第230話 第二層
「はぁぁ……やっぱカレーは良いわ。何にでも合う」
「わっかるぅ……スープカレーってのがまた。保存食料のパンもバグバグ喰えるよね」
「二人共、周りの状況をしっかりと見ようねぇ? 僕らが現実逃避してると大惨事のままだよー?」
じんわりと口の中に広がるカレーの味を噛みしめつつ、硬いパンをもっきゅもっきゅと噛みしめた。
やっぱり、良い噛み応え。
普通なら柔らかいパン程評価が高いというか、こういうパンは評価が低いのが当たり前なのだが。
硬いパンってのも、喰い方によってはかなり良い。
噛むっていうより齧るイメージに近い。
そんでもってスープカレーで柔らかくして喰うのもまた。
俺は結構好きなんだけどなぁ。
なんて、イースが言う通り今は現実逃避している状況ではない訳で。
「ミナミ? ハツミさーん? あの、そろそろ良いのではないかと思いまーす……」
両者共無手の状態で、はぁ……とため息を洩らしている。
周りには、彼女達によって叩きのめされたウォーカーが数名。
イカン、コレは非常に不味い。
やりすぎというか、大惨事というか。
大怪我をさせる程に叩きのめした訳では無いらしく、皆地に伏せながら悔しそうに歯を食いしばっている。
「コレが、“安全地帯”と呼ばれる場所です。食事を作っても御風呂に入っても人が寄って来る。まったく、魔獣が出ないというだけでどこが安全なのだか」
「いや、普通は最後のが一番重要な所なんですけどね? でもまぁ確かに……相手が新人だからと言って、たかって来る大馬鹿者はまだまだ居るみたいですが。奪う前提で声を掛けて来るとか、盗賊と変わりませんからね」
そんな訳で、二人が揃って周囲の人たちを見下ろしていれば。
「う、旨そうな匂いをこれだけ充満させておいて……こりゃねぇぜ……」
「な、なぁ坊ちゃん達? 金は払うからよ、俺等にも分けちゃくんねぇかい……」
一番近くで倒れ伏していた二人から、そんな御言葉を頂いてしまった。
いや、え? 金払ってくれるなら、別に良いけど。
「駄目ですよ、ホーク様。今は敵わないと理解したからこそ、こんな事を言って来ますが。元々は奪うつもりで接近してきた連中ですから。ダンジョンとは、法の目が最も届きにくい場所です。だからこそ、犯罪行為は平然と起きる。更に言えば、我々の食料だって無限ではありません。この場に居る全員に配れる程量がある訳ではないのですから」
「販売ならまだしも、無償で与えるのはあり得ないからね。そんな事をすれば次からも毎度たかって来るよ」
普通に分け与えそうになった俺に対し、ピシャリと叱って来るミナミとハツミさん。
確かにこの場に居る全員に食事を配っていたら、バッグの中はすぐさま空っぽになってしまうだろう。
が、しかし。
考え方を変えれば……コレ、稼ぎ所じゃねぇ?
だって俺達はウォーカーで、金を稼ぐ為にこの地に訪れているのだから。
本音を言えば各々目的もあるし、金稼ぎだけが目標じゃない。
でも金が稼げれば道具は買えるし、次のダンジョンアタックの軍資金になるのだ。
という事は、つまり。
「カレー、追加作るぞ。お前等、予想以上に食材使っちまうだろうけど、明日から少しの間保存食で我慢だ」
言い放ってみれば前方の二人は驚き、隣の二人は溜息を溢した。
「ま、今回は三層までって言われてるしね。俺は別にそれで良いよー?」
「念には念をって事で色々持って来たけど、確かにこの食料持って動くとなると邪魔だよね。うん、僕も賛成。稼ごうか」
という訳ですぐさま追加の鍋を準備して飯を作り始める。
カレーだカレー、カレー祭りじゃ。
余れば俺らが食えば良いし、マジで食材空っぽの状況に陥らなければとりあえず問題ない。
「はいはい皆さんお立合い! これから俺達はこのカレーを販売するぜ!? 携帯保存食のパンも美味しく食べられる様にスープカレーだ! けち臭い事は言わねぇ、皿を持っている奴にはたっぷり、持ってねぇ奴はこっちの皿を貸してやるよ! 並べ並べぇ!」
叫んでみれば、地に伏していた皆様も元気よく立ち上がり綺麗な一列が出来上がった。
だが、しかし。
俺達はサラさんから商売の何たるかを教えてもらっているのだ。
という訳で。
「だがしかし! こんな場所に足を運ぶ料理人も卸し業者も居ねぇ、つまり割高だ! 一杯半銀貨一枚! 嫌なら大人しく干し肉を齧りな!」
叫んでみれば、脱落者がチラホラ。
流石に気合いの入った金額過ぎたのだろう、新人と思われるウォーカーから順に脱落している様に見える。
飯島ではこういう取り組みもされている様だが、ウチの国ではまだまだこの手の商売は進んでいない。
というか第一層の安全地帯で停滞する事など考えていないので、企画が進んでいてもココには店を出さないだろうが。
それを良い事に、俺達はぼったくり価格でカレーを販売し始めるのであった。
結果、意外や意外。
わりと売れる。
「ぬはははっ! ぼろ儲けだぜ!」
飛ぶ様に売れるカレーを配りながら、満面の笑みを浮かべていれば。
「ホーク様、こういう取引は国に関わる面々が居ない所でやるべきかと……税金の事もありますので、キッチリやって下さいね?」
「うっ!」
「販売ならまだしも、とは言ったけど。ホーク……一応王子と言える立場の貴方が、まさか脱税なんてしないよね? しかも、姫様の護衛である私の目の前で」
「ぐはぁっ!?」
お二人からとんでもない御言葉を頂いて、今更ながら用紙を取り出し販売数をチェックし始める。
項目は……いいや、ダンジョンカレー売り上げで。
要は売ったよって記録と、その金が手元に残っていれば良い訳だし。
というか、デカい商売でもしない限りこういうのは結構ザルというか。
俺らの様なウォーカーであれば、国の目が届かない取引なんて割とあるのだろうが。
今回は、連れて来た人が悪かった。
しかもぼったくり料金となれば、余計に。
「ひ、ひー! ミナミ台帳手伝って!」
「はいはい……考え無しに行動を起こすからこうなるんですよ。それから、派手にやり過ぎて目を付けられない様にして下さいね?」
ため息を溢しながら会計係をやってくれる南に、料理を手伝ってくれるハツミさん。
そんでもってカレーを作り続ける俺達。
悪評までいってしまうと不味いが、これくらい売れるならこういう商売も有りなんじゃないかと思えてしまう程に、売れる。
つまり、俺達の財布はどんどんと膨らみ。
「すっご……次のダンジョンアタックはもっと備品揃えられそうだね……」
セイが唖然としながらカレー鍋を掻きまわし。
「あのさ、今更だけどコレ。バレたら母さん達からお説教貰うヤツじゃないかな? 特に僕の所とホークの所から」
ひたすら肉と野菜を刻み続けているイースからも不安そうな声を頂いてしまった。
で、でもホラ! ウォーカーってこういうもんだから! 多分!
そんな言い訳をしながら、俺達は安全地帯に居るウォーカーにカレーを配り続けるのであった。
――――
翌日、二層に足を踏み入れた。
色々あってバッグは軽くなったし、疲れはあるものの懐は温かくなったのだ。
ならば今日も今日とて稼ぐしかあるまい。
なんて、思っていたのだが。
「あんまり、変わらない? 魔獣もそこまで強くなった気がしないんだけど、僕の気のせい?」
イースの言う通り、あまり階層に変わりがある様に感じないのだ。
確かに雰囲気というか、洞窟の形は違えど。
なんというか、そこまで変わらない。
出て来る魔獣も変わらなければ、少し数が増えた程度。
つまり何が言いたいかというと。
「わりと、普通? 僕達でも結構何とかなるし」
「余裕、とまでは言わないけど。森の方がキツかったね。あと解体の手間が無いのも楽、魔石しか出ないけど」
セイがそんな声を洩らしながら相手にナイフを滑り込ませる。
こちらも慣れて来たのか、容赦なく飛びこみ刃物を振るっていた。
今の所いつものビビり癖も出ていないみたいだし、非常に順調。
イースの方もいつもより動き回り、結構な威力で相手を吹っ飛ばしていく。
解体の事を考えなくて良いって事で綺麗に倒す必要は無く、粉砕するかの勢いでブッ叩いている。
何というか……ダンジョン攻略、思ったよりも順調。
そして戦う事しかしない場所の為か、人の本性が露わになっている気がする。
俺は普段と変わりない感じに攻防していると思うのだが……二人がヤバイ。
魔石しか残らないなら、気にする必要ないもんね。
ここぞとばかりに、暴れているパーティメンバー。
というかセイ、後先考えず“殺す”だけなら本当にお前容赦ないな。
いつもはビビりながら行動していた筈なのに、俺が囮役を買って出た瞬間に立派な暗殺者だよ。
デカめのナイフを掲げているお前の姿が怖ぇよ。
「今の所問題ないみたいですね。しかし皆様気を抜かない様に、ダンジョンでは何があるか分かりませんから」
俺達が若干調子に乗り始めている事に気が付いたのか、ミナミから御叱りの声を頂いてしまった。
でも、うーん。
まだ階層が浅いからなんだろうが、結構余裕。
というかミナミが普段とは違って近い位置に居てくれる上、ハツミさんも一緒なのだ。
はっきり言って安心感が違う、そんな訳で。
「三層の階段見つけ次第降りるか。あ、でも宝箱とか捜した方が良いんかな?」
「ホー君、今回は時間優先で行かない? ほら、食料問題もあるし」
「俺もイースに賛成。浅い層はとにかく人が多いから、見つけても殆ど空っぽだって聞いた事ある」
二人からも同意を頂き、俺達はさっさと三層に降りるべく階段を探し始めた。
周囲を警戒しながら進んでみるが、やはり森に居る魔獣と比べても真っすぐ襲って来る上に、木々に隠れたりする事もないので対処しやすい。
今の所危なげなく魔獣退治を繰り返し、魔石だけは有難く頂戴していた訳だが。
「お嬢様! お下がり下さい!」
「此方は大丈夫です! 私を気にせず戦ってください!」
なんか、通路の奥からピンチっぽい声が聞えて来た。
二階層で? 嘘でしょ?
とか何とか思いながら、チラッと覗き込んでみれば。
そこには二人の女性が魔獣と戦闘を繰り広げている。
片方は何というか……何でダンジョンに居るの? というくらいお嬢様風の平服に、所々ボロイ革鎧を上から着ましたって感じ。
なんだろう? 何かの事情で急いでダンジョンに潜ったのか、それとも術師とかなのかな?
そんでもってもう一人は前衛として戦っている訳だが、背負っているのはデカいクロスボウ。
しかし周囲には細かい相手が多く、今はナイフで戦っている状態。
戦い方はとしてはかなり慣れている感じはするのだが……多分役割が違うのだろう。
小さい相手の集団に翻弄されている上、後ろに居る女の子を守りながらというのが一番の足枷になっているみたいだ。
一人で暴れ回ればすぐに片付きそうな雰囲気なのに、後ろの子を大事にし過ぎて踏み込めない御様子。
これはまた、物凄くバランスが悪そうなパーティだな。
「どうする? ホー君」
「助けに行った方が良さそうだけど……ダンジョン内だしねぇ、横取りとか言われたら嫌だなぁ。しかも前衛のお姉さん怖そうだし……」
ここに来ていつものビビり癖が出たのか、セイはそんな事を言いながら眉を顰めているが。
確かに二人の言う通り、助けに入った方が良さそうな雰囲気であるのは間違いない。
このまま続けば、多分ミスが出る。
「うし、手を貸そう。最悪喧嘩になるかもしれねぇけど、その場合はあの場の魔石全部渡しちまって良いだろ? みんな小物だし」
「「意義なーし」」
という事で、腰を落として槍に魔力を纏わせる。
細かい魔法はあんまり得意ではないが、俺の適性に合っているモノと身体強化だけは徹底的に覚えたのだ。
とは言え、悪食の魔女様に言わせると“魔力ぶっぱ”という程度の扱いしか出来ていないらしいが。
「雷系、周囲に広げるから一気によろしく」
「相変わらず使い方雑だなぁ……ホークは」
「僕も苦手だから、あんまり人の事言えないけど。相手を巻き込まない様にね?」
「言いたい放題だなお前等……まぁ良いか。んじゃま、行くぞ!」
二人からそんな言葉を頂いてから、思い切り手に持った槍を投げ放った。
コレと言って何かを狙った訳ではなく、大体の位置の地面に突き刺さればそれで良い。
そんな適当な思考の下投げられた槍は、眼前の二人の横を通り過ぎ地面に突き刺さる。
何にも当たらなかったので、本来なら大外れも良い所なんだけども。
「どーん、ってな?」
地面に突き刺さった槍が青い光を放ったかと思えば、周囲にバリバリと派手な電流が走る。
小物相手には、やっぱりコレが一番早い。
どいつもこいつも感電して、ピクピクしながら動きを止めてくれるのだから。
魔力量が多い訳では無いので、そこまで連発は出来ないが。
「いけっ! 二人共! イースはお姉さん方をガード! セイは端から片付けろ! 正面は俺が出て囮になっから、なるべく早めに頼むぞ!」
「「了解っ!」」
三人揃って飛び出し、予備の槍を正面に構えた。
先程の電撃を喰らわなかった相手は、すぐさま此方に飛び掛かって来るが。
「親父の槍と比べりゃ、止まって見えるぜお前等」
その場で槍を振り回して、迫って来た小物達を叩き落した。
俺の槍は普通の物とは違って刃が長い。
所謂“剣槍”という奴で、突く事以外にも特化している形状。
そんな物をブンブンと振り回して、注目を集める為に派手に動き回る。
「うっしゃぁぁ! 速攻で片付けるぞ!」
デカい声を上げてみれば獣達は此方を睨み、先程の二人からは訝し気な視線を向けられてしまったが。
まぁ勝手に手を貸す形を取ったのだ、不審に思われても仕方ないだろう。
とはいえ相手は待ってくれない訳で、お話合いは全てが終わった後で良いだろう。
という事で、ダンジョン二階層でも暴れ回るのであった。
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