第236話 南、キレる


 「キタヤマ様!」


 木こりの仕事も終わり、中庭で適当に料理していた俺達の元に随分と慌てた様子のクーアが走って来た。

 今じゃ三十後半の筈なんだが、あんまりあの頃と変わっていない気がするのは俺だけだろうか?

 未だにピンピンしてるし、何より雰囲気が二十代前半の様だ。

 おかしいな、男メンツだけは結構老けたというか。

 俺等と中島辺りは結構「おっさんになったなぁ」なんて感想が飲み会の度に出ているのに。

 女性メンツは未だに若い若い。

 これも魔獣肉の影響かねぇ、怖いわぁ。

 なんて事を思いながら、デカいステーキ肉をひっくり返した。


 「どしたクーア、何か急ぎの仕事か? あ、漬け込み肉のおろポンステーキでもと思ったんだけど、お前も喰う? 新しいタレがリードから送られて来てよ、感想頼むわ」


 などと言いながら、一枚デカい肉を皿に乗っけていれば。

 彼女は随分と慌てた様子で、此方に一枚の手紙を差し出して来た。


 「それどころじゃありません! ミナミさんからです! バグトラップが発生した様で、飲み込まれたのはパーティメンバー二名。内一人は……ホークです」


 「……なんだと?」


 最近聞く様になったトラップ。

 俺等はほぼダンジョンに潜らないので、よく知らないけども。

 なんでも屍竜と遭遇した時の様な、ダンジョンの“バグ”を見つけてしまった状態らしい。

 だからこそ「あんな所バグだらけだ、デバッグしろ」なんて溢したらシルフィが“バグトラップ”なんて命名してしまった訳だが。

 そいつに、ウチの息子が引っかかったらしい。

 ったく、ダンジョンってのは本当にろくな事にならないな。

 思わず舌打ちを溢しながら手紙に目を通してみれば。

 そこには随分と急いだ様子の殴り書きが。


 「西田、東。四十秒で支度しろ」


 「「もう出来てるよ」」


 どうやら四十秒もいらなかったらしく、二人は料理を投げ出してゴキゴキと首を鳴らしている。

 うっし、んじゃ行くか。


 「わりぃクーア、この調理場頼むわ」


 「それは構いませんが……間に合いますか? キタヤマ様。ダンジョンですよ?」


 「間に合わせるさ、どんな手を使ってもな」


 それだけ言って、マジックバッグから“ブラックチャリオット”を引きずり出した。

 そして。


 「初美、聞こえるか」


 「はい、何でしょう北山さん。緊急ですか?」


 影に触れながら言葉を紡げば、頼もしい仲間がすぐさま影の中から声を返してくれた。

 であれば、何とかなりそうだ。


 「わりぃ、今から黒戦車で走る。兵士に指示を出してくれ、市民に道開ける様に言うのと、入国門を全開にってな」


 「全く貴方は、本当に急ですね……了解です。でも国内を走らせる時は、ある程度速度を落として下さいね? 人身事故だけは、勘弁して下さい」


 「任せろ、東なら問題ねぇ」


 「結局他人頼り……」


 会話が終われば、すぐさま俺達は戦闘用馬車に乗り込み、東は御者席に腰を下ろした。


 「東、聞いてたな?」


 「了解だよ北君。街中は“出来る限り”安全運転、外に出たら思いっきり飛ばせば良いんだね?」


 「そう言うこった、行くぞ!」


 「了解!」


 そんな訳で、俺達は久し振りにダンジョンへと向かう事になった。

 嫌な記憶しかないし、行きたくも無いが。

 ウチの息子達が困ってるってんなら、すぐさま駆け付けてやるのが親父ってもんだろう。

 実際にはそんな親父、俺達三人は知らない訳だが。

 だったら、理想像の父親になれば良い。

 上手く行かなくて喧嘩する事もあれば、反抗期真っ盛りな息子が常に不機嫌なんてこともあったが。

 それでも、助けてくれって言ってんのなら。

 助けてやるのが、親父ってもんだろ。

 息子の窮地に、早々に諦める親なんぞ居るものか。

 親は子供に“生き抜け”って言うもんだろう。

 この歳になって、初めてクレヨンしん〇ゃんに出て来る、父“〇ろし”の台詞の重みが分かるってもんだ。


 「ダッハッハ! まさかまたダンジョンに潜る事になるとはなぁ! まぁウチの子の目的もあって、予想はしてたけど……なぁんであんな場所にロマンを求めるかねぇ」


 「言うな西田、アイツ等はまだまだ若いんだ。ロマンくらい追い求めるだろうさ」


 「ま、僕達は三十路までロマン追い求めて色々やってたからねぇ。遺伝子って怖いねぇ」


 なんて会話をしながら、俺達は街中を巨大な戦車で突き進むのであった。


 ――――


 救援依頼を送った後、すぐさまダンジョン内に戻って来た。

 しかしながら、妙に敵が多い。


 「あぁくそっ! 私だけで潜った瞬間コレですか! さっきよりも数が多いじゃないですか!」


 もはや相手にするのも馬鹿らしく、全て回避しながら突き進んだ。

 第三層の安全地帯を離れていた時間は、一日と経っていないだろう。

 だというのに、階段を駆け下り周囲を見回してみれば。


 「予想はしていましたが……していましたがっ! あぁぁっ、もうっ! そりゃ仲間が危機に晒されているのに、大人しく待っている人達じゃないですよね!」


 分かってはいたが、第三層の安全地域に皆様の姿が無かった。

 思わず叫び声を上げ、頭を掻きむしってみれば。

 周囲のウォーカーからは非常に訝し気な瞳を向けられてしまったが、知るか。


 「私一人では火力不足も良い所です、全て使うつもりで行かないと……」


 ブツブツと呟きながら、クロスボウのマガジンに“趣味全開装備”の矢を装填していく。

 コレは久し振りに、本気で走らないと不味いかも知れない。

 ホーク様が行方不明になった事により、皆様から眼を離してしまった。

 この状況で、誰か一人……それどころか全員が命を落とす結果になってみろ。

 私はご主人様達に、死んで詫びたって足りないのだ。

 だったら。


 「私一人でも、ダンジョンを攻略するつもりで行きますか……」


 すぅぅと静かに息を吸い込んでから、思い切り走り出した。

 走れ、兎に角走れ。

 私が探す人間は一名だった筈なのに、今では三名に増えてしまったのだ。

 だからこそ、限界以上の速度で走れ。

 そして何と言っても四層からは……フィールドが変わるのだから。


 「本当に、無茶しないで下さいよ? 皆様方」


 それだけ言って、やがて見えて来た第四層に足を踏み入れるのであった。

 あぁクソ、最悪だ。

 よりによって、四層はジャングル。

 視界が悪い以上に、隠れている場合は見落としてしまう危険もある。


 「セイ様ぁぁぁ! イース様ぁぁぁ! いらっしゃいますかぁぁ!?」


 ドデカイ声を上げながら、ダンジョン内を突き進んだ。

 こんな事をすれば、そこら中から魔獣が集まって来るが。

 それらに対してクロスボウを乱射し、ひたすら足を動かしていく。

 もはや出費がどうとか、魔石がどうとか言っていられない。

 爆発する矢を乱発しながら、ジャングルの中を突き進む。

 そこら中でズドンズドンと爆発音が響き渡り、より一層魔獣達が集まって来る。

 だが、これで良い。

 全て私にヘイトが向けば、もしも彼等に脅威が迫っていた場合に危険を取り除く事が出来る。

 多分皆様の実力なら、この四層はかなり苦戦する筈。

 ここらでは見ない猿型の魔獣が多いし、指示を出してくれるリーダーも居ない。

 だからこそ、この階層に留まっていると考えてひたすらに殲滅しながら走った。

 確かにホーク様の事は心配だが、まずは他のお二方から。

 コレが出来なければ、本当に全てを失いかねないのだから。


 「お願いです! 返事をして下さい! どちらにいらっしゃいますか!?」


 そこら中で爆炎を巻き上げながら、私は突き進むのであった。


 ――――


 「な、なんだろ。遠くで爆発音が聞えるけど……術師かな?」


 「シッ、イース静かにして。マジで集中しないとヤバイコレ」


 カチャカチャと小さな音を立てながら、森の草木に隠れていた宝箱をセイ君が開錠していた。

 こんな時に何故お宝探しをしているのかと、最初はロザさんにも怒られてしまったが。

 そうじゃないのだ。

 僕達が探しているのは“バグトラップ”。

 やけに罠が多そうな宝箱を探して、先程同様の事が起こらないかと試している訳だ。

 バグトラップ自体が珍しいし、飲み込まれて移動させられる場所が一つかどうかは分からない。

 でもこのままゆっくりと階層を降りて行っても、多分間に合わない。

 だからこそ、僕達は賭けに出た。

 安全地帯に居たウォーカーが話していたのだ。

 四層で、やけにトラップだらけの宝箱があったと。

 しかも開錠が難しそうだから諦めたと言っているではないか。

 更に言うなら、彼らもまたバグトラップについて話していた。

 ここ最近、このダンジョンでは“ソレ”が多発し少なくない犠牲者も出ていると。

 そんな話を聞いた後では、とてもでは無いがジッとして居られなかった。

 ミナミさんには待っていろと言われたけど、今こうしている内にもホー君とレインさんに危険が及んでいるかもしれない。

 もっと言うなら、敵対していたウォーカー達も一緒に飲み込まれてしまったのだ。

 だったら、仲間の僕達がただ待っている事など出来る筈もない。


 「イース、魔獣だ。木の上、三匹。一体は私が処理できるが……あの猿の速度を考えると、二匹目は装填が間に合わない。頼めるか?」


 「了解です、ロザさん。任せて下さい」


 身を低くしながら、隣でクロスボウを構えるロザさん。

 彼女はスッと目を細め、呼吸を止めたかのように静かになる。


 「3、2、1」


 カウントが終わると同時に、バシュンッ! という音が響き、木の上に居た魔獣の一体を撃ち抜いた。

 相手も相手で此方の出方を伺っていたのか、攻撃されると同時に物凄い速度でこっちに向かって来る魔獣。

 森では見た事が無いタイプだ。

 跳躍力が凄くて、爪が長い。

 しかもここぞというタイミングで攻めて来る時の脚力は、本当に飛んで来る矢を相手にしているかの様。

 かなりのスピードタイプであり、正直僕とは相性が悪い。

 気付かれず狩るならセイ君、正面から受けるなら反応速度の速いホー君が適任なのだが……当然、泣き言を言っている暇も無く。


 「でぇぇい!」


 飛んで来た猿に対して、正面から拳を叩き込んだ。

 相手の爪は長い上に鋭い。

 けど、僕のガントレットの方が“硬かった”。

 真正面から攻撃をぶつけ合った結果、相手の爪は砕けそのまま此方の拳が魔獣に突き刺さった。

 敵がかなりの速度で飛んで来た影響か、文字通り“叩き潰した”。

 が、不味い。

 もう一匹を見失ってしまったではないか。


 「イース! 三時の方角だ! 私が間に合わせる!」


 ロザさんの声に視線を向けてみれば、確かに居た。

 木にへばり付く様にして、構えている。

 しかし相手は此方を見ていない。

 恐らく、狙っているのは。


 「セイ君! 一旦開錠中止!」


 今では相手に背を向けている状態で、宝箱の鍵を弄っているセイ君。

 そのせいで、余計に狙われてしまった様だ。

 すぐに作業を中止した所で、避ける時間があるかどうか。

 魔獣は既に足に力を入れ、今にも飛び立ちそうな勢い。

 そしてロザさんに関しても、まだ矢の補充が終わっていない様だ。

 彼女の武器は大きい分威力はあるが、取り回しが悪い。

 多分アレじゃ間に合わない。

 だからこそ、拳を構えた。

 当然近距離戦担当の僕では届く距離ではないし、遠距離武器の類は持っていない。

 が、一つだけ。

 遠くの敵を攻撃する手段を持っている。

 “魔法”という切り札。

 調整が苦手で、あまり使い所がなかったのだが……こればかりは尻込みしている事態ではない事は確かだろう。

 思い切り拳に魔力を集め、無我夢中で正面に突き出した瞬間。

 魔獣もまた、飛び立ってしまった。

 けどっ!


 「間に合え! “インパクト”ォォ!」


 虚空に向かって突き出した筈の拳から、確かに何かを殴る感触を得る。

 母さん曰く、コレは本当に単純な魔法なんだとか。

 魔力を集めて叩きつけるだけ。

 言い方を変えれば、“作り出した魔力をぶん殴って相手にぶつける魔法”なんだそうだ。

 難しい事は考えず魔力を集める事だけに集中し、ぶん殴れば良い。

 そう、教わったのだが。

 どうしても僕が使うと……こうなるのだ。


 「す、すごいな……イース」


 ポカンと口を開いたロザさんが、目の前の光景に唖然としていた。

 それはそうだろう。

 何たって爆発でも起きたのかという程、ズドォンッ! と、とんでもない音を放った上に。

 目の前のジャングルの一部でも削ってしまったのではないかという程、木々が薙ぎ倒されているのだから。

 調整と、魔力を殴り飛ばす角度を工夫しろ何度も言われたが。

 何度やってもこうなるのだ。

 要は、威力が馬鹿みたいに拡散してしまう。

 皆みたいにピンポイントに攻撃できないし、母さんみたいに攻撃が遠くまで飛ばない。

 むしろ近くに居る仲間を巻き込んでしまいかねない、本当に使い所のない大技になってしまっている。


 「バッッカ! もうバッカ! こっちは集中してるって言うのに、背後でとんでもない事しないでよイース! ギリ! マジでギリ! 俺の後ろの地面抉れてる!」


 「ご、ごめんセイ君! 緊急だったから、大丈夫?」


 腰を抜かしたのか、宝場の隣にズッコケているセイ君が震えながら叫び声を上げている。

 でも、何とか間に合って良かった。

 一歩間違えれば、彼も巻き込んでしまったかもしれないが。


 「でも、まぁ何とか開錠は済んだよ。かなり難しい鍵だったから、多分良いモノが入ってるのは確か……だけど、肝心なバグトラップがあるかは開けてみないと分かんない」


 ハァァと大きなため息を溢してから立ち上がるセイ君が、ゴンゴンッと宝箱を叩いて見せる。

 流石、という他あるまい。

 彼が難しい鍵、なんていうくらいだ。

 僕じゃ一生掛かっても開けられる自信がないのに、この短い戦闘中に開錠してしまうのだから。


 「それじゃ、開けるよ?」


 宝箱を開けるのにトラップを期待するなんておかしいが、それでも僕達は皆揃ってゴクリと唾を飲みこんだ。

 ゆっくりと開かれる宝箱。

 やがて、中から見えて来た物は。


 「腰下げのバッグ? ……いや、コレマジックバッグだ! おぉぉ! って、嬉しいけど違ぁう! バグトラップは!? ねぇさっきの黒い触手は出て来ないの!?」


 取り出したバッグを掲げて一瞬歓喜したセイ君だったが、すぐさま本来の目的を思い出し、宝箱の中に目を凝らしていく。

 しかし、コレと言って何かが起きる訳でもなく。

 全員揃ってため息を溢してしまった。

 が、それだけでは事態は終わってくれなかった。

 カリカリと木を引っ掻く様な音が、四方八方から聞えて来るのだ。


 「……え?」


 声を洩らしながら視線を上げてみれば、そこには先程まで戦っていたのと同種の魔獣達が。

 それこそ、僕達を取り囲むかのように集結している。

 不味い、絶対さっきの“インパクト”のせいだ。

 あまりにも大きな音を立て過ぎた為、周囲から集まって来てしまったのだろう。

 その数、数えるのも馬鹿らしいと思える程。

 周辺の木の上から、ギラギラした無数の目が此方を見下ろしていた。


 「こ、これ……本気で不味っ――」


 セイ君が震える声を洩らしたその瞬間、数多くの魔獣が飛び掛かって来る。

 駄目だ、これは終わった。

 拳を構えるも、どこか冷静になってしまった頭の片隅でそんな声が聞えた気がした。

 バグトラップを自分達から捜すなんて、やっぱり無謀だったのだ。

 ミナミさんに言われた通り、大人しく安全地帯で待っていれば良かった。

 今更過ぎる後悔の念が押し寄せる中。


 「全員、伏せなさい!」


 その声と同時に大量の矢が横から魔獣に襲い掛かり、撃ち漏らしに関しては。


 「“飛猿”如きが……」


 僕達の正面に飛び出して来た影が、ナイフと体術を使ってまとめて処理していく。

 更には物凄い速度でマガジンを交換し、未だ木の上に滞在している魔獣に向かってクロスボウを構えてから。


 「まとめて消し飛べ」


 再び乱射される短い矢。

 しかし今度の物は、敵に当たる度にズドンズドンと爆発を起こしているではないか。

 一匹も逃がすかとばかりにそこら中で爆発が起こり、火の手が上がる。

 僕達では対処出来なかった状況を、死を覚悟したこの事態を。

 ほんの数秒で片付けてしまった彼女は、ゆっくりと此方に振り返って来た。

 とてもとても、良い笑顔を浮かべて。


 「待っていて下さいと、申し上げた筈ですが?」


 「「ひ、ひぃぃっ!?」」


 僕達の教育係であるミナミさんが、ブチギレモードで微笑んでいたのであった。

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