第237話 新規デッドライン


 「おい! だから不味いって! この横穴から出ないで救援を待った方が――」


 「馬鹿かクソガキ! ただのウォーカー如きに救助なんぞ来る訳ねぇだろうが! さっきの魔獣を見ただろ!? 間違いなく最下層付近だぞ! お前等の仲間が助けを呼んでも、ココに来るまで何日掛かると思ってんだ!」


 俺の制止を振り払い、一緒にバグトラップに引っかかったパーティがドスドスと音を立てて出て行った。

 その後どうなったのかも分からないまま、俺達は数日暗闇の中で過ごしていた。


 「ホークさん、居ますか……?」


 「大丈夫、居るよ。なんつぅか、ごめん。何度も言うようだけど、明かりを付ける訳にはいかないんだ」


 それだけ言うと、隣で座っているレインさんが俺の手を掴んで来た。

 もうどれくらい経っただろう。

 ずっと真っ暗だし、太陽も見えないので正確な時間が分からない。

 とりあえず腹の減り具合で大体の時間を計っているつもりだが、ダンジョンの深層に放り込まれたという情報があった以上、俺だって緊張している。

 だからこそ、余計な体力を使ってしまっている事だろう。

 そうなってくると、あまり腹時計もアテにならないかも。

 というかだいぶ節約しながら食料を分け合っているので、アテになる筈もないか。

 一週間……は経ってないと思うんだけど。


 「あ、あの……食料って……」


 「腹減った? 了解、今保存食出すね」


 「い、いえ違うんです。あとどれくらい保つのかなって……」


 慌てた様子で言葉を紡ぐレインさん。

 俺達は今深層の魔獣から隠れている状態だと何度も説明したから、声自体は抑えめだったが。


 「んーと、数日は保存食だけで耐えられる様に持って来てるんだけど。今回は節約しながらとはいえ二人だから、もう少ししたらヤバイかな。だから、あと少し経って誰も来なかった場合は、動く事になるかも」


 「わ、分かりました……」


 人間生きていれば腹が減るし喉も乾く。

 無駄に重いバッグを抱えながらの戦闘に、何度となく愚痴を溢した事もあったが。

 ここに来てその重要さがよく分かった。

 少しの保存食料ではここまで保たなかった事だろう。

 が、それ以上に男女が一緒に居るとなると……食事以外にも、色々と困る事が出て来るのは確か。

 ちょっと汚い話になるが、トイレ的な意味で。

 流石にこの場でしろと言う訳にはいかず、その時ばかりは離れて用を足す。

 今居る横穴自体は狭いが、全体的に広いというか。

 蟻の巣みたいに枝分かれしいる、入り組んだ形になっていたのは幸いだった。

 しかしこう何日も居ると疲労も溜まる上、食料を分け合っている状態では腹いっぱいにはならない。

 さっき言った汚物の処理はダンジョンが勝手にやってくれるが、そこまで離れていない位置でとなれば女の子にとってはかなりのストレスになるだろう。

 そして何日も風呂に入ってないから体が痒くなったりとか、それはもう色々ある訳で。

 もっと言うなら、隣に居るのは貴族のお嬢様。

 こんな環境に放り込まれ、くっせぇ相手が隣に座っていれば嫌われる事間違いなし。

 だが未だ手を繋いでくるのは、この暗闇が不安だからという理由以外にない筈。

 目はかなり慣れて来たから、動けない事は無いが。

 暗い中ある程度は動き回らないといけないのだ。

 そりゃもう、何をするにしても疲労も精神的な負担も半端じゃない。


 「なんつぅか、ごめん。俺があのままアイツ等を見捨ててれば、こんなことには……」


 「それはもう、何回も聞きました。でも、私はホークさんが間違った行動を取ったとは思っていません。そんな“たられば”を話すなら、私だって戦闘中の貴方に駆け寄らなければ巻き込まれる事は無かったんですよ? 本来治療は戦闘終了後か、退避した後に行うのがセオリー。私のミスでもあるんです」


 励ましてくれているのか、彼女は毎回そんな事を言って来る。

 なんというか、結構意外だった。

 最初は香水なんぞを付けてダンジョンに入るお嬢様だったのに。

 この環境に陥ってから、叫び声の一つも上げていない。

 むしろ数日前に出て行った“先輩方”の方が取り乱していた程だ。


 「レインさんは、なんつぅか……意外と強いんだな」


 「意外と、は余計です。これでも結構厳しい家だったんですよ? 野営の練習なんて事もやらされたくらいです」


 「なるほど、その練習を過信してウォーカーになったと」


 「言わないで下さい……今では物凄く激甘な思考だったと反省しているんですから……」


 カラカラと笑ってみれば、彼女は頬を膨らませながら此方の肩をポコッと殴って来た。

 目が慣れた影響もあるが、なんというか。

 彼女の肌が白すぎる事もあって、真っ暗闇でもよく見える。

 逆に相手からすれば、今の俺はほとんど見えないんじゃないかって思える程。

 肌だってそれなりに焼けているし、鎧に関しちゃ黒色だ。

 だからこそ、手を離そうとしないのかもしれないが。


 「このまま、救助が来なかったら……私達は、どうなるのでしょうか」


 どうやら予想は当たっていた様で、不意に彼女から不安の声が漏れ始めた。

 かなり保った方だとは思うが、この辺りが限界か。

 まぁ何だ、食料もそろそろ底をつきそうだったし丁度良いのかもしれない。

 それに先輩方の言っていた通り、“普通は”ウォーカーがダンジョンで遭難したからと言って救助など来る訳がない。

 相当位の高い人物だったり、仲間達が他のウォーカーを頼ったりすれば別だが。

 正直時間の問題で“無い”と思った方が良いだろう。

 全てが自己責任の生き方をしている俺達の場合、救助に来てくれるとしたらパーティメンバーのみなのだ。


 「そん時はまぁ、いっその事ダンジョンで暮す?」


 「ホークさん……何でそんな気楽で居られるんですか……」


 はぁぁと呆れたような溜息が聞えたタイミングで立ち上がり、レインさんの手を引っ張って立ち上がらせる。

 よく我慢してくれたもんだ。

 すげぇすげぇ、俺だって不安でいっぱいだったのに。

 むしろこの子が居てくれたからこそ、俺は格好つけて冷静なフリをしてこられた。


 「そろそろ行くか。流石にこれ以上ココに居ても気が滅入るっしょ」


 「え? えぇ? でも救援が来るまでココで待つって……」


 「俺がやったのは時間稼ぎ、そうすりゃ仲間達が救援に来る可能性が増えるだろ? でもずっとココに居て食い物が尽きたり、俺等自身が完全に動けなくなって魔獣相手に対処出来ないんじゃダンジョンに食われる。ちゅー訳で、安全地帯捜してちと冒険しますか。一人になっても自分で歩くのがウォーカーってね」


 そう言って、手を引きながら暗闇の中を歩き出した。

 あの先輩達が歩いて行った方向は覚えているし、足音が途絶えた雰囲気も無かった。

 なら、立ち止まらずに進めたって事だ。


 「あ、あのでも! 魔獣に見つかったら!? ここは深層なのでしょう!? だったら救援を……いえ、すみません」


 「うん? 言いたい事は全部言っちまった方が良いぜ? 特に、こういう環境では」


 ケラケラと笑いつつ、真っ暗闇を進んで行けば。

 後ろからは、随分と弱々しい声が返って来た。


 「救援が来ないと判断したからこそ、動いたんですよね? 私達のパーティじゃ深層には辿り着けない、普通に考えたらそうです。無謀だと分かっていても、可能性が無いとしても。ジッとしているだけで死にたくないから、歩き出してくれたんですよね……」


 ハハハッと乾いた笑いを洩らし、彼女は泣きそうな声を上げているではないか。

 親父からの教え“女の子は泣かすな。泣かれるとマジで焦るから、泣かれる前に頑張れ”。

 なんのこっちゃとは思ったが、まさに今みたいな状況なのだろう。

 だったら俺のやる事は一つだ。

 口下手だし、女慣れなんぞしていない。

 なので元気付ける方法なんて一つしか思いつかない、笑うのだ。


 「な~んか勘違いしてるみてぇだけど、俺は死ぬつもりなんかねぇぞ? 言ったろ? 時間稼ぎだって。つっても出来れば誰かしら通りかかって欲しかったけど。とにかく安全地帯の階段を探して、そこでまた助けを待つ。そんだけ」


 深層と言う事で、魔獣の一匹にすら会いたくないってのと。

 運が良ければ、この階層を探索できる実力者が通りかからないかと期待して隠れていた訳だが。

 生憎と、何日待ってもウォーカーが通りかかる事は無かった。

 これ以上待って動けなくなるなら、動けるうちに安全地帯を探してしまった方が良いだろう。

 どうにかソコまで辿り着けば、それこそ実力のあるパーティが通りかかってくれる可能性が高い。

 助けを待つにしても目立つ場所には移動した方が良さそうだ。


 「ま、隠れながら探してみようぜ。完全に動けなくなったら、それも出来ないからな」


 しかしながら、やはりレインさんからは困惑した気配が漂って来た。

 まぁ、そりゃそうだわな。

 バグトラップに引っかかって、新人二人が深層まで落っことされて。

 更には食料も心もとない状況で、急に動き始めたんだから。

 本来なら絶望的だ、お先真っ暗だ。

 でも笑い飛ばして、不安にさせないくらいに元気付けてやらないと。

 とくに、可愛い女の子の前では恰好つけたいではないか。


 「ちょ~~情けない事言って良い? 俺らの親父達、皆同じクランのウォーカーなのよ」


 「は、はい?」


 「もう今ではアホみたいに人数多くて、何か色んな所と関りがあるみたいでさ。しかもお目付け役のミナミが居ただろ? アイツも超~強いの。それに顔の広いクランだからさ、もしかしたら国の騎士とか、下手したら勇者様とか動いてくれるかもしれねぇよ? 今から挨拶の練習とかしておいた方が良いぜ?」


 “間に合えば”、とは敢えて言葉にしなかった。

 とにかく笑い飛ばしながら突き進んでみるが、背後からは沈黙が返って来る。

 やばい、流石にソレは無いって思われてしまっただろうか。

 まぁ普通に考えれば、時間的な問題で不可能なのだ。

 余計に不安にさせてしまったかと心配し始めた頃。


 「プッ、フフ……アハハッ。こんな時に、変な冗談言わないで下さい。大声で笑っちゃう所だったじゃないですか……もぅ」


 「えぇー本当の話なのにぃ。でも大声は駄目でーす、笑うなら心の中だけで爆笑してくださーい」


 「ちょっと、ホントに、止めて……プッ! あははっ! 緊張してるから、こんな事でも笑っちゃうじゃないですか! 本当に止めて下さいよっ! 妙に語尾を伸ばすのも禁止です! 変なツボに入っちゃいます!」


 「えぇ~どうしよっかなぁ~」


 「だからぁぁ……プッ、クッ! ……もぉぉ」


 ダンジョン内だというのに二人してふざけて、笑い合いながら暗闇を進んだ。

 本来なら絶対ダメだが、でも先程までの絶望した様な表情は見受けられない。

 ならまぁ、良しとしよう。

 などと思っていた矢先、目の前には薄っすらと光が零れているのが見えた。

 間違いない、出口では無くても何かしらの広間に抜ける御様子。

 出来れば安全地帯への階段であって欲しい所だが……そうすれば、もう少し助けを待つ事が出来る。

 今一度気を引き締め、姿勢を低くしながらゆっくりと近付いて覗き込んでみれば。


 「おいおいおい、マジかよ……」


 そこには、人の大きさくらいあるサソリの魔獣が蠢いていた。

 一匹じゃない、数え切れないくらいの量が。

 モンスターハウス、そう言って差し支えないだろう。

 いくら何でもココを突破するのは無理だ。

 なら別の道を……なんて、思ったのだが。

 魔獣の大群の内一匹が此方に気付いたのか、甲高い鳴き声を発した。

 キィィ! みたいな、非常に耳障りな鳴き声。

 ソレを合図に、周囲にウゾウゾしていたサソリ共が一斉に此方を振り返った。

 あぁ、くそっ! マジで最悪だこりゃ。

 もうちょっとスニーキング技術をニシダさんから習っておくべきだった!


 「レインさん、少し下がってて」


 「戦うつもりですか!? いくら何でも無茶です! 道は枝分れしてたんですよ!? 戻って別の道を探せば――」


 「わり、無理。本で読んだけど、案外サソリの魔獣は脚が速い。っていうのと、暗闇じゃ圧倒的に不利。明かりがある、この場所の方が戦いやすい」


 魔光石っていうんだっけか?

 光を放つ鉱石が天井にびっしりくっ付いているからこそ、この広間だけは明かりが保たれている。

 だからこそ虫が寄って来るってのもあるのかもしれないが。

 それはもう、俺達だって同じことだ。

 という訳で荷物を投げ捨て、一本の剣槍を正面に構えた。


 「生憎と俺の得物は剣槍なんでね、広い場所で相手してくれよ」


 声を溢している間にも、相手は此方に猛スピードで迫って来る。

 それに対して、最大限距離を取れる様にしながら突きを放ってみると。

 意外にも矛先は相手の頭に突き刺さり、あっさりと一匹の魔獣の命を奪って見せる。

 甲殻が固いには固いが、“通る”。

 恐らくコイツ等の脅威は数だ。

 そんでもって、尻尾の棘には間違いなく毒があると思った方が良いだろう。

 アレを喰らったら終わり。

 でもサソリってのは、爪の方に注意しろって聞いた事がある。

 つまり全部ヤバイって事だ。

 更に言うなら俺の後ろには……狭っ苦しいあの通路に通したら、レインさんが襲われる。

 そっちも絶対駄目、だったら。


 「この場で死守すんのが俺の仕事だ! レインさん! 回復と、攻撃を喰らった場合にはすぐ解毒を頼む!」


 「は、はい!」


 「おっしゃぁ! 来いやぁ!」


 叫び声を上げる間にも、虫共は襲い掛かって来る。

 右から左から、下手したら仲間を足場に高所から攻めて来たり。

 はたまた壁を伝って視界の外から攻めて来る奴だって居るくらいだ。

 こりゃ、マジでキチィぞ。

 でも俺が持っているのは、悪食のドワーフ達が作ってくれた武器なんだ。

 殺せる、コイツ等だって殺せるんだ。

 いくら俺が弱くても、武器と鎧が強い。

 だったら、全力でそこに頼れ。

 情けないとか、武具のお陰だとか後で言われても知った事か。

 とにかく、今を“生き残れ”。

 ソレが俺に出来る事で、後ろに仲間がいる以上“やらなければいけない事”なのだから。


 「シャァァァッ! まとめて相手してやらぁ!」


 雄叫びを上げながら、ただひたすらに手に持った剣槍を振り回すのであった。

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