第232話 パーティバランス
「あのさ、ダンジョンで人を助けるって行為。やっぱあんまり良くないのかな? 助けるにしても、最初に声を掛けるべきなんかな?」
「はぁ? 急にどうしたホーク。前回の事か?」
稽古中にそんな話をしてみれば、親父は呆れた様にため息を溢しながら槍を肩に担いだ。
「ぶわぁぁぁか。想像してみろ、明らかにピンチって状態なのに隣から“あの……助けとか要りますか?”とか聞いてみ? 集中力も削がれるし、そもそも見て分んねぇのかって言いたくならないか? 外野が余裕面で声掛けて来た所を想像してみろ、ムカつくだろ」
「た、確かに……」
「だったら取り合えず手を貸して、その後相手が我儘だったら“へーへーそうですか”つって離れりゃ良いんだよ。いいか? ヤバそうなら助ける事に躊躇なんぞするな。相手が死んでからじゃ、それが正しかったのか間違ってたのかすら聞けねぇんだからな?」
そう言うモノなんだろうか?
結局その後問題になったり、色々といざこざが起きたりするからこそ、他所のパーティには手出し不要みたいな決まりだってあるくらいだし。
そんな事を思いながら、親父の事を見上げてみると。
「理解してねぇって面だな。よし、実戦してみよう」
良く分からん事を言いながら、親父は二本槍を構えながら深く腰を落した。
待て待て待て、明らかに本気。
いつも以上にヤバイ感じに構えてるって。
「ホーク、今日何が喰いたい? 作ってやる、十秒以内に答えろ」
「はぁ!? ちょ、まっ、無理!」
二本槍を振り回しながら、親父が突進して来た。
最初の質問すら聞き逃す勢いで、もはや防御に徹する他無い。
「十秒経ったぞ、答えろ。どうした? 今日の晩飯は要らないのか?」
「無理無理! この状況じゃ何も考えられないって!」
必死に槍を振り回しながら防衛していれば、鬼の様に攻めて来た親父はカカッと軽い笑い声を上げながら俺の槍を撃ち落とした。
手放してしまった以上、試合終了。
俺の負けだ。
「要は、今の状態で傍から声を掛けられる訳だ。答えられる余裕、あったか? 声を掛けて来た奴を確認して、助けを乞うかどうか考えられるか?」
「無理、絶対無理。助けてくれって叫ぶ暇もない」
「だから、不味いと思ったら助けりゃ良いんだよ。お前は間違ってねぇ」
それだけ言って、親父は槍を担ぎながらホームへと帰って行くのであった。
結局、晩飯は何になるのだろう?
――――
「はぁぁぁ……」
ギルドに向かいながら大きなため息を溢してみれば、両脇を歩く二人から肩に手を置かれてしまった。
「そう落ち込まなくても良いじゃんホー君。別に怒られた訳でも、落胆された訳でもないんだから」
「そうそう、お父さん達も皆言ってたじゃん。“最初はそんなもんなんじゃねぇの? 知らんけど”って」
ちなみにその発言を言い放ったのはセイの父ちゃん、ニシダさんな訳だが。
知らんけどって……まぁ本人達は初のダンジョンアタックで攻略して来たらしいからね、知らないよね。
その情報も、ミナミから聞き出すまで皆教えてくれなかったけど。
「あぁぁぁ、もう。だって俺等ダンジョンダンジョン言い続けて、何とか許可もぎ取ったんだぜ? なのにこの戦果……普通にダサくね?」
「まぁ、確かに……でもホラッ! 僕の父さんとキタヤマさんは“ずいぶん稼いだな”って褒めてくれたし!」
「売り物にするなら、もっと腕を上げろって俺は言われちゃったけどねぇ……ナハハ」
今度はセイがダメージを喰らったらしく、思い切り視線を逸らしていた。
まぁ、そう言う事だ。
攻略速度としても、潜った深さとしても。
更には俺等が金稼ぎの為にやった飯作りさえ全て中途半端。
あぁもう、これならダンジョンを知ると言う意味でもベテランウォーカーにでも付いて行けばよかった。
なんて事を思って改めてため息を溢していれば。
「お、ガキ共。初ダンジョンは二層までだったって話だな?」
ギルドに入る前だと言うのに、ベテランの方から声を掛けられてしまった。
ガッハッハッハと笑いながら肩を掴まれ、ガシガシと左右に揺さぶられる。
この人もまた、親父達の友人のウォーカー。
「カイルさん……勘弁して下さいよ。これじゃ俺等笑い者です」
「いんや? むしろ良く“様子見”程度で帰って来たと感心したよ。今日もダンジョンか? どうだ、俺等と一緒に行ってみるか? 普段はあまり、ダンジョンは行かねぇけど」
「ランクが天と地程違うんですけどぉ」
“戦風”を名乗る、大剣使いのカイルさん率いるパーティ。
非常にバランスが良いらしく、クランなどを作る事なく四人で名を上げ続ける強者。
絶対親父達、この人達から戦技とか戦術を教わったんだろ。
言っては悪いが、今はウォーカー活動の第一線から退いている親父達を見るとそう思ってしまう。
ウチの国の代表ウォーカーとも言って良い様な、目立つ上に強いパーティ。
それが、彼ら戦風だ。
歳も歳だから、そろそろ引退も考えているなんて話も聞いたが。
今の所その心配はなさそう。
「むしろカイルさんが普段ダンジョンに潜らないのが不思議ですよ。戦風なら平然とダンジョンボスだって狩って来られそうなのに」
「ぶわぁぁか、ダンジョンってのはそんな甘い所じゃねぇって事だ。それに俺等だってたまには潜ってるんだぜ?」
なんて会話をしている内に、ギルドに到着。
肩を組まれたまま両開きの扉を開け放ってみれば、周囲からは音が消える。
現状は戦風を連れているのだから、当然とも言える反応かも知れないが。
などと、思っていたのに。
「カイル! 遅ぇぞ! いつまで待たせる気だ!」
「あぁ、今日は合同の日だったか? つかお前が早いんだよガァラ。いつから待ってたんだよ、鶏じゃねぇんだから」
えらく緩い言葉を溢しながら、カイルさんが視線を向ける先には。
クラン“獣王”。
まさにと言わんばかりの獣人メンツが、額に皺を寄せながらテーブルを一つ占拠していた。
彼らもまた、ウチのギルドでは目立っている面々。
獣人ばかりで荒っぽい雰囲気が非常に強い上、リーダーのガァラさんの顔面が普通に怖い。
が、しかし。
「どもぉ~お久し振りです。ガァラさん」
「……ホークか? あと、セイにイース! ソレにミナミまで居るじゃねぇか! もうウォーカーになれる歳か! 早ぇもんだな!」
急にニカッと顔を緩めたライオンさんが、ドスドスと此方に迫って来て俺らの頭をワシャワシャと撫で始めた。
掌がでけぇ、物凄くでけぇ。
流石は片手で大剣を振り回している様な人、力強さがそこらの奴らとは桁違いだ。
ミナミだけは、その掌をスッと躱していたが。
「この脳筋、さっさと仕事に行って下さい。我々はこれからダンジョンに向かわなければいけないのですから」
「おぉ!? ダンジョンか! 俺等もあんまり行った事ねぇな。魔石しか残られねぇって話だから敬遠してたが、ちびっ子たちが行くなら同行するか? クラン“獣王”の全員を連れて行けば、攻略くらい出来るんじゃねぇか?」
「止めなさいライオン丸、ただでさえ貴方の所はまた人が増えたんですから。何人がかりでダンジョンアタックを掛けるつもりですか、変な混乱を起こさないで下さい」
えらく馴染んだ様子でミナミが声を返せば、相手はカッカッカと楽しげな笑い声を上げながら両手を上げている。
「おぉ~おっかねぇ。流石は“竜ごろ――」
「ガァラ、それ以上は許しません」
「おっと、こりゃ失礼。俺は一度お前に負けてるからな、歯向かったりはしねぇよ」
良い勢いで迫って来た筈の獣王のリーダーが、すごすごと下がって行くではないか。
なんかおかしな単語が中途半端に聞えて気がするけど、ミナミマジで何者?
なんて、親父の奴隷に呆れた視線を向けていた所で。
「あ、あのっ! お待ちしておりました!」
今度はまた別の方向から、新しい声が掛けられてしまうのであった。
よく人に会う日だ、何て言う言葉はこういう時の為に有るのだろう。
「えっと、その。とても不躾なお願いだとは理解しているのですが……私達と、パーティを組んでは頂けないでしょうか!? 色々ご教授願えればと思いまして……どうかよろしくお願いいたします!」
振り向いた視線の先には、先日のお嬢様が耳まで真っ赤にしながら頭を下げ、掌を此方に差し出している光景。
更にその後ろでは、黒い方の護衛? のお姉さんが更に深い角度で頭を下げていた。
うわ、すごっ!? 身体柔らかっ!?
とか思ってしまう程に腰を折っているが、アレは些か角度が付きすぎな気がするんだが。
「あぁ~その、お邪魔だったみたいだな? 俺等はガァラ達と一緒に森に出るからよ、楽しんで来い。あ、でも無理するんじゃねぇぞ?」
「ここ数年で俺も学んだ。こういう時に手を貸してやるのは無粋なんだよな? 行ってこいちびっ子ども、格好良い所見せて来るんだぞ?」
そんな台詞を残しながら、カイルさんとガァラさんがそそくさと姿を消してしまった。
待って、お願い待って?
むしろ熟練冒険者に、こういう状況の対処方を教えてもらいたいところだったのだが。
「どうします? ホーク様。正直、美味しい話だとは思いますけど。回復術師と遠距離の攻撃手段が手に入るのは」
「あ、はい……」
残るベテランとして、ミナミからはそんなお声を頂いてしまう始末。
そして、仲間たちに視線を向けてみれば。
「あぁ~ここは、ホラ。ホー君がリーダーだし」
「俺達は、リーダーの決断に従いますよぉ~? ね、もう、そりゃ」
二人は、非常に情けない台詞を残していた。
完全に俺に判断投げてやがる、もはや考えるつもりさえない様だ。
思わず大きな、それはもう大きなため息を溢しながら。
「まぁ、その。全く実力を見てない面子と組むよりかは安全か……でも、とりあえず臨時だからな!?」
そんな言葉を言い放ち、顔を背けながらカウンターへと向かうのであった。
待ち受けているのは、イースのお母さん。
やけにニヤニヤとした表情で、一枚の用紙をヒラヒラと揺らしているではないか。
「はぁ~い、リーダーさん。臨時のパーティ申請用紙でーす。そっちの可愛いお二人の名前もご記入くださぁい」
「アイリさん……えっとですね」
「昨日聞いたから、大体察してるって。ホレ、書いた書いた」
そんな訳で、必要書類に文字を連ねていくのであった。
雰囲気に呑まれて組んじゃったけど……大丈夫かなコレ。
――――
「ほえぇ……前は見られなかったけど、ロザさんの遠距離攻撃すっげ。威力もそうだけど、精度が半端じゃない」
「一応こっちの方が得意なんだが、どうだ? 私で役に立てそうか?」
ダンジョンに入ってまずやった事、ソレは新規二人の実力を確かめる事。
一層だとかなり人がいる為、二層まで一気に足を進めてから試している訳だが。
とにかく、凄かった。
えらくデカいクロスボウ背負ってんなぁとは思っていたが、見た目同様威力も派手な御様子で。
しかも小さな鼠すらも平気で撃ち抜く程に精度が良い。
とはいえやはり、連射には向いてない様だが。
ミナミとどっちが上手いんだろう? なんて事を思って視線を向けてみれば。
「クロスボウは飛距離によって使い方が変わってきますから。長距離であれば恐らく彼女の方が正確ですよ。どちらかというと、白さんの矢と比べた方が良いと思います」
な、なるほど?
しかし比べるのがシロとなると……どうなんだ?
両者ともかなり正確に撃ち抜いている様に見えるが、シロの場合連射してもヤバイ精度なのだ。
更には魔法も絡めて来る。
その場合は“超”長距離でも平然と撃ち抜く程。
まだロザさんの実力全てを見た訳では無いが、間違いなくシロなら二層を余裕な顔でソロでもクリアする筈。
例え守る相手が居ても、攻撃手段がナイフだけになろうとも。
そう考えると、俺等の周りの人間ってやっぱヤバイ。
「わ、私も何かお見せできれば良いのですが……治療と補助が専門なので……」
もう片方の後衛は、物凄く肩身が狭そうな雰囲気で付いて来ていた。
見ただけでもお嬢様ってのが分かる、レインさん。
本日は香水の類は付けていないのか、妙に柔らかい匂いもしないので一安心。
「怪我した時に頼られるのがヒーラーっすから。適材適所って事で」
「は、はい……あ、でも! 一応初級魔法くらいなら大体使えます! あとは詠唱に時間が掛かっても良いなら、光魔法をちょっとだけ……」
ほほぉ、流石は貴族の娘さん。
庶民であれば適性がある魔術を選んで習うのが普通だが、金に余裕がある家では一通り教わる何て事もあったりするのだ。
もちろん適性がある者と比べれば、本当に最低限の事が出来る、程度にはなってしまうが。
だがその最低限ってのが大事で、火を熾す際、水が欲しい時、光が欲しい時などなど。
その僅かな違いが決定的な差を生む事は普通にある。
ちなみに近くに魔術講師が居るという事で、俺等は徹底的に叩き込まれたが。
「んじゃ今度はその光魔法を見せて貰おうかな、って言いたい所だけど……周りに人がいる状態で光魔法はちょっと」
「ですよねぇ……」
俺の一言により、再びしょんぼりと肩を落としてしまったお嬢様。
ダンジョンの浅い層は基本的に洞窟というか、洞穴というか。
そんな薄暗い場所で突然ピカーッ! とやってしまうと、色々問題があるのだ。
偶然通りかかったウォーカーがソレを見てしまったら、戦闘中の誰かがその光を瞳に焼き付けてしまったら。
そう考えると、周りに影響があり過ぎて人の多い所では使えない。
「さてと、どうするホーク。ロザさんの実力も見られたし、今の内に連携練習しておく?」
「僕達全員が前で、新規加入の二人が後ろから援護。いやぁ何とも、ちゃんとパーティっぽくなって来たねぇ」
セイとイースの二人が、そんな事を言いながら身体を伸ばし始めた。
まぁ確かに、ロザさんの腕前がココまで凄いと分かれば、安心して後ろを任せる事が出来るだろう。
だったら向こうにも安心して狙撃だけをしてくれれば良い、という信頼を持ってもらわなければ。
「うっし、んじゃちょっとだけ派手に戦闘して慣らそうか。どうせまだ二層だ、お前等ヘマすんじゃねぇぞ?」
「「あいあーい」」
二人からお返事を頂き、俺のバッグから小さな麻袋一つ取り出した。
「ホーク、ソレは?」
ロザさんが首を傾げながら此方を覗き込んで来るが……ま、説明するより使った方が早いだろ。
という訳で、袋を開けてちょっとだけ離れた所へと投げつけた。
袋からは赤い粉末が溢れ出し、周囲に広がっていく。
すると。
「あ、あのホークさん? 何か、私の気のせいですか? 周囲から集まって来て居る様な気がするんですが……足音が、その。ドドドッて」
レインさんも不安そうな声を上げているが、結局二層に居るのは小物ばかり。
量も調整したし、そこまで大した事にはならないだろう。
「んじゃ、今から連携の練習って事で。基本俺が囮役、セイがかく乱、イースは端から数を減らす。ロザさんは出来る限り遠くの敵から排除、緊急時には各々の援護。レインさんは基本的に補助バフをお願いします。ミナミは……どうせ手伝ってくれないんだろ?」
「いざという時には手を貸してあげますから、安心して戦ってください」
クスクスと余裕の笑みを浮かべるミナミにベーっと舌を出してから、俺達は正面に向き直った。
「うっしゃぁ! 行くぞお前等! 今回は手を貸してくれる後衛付きだ! この階層で戦い方慣れて、さっさと三層へ突撃だ!」
「「了解っ!」」
「えぇと、とにかく援護すれば良いんだな?」
「が、頑張ります! それで、何を投げたんですか?」
そんな訳で、臨時パーティによる総戦力戦が始まった。
“あんなもの”を使ってしまったのだ。
俺等だって気合いを入れて真剣にやらなければ、平然と齧られる事だろう。
但しこの階層に居るのは小物なので、どうにでもなりそうだが。
「森で採れるちょっと珍しいハーブを粉末にしたヤツですかね。生えてるだけなら何の効果も無いですが、すり潰すと魔獣に対して興奮薬になるというか、集めちまうっていうか」
「ちょっとぉ!? 何を投げているんですか!」
「罠とかにはめっちゃ都合が良いんですよ?」
レインさんから悲鳴の様なお声を頂いてしまったが、既に通路の奥からは多くの魔獣が迫って来ていた。
いよし、やるか。
「先制攻撃! 雷使って槍投げ行くぞ! セイ! 合わせろ!」
「あぁぁもう! 呼び込むにしても数多すぎない!? ホーク絶対粉末の量間違えたでしょ!?」
セイから御叱りを受けながらも、俺は魔術を付与した槍を思い切り投げつけるのであった。
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