第231話 どんな言葉を紡ごうとも


 「あの、本当に助かりました……すみません、お手を煩わせてしまって」


 「いえいえ……っていうかダンジョンだと、こういうの横取り行為になりかねないんで、あんまり良くないんですけど。大丈夫でしたかね?」


 二階層の“安全地帯”に踏み込んでからというもの、俺等とそう歳の変わらなそうなお嬢さんにひたすらペコペコされていた。

 どうやら彼女はヒーラーらしく、直接戦闘には参加できないとの事。

 見た目的にも、金髪碧眼のお嬢様って感じだもんな……確かに戦闘とかは出来なそうだ。

 そんでもって前衛で頑張っていたお姉さん……とはいっても、二十歳に行ってるかどうかってくらいだろうか?

 そっちの彼女は、ジッと鋭い視線で此方を観察している。

 黒髪長髪で赤目、ピシッとしている雰囲気。

 何か、雰囲気が戦闘中のミナミとかハツミさんみたいだ。

 パーティっていうより、護衛みたいな。


 「とりあえず、取り分を決めちゃいましょうか。最後の方は俺等で倒しましたけど、それ以上に魔石落ちてましたし。結構狩ってましたよね?」


 あの場に落ちていた魔石。

 その場で交渉したり、何匹狩ったから~みたいな話をしていたらまた魔獣に囲まれかねない。

 なので一旦全部麻袋に突っ込んで来た物を、座り込んで目の前にだばーっと出してみれば。


 「……意外だな」


 「はい?」


 此方をジッと睨んでいた黒い方の人が、ポツリとそんな声を上げた。

 何か、不味い事をやってしまっただろうか?

 どうしたもんかと仲間達に視線を向けてみるが、イースは分からんとばかりに首を振り、セイは完全にお姉さんビビっている様で。


 「これまでウォーカーに何度か声を掛けられたが、どいつもこいつも都合の良い言葉を並べて搾取しようとしてきたり。あろう事か身体を求めて来た奴等だって居たくらいだ。だからこそ、何が目的なのかと悩んでいたのだが……あまりにも、その、なんだ。普通の対応をされて困惑している」


 普通で悪ぅござんしたね!

 なんて言ってやりたかったが、流石に初対面の年上相手には言えない台詞だろう。

 でもそれくらい、俺は“普通”なので……あまりそう言われるのは好きではないのだ。

 イースみたいに強くないし、アイツ程度胸もない。

 セイみたいに魔法も上手い訳じゃない上、こっちもやる時にはやるというか……一度腹を決めると、ナイフ一本でどこまでも冷酷な戦い方をする。

 とにかく、二人みたいな特徴が俺には無いのだ。

 なので、普通って言われるのは何か嫌だ。


 「あぁ、すまない。気分を害してしまったか?」


 「べっつに……良いっすけど」


 ムスッとしながら適当に魔石を分けて、大体俺らが狩ったのこれくらい? という具合に二分割してみれば。


 「多く無いか?」


 「へ? あぁ、そうっすか。んじゃもうちょっとどうぞ」


 此方に持って来た魔石の更に半分を、相手の方へと寄せた。

 なんか、意外とがめついなこの人。

 こっちは救援に入ったのに。

 助けてもらった後で「別に助け何かいらなかった」とかいうタイプだろうか。

 まぁ俺等が勝手に助けに入っただけなので、そう言われたら全部渡す気では居るのだが。

 なんかこう、損した気分。

 という訳でこっちの魔石を麻袋に放り込んで、さっさと三階層に向かって歩き出してみれば。


 「あぁっ! えっと、ちょっと待ってください! “ロザ”が言ったのは、こちらの取り分が多いんじゃないのかって事です! 私達助けてもらった訳ですし、もっと少なくても大丈夫です!」


 もう一人の女の子が慌てて声を上げながら、去ろうとする俺の腕を掴んで来た。

 うわ、なんかすげぇ良い匂いするんだけど。

 思わず惚けそうになってしまったが、今の状況を思い出して逆に顔が引きつった。

 もしかして香水とか使ってるのか? だとしたら、相当不味いぞ。


 「あの、いくつか聞いて良いですか?」


 「え? あ、はい。どうぞ」


 ポカンとする彼女にため息を溢してから、スッと少しだけ兜ごと近づいた。

 相手からは短い悲鳴が上がり、黒い方のお姉さんは俺に向かってデカいクロスボウを構えて来たが。


 「……これって、やっぱり香水ですよね? 体臭でも良い匂いの人って居るんで、わかんなかったんですけど」


 「えぇと、はい……ダンジョンではお風呂に入れないから、その……気になってしまいまして」


 「だったら、今すぐ帰った方が良いですよ。ココに居るって事は、一応ウォーカー登録はしてあるんですよね?」


 ピシャリと言い放ってみれば、彼女はショックを受けた様な表情を此方に向けて来る。

 でも俺だって、意地悪で言っている訳では無いんだ。


 「妙に小さいのが寄って来てたなって感じましたけど、多分ソレのせいです。ここはダンジョンで、相手は魔獣。そんな香りを振り撒いてたら、何処に居ても敵は寄って来ますから」


 「それって、つまり……私のせいで、さっきの事態に陥ったって事ですか?」


 やけに顔を青くしながら、プルプルと震え始めた女の子。

 すると、必死で服の一部をゴシゴシと擦り始めたではないか。

 もしかして、匂いを落そうとしているのだろうか?


 「すまないが、そこまでにしてくれ。お嬢様はこういう事に慣れていないんだ。先程の私の発言で誤解を招き、気分を害したのなら謝罪する。だが、その……我々はウォーカーになってまだ数日で――」


 「それ、俺等も一緒なんですけど。あとお姉さん、多分対人戦の方が得意ですよね? 獣相手って、もしかして今回が初ですか? 主力になりそうなそっちのクロスボウを一切使ってませんけど……使えなかったんですよね? こんな薄暗い場所で、慣れない相手にそんな大型の武器。小さな獣相手に一対多の状況じゃ余計に。良くそれで、しかもたった二人でダンジョンに潜りましたね」


 「っ! ……返す言葉も無い」


 こちらもこちらで、悔しそうに視線を逸らしてしまった。

 俺は口が悪い、というか荒っぽいのは自覚しているんだが……気が立つと、どうしても更にこんな感じになってしまう。

 良くない癖というか、マジでガキかって自分でも思うのだが。

 どうしても直らないのだ。

 別に相手を責めている訳じゃないし、話を聞いてくれる雰囲気があったから指摘というか、注意したかっただけ。

 だというのに、こちらまで誤解を招く様な言い方をしてしまってはお互いに気まずくなるだけだ。

 案の定重い空気になってしまい、俺もまた視線を逸らしそうになったその時。


 「ラ~リアットォ!」


 イースの太い腕が俺の後頭部に直撃し、ビタンッとその場に倒れ込んだ。

 今は兜も被っているので、そこまでダメージがある訳ではないが。


 「おっまぇ……急に何!? どうしたのイース!?」


 「ホー君が兜も脱がないまま、ビシバシ相手に上からモノを言うからでしょ? 駄目だってば、そういう言い方は。ただでさえ勘違いされやすい言い回しするんだから、ちゃんと心配してますって言えば良いのに」


 にへへっと緩い笑みを浮かべるイースが、こちらに手を差し伸べて来た。

 お前によってブッ倒されたんですけどね、俺。

 まぁ、いつもの事だから良いけど。


 「え、えっとですね。ホークが言いたかったのは、特殊な匂いを放つ様な物品は危険だよって言うのと、そっちのお姉さんも獣に慣れてないならもっと小型の武器を使った方が良いですよって。もしくは人を増やすとか。あと、今回はもう危ないから一度戻った方が良いって事です! すみません、ウチのリーダー分かり難くて」


 セイがそんな事を言いながらペコペコと頭を下げているではないか。

 なんかこう、事細かに説明されると恥ずかしいんですけど。

 思わず頬を、というか兜をポリポリと搔きながら視線を逸らしていれば。


 「そう、なのか?」


 黒いお姉さんが、驚愕の表情を浮かべながら俺の前に回り込んで来たのでギュンッ! と反対側に顔を向けた。

 すると。


 「そうなんですか? 心配してくれたのですか?」


 こっちもこっちで、お嬢様スタイルの子が回り込んで来る。

 な、なんだこの二人。

 場慣れしていない所も妙だが、変に距離感が近い。

 ほんと、戦闘とは無縁の世界で生きて来た人達なんじゃ……。


 「ホーク様、私からも提案があります」


 困り果てた所で、我らがミナミ。

 彼女が手を上げながら声を掛けてくれた。

 きっとこの事態を綺麗にサクッとマルッと納めてくれるのだろう、なんて期待していたのだが。


 「一度我々も戻りましょう」


 「何故に!?」


 急におかしな発言が飛び出し、思わず突っ込んでしまった。

 だって俺等にはまだまだ余裕があるじゃないか。

 携帯食料くらいしか残ってないのは確かだが、そっちは量がある。

 三層を探索するくらいには体力も気力も有り余っているので、正直まだまだ余裕って感じでは有るのだが。


 「今この場で彼女達を放り出せば、皆様は間違いなく集中力を欠きます」


 「うっ……」


 確かに、そうかも。

 名前も知らない相手だから、どうなろうと知った事か。

 そう言いきれれば良かったのだが。


 「南の言う通り、ホークは特に気にしそうだ。無事に帰る事が出来たか、怪我はしなかったか。そんな事ばかり考えながら戦地に立つのは危険だよ? 一度この二人と戻ろう、どうせ急いで攻略する必要はないんだからね」


 ハツミさんからも、クスクスと笑われながら言われてしまった。

 ち、ちくしょう……俺らの初ダンジョンだって言うのに。

 この二人にこんな事を言われてしまえば、当然従う以外の選択肢などある筈も無く。


 「イース、セイ……ごめん。今回はココまでっぽい」


 友人二人に頭を下げてみれば、はぁぁと大きなため息が聞えた後。


 「正直僕はミナミさんの意見に賛成かな。ホークとセイは特にダンジョンに興味を示してたから、どうなるかと思ったけど。すぐ決断してくれて、僕としては安心かな」


 「俺も、それで良いよ。どうせ初回はそんなに進めないって分かってたし、旨い食料も前の層で使い切っちゃったしね。今度はもう少し計画的に行こうよ」


 なんて言葉を残しながら、二人はベシベシと俺の肩を叩いて来るのであった。

 いや、もうなんか申し訳ねぇ。

 初回でたった二階層までしか潜れなかったってのと、何も魔道具見つからなかったし。

 更に言えば、俺が一階層で金稼ぎに走ったのも撤退の理由の一部なのだろう。

 あぁもう、マジで何やってんの。


 「えぇと、その……ホーク様、でよろしいんですよね?」


 お嬢様の方の女の子が再び俺の正面に回り込み、小首を傾げながらそんな言葉を掛けて来る。

 あら可愛い、と言える顔立ちであるのは確かだが……君はもうちょっと色々勉強してからダンジョンに潜ろうよ。

 思わずため息を溢しながら、今度こそ兜取り去って改めて顔を合わせた。


 「どーも、ホークって言います、駆け出しウォーカーです。あと“様”は止めて下さい」


 と何度言っても、ミナミだけは止めてくれないが。

 もはや嫌がらせのレベルだ。


 「初めまして、ホーク様……じゃなかった、ホークさん。私は“レイン”、回復術師です。それで、ちょっと不愛想なあの子は“ロザ”。元々私の護衛を務めてくれていたのですが、色々あって少し前に二人してウォーカーになりました」


 色々ってなんだ。

 喋り方や態度を見る限り、やっぱり貴族だよねこの子。

 何してんの、マジで。

 ジトッとした眼差しを相手に向けていれば、彼女は。


 「あぁ~その、お家事情というか、何というか。無理矢理結婚させられそうになったので、家出して来たら、お金がぁ……と。だから、その」


 「なんでそこでウォーカーに行きつくんですかねぇお嬢様ぁぁ!?」


 そこだけは突っ込んでおきたかった。


 ――――


 結局二層の安全地帯までしかたどり着けなかったホーク様は、非常に不満気というか落胆した様子で。


 「無理言ってダンジョン来たのに……親父に何て言えば良いんだよ……」


 とかブツブツ呟いている、本当にもう。

 実りが少なかったとか、相手が馬鹿みたいに強かったとかの理由なら分かるが。

 ダンジョンを出た後の表情がご主人様達とそっくりで、思わず笑ってしまった。


 「ミナミ、笑うんじゃねぇよ。こんなんじゃ、ダンジョンなんぞ行くなってまた言われちまう……」


 「大丈夫ですよ、ホーク様。今回の状況は私がキッチリと報告いたしますから。一層のぼったくりも含めて」


 「そ、それは勘弁して頂けないでしょうか?」


 もはや疲れ切った表情を浮かべている彼と共に、皆でダンジョンの外へと踏み出してみれば。

 おや、まだ随分と日が高い。

 ダンジョンはこういう感覚も狂ってしまうので、やはりあまり好きにはなれないな。


 「それじゃ南、私は“向こう”に戻りますので」


 「えぇ、お疲れ様でした初美様。ですが休まなくて大丈夫ですか?」


 「どうせサボっていますから、活を入れてからじゃないと怖くて眠れないんですよ……」


 「本当に、お疲れさまです」


 仄暗い笑みを残しながら、影に消える初美様を見送った。

 この人、本当に苦労人だ……。

 元々きっちりした性格も災いしている気がするけど、ウチの国の姫様……自由人だからなぁ。

 お陰で初美様も、私同様未だ結婚もままならず……というのは禁句なので黙っておくが。

 なんて、思わず呆れた笑みを溢していれば。


 「すまない、少々訪ねたいのだが……彼らは、何者だ?」


 帰り道の護衛も兼ねて送って来たお嬢さん方二名。

 その内の黒い方。

 護衛だと言っていたその人が、コソッと小声で訪ねて来た。


 「戦闘に参加していなかった貴女方二名、間違いなく強者だ。だというのに、一切彼等に手を貸さなかった。護衛か、もしくは教育係なのだろう? だとすると彼らは、相当高い身分の存在? 装備を見るに、そこらの下級貴族という事もなさそうだ」


 おやおや、これはまた。

 護衛の方は、随分と目利きが効く様で。

 ホーク様が指摘した様に、多分彼女の専門は対人戦なのだろう。

 しかも武器からするに遠距離を得意としている。

 貴族の護衛という事は公言しているが、はてさて前職は何だったのか。

 間違いなく、主人の近くに居てご機嫌を取る様な仕事では無かったのは確かだろう。

 なんて事を考えながら、クスッと微笑み浮かべ。


 「私はホーク様のお父様の奴隷です。だからこうして近くにはおりますが、皆様“ただのウォーカー”ですよ」


 「……流石に教えてはくれないか」


 「事実ですから。皆様、ただのウォーカーです」


 彼女の問いに、私は笑顔を返すのであった。

 だって、ねぇ?

 経緯を語ろうと思えば面倒だし、実際私達はウォーカーな訳だから。

 勇者でも、物語の主人公でもない。

 悪食は皆、ただのウォーカーなのだ。

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