”を演じるんだ。
過信して、過剰なまでに自信を持って“最強”って奴になりきるんだ。
それが出来なきゃ、どうせ死ぬ。
だったら最期くらい、女の子の前でくらい格好を付けろ。
「来いやぁぁ! その甲殻全部引っぺがしてやらぁ!」
中途半端になりたくねぇから、この場に立ってるんだろうが。
皆に認められたいから、ここまで来たんだろうが。
だったら、“漢”を見せろ。
無理を可能にして見せろ。
ソレが出来なきゃ守れない何かがあるなら、無理矢理にでも奇跡を起こせ。
今だけ、この瞬間だけ。
俺は英雄を気取るのであった。
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