第235話 バグトラップ


 「セイさん! 大丈夫ですか!?」


 「な、何とか……致命傷になりそうな所はちゃんと鎧があるし。滅茶苦茶痛いけど」


 皆警戒していたとはいえ、暗がりからいきなり撃たれたのだ。

 流石にコレは反応出来ない。

 そしてもっと言うなら……コレは非常に面倒くさい状況になって来たな。


 「だから言ってんだろ? 開錠に必要な道具を取りに行ってただけで、途中までのトラップ解除は俺等がやったって」


 「ふざけてんのかアンタら。箱を開ける前にその場から離れたなら、そりゃ諦めたって事だろうが。しかもトラップ解除は途中までやっただぁ? いくつも即死トラップが残ってたじゃねぇか、どう考えたってアンタ等は箱まで辿り着いてねぇ証拠だ」


 「はぁ? どこにそんなトラップがあるってんだよ?」


 「だからソレを俺らが解除したっつってんだろうが!」


 「あ~ぁ~これだからルーキーは。ありもしねぇトラップを主張して、他人様のお宝を横取りかよ。親の顔が見てみてぇもんだぁな坊~や」


 その後もゲラゲラと笑いながら、此方の話に一切取り合わない相手連中。

 しかしながら、こっちは先程まで派手にトラップ解除をしていたのだ。

 どう考えてもアレに気付かないとは考えづらい。

 詰まる話、コイツは俺等が全ての罠を解除するまで待っていたと考えるが自然だ。

 正真正銘横取り行為。

 俺らの様子を見て、武力行使も可能と考え姿を現したのだろう。

 これもまたダンジョンの恐ろしさ。

 人間同士がお宝一つで殺し合う様な事態が平然と発生する。

 だがダンジョン内となると、相手を殺した所で目撃者が居なければ死体は吸収されてしまうのだ。

 つまり、ウォーカー同士の潰し合いに発展した場合。

 目撃者を逃がさない為に、全滅まで相手を追い込む意思があると見て間違いない。

 更に言うならこういう事態だって“当たり前”なのがダンジョンだ、ミナミだってすぐには手を貸してくれる事は無いだろう。

 後ろでかなり殺気を放ってはいるが、こう言う事にいちいち手を出していてはキリが無い。

 俺達はミナミに介護されている訳じゃない、彼女はただのお目付け役なのだ。

 だから俺等だけで対応するしかない。

 むしろこの程度でも彼女に頼る様なら、ウォーカーなんぞ辞めろと言われてしまうだろう。

 死にたくないなら、怪我をしたくないなら、街中で仕事でも探せば良いだけなのだから。


 「適当な事ばっかり言ってんじゃねぇぞおっさん達。見た所頭の良さそうな顔してる奴が居ねぇな? なんだよ、トラップに手も足も出なくて解除出来る奴を何時間も待ってたのか? かぁ~良い大人がみっともねぇ。ハイエナ根性もそこまで行くとハイエナに失礼だな、害虫以外の何でもねぇや」


 「ったく、優しくしてやれば調子に乗りやがって。これだからガキは嫌いなんだよ。お前等は宝箱を諦めて、さっさと別の道を行けば見逃してるって言ってんのが分からねぇのか? ちっとばかし、上の人間を敬う態度の取り方ってもんを教えてやらねぇとかぁ?」


 「上等じゃねぇか、やってみろおっさん。コレはセイが必死に罠を解除した宝箱だ、テメェ等なんぞに渡すかよ」


 ギリッと奥歯を噛みしめながら槍を構えてみれば、相手は相手でクロスボウの引き金を引き絞った。

 ヘラヘラと笑いながら、大して狙いも定めずに。

 装備を見る限り、正面に立つ相手は近接戦の方が得意そうだ。

 だというのに、あんなものを手に持っている。

 多分、脅しの為の道具として使っているのだろう。

 だが知るか、ド素人が真正面から放った矢なんぞ怖くも何ともねぇ。

 生憎と俺等は、そう言う訓練をひたすらに受けているのだから。


 「……は?」


 「で? 次はどうすんだ? おっさん」


 剣槍を短く持った状態で、相手の放った矢を撃ち落としてみれば。

 相手からは非常に間抜けな声が返って来た。

 馬鹿かお前は、戦闘中に間抜けな顔を晒しやがって。

 “単体戦の矢っていうのは、ここぞと言う時に一撃必中で射るもの。そうじゃないなら連射あるのみ。それくらい出来ない様じゃ、弓やクロスボウなんて早々に仕舞ってナイフか何かを使う方が得策。一発防がれれば、全てが終わるからね”。

 というのが、悪食遠距離面々の教え。

 お陰でシロには格闘技かナイフでボコされた記憶の方が多い。

 つまりコイツは今、物凄く隙だらけって訳だ。

 だが敢えて攻撃せず、ちょいちょいっと中指を折って挑発してやった。

 正当防衛というには、既に条件が揃っているんだ。

 だったら後は、この場を喧嘩で納める手段を取るだけ。


 「もう一本撃ってみるか? 待っててやるから、早く次の矢を装填しろよ。ホラ、どうした先輩達よぉ? だが俺は全身鎧だ、んな小っこい矢じゃ相当狙わねぇと傷一つ付かねぇぞ? んな事もわかんねぇのか?」


 「く、クソガキがぁぁ!」


 彼の一言を風切りに、周りに集まっていた全員が武器を抜いた。

 全部で六人、結構多い。

 が、しかし。


 「引いてやる理由はねぇな。イース! ロザ! 行くぞ! セイとレインさんはそのまま治療! 参戦しろ!」


 「「了解!」」


 二人が武器を構えて隣に並び、此方も準備は整った。

 さてさて、そんじゃ先輩達と喧嘩しますか。

 と、相手にも思わせるくらいにヘイトを集めつつ、グッと槍を握りしめた瞬間。


 「ホーク! 中身回収! 撤退!」


 「セイでかした! 全員撤収! そらぁ!」


 こっちが注目を集めている間に、さっさとお宝を回収してくれたみたいだ。

 敵を前に完治するまで治療など出来る訳がない、俺の指示の意味をしっかりと読み取ってくれたみたいで助かった。

 相手の集団のど真ん中に槍を投げ込み、先程同様電撃を放つ。

 これで相手はしばらく動けない筈、多分。

 その隙に俺達はとんずらしてしまえば良い。

 こんな馬鹿共と殺し合っても、俺等には何の得もねぇってもんだ。


 「あ、あの! 槍は良いんですか!?」


 投げ込んだ槍が心配になったのか、レインさんがそんな声を上げて来るが。


 「気にせず走れ! 槍の一本や二本……なんて言ったらドワーフメンツに殺されちまうな。“リターン”!」


 手首に巻かれた腕輪に魔力を通し、そう叫んでみれば。

 先程投げつけた槍が勝手に此方に戻って来る。

 いやぁ、悪食ドワーフと魔女様が作る魔道具は本当に便利だ。

 これならいくら槍を投げても、無くす恐れがないのだから。

 という訳で無事槍も回収し、皆でその場から離れようとしていたのだが。


 「ひぃぃ! 何だコレ! おいお前等、何しやがった!?」


 背後からは怒号ではなく、何故か悲鳴が聞えて来るではないか。

 思わず足を止め、振り返ったその先には。

 先程の宝箱から何やら黒い影の様な物体がウネウネと触手を伸ばし、先程の相手六人を呑み込もうとしている御様子。

 しかも俺の攻撃のせいで、痺れてろくに抵抗出来ないと来たもんだ。


 「あぁくそっ! “バグトラップ”だ!」


 ソレはここ最近確認されたという、ダンジョンの新しいトラップ。

 宝箱に限らず、壁の隙間や落とし穴の中。

 様々な所から急に姿を現し、ウォーカーを引きずり込む。

 そしてその先へと連れていかれた人間は、どこか違う階層に放り出されるんだとか。

 即死トラップではない分、他よりマシなのかもしれないが。

 それでもダンジョンでの孤立、もしくは実力以上の階層に飛ばされるなんて本来あってはならない事。

 という訳で、癪ではあるが先程の宝箱に向かってもう一度槍をぶん投げてみれば。


 「嘘だろ!?」


 触手は攻撃した俺を敵視した様子を見せ、目にもとまらぬ速さで襲って来た。

 ウネウネと動き回り、人をからめとって暗闇に落とす存在。

 その行動をする筈だったソレが、やけに鋭利な形に姿を変え此方を反撃してきたのだ。

 予想外の事の連続で、思わず反応が遅れてしまった結果。

 右腕にざっくりと切り傷をもらってしまった。

 コイツ、鎧を貫通しやがった!


 「っ! クソがぁ!」


 「すぐ治療を!」


 レインさんが此方に駆け寄り、すぐさま治療を開始してくれたが。

 どうやら向こうの気は収まっていないらしく、再び触手が此方に向かって攻めて来る光景が視界に映る。

 これは、マジでヤバイ奴だ。


 「させません!」


 流石に手を出さずには居られなかったのか、俺達の前に現れたミナミがクロスボウを構え、“特殊装備”まで使って爆発を起こすが。

 その爆炎の向こうからは、再び物凄い速度で触手が伸びて来るのであった。


 「この程度であれば対処出来ない事は……なっ!? これは、スライム!?」


 ミナミがズガガッ! と音を立てながら矢を放つも、その全てが相手の体内に沈むかのように飲み込まれまるで意味を成していない。

 それどころか触手は彼女の事を無視して此方に接近し、俺とレインさんを捕食するかの如く飲み込んだ。


 「ガッ! ――ガポッ!」


 叫ぼうとしても、まるで水の中に居るみたいに声が出ない。

 更には俺達を呑み込んで、もう目的は達成したと言わんばかりに宝箱へと引き返していく触手。

 その際、俺達を守ろうとしてくれたミナミの横を猛スピードで通り過ぎ……。


 「ホーク様!」


 此方に手を伸ばす彼女を最後に、俺の意識は途切れてしまうのであった。


 ――――


 シンとした静けさだけが、その場に残っていた。

 相手方六人と、此方はホーク様とレインという少女が“バグトラップ”とかいう訳の分からない物に飲み込まれた。

 クソッ、相変わらず私は陰湿な悪意には非常に弱い。

 ご主人様方の頃は、悪意を向けられるにしても誰しも正面からぶつかって来たから。

 こんな事になるなら、相手が隠れていた事に気が付いた瞬間に片づけてしまうべきだった。

 例えそれが、教育の域を出る過保護な扱いだったとしても。

 ガリッと奥歯を噛みしめ、左腕に装着したクロスボウを畳んでから。


 「このまま一気に三層の安全地帯へと進みます、その場で皆様は待っていて下さい。戦闘は全て私が担当しますので、走る事だけに注力して下さい」


 正面を睨んだまま、先程の宝箱を蹴り開けてみたが。

 やはり今ではただの空箱。

 ダンジョンもしばらく見ない間に変わった物だと、思わず舌打ちを溢してしまった。


 「まさかミナミさん、一人でホーク達を追うつもり!? なら俺達も一緒に――」


 「駄目です。とにかく安全地帯で大人しくしていてください」


 「ミナミさんが強い事は知っていますけど、いくら何でも無茶ですよ! ホー君達が何階層に居るかも分からないんですよ!?」


 「違います、救助を求めます。なので皆様はココから一番近い安全地帯に留まって頂きます。数日位なら生き残れる保存食料は各自持って来ていますよね? 足りなければ私のバッグに入っている物を置いていきますから――」


 二人からの声に、そんな言葉を返していれば。

 急に胸倉を掴まれてしまった。


 「救助を求める!? 今この状況で、ダンジョン入り口まで戻るというのか!? 私はお嬢様を探しに行くぞ! 何日かかるかも分からない救援など待っていられるか! お前がどれだけ有能だろうが、戻るのにだって時間が――」


 「あぁぁ……面倒くさい」


 ロザと名乗る相手から怒号を頂いたが、思わず大きなため息が零れた。

 私だけなら、すぐさま行動が起こせるのに。

 悪食の面々だけなら、こんな感情になる事は無いのに。


 「ハッキリ言いますね、足手まといですから大人しくしていてください。私が入り口まで走り、ディアバードを飛ばす。その後は私一人で二人の探索に向かいます。その後救援が到着し、ダンジョンを攻略する勢いで探索する。それが一番早いんです。勝手に動くのは構いませんが、私の保護対象に貴女は含まれていない。やるなら一人でやって下さい、セイ様とイース様を巻き込む事は決して許しません」


 掴んで来た腕を捻り上げてみれば、彼女はギリッと奥歯を噛みしめながら抵抗してきた。

 が、弱い。

 私だってご主人様達に比べればまだまだなのだが、彼女は間違いなく私より弱い。

 であれば、勝手に動かれる方が迷惑だ。


 「分かりましたね? 私程度にも勝てない貴女は、足手まといです。ですから、次の安全地帯で待機して居なさい。そうすれば、助けが来ますから」


 「信用……出来るんだろうな!?」


 「それはもう、間違いなく。なんたって……」


 キッと瞳を細めてから彼女の腕を離し、コソコソと集まって来た魔獣をクロスボウで一掃した。

 弱い、弱すぎる。

 しかし深い階層ではどうなっているか分からない以上、安心など出来るはずがない。

 更に言うなら、相手の六人も一緒にバグトラップに飲み込まれたのだ。

 そちらを助けてやる義理などないが、彼等がホーク様達に再び牙を剥かないとは限らない。

 もはや一刻の猶予もないだろう。

 だからこそ、救援を求める相手は。


 「この国の英雄を、今からこのダンジョンに投入します」


 そう宣言してから、私達は走り出した。

 クロスボウを構え、迫りくる魔獣を端から片付けながら。


 「それって、勇者様って事!? いや普段門番やってるけど、流石に無理でしょ! 新人ウォーカーの為に動かせる人じゃないですよ!」


 「もしくは聖女様!? いやでも、二人共忙しそうだし。あとは……お母さん? いや、まぁ確かにすっ飛んできそうではあるけど……」


 イース様とセイ様の叫び声が背後から聞えて来る。

 更にそれだけでは収まらず。


 「おい! 誰を呼ぶ気なんだ!? 半端な奴らじゃ間に合わなくなるぞ!」


 ロザという少女も煩い声を上げて来るが、全て聞き流しながら正面の敵を殲滅していく。

 やがて下りの階段が見えてきた為。


 「皆様、良いですね? 安全地帯からは絶対に出ない様に、すぐに戻ります。その後救援が来ると同時に、私達の方でダンジョン最深部を目指しますので」


 皆を促して、階段の先へと進んでみれば。

 やはり誰しも納得はしていない御様子で。


 「だから、誰を呼ぼうとしているんだ!」


 彼女の言葉に大きなため息を溢した。

 時代は変わり、新たな国々と手を取り合い。

 人は増え、より豊かになったこの地ではあるが。

 やはりあの人達は、語り継がれない英雄譚を紡いでいるらしい。


 「言ったでしょう? この国の英雄ですよ。[  ]の英雄。無名であり、語り継がれない方々です」


 「お前は何を言って……もう良い! 私一人でも救助に――」


 「黙れ小娘。大人しく待っていろ、すぐに戻ると言っている」


 ピシャリと言い放てば、彼女は少しだけ怯えた視線を此方に向けて来た。

 よし、これですぐに飛び出す様な真似はしないだろう。

 そんな事をされてしまえば、お二人は間違いなく着いて行ってしまう。

 何たって仲間の危機であり、リーダーたるホーク様がトラップによって攫われてしまったのだから。

 本当に、コレだからダンジョンは……私の無能さにも嫌気がさすが、ダンジョンなんか嫌いだ。


 「では、行ってまいります。良い子でお留守番していて下さいね?」


 それだけ言って、今しがた走り抜けて来た道を全力で駆けた。

 速く、もっと速く。

 今だけは西田様にも負けないくらいに走り抜けろ。

 それくらいに切羽つまった状況な上、私は当時よく彼に着いてサポートに徹していたのだから。

 そして何より。


 「どうか、御無事で居て下さい。ホーク様……」


 バグトラップ。

 それは、最下層まで送られる事すらあるのだと言う。

 まるで私達が屍竜を相手した時と同じ様に、絶望的な状況に放り込んでくれるトラップだと言われているのだから。

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