第228話 目指す先


 「あっはっは! 何か昔を思い出すねぇ」


 「笑いごとじゃねぇっすよ……まさか急に猪に襲われるとか」


 本日は受付業務であるらしいイースのお母さん、アイリさんに声を掛けてみれば。

 彼女からは盛大に笑われてしまった。

 初回の仕事で王猪と遭遇し追い回された挙句、闇狼に囲まれてミナミに助けてもらった。

 非常に情けない報告をしながら、猪の素材をギルドへと提出した訳だが。

 何か、笑いの壺に入ってしまったらしい。

 腹を抱えてヒーヒー言いつつも、俺達が提出した素材を裏方に回した彼女は。


 「昨日は御馳走様、美味しかったよ? でもちょっと傷が多かったかなぁ? もうちょっと綺麗に狩れる様になると、買い取り金額も跳ね上がるから」


 「初めての獲物だから、慌てちゃって……すんません」


 「いえいえ、今後も期待してるよ?」


 クスクスと笑いながらカウンターに戻ったアイリさんは、何やら書類に目を向けながら此方に何枚か差し出して来る。

 視線を向けてみれば、いくつかの依頼書。


 「今日はどうする? 素材の買い取り金額を渡すのはもう少し先になるかなぁ。魔石分くらいならすぐ渡せるけど、お金貰って祝勝会でもする? それとも狩りに行く?」


 えらく軽い様子で言葉を紡ぐアイリさんに、思わずため息が零れそうになるが。

 俺以上に、落ち着かない雰囲気の奴が一人。


 「か、母さん。まさか他のウォーカーにもその態度じゃないよね? 流石に不味いっていうか、支部長からまた怒られるよ? それにホラ、関係者だからってあまり態度を変えてると、後々に響くから」


 「なはは、ごめんごめん。イース達が早速大物を仕留めて来たのが嬉しくってね? でも本当にどうするアンタ達。ガツガツ狩りに出るなら、向かう先によって合いそうな依頼を見繕ってあげるけど」


 母親組で一番気安いというか、楽観的な雰囲気を放っているこの人。

 だからこそ絡みやすい、我儘を言いやすい感じで甘えてしまっているのは確かだ。

 戦闘訓練中は鬼か何かに見えるけど。


 「あ、あのっ! 俺達、ダンジョンに行きたいんです……」


 「おやおやコレはまた、私としてはビックリする発言だね」


 非常に軽いが、本当に驚いているのだろう。

 いつも以上に目を見開いた状態で、俺達の顔をまじまじと見つめて来た。


 「親父達でさえ行きたがらない危険な場所だって事は分かってます。でも、ウォーカーって言ったらダンジョンじゃないですか! それに、未知の物品を手に入れるチャンスがある。だったら――」


 「はいはい~ダンジョンね? 皆のステータスを見る限り、三から四層が限界かな? それ以降は進まない事、良い? 行けそうだと思っても、ちゃんと引き返してくる事」


 「俺達も早くマジックバッグとか色々欲しくてぇぇ!? あれ!? 良いんですか!?」


 あまりにも軽く許可されてしまったので、思わずカウンターから身を乗り出す勢いで確認してしまったが。

 相手は非常に呆れた様子で書類に判子を押していた。


 「色々勘違いしてるみたいだから教えておくね? ウォーカーと言えばダンジョン、これは間違ってません。あの場は効率的に魔石を確保出来る上に、一攫千金に成り得るお宝もある。ちゃんと休める安全地帯もあれば、無理だと思えば引き返す事も出来る場所。ウォーカーの多くは、ダンジョンに潜る為にこの仕事に就いていると言っても過言ではない。って訳よ」


 「あ、ありゃぁ?」


 何やら良く分からない雰囲気になって来て、思わず三人揃って首を傾げて見せれば。


 「君達のお父さんね、滅茶苦茶運が悪いの。何度ダンジョンに潜ろうが、なぁぁぁぁんにも手に入らない上、妙に敵は多いしボスは強敵。だから彼等にとってダンジョンはハズレ、魔石とコア以外に旨味の無い場所って認識なの」


 いや、え? どゆこと?

 親父達にダンジョンの事を聞くと、皆顔を顰めるのだ。

 兜を被っていても分かるくらいに、全力拒否するのだ。

 だからこそ、ダンジョンってのは非常に怖い場所なのだと思っていのだが。


 「普通の感覚で言えば、初日からアタックしても良いんじゃない? ちゃんと戻って来られれば、って感じ。それくらい浅い層の魔獣や魔物は弱いし、いざって時には周りに他の人も居る。むしろダンジョンの特殊性を説明するってのと、無茶して突き進む馬鹿が居るから、ギルドとしては最初からお勧めしないだけであって。元から戦闘経験のある君達なら、練習の場としては最適だと思うよ?」


 おかしい、おかしいって絶対。

 ウォーカーとして名を上げて、それからビシッとダンジョンに向かうモノなのかと想像していたが。

 どうやら俺らの様な新人でも平気で足を踏みこめる場所らしい。

 つまり、何? 親父達が、単純にダンジョン嫌いだったっていうだけ?

 だからあんな場所行くな、みたいに言われて来た訳? 俺達。

 だとしたら、もうね。


 「いきなり森の奥へ突っ込んで猪狩って来た俺達はいったい何だったのか!」


 「その労力を別の所に使いたかった! 俺等の目的、ダンジョン! 魔道具! 決して周囲に怯えながらの狩り暮らしじゃない!」


 「母さん……そういうの、先に教えてよ」


 イースだけはちょっと恥ずかしそうに言葉を残す訳だが。

 俺達としてはマジでふざけんなと言いたい。

 確かに良い経験になった、しかし違うのだ。

 目的が違えば、努力する工程さえ変わって来ると思うんだ。

 そんな訳で、俺とセイがミナミに視線を向けてみれば。


 「あぁ、ダンジョンはクソですよ? なぁにも出ませんし、ボスはあり得ないのを用意してきますから。本当に魔石くらいしか旨味がありません。解体の手間が無いってのも利点かもしれませんが、逆に言えば食べられるお肉が手に入りません。バッグもお金を溜めて他所で買った方が早いくらいです」


 クスクスと笑うミナミだったが、まるで感情の無い瞳をしておられた。

 笑っているのに、気持ちがまるで乗っていないのだ。

 なんか顔に影が落ちてるし、多分そう言う事なのだろう。

 彼女もまた、ダンジョンドロップ最底辺。

 で、でも俺等なら! なんて思ってしまうのは、博打にハマる駄目な思考なのかもしれないが。


 「ミナミ! 俺達ダンジョンに行きたい!」


 「止めた方が良いと思いますよ? あんなの賭けです。一部の大当たりを引いた人間に、皆目が眩んでいるだけです」


 「でも行きたい! 金が欲しいとかじゃないんだ! いや、うん、金は欲しいけど。でも俺達の場合はそう言うのじゃなくて、ダンジョン自体に興味があるんだ!」


 「でも、なぁんにも出ませんよ? コアを拾って来られれば結構なお金になりますが、それ以外だと……正直私は賛同しかねます」


 どうしても首を縦に振らないミナミに対して、俺達はグヌヌと唇を嚙みしめていた所。

 ヒョイっと一枚の書類が渡された。

 カウンターの向こうから、えらく緩い感じで。


 「まぁ状況を見てからでも良いんじゃない? ミナミちゃんはずっと皆に着いてから、“アレ”かも知れないけど。結構ダンジョンドロップって、懐的な意味では美味しいのよ? 深層に行くぜって言う無茶しない限りは、ギルドとしては普通に許可出せちゃうんですけど?」


 「本気で言ってますか? アイリさん。あの、ダンジョンですよ? 在りもしないお宝に胸を躍らせ、時に想像も出来ない化け物を引き当てる場所ですよ? しかも、私達にとっては余計に。なんたって、ダンジョンと言えば“探究者”――」


 「ミーナーミーちゃん? それは国家機密、私達が簡単に口に出して良い単語じゃないの。今アイツの事を皆が恐れて、ウォーカー達が全員ダンジョンアタックを止めたらどうなると思う? そこら中でスタンピードだからね? その逆もまた然り、ってね。探さす馬鹿が出てもこっちとしては困るの」


 何やら不穏な空気になり始めたミナミに対し、アイリさんがチョップをかましている。

 だいぶ優しく攻撃したのか、ミナミは無事の様だが。

 もしくはミナミの頭蓋骨が人一倍頑丈なのか、それは俺にも分からない。


 「わかり……ました。ただし、私以外にも人を付けます」


 「相変わらず、過保護です事」


 「それくらいに危険な場所ですから、ダンジョンは」


 何やら二人の間で決着が付いたらしく、俺達にはダンジョンに潜る許可証が渡された。

 つまり、今日からでも俺らが渇望する場所に足を踏みこめるって事だ。

 ヤッター! なんて拳を振り上げてみれば。


 「今日は駄目です、明日……いえ、もっと先になるかもしれませんが。もう少しお待ちくださいませ。誰かと都合を合わせます」


 ミナミから、今までにない程鋭い眼差しを向けられてしまうのであった。

 ホント……ダンジョンで何を経験してきたのやら。

 とりあえずそんな訳で、彼女が動きやすい様に数日は街の中で過ごす事になった俺達。

 暇だし、料理の勉強でもするかぁ……。


 ――――


 「すみませーん! 麻婆豆腐おかわりお願いしまーす、激辛大盛りでー」


 店員さんにヒラヒラと手を振って注文してみれば、数分と経たずに目の前には真っ赤な麻婆が登場した。

 待っていましたとばかりに三人揃ってレンゲを突っ込み、ご飯の上に乗っけてガッと掻っ込んでみれば。


 「うひー! 辛ぇぇ!」


 「これだけ辛くても、すんごい旨味があるんだから凄いよね。ホー君、コレどうにか真似できない?」


 「流石にプロの料理はホークでも無理でしょ、でもどういう作り方してるのかは俺も聞いてみたい」


 それぞれ声を洩らしながらバクバクと麻婆を減らしていれば。

 クスクスと笑う声と共に、俺達のテーブルにドリンクが置かれた。

 ありゃ? そっちは頼んだ記憶が無いのだが。

 なんて事を思いながら顔を上げてみれば。


 「相変わらず美味しそうに食べてくれますね、皆さん」


 「サラさん! お邪魔してます! めっちゃうめぇっす!」


 グリムガルド商会が経営するこの飲食店。

 この店の代表が彼女、サラ・グリムガルド。

 若くしてデカい店の代表ってのも凄いが、ココも悪食と頻繁に取引している昔からの顔馴染み。

 度々お邪魔しては、プロの味って奴を味あわせて貰っている訳だ。


 「早いモノですね、もう皆さんがウォーカーになってしまうとは。はいコレ、サービスドリンクです。お祝いにケーキでも、と思ったんですけど……辛い物を食べた後では別の物の方が良いですよね。何か食べたいモノはありますか?」


 優し気な笑みを溢しながら、彼女は俺等にドリンクを配ってくれた。

 というか、アレ?

 俺等登録して数日しか経ってないんだけど……もう知ってるのか。


 「流石はグリムガルド商会の重役、情報が早いっすね」


 「えっへん、それはもう。と言いたい所ですが、先日勇者様と聖女様がいらっしゃった時に、ね?」


 なるほど、そう言う事なら納得。

 というかあの二人の話となると、俺等は情けない所を見せてしまっているので……変な事言われてないと良いなぁ。


 「それで? 今日はお休みなの?」


 「あぁ~それが、色々あってミナミから遠征禁止を言い渡されまして……」


 という訳で、サラさんに今の状況を説明した結果。

 彼女は非常に難しい顔をしながら、う~んと唸り始めてしまった。

 なんというか、俺等の知り合いはダンジョンと聞くとやはり良い反応を示さない。

 誰もが皆、親父達の様に運が悪かったという訳ではないだろうに。


 「やっぱりサラさんもダンジョンには反対派?」


 「あ、いえ。普通なら別に反対する様な話ではありません。ただ……その、あの人達の血を引いているとなると。大丈夫かなぁって思っちゃって」


 親父達、本当どれだけ運悪かったの。

 会う人皆が皆心配してくるんだけど。

 この状況では俺等も不安になって来るが、アイリさんが言うにはダンジョン自体は無茶しなければ、って感じみたいだし……大丈夫だよな?


 「皆さんはまだマジックバッグ持っていませんでしたよね? だったらこの後商会の方に寄って貰えませんか? 今のお祝いの品は、どうやらそっちの方が良さそうですから。私から色々プレゼントさせてください」


 「いや、何か凄く申し訳ないというか。祝ってもらえるのは嬉しいんですけど、良いのかなぁって……」


 あはは、と困った笑みを浮かべてみれば。

 彼女は非常に真剣な様子のまま、ズイッと此方に顔を近づけて来た。


 「ホークさん、このパーティのリーダーは貴方ですよね?」


 「えぇっと……書類上というか、登録の時には俺が名前書きましたね……」


 「だったら、もっと情報収集をしっかりとするべきです」


 先程までの優しい雰囲気とは打って変わり、彼女は鋭い眼差しを俺に向けて来る。


 「良いですか? 食事が終わったら絶対に商会に寄って下さいね? 携帯食料やその他諸々、ウチで準備します。ダンジョンではコレまでの常識は通用しないと思ってください」


 「う、うっす」


 何か凄い脅し文句を言われている気がするけど、本当に大丈夫だろうか?

 やっぱり俺達、まだダンジョンには潜らない方が良い?

 商人の娘である彼女でさえ、ココまで警戒を促して来るのだ。

 やはり何かあると思った方が良いのだろう。

 なんて、思っていたのだが。


 「ダンジョンでは、今までの様に狩猟によって食料を得る事が出来ません。特別な装備がない以上、大量の水や食料。そしてヒーラーが居ない場合、緊急時はポーションなどの治療が行える物も必要になります。一番怖いのは誰かが死ぬ事ではなく、怪我をした仲間を庇い本来の実力が出せず、その結果全滅に陥る事だと覚えておいて下さい。戦場では死人よりも怪我人の方が厄介な事もあるんですからね?」


 「りょ、了解です……」


 という事で俺達は激辛麻婆を平らげた後、サラさんによって他の店へと連行されていくのであった。

 ダンジョンって言葉を出すと、皆揃って怖い感じになるんですけど……。

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