第227話 半人前
「ふぅん……やっぱりちゃんと訓練を受けただけあって、なかなか出来る。私達の時とは大違い」
遠方で弓を構えながら、そんな声を洩らしてみれば。
視線の先に居る南がニコッと微笑みを溢して、此方にブイサインを送って来る。
あらら、やっぱり気付かれていたか。
此方はズーム機能付きのゴーグルを付けて向こうを監視しているというのに、多分南は“音”だけで此方の場所を把握して見せた。
これはもう、私が出張る必要などない気がする。
初戦って事で三馬鹿から頼まれたが、南が居れば何とかなるでしょコレ。
思わずため息を溢しながら彼等の監視を続けていれば。
「どうですか? 三人の様子は」
背後から、急に声を掛けられてしまった。
全然気が付かなかった。
普通にびっくりするから止めて欲しいんだけど、特に気配を殺しながらというのは。
「三人共、無事。ちょっとヤバかったけど、南が居るから、問題無し。初回だけは見守る、でも次回は必要無いかなって。あと“中さん”、次それやったら怒るからね」
「ちょっとした悪戯のつもりだったんですが……すみません。サプライズのつもりでも、あまり奥さんを驚かせるものではありませんね」
振り返ってみれば、参ったとばかりに両手を上げる中さんが。
最近では内勤ばかりだというのに、こちらも昔同様の完全装備で現地まで赴いた様だ。
なんかちょっと懐かしい気持ちにはなってしまうが。
「うちの子は?」
「いつも通り、孤児院の皆と一緒に遊んでいる事でしょう。心配いりませんよ、シスター達も付いています」
「ん、そう」
それだけ言って視線を三馬鹿の子供達に戻し、再び監視を続けてみれば。
「ところで、最近娘から言われるんですよ。皆はお母さんを何で“白”って呼ぶの? 名前に白って無いよね? って」
「あだ名って事で、ココは一つ」
「相変わらず、自由ですねぇ……」
中さんからヤレヤレと呆れたため息を頂いてから、私は再び弓を構えた。
もう単独行動にも随分と慣れたし、今はおかしな称号を保有しているから私は結構ゆったり野営出来るが。
あの子達は違うのだ、だからこそ気は抜けない。
森というのは、弱肉強食の世界では。
気を抜いた一瞬を狙って全てを奪おうと襲ってくるのだから。
「あと、二~三日はかかるかも。本人達次第だけど」
「了解です、リーダー達にもそう伝えておきますね。では、私はコレで」
「ん、よろしゅう」
という訳で、背後から彼の気配が無くなって行く。
向こうも向こうで、仕事中には変な絡み方をして来るつもりはないのだろう。
中さんが元々仕事人間ってのもあるが、私も仕事を始めると兎に角目の前の事に集中する癖がある。
だからこそ、邪魔をしない様にすぐに帰って行ったのだろう。
夫婦としてはちょっと淡白だったかな? とか思ってしまったが、それは今度の休日にでも構ってあげれば良いとしよう。
むしろ構って貰うのは私の方かもしれないが。
まぁ、今は良いか。
今一度呼吸を整えて監視を続けてみれば、どうやら皆解体に苦戦している様だ。
わかるわかる、私も最初駄目だったし。
それに大猪の毛皮は固いので、なかなか大変なのだ。
そんな感想を残しながら、いざという時にはいつでも矢が放てる様に気を引き締めるのであった。
――――
「す、すっげぇ時間掛かった……」
フラフラしながら街へと足を進めてみれば、入国門の前には長蛇の列。
うへぇ……アレを待たなきゃいけないのか。
思わずため息を溢しながら、大人しく列の最後尾に並んだ俺達。
アレから、三日経った。
俺達が仕留めた狼は二匹、残りはミナミが狩った獲物だ。
だからこそ、後一匹を探して森を練り歩いた訳だが……これがまた、なかなか見つからない。
そんな訳で大荷物を背負いながら森を移動していたが、こんな事をしていれば狩った獲物が傷んでしまう。
皆と相談した結果、ミナミに頭を下げて“時間停止”の付与が付いたマジックバッグに王猪だけ預かってもらい、その後も探索を続けた俺達。
なんとか、本当に何とか闇狼を発見し討伐したのが今日の出来事。
まだ日は高いが、もはやフラフラだ。
体力なんか残ってないし、最後の方なんて食材も切れて携帯食料まで齧っていた程。
今までだって獣狩りは経験したし、野営だって何度もやって来た。
でも大物と戦った後だったり、周囲に害意ある獣が大量に蔓延っている状況だと、ろくに休めないのだ。
物凄く疲れているのに眠れなかったり、しっかり警戒しないといけない状況なのに眠くなってしまったりとか。
本当にもう、ダメダメだった。
自らの未熟さを実感し、やっとの思いで街に帰って来てみれば。
入国の順番待ちでも眠ってしまいそうな程の疲労感に襲われるくらい。
俺等、本当にまだまだだ……もっと強くならねぇと、ウォーカーになれねぇや……。
ボケェっとしながらそんな事を考えて、三人揃ってフラフラと頭を揺らしていれば。
「オイ、そこの三人! こっちに来い!」
鋭い声が上がり、思わずビクッと姿勢を正した。
そこには。
「え? あれ? “勇者様”?」
ウチの国の、ある意味名物と言って良いかも知れない存在。
勇者の称号を持つ門番。
本当かどうかは知らないが、皆からはそう呼ばれている。
彼が険しい顔を浮かべながら、こちらに歩み寄って来るじゃないか。
え? え? 俺等なんかやった? ただ入国待ちしてただけなんだけど。
アワアワと視線を左右に揺らしていれば、その間にも彼は俺達の元へとたどり着き。
「ちょっと来てもらおうか? 話が聞きたい。それから……おい、そっちの二名。お前達もだ」
「これはこれは、私が何か問題を起こしたでしょうか?」
片方はミナミだった様だが、もう片方は頭からすっぽりとフードを被っている誰か。
確認する間もなく勇者様にグイグイと引っ張られて列を追い越し、入国門脇の取り調べ室入口へと連れ込まれてしまった。
ま、不味いってぇ……こんな所、普通案内されないって!
ダラダラと汗を流しながら、嫌でも目が覚める状況に戸惑っていれば。
「お疲れ様、初仕事だったんだろ? 頑張ったな、とは言ってもギリギリまで頑張り過ぎだ。今にも倒れそうじゃないか……望! 三人がやっと帰って来たぞ! 頼む!」
取調室へと連れ込まれたと同時に、というか人目が無くなったと同時に。
勇者様はニコッと微笑みを溢してから大声を上げ、まさかとは思ったが今度は我が国の“聖女様”が顔を出した。
ものすげぇ若い見た目の、竜の角と尻尾が生えた有名人。
此方も門番の勇者と共に、ウチの国の名物というか……語り継がれる内容となっている。
今では絵本だって出ているくらいだ。
『竜の聖女と義手の勇者』とか『聖女を守る勇者の門番』とか。
はたまた、『魔女と聖女が守る国』なんて絵本も見た事がある。
最後のはセイのお母さんの事なので、本人が顔を真っ赤にしながら本を隠そうとしていたという経緯までがセットだ。
「皆お疲れ様。初仕事はどうだったかな? 疲れて帰って来ているのに、あの列を待つはもっと疲れちゃうもんね」
そんな事を言って、聖女様は俺達に回復魔法を掛けながら飲み物を渡してくれた。
あぁ、マジで聖女。
ニコニコ笑顔に心が癒され、彼女の魔法は心身共に治してくれるかのよう。
なんて、心からの感謝を送っていれば。
『まだまだ軟弱だな、数日森に出た程度でこの体たらく。もう少し鍛えろ、チビっ子達。アイツ等は数ヶ月船で狩りを続けても、こんな情けない姿は見せなかったぞ?』
「カナ、もう少し優しく。この子達は初陣だったんだからね?」
コレである。
ウチの国の聖女、竜の聖女と言われるだけあって……種族は竜人。
その為と言って良いのか、たまに人格が分かれるらしい。
意外と勇者様も聖女様も悪食と関りがあるのか、昔から顔馴染みではあるのだが。
「とにかくもう大丈夫か? お疲れ様、皆。でもホームに帰ったらゆっくりするんだぞ? 無理は禁物だ、良いな?」
なんて事を言いながら、勇者様が俺達の頭を一人ずつ撫でていく。
左腕は義手だからって事で、右手で一人ずつ。
「えっと、あの。もしかして……気を遣って入国を早くしてくれました?」
そうとしか考えられない。
だってこんな所に連れ込まれているというのに、何にも取り調べされないし。
おまけに聖女様から回復魔法まで掛けてもらってるし。
「あのままだと倒れそうだったからな。でも、今回だけだ。ウォーカーは帰るまでが仕事だからな、今度からはちゃんと体力残しておくんだぞ? 分かったか?」
ニッと笑う勇者様からバシッと背中を叩かれ、俺達は何事も無く国内側の出口へと向かわされてしまった。
いいのかなコレ、荷物さえ確認されてない。
確かに悪い事とかしてないし、変なモノとか持ち込もうとしている訳ではないけど。
「い、良いんですか? 勇者様。その、お仕事的に」
「だから今回だけだって言っただろ? さっさとギルドに行って報告して来い、そんで早くホームに帰れ。休むのも仕事の内だぞ?」
そんな訳で、サクッと入国させてもらった。
うわぁお……親父達、マジで顔が広い。
まさか勇者様にさえ、こんな扱いをされるとは思わなかった。
俺等からしたら憧れの人というか、雲の上の人って感じだったのに。
「えぇと、とりあえずギルド行くか」
「だぁね、報告して納品して……それから、えっと? あれ、ミナミさんどこだろう? 僕達と一緒に取り調べ室呼ばれてたよね?」
「ミナミさん以外にももう一人呼ばれてたけど、俺等が部屋に入る前に消えてたよ。ていうか……久しぶりに聖女様見た。やっぱり美人な上に若いよねぇ……あの人とウチのお母さんが書かれてる絵本があると考えると、結構恥ずかしいけど」
各々声を洩らしながら、テクテクと歩きはじめる。
聖女様の魔法によって、随分体は楽になったのだが。
やはり精神的な疲労は消えないもので、またちょっと眠気が襲って来る。
「もう、サクッと済ませて帰ろう。ミナミが居ないから、猪の報告は後日で良いか……預けっぱなしだし」
「討伐した事だけは、口頭でも伝えておいた方が良いんじゃない? 僕等の言葉だけじゃ信じてもらえるか怪しいけど……」
「今は証拠もないし、どっちでも良い気がするぅ……俺もう帰りたいよ……」
もはや完全に頭が回らない状態で、フラフラしながら俺達はギルドへと足を向けるのであった。
――――
その日、俺達は帰ってからすぐに爆睡した。
わりと早い段階で帰って来たから、日を跨ぐ様な事は無かったが。
「おう、来たぞホーク」
中庭に現れたのは、三人の両親。
それから、後二名。
「私までご相伴に預かって良いんですかねぇ……」
「ミナミはずっと兄さん達の相手をしているのですから、これくらいは良いのです。むしろ駄目だと我儘を言うのなら、私が兄さんを蹴っ飛ばします」
俺の妹、“エフィ”。
茶髪だったり、色が混じっている俺等とは違い。
黒目黒髪の、正真正銘“黒いお姫様”。
俺も色々と勉強させられたりはしているが、恐らく王の位を継ぐのは妹なのだろう。
容易に想像できる程、エフィは頭が良い。
だから親父もお袋も、俺には“そういう意味”では期待していない。
なんて思える環境だったら、勉強もすっぽかせたのだが。
残念ながらそこら辺は分け隔てなく期待してもらっている御様子で、おサボりすると雷が落ちる。
「兄さん! あまり勿体付ける物ではありませんわ! 早く、早く!」
妹は年頃になっても俺に親しく接してくれるし、親父もお袋も俺達を見る時の目は変わらないのだ。
娘という事もあって、親父は度々妹を甘やかす事もあるが。
どちらかを“選ぶ”様な視線を向けられた事は無い。
それが何だか恥ずかしくて、反抗期なんてモノも経験してきた訳だが。
もう成人したし、仕事に就いたのだ。
反発してばかりなのは、今日で終わり。
「えっと……俺等はウォーカーになった。だから、その。ちょっと時間は経っちゃったけど、皆に俺等が狩った初めての獲物を食って貰いたいなって」
それだけ言えば、ミナミはクスッと微笑み溢しながらマジックバッグから王猪を取り出した。
血抜きはしたし、解体も済んでいる。
だからこそ、もう料理すれば食える状態。
の、はず。
「初めての獲物は、その夜にでもバカ騒ぎしながら喰うってのが俺等の感覚だったが。良いのか? お前達」
「う、うん。俺等なりの感謝の気持ちって言うかさ……ホラ、貴族でも最初の給料で親に何か買ってやるとかあるだろ? 俺等の場合、すぐに金が入って来ないし……だから、こっちの方が早いかなって。今日は俺等が狩って来た獲物で、腹いっぱいになってくれよ」
親父の言葉に、グッと拳を握りながら答えてみれば。
周りからは笑みが零れ、兜を被った親父達は静かに頷いてくれた。
だったら、やる事は一つだ。
「いよぉし! お前等、この猪使って端から作るぞ! 今日だけで食いつくしてやる!」
「「うおぉぉぉ!」」
という事で解体したデカい肉を切り分け、他の調味料も端から並べていく。
殺したら喰う、喰う為に殺す。
でもどうせ喰うなら、旨いと思える食い方をする。
それが悪食での常識なのだ。
別にプロって程の味が出せなくても良い、皆が旨いと言ってくれりゃそれで良い。
そんな、緩い感じで皆が皆料理するのだ。
だからこそ、俺達だって。
「ぜってぇ旨いって言わしてやらぁ!」
初めての仕事で初めて討伐した大物、王猪。
ソイツを皆に喰わせる為に、三人揃って忙しく調理を開始するのであった。
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