第229話 初ダンジョン


 「ふぉぉぉ……コレが、ダンジョン」


 「すげぇよ、ウォーカーでいっぱいだよ」


 「何か、ずっと目標にしてきたのに呆気なく来ちゃったねぇ」


 イースだけは呆れたような溜息を溢すが、俺とセイは興奮に震えていた。

 一見山に空いたトンネルの入り口みたいに見えるが、そこには門番の様に立つ兵士の姿と列を成すウォーカー達。

 更に周りも賑わっており、そこら中に露店が所狭しに並んでいる。

 食べ物系が多いが、道具屋なんかも数が多い。

 ダンジョンには必須! みたいな看板を見れば思わず買ってしまいそうになるが、 ここら辺はサラさんに感謝。

 俺達の大荷物には、ポーションの類から予備の武器、更には地図までしっかりと揃っているのだから。

 元より注意されていた事だが、値札を見てみれば街で売っている物に比べてかなり割り増し料金だと分かる。

 でも、必要なら買うしかない。

 なんともまぁ上手い商売だ。

 そんな事を思いながら露店から視線を外し、再びダンジョンの入り口を睨んでみれば。


 「皆様良いですか? 絶対に無理はしない、少しでも厳しいと思ったらその時点で撤退を考える。帰り道もあるのですから、限界まで突き進んで帰りの体力も道具も無いという事態だけは避けて下さいね? そもそも皆様はマジックバッグが無いからこそ、常に大荷物を背負った状態で――」


 やけに入念に注意を促して来るミナミ。

 やはりダンジョンには良い思い出がないらしく、いつも以上にガミガミと言って来る。

 まぁでも、ついに念願のダンジョンに踏み込めるのだ。

 だからこそ、これくらいのお小言はなんて事ないぜ!

 と、言えれば良かったのだが。


 「ホーク、しっかりと聞いておきなさい。いざという時、指示を出すのは君だからね? 絶対に気を抜かない、森とは違った意味でダンジョンは怖い所だよ? 常に最悪の事態を想定して動きなさい。周りに笑われようが、弱虫と言われようが、生き残った人だけが結果を残せるんだよ?」


 今回ミナミが用意した助っ人、それが。


 「今日はよろしくお願いします……ハツミさん」


 「「お、お願いします!」」


 俺達に稽古をつけてくれる人達の中で、一番厳しい上に対人戦のプロと言っても良い彼女。

 模擬戦をした中で誰が一番強かったかと聞かれれば、三人揃ってこの人の名前を上げるだろう。

 だって三人がかりで攻めたとて、微塵も勝てる想像が出来ないのだ。

 此方は武器を持ち、向こうは無手だとしても全く歯が立たない。

 それくらいに人と戦う事に慣れている存在。

 ダンジョンでは、たまにウォーカー同士でトラブルになる事もあるらしい。

 だからこその人選なのかもしれないが、俺等にとっては常に背後から鬼教官が睨んでいる様な心境になってくるというもの。

 普段は忙しい筈なのに、何で今回は……とか思ってしまうが。

 多分お袋が許可を出したのだろう。

 つまり俺達は、国のトップを普段から守っている凄腕を連れて初のダンジョンアタックをかます事になるのだ。

 何というか……これ、普通のウォーカーからしたらズルも良い所だよね。


 「い、良いのかなぁ……」


 「ハツミさんが居れば安心なのは確かだけど、やっぱズルいよね……」


 「この歳になって保護者同伴っていうのも、既にアレだけどねぇ……あ、ホー君。次みたいだよ? 身分証よろしく」


 三人揃ってため息を溢しながら、俺達のギルドカードと入場許可証を門番に差し出した。

 ソレらを確認した兵士の人が、少しだけ鋭い視線を此方に向けてから。


 「君達が悪食の……だが、無茶はしないように。まだ新人なんだろう?」


 「は、はい! 三階層以上は潜るなってギルドでも言われました!」


 思わず背筋を伸ばしながら返事をしてみれば、相手はニカッと微笑みを溢しながらバシッと背中を叩いて来た。


 「それなら、良しとしよう。いいか? 行けそうだと思った時ほど注意しろ? そう言う時ほど、見落としがあるもんだ。よしっ、行ってこいルーキー達。ちゃんと帰って来るんだぞ?」


 「「「はいっ!」」」


 三人揃って元気な声を上げてから、ダンジョン中へと走り込んだ。

 ここから始まるんだ、待ち望んだ冒険が。

 広い洞窟みたいだし、明かりもある。

 そこら中に他のウォーカーが歩いている為、今の所不安になる要素は微塵もないが。

 それでも、胸は高鳴るというモノで。


 「いくぞ二人共! 初ダンジョンだ!」


 「「おぉー!」」


 掛け声と共に、俺達は奥へ奥へと走って行くのであった。

 ちなみに、周りのウォーカーからは何故か微笑ましい視線を向けられてしまったが。


 ――――


 「大鼠っ! 数は……えぇと、兎に角多い! セイ!」


 「りょ、了解! 赤ハーブ使って集めるね!」


 ワタワタしながらセイが小瓶を投げつければ、赤い粉末が通路の一角に立ち込め魔獣が集まって来る。

 よし、行ける。

 大鼠は一匹が猫くらいデカいがあまり強くない、でも数が多い。

 だからこそ、一か所に集めて術師に処理してもらうのが一番なのだが。

 生憎と俺のパーティに魔法専門の奴は居ないので、無理矢理行こう。


 「イース! 全力全開!」


 「りょうっかい! 行くよ! “インパクト”ォォ!」


 魔力を纏った彼が拳を振り抜けば、集まっていた鼠をまとめて押しつぶす程の威力と範囲。

 しかも床まで抉る程となると、傍から見ても恐ろしい。


 「ホーク! 他も集まって来た!」


 セイの焦った言葉に周囲を確認してみれば、確かにジリジリと寄って来ている。

 ハリネズミみたいな奴と、イタチみたいな魔獣が数匹ずつ。


 「問題ない! どれも小物だ、落ち着いて対処しろ! 正面が俺、セイが各個撃破! イースは魔石を……って、それは後で良いか。俺と一緒に注目を集めるぞ!」


 「「了解!」」


 今の所、問題無し。

 というか、森の深い所まで行った時よりむしろ余裕がある。

 この程度の小物なら、浅い場所で腐る程相手したのだから。


 「うっしゃぁ! 狩り尽くしてやるぜぇ!」


 そんな台詞を叫びながら槍を振り回してみた結果、大荷物を持っていると言うのにあっさり戦闘終了。

 が、しかし。


 「やっぱ、この光景だけは慣れねぇなぁ……」


 「俺も、思わず解体しなきゃって死体に駆け寄っちゃう」


 「まぁこの手の類は美味しくないから、普段から食べないけどね。でも毛皮とか勿体ないなぁ……」


 まるで地面に飲み込まれる様にして消えていく獣達。

 そして、残されているのは魔石が一つ。

 コレがダンジョンの常識であり、この場所自体が生きている証拠。

 俺達だって、もしも死亡した場合は先程の獣達の様に飲み込まれるのだ。

 ゾッとする光景を目にして、改めて気を引き締めてみれば。


 「皆動きが良いね、見違えたよ。でも、まだまだ荒い所もあるから、警戒だけは怠らない事」


 微笑みを溢すハツミさんが、逐一俺達に声を掛けてくれる。

 今だけ見てれば、優しいお姉さんって感じはあるんだけど……というか、悪食に関わる人達見た目が若すぎねぇ?

 魔獣肉の影響かも、みたいな話を支部長が言っていた事もあったが。

 だってこの見た目で三十後半……とか思った瞬間、ゾッと背筋が冷えた気がした。


 「何かな? ホーク」


 「な、なんでもないです……」


 何はともあれ、一層は順調に攻略。

 階段を降り“安全地帯”に到着してみれば、そこには多くのウォーカー達が休んでいた。

 俺等同様、若かったり駆け出しの雰囲気を纏っている奴らが多いみたいだが。


 「ホー君、どうする? まだ一層だし、無視して先に行っても良いけど」


 イースがそんな言葉を投げかけて来て、思わずウームと唸ってしまった。

 確かに体力には余裕があるし、そこまで疲れているという感じはしない。

 でも、皆から言われた事を改めて思い出し。


 「いや、一旦休憩にしよう。俺等はまだまだ駆け出しで、ココは初めての連続だ。だからもしかしたら、自分で思ってる以上に疲れてるかもしれない。一度飯にして、その後身体の調子を見てから二層に降りよう」


 「お? 今日は随分と慎重だねホーク。でも、俺も賛成。何か興奮が今でも続いてる気がして、体調が良くわかんない。このまま進むのは怖いかなって」


 セイからも同意を頂き、俺等は空いているスペースを陣取った。

 いざ腰を落ち着けデカい荷物から色々と準備してみれば、先程までは感じなかった空腹感が襲って来る。

 やっぱり、自分でも分からないくらいに興奮しているのだろう。

 体調管理が疎かになっているのは反省だが、こればかりは仕方ないとも言える。

 なんたって、ココは俺達が夢にまで見たダンジョンなのだから。


 「何にする? あまり日持ちしない物は持ってこなかったから、大したものは作れないだろうけど」


 「川が無いから水も消耗品なのが辛いよねぇ……あ、でも安全地帯には水辺っぽい何かがあるのか。でもやっぱり術師は一人欲しい」


 二人からそんな御言葉を頂きながら、持って来た食料各種を睨む。

 ホント、どうしようか。

 初日くらいは旨い物を、なんて思って色々持参した訳だが。

 出し惜しめば今後食えなくなったり、荷物を落す可能性も考えるとやはり使ってしまうべきだろう。

 最優先で残すべきは、長期探索に必要な保存が効く食料たち。

 簡単に喰えて、あまり旨く無いけど腹には溜まる。

 コレだけはまだ手を付けちゃ駄目だ、食べるなら傷みやすい物から。

 とは言え主食が無いのは悲しいので、パンの類は使っても良いと思うけど。


 「いよしっ、カレーにしようぜ」


 という訳で、飯島から輸入されたカレールーを手に取った。

 コレもまたかなり長持ちする調味料ではあるが、単品で使う訳じゃないし。

 節約ばかりを考えて味気ない飯を喰うくらいなら、多少は豪快に使いながら腹を満たした方が元気も出るってもんだ。

 何と言っても、思っていた以上に一つの階層が結構広いのだ。

 まだ一層を越えただけだというのに、予想していた倍以上時間が過ぎている気がする。

 日の光が無いので、正確には分からないが。


 「んじゃイースは傷みやすそうなモノから揚げ物、セイは汁物の準備。手が空いた方からサラダの準備な? なるべく手早く作るけど、多分こっちの方が時間掛かるからゆっくりで良いぞ」


 「「あいあーい」」


 イースが背負っていた一番デカイバッグから鍋を取り外し、安全地帯を流れる川? で水を汲む。

 そのまま飲んでも平気って話らしいが、念の為消毒ハーブを放り込み。


 「ほんと、サラさんには頭が上がらないよな」


 小さめではあるが、頂いた魔導コンロに鍋を乗っけた。

 コレがあるだけで火を熾す手間が省ける。

 というかダンジョンの中では薪が無い、考えれば当たり前なんだけど完全に失念していた。

 そんな俺達に彼女がプレゼントしてくれたのだ。

 流石は大商人、こんな物までお祝いにくれるとは思わなかった。

 しかも、二つも。

 俺が使っている方とは別に、イースが揚げ物鍋に使っている。

 そんでもってセイの方はと言えば。


 「あんまり合わないかもしれないけど、冷や汁で良いよね? 最後にさっぱりする感じで。野菜もどんどん使っちゃおう」


 今日は本当にまとまりのない食事になりそうだ。

 俺がカレーで傷みそうな野菜をまとめて使い、イースが肉類を揚げていく。

 コレで米があれば最高だったんだが、生憎と魔導コンロは二つしかない。

 つまり、今日は保存が効くパンの類と一緒にカレーを食う感じになる。

 味はアレだが噛み応えがあると言うか、ガブガブ喰う感じが俺は嫌いでは無かった。

 そしてセイが食後のさっぱりスープを作ってくれているので、ダンジョンの中では相当上等な飯と言える筈だ。

 最初から何をやっているんだ思われるかもしれないが、最初こそ気合いを入れる為に旨い物を食っておかないと。


 「お手伝いしますね」


 「安全地帯内だからね、こちらも手を貸しましょう。本来は、私達監視役は別で食事を摂るべきなんでしょうけど」


 そんな事を言いながらミナミとハツミさんも加わった。

 自分達も食べるからなのかは分からないが、ミナミがマジックバックから色々と調味料とか食べ物各種を出してくれた。

 この光景を見るとやっぱマジックバッグは欲しい、欲を言えば時間停止付与が付いたヤツが欲しい。

 とはいえソレはとても貴重なモノなので、入手はほとんど諦めているが。


 「今日だけは魔導コンロの追加を出してくれたりとか、米炊いてくれたりとか……」


 「「そこまでは駄目です」」


 「あ、はい。そっすよね」


 多分この二人の事だから、少量カレーとスープを貰うだけで主食さえ自分達で用意するのだろう。

 付いて来たのがノインとかノアなら……多分「皆には内緒だよ?」なんて言いながら何かしら貸してくれたり、旨い物分けてくれたりする可能性があるが。

 教官として付いて来た場合の親父達は論外、エルなんかはそんな話を持ち掛けた瞬間に説教の一つでもして来そうだ。

 という事で、本日はカレーと保存食料のパン。

 最後に冷や汁を飲んで終わりって感じかな?

 なんて事を思いながら調理を進めて行けば、やけに周りのウォーカーがジリジリと近付いて来て居る気がする。

 えっと、なんだろう?


 「覚えておいて下さいね、皆様。安全地帯は、安全ではありません」


 「昔よりずっとマシな筈なんですけどね、困ったモノです」


 ソレだけ言って、二人が武器を手にし始めたではないか。

 何を、していらっしゃるのでしょうか?

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