第234話 ダンジョンの醍醐味


 来たぜ! 第三層!

 と、喜んでは居たのだが。


 「案外、普通?」


 「そう、だけど……たまに大きいのも出て来るらしいから、あんまりガンガン進まないでねホーク!?」


 ここに来てセイのビビリ癖が発動してしまった訳だが。

 まぁ確かに、注意しておいて損はないだろう。

 とはいえ、今の所危なげなく探索は進んでいる。


 「中型って言って良いのかどうなのか、狼なんかも混じって来たね。森に居る奴等より小さいけど」


 のんびりと声を上げるイースが、迫りくる魔獣をぶっ飛ばしていくが……そう、森に居る奴よりちっこいのだ。

 前に闇狼に齧られそうになったから、思わずコイツ等が出て来た時には警戒したが。

 しかしサイズも半分……とまではいかなくとも、非常に撃たれ弱い感じがする。

 とはいえ俊敏である事は変わりないので、気を抜く訳には行かないのは確か。


 「私としては、的がデカくなった分狙いやすいな」


 ロザの方はむしろ戦いやすくなったようで、先程からバスンバスンと矢を放っていた。

 いやほんと、後衛が居るってのは非常に安心感があるな。

 などと思ってチラッと後ろを振り返ってみれば。


 「っ! あぶねぇ! レインさん伏せて!」


 「え? って、なんで私に向かって槍を……きゃぁぁ!」


 「お嬢様!?」


 とんでない悲鳴が響き渡る中、後方に向けて槍をぶん投げた。

 此方の動きに驚いたのか、彼女は頭を抑えて蹲った訳だが。


 「お見事ですホーク様、良く気が付きましたね」


 ミナミだけは、パチパチと小さく拍手を送ってくれた。

 たくもぉ……俺が気付かなかったら、ギリギリで手は貸してくれるつもりだったのだろうが。

 それでも、心臓に悪いというもの。


 「いや、え? 何で後ろから闇狼が……」


 「お嬢様、ご無事ですか!?」


 慌てる二人の背後には、俺の槍がぶっ刺さった狼が一体転がっている。

 結構危ない所まで接近されていたので、思わず槍投げで対応してしまったが。


 「わり、驚かせちまって。でもなんで後ろから……全部狩って来た筈なのに」


 コレで迷路の様なダンジョンだったのなら、まだ話は分かる。

 しかしながら、今の所一本道だったのだ。

 まだ三層に入ったばっかりだし。

 岩陰の脇道を見落とした、なんて事も無い筈。

 そういうのは徹底的にミナミに教わったし、普段から周囲の確認は気を付けているつもりだった。

 だというのに、何故。


 「ダンジョンは階層を進むごとに魔獣や魔物を生み出すペースが早まります。ご主人様方はコレを“リポップ”と呼んでいましたが。まぁ早い話、私達が通る前に狩られた魔獣の追加が、私達が通った後に発生したって事ですね」


 「あ、そっか。ダンジョンに潜ってるのは俺等だけじゃないし、そう言う事も普通に起こるのか……」


 という事はつまり、いくら気を付けて先へ進もうが全てを把握する事は出来ない。

 常に前だけを警戒していれば、先程の様に後ろからガブッとやられる事をあると言う訳だ。


 「え、待ってミナミ。それってもしかして、後衛だからってずっと後ろに配置しておくと不味いって事だよね?」


 「はい、正解です」


 「つまりダンジョン内では、前後なんてものは無い。常に周囲全てを警戒しないと……」


 「道があろうとなかろうと、常に警戒する必要がある森の中だと思ってください。その方が、皆様にとっては分かりやすいでしょう?」


 これはまた、えらい事になって来たな。

 そうすると正直今の人数でも心もとない。

 回復役と狙撃手を中央に配置して、俺達は二人を守る様な陣形を取る必要がある。

 が、今度は一人で対応しないといけない幅が広がってしまい、抜けられる可能性が出て来る。

 うぉぉ、マジか。

 俺等三人だけならいつも通り全体警戒で、とりあえず自らを守りつつ協力すれば良いだけ。

 しかしココに後衛が加わったとすれば、ガードしないといけない責任が出て来る訳だ。

 一対多の戦闘は当たり前として、援護のロザにかなり頑張って貰わないと手が足りないぞこりゃ。


 「ホー君、正面終わったよ。後ろ大丈夫だった?」


 「ヤバイってダンジョン。これもっと人増やして集団で来ないと攻略とか無理だった!」


 正面を任せていた二人が戻ってきて、やんややんやと騒がしくなっていく。

 さて、本当にどうしたものか。

 セイの言う通り、確かに前衛メンツがもう少し欲しい気がする。

 でもまだまだ駆け出しの俺達。

 誰かに協力を仰ぐにしても、こんな所に足を踏みこむ以上信用出来る相手じゃないと不味い。

 更には相手の実力もハッキリさせてからじゃないと、とてもじゃないが背中は任せられないだろう。

 ということで。


 「ちょっと試しながら進んでみよう。イースが先頭、セイは後方を警戒しつつ最後尾。後衛二人は中央、ロザは戦闘が始まったら前後どちらにも援護射撃出来る様に準備。各自相手を確認しても、すぐに向かおうとせず出来る限り詳細を報告って感じかな?」


 「あ、あの! 私は何をすれば……」


 「レインさんは緊急時すぐに治療出来る様準備は当然として、戦闘が始まった後は戦況の観察と報告をよろしく。それも出来る限り細かく。前後からいっぺんに襲われた場合、視線を向けられない可能性が高いんで」


 なんて、一息に提案してみた訳だが。

 一応は全員が頷いてくれた。

 今から仲間を増やして~なんて事は出来ないので、今日の所はこれで進んでみよう。

 どうせ三層までしか立ち入りを許されていないのだ、であればこの階層を調べ終わったら後は帰るだけ。

 ならば今回出来る事は、今回の内に試してしまいたい。


 「それで? ホー君はどの辺りに居るの?」


 イースの言葉に、ふぅと息を吐いてから気合いを入れ直した。

 だって、俺が入るべきポジションは。


 「中央、後衛のすぐ近くだ。皆から報告を貰ったら随時指示を出す。あとは前後の戦闘に参加出来る様、常に動き回る感じ。マジで同時に攻められない限りは、基本的に前衛二人と後衛一人の形を取ろう」


 「うわ、それ大丈夫? ホーク一番疲れるポジションになっちゃうけど」


 セイから心配そうなお声を頂いたが、こういう時に周りを不安にさせる様なのはリーダー失格ってもんだろう。

 なので、ニッと口元を吊り上げて笑ってやった。


 「一応これでもリーダーとして登録されてるからな。任せとけってんだ、動き回るのなんかいつもの事だろ? それに槍投げも得意だから、ずっと走り回る程じゃねぇよ」


 カッカッカと高笑いを浮かべてみせれば、二人からはやれやれと苦笑いを貰い、女性陣からはポカンとした表情を向けられてしまった。

 お嬢様方には、こういう男の適当なノリってのはあまり合わなかっただろうか?

 などと少しだけ不安になってしまったのだが。


 「ホークさんがリーダーな理由、何となく分かって来た気がします」


 レインさんから、随分と柔らかい笑みを向けられてしまった。

 流石貴族のお嬢様、笑顔の破壊力が凄い。

 思わず視線を逸らしながらポリポリと頬を掻き、「どうも」なんておかしな声を返してしまう。


 「ま、何はともあれソレで行ってみようか。問題があれば随時変更してみれば良いし」


 「ホーク! 後ろから来た場合はすぐ援護入ってね!? 俺一人とか絶対無理だからね!?」


 いつもの二人から何とも両極端なご意見を頂きながらも、とりあえず俺達は歩き出した。

 さてさて、今回の終着地点である三階層。

 出来れば次の安全地帯までは踏み込んでおきたい所だ。


 ――――


 それからしばらく進んでみれば、今の所問題なく探索は進んでいた。

 度々セイが悲鳴を上げたが、それでもロザの援護もあり、一応俺も駆け付ける状態で今の所怪我人は無し。

 あっちに行ったりこっちに行ったりで息が切れて来れば、レインさんが回復魔術を施してくれる。

 が、しかし。


 「いよいよ迷宮っぽくなって来たな……」


 至る所で道は枝分れし、マッピングしながら進まないと帰り道さえ分からなくなりそうだ。

 こちらはレインさんに担当してもらい、俺達は戦闘に集中出来ている状態。

 とはいえやはり、そこら中に影が落ちるダンジョン内では緊張の連続。

 ただ歩いているだけだと言うのに、ゴリゴリと集中力を奪われていくかの様だ。

 まだ安全地帯には到着していないが、そろそろ休憩の一つでも挟むべきかと考え始めた頃。


 「ホー君、左の脇道、宝箱発見。他の道とも繋がった場所にポツンって置いてある」


 イースの言葉を聞き、そちらに視線を向けてみれば。

 確かに、ある。

 ダンジョンでは所々に宝箱が出現する。

 俺達人間を誘き寄せる為の餌、と言われているらしいが。

 だが俺達が求めているのもまた事実。

 あぁいった物から、マジックバッグなどの貴重な物品が登場するのだから。

 という訳で。


 「イース、周囲を警戒。セイは俺と一緒に来てくれ。トラップが無いか調べる」


 「「了解」」


 という訳で前後のメンバーを入れ替え、俺とセイで宝箱に向かってゆっくり進んでいく。

 今の所周囲にトラップらしきものは確認出来ないが……果たして。


 「セイ、宝箱に向かって魔法。軽い奴な」


 「了解、問題無さそうだったら一気に開錠までやっちゃうね」


 「あぁ、頼む」


 彼の専門は斥候。

 偵察や観察はお手の物な上、使う武器はナイフ系の小物。

 そして、流石は魔女と斥候の息子と言えば良いのか。

 徹底的に魔術は教わっているし、細かい調薬や鍵開けなんかの技術も叩き込まれたらしい。


 「“ウォーターボール”」


 かなり簡略化した詠唱を紡いだセイの掌から、水の弾が発射され良い勢いで宝箱にぶつかった。

 バシャッと音がして水の弾が弾けた瞬間。

 宝箱の周囲に魔法陣が出現し、ゴォッ! と派手な音を立てて炎が噴射する。

 見事なまでのトラップ。

 気付かずに触れていれば、今頃丸焼きになっていた事だろう。


 「触れた時のトラップは解除したよ」


 「うしっ、んじゃ次は近づいた時のトラップがあるかどうかだな」


 宝箱の周囲、またはそのモノに設置されている罠は一つとは限らない。

 先程のが目くらましで、実はもう一つ二つ……または宝箱自体がトラップだった、なんて話だってあるくらいだ。

 最後まで気は抜かず、目の前に向かって槍を放り投げた。

 ガランッと音を立てて地面に転がる俺の剣槍。

 かなり重量があるので、衝撃系のトラップだったらコレで反応する筈。

 とか思っていると。


 「どわぁっ!?」


 壁からいきなり棘の様に尖った岩が飛び出して来て、反対側の通路にぶつかった瞬間にボロボロと崩れていく。

 ひ、ひぃぃ……話には聞いた事はあったが、実物を見ると滅茶苦茶おっかねぇ。

 こんなのに横から突かれたら、マジで風穴が開くぞ。


 「さ、最近はトラップもエグイくなって来たって話も聞いてたけど……三階層でコレかよ」


 「いや、三階層でコレだけ厳重なのは聞いた事ない。もしかしたら、良いモノが入ってるかもしれないね」


 普段よりずっと真剣な表情を浮かべたセイが、少しずつ足を進めていく。

 魔獣相手にはヒーヒー言ってるくせに、こういう所では人一倍勇気があるらしい。

 まぁアイツの目的は魔道具、つまりお目当ての物が目の前にあるかもしれないのだ。

 だったら、本気にもなるってもんだろう。


 「もう一回槍を転がすか? スペアならまだあるぞ」


 「ううん、一度雷系の魔法を付与した槍を投げてもらって良い? 周囲全体に届くくらい本気で。他のトラップがあれば、もしかしたら魔力に反応して可視化出来るかもしれない」


 「あいよぉ」


 そんな訳で、俺の得意な雷系統の魔術を槍に付与してから、思い切り宝箱の隣にぶち込んだ。

 結果。


 「見つけた、後一個だけトラップがある。それにこれだけの攻撃を受けてもピクリとも動かないから、宝箱モドキミミックって事は無い筈」


 「さっすが魔女様の息子、解除できそうか?」


 「問題ない。けど、魔法陣から見るに少し時間掛かるかも」


 へぇ? なんて感想を残した瞬間。

 セイが何やら氷魔術を行使したらしく、地面から生えた氷柱がチョイッと宝箱の蓋に触れた。

 触った時のトラップは解除したけども、“開けようとする動作”も予め試しておこうって訳だな。

 すると、残る魔法陣からは何やら煙が噴き出し始め。


 「毒か?」


 「多分ね、一応口を塞いでおいて。そこまで強力な魔術って訳じゃないから、大して広がらないと思うけど。魔術が終われば無毒化する、身体に入らなければ大丈夫だよ」


 という事で近くに居た俺達は布で口を押え、後ろに居た皆は静かに此方を見つめている。

 しばらく待ってみれば徐々に煙は引いていき、やがて変哲もないダンジョンの光景が見えて来た。

 これでトラップは全部解除したって事で良いのかな?


 「セイ」


 「任せて」


 再び静かに足を進め始めたセイが、周囲を警戒しながら宝箱へと近付き。

 やっとの思いで、その蓋に触れた。

 その瞬間、全員揃って大きなため息が零れる。

 どうやらやはり鍵が掛かっているらしく、セイだけは真剣な雰囲気を保ったまま開錠作業を始めた様だが。


 「っはぁぁぁ……コレでスカだったらマジで勘弁だぜ」


 「お疲れ、二人共。でもやっぱり二人は魔術の才能あって良いね、流石だよ。僕は物凄く大雑把にしか使えないから」


 近付いて来たイースが、そんな事を言いながら俺の肩を叩いた。

 女性陣は随分と驚いた顔を浮かべながら、未だセイに視線を送っているが……って、ちょっと待った。

 何でミナミまで驚いた顔をしてるんだ。


 「イースは身体系魔法の適性がびっくりするくらいあんだから良いじゃんか。ていうかミナミ、どしたの? 何か変な所あった?」


 声を掛けてみれば、彼女はビクッと反応した後まん丸の瞳を此方に向け。


 「ダンジョンにミミック以外の宝箱ってあるんですね……」


 「何を言ってんの? マジで」


 訳の分からない御言葉を残すミナミに呆れた視線を向けていたが。


 「ずぁっ!? いってぇぇ!」


 正面から、セイの悲鳴が聞えて来た。

 まさかまだトラップが!? なんて思って視線を戻してみれば、彼の腕には矢が突き刺さっているではないか。

 間違いなく人為的な攻撃、つまり俺達以外のウォーカーが乱入して来たって事だ。


 「セイ! 大丈夫か!?」


 全員で駆け寄って、傷みに歯を食いしばるセイを抱き起した。

 コイツは斥候だから所々装備が薄い。

 そこを狙われたのか、それとも運悪く攻撃がそこに当たってしまったのかは分からないが。


 「レインさん治療! セイ、矢を引っこ抜くぞ!」


 「出来ればなるべく痛くない感じで……だぁぁぁっ! いってぇぇ!」


 彼の腕から矢を引っこ抜き、レインさんに後の治療を任せた瞬間。

 襲撃者は、俺達が来た方向とは逆の通路から姿を現した。


 「よぉ、見た感じルーキーの集まりか? 若ぇのが多いな。悪ぃんだけどよ、ソレ俺らが目を付けた宝箱な訳よ。横取りは関心しねぇなぁ、だろぉ?」


 「……はぁ? 何言ってんだクソヤロウが」


 ヘラヘラと笑うウォーカー達が、俺達に向かってクロスボウを構えているのであった。

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