第224話 子と親
「おう、来たかキタヤマ」
「トール、ウチの息子が隠してた槍を出してくれ」
扉を開け放った瞬間、親父がそんな事言い始める。
うげぇ、やっべぇ……とか思いながら冷や汗を流していれば。
悪食ドワーフ組の面々が、俺が訓練に使っていた槍を工房の奥から引っ張り出して来たでは無いか。
不味い不味い不味い、使いっぱなしのまま、隠したのがバレた。
「ホーク、この槍が何か分かるな? 説明してみろ」
「えぇっと……その、あーうん。そのぉ」
モゴモゴと口を動かしながら、必死で視線を逸らした先に。
セイの母ちゃんが座っていた。
工房の隅っこで、ニコニコしながら此方に手を振っている。
周りの皆が妙に若い見た目をしていると散々言っているが、この人は異常だ。
ものすっげぇ若い上に、美人。
何でも“魔女”という種族らしく、歳を取らない存在らしい。
もう一度言うが、超美人。
「ホーク、大丈夫ですよ。リーダーもお説教する為にココへ呼んだ訳じゃありませんから。ドワーフ組を見て下さい、武器を雑に扱ったというのに皆怒っていないでしょう?」
そんな風に促され、皆の顔を見てみれば。
確かに、ドワーフ四人衆はとても良い笑顔を浮かべている。
では、何故俺はココに呼ばれた?
訓練に使った槍を隠す様な真似をしたから、盛大に説教されると思っていたのだが。
「ホーク、正直に言ってみろ。何でこの槍“だけ”隠した?」
今一度言葉を紡ぐ親父が此方に向き直って来るが、圧が凄いのよ。
セイとイースの親父さんもそうだが、皆かなりの頻度で兜を被っている。
風呂や寝る時、マジで家から出ない時。
もしくは母ちゃん組から外せと言われた時くらいしか取らないのだ。
だから余計に、普段から圧がとんでもない事になっている。
兜が無茶苦茶厳ついから余計に。
「そ、その……突いた時に何か変な感じがして、俺が壊しちゃったのかなって……それで」
「そういう時は、すぐに鍛冶師に相談しろ。すぐ近くに居るんだから」
「ごめん、なさい……」
大人しく頭を下げてみれば、隣に居たミナミが急に声を上げた。
「ご主人様、今兜は必要ありません。外して下さい」
「いや、しかしな……」
「自分の息子に格好良い姿だけを見せたいという気持ちは分かりますが、ホーク様にとってその兜は威圧になります。外して下さい。ついでに言えばニヤニヤしてるの、分かりますからね? 喜んでいるなら、本人にも直接わかる様に表現してあげるべきです」
は? え? 喜んでるって何?
ミナミの言葉に理解が追い付かず、思わず顔を上げてみれば。
「だぁくそっ、お前には何時まで経っても敵わねぇな」
そんな台詞と共に、親父は兜を取り去って見せた。
中から現れたのは、やけに嬉しそうに口元を吊り上げている親父。
怒っていない時の、柔らかい笑みを浮かべている。
怒るとマジで怖いけど。
「お前の言う違和感、大正解だ。良く感じ取れたな、偉いぞ。しかし鍛冶組にすぐ相談するべきだった、その理由を今から見せてやる」
ニッと口元を吊り上げながら、親父は俺がこっそり隠した槍を片手で掴み。
「全力で、派手に行けキタヤマ。その方が分かりやすいじゃろうからな」
「おうよ」
良く分からない会話をしながら、ドワーフ組が的となる丸太みたいな人形を用意し始めた。
滅茶苦茶デカいけど……アレを穿つつもりなんだろうか?
いくら親父が凄腕と分かっていても、アレは流石に無理なんじゃ……なんて思ってしまった俺の目の前で。
「シャァァァ!」
獣の様な声を上げた親父が、俺が使っていた槍を目標に真っすぐ突きつけた。
マジでド迫力。
槍って普通こんな風になる? とか思ってしまう程に、力強い一撃。
それは目標であった丸太の様な人形を易々と貫き、全体にビシッ! と凄い音を立ててヒビが入る程。
だが、次の瞬間。
バギンッ! と物凄い音を立てながら、槍が折れた。
親父の力に耐えきれなかったかの様子で、勢いに負けてしまったかの様に。
「す、すっげぇ……」
「ちげぇよホーク、コレはウチの鍛冶師が作った槍だ。なのに、一発で折れちまった。何でだと思う?」
いや、それは親父が化け物みたいな力してるからじゃ……とか言ったら多分怒られるので、うーんうーんと頭を悩ませてみた結果。
「俺が感じた違和感が原因、で合ってる?」
「その通りだ、良く出来たな。ウチのドワーフはプロ中のプロだ、しかしそんな奴等に作って貰っても、道具ってのは使っていれば悪くなる」
それだけ言って、折れた槍を俺に渡して来る親父。
掴み取ってみれば、どんな力で叩き込めばこの槍が折れるんだよ? と聞きたくなる程ずっしりとした重みが返って来る。
「もしも偶然その槍を見つけた奴が、その状態のまま武器庫に戻したらどうなる? 修理しないまま戦場に行ったらどうなる? 魔獣戦ってのは何が起こるかわかんねぇもんだ。いざって時に、そんな風にポッキリ逝っちまったら、ソイツは何で戦えば良い? 今回俺が褒めるのと同時に怒っている理由が、分かるか?」
親父の言葉に、思わずグッと唇を噛みしめた。
俺が槍の使い方が下手くそだから、コイツは壊れちまったんだと思って隠した。
でもソレが原因で仲間達が、悪食の誰かが犠牲になったとなれば。
俺は多分、一生後悔する事だろう。
「ごめんなさい」
「おう、分かれば良い。しかし今度から隠すなよ? ソレは命を預ける武器だ、コイツ等が作ってくれた“作品”だ。そこらの安物とは違う、よく覚えておけ」
それだけ言って、俺の頭に掌を置いてぐしゃぐしゃと撫でて来る訳だが。
「だーっはっは! 相変らず息子の前では格好つけようとするんじゃなキタヤマ。お前も何本砕いたか分かんねぇっつうのに」
「う、うるせぇな! 悪かったよ!」
急に爆笑し始めたドワーフ組の皆が、ゲラゲラと笑いながら親父を煽って行く。
俺にはとてもじゃないが真似できねぇ……とか思っていれば。
「ホーク、しっかりと覚えておく事じゃ。俺等は道具屋、壊れたなら直してやる事は出来る。しかし現地に付いて行って直してやれる訳じゃない、だからこそ向かう前に準備する。それも戦士の務めってもんじゃ。後な……道具なんてもんはいつか壊れるもんじゃ、壊してもビビらねぇでこっちに持ってこい」
「は、はいっ!」
ビシッと背筋を伸ばしながら返事をしてみれば、皆からは緩い笑い声が返って来る。
要は、俺が壊したかもって事を怒られた訳じゃない。
コイツを隠して、誰かが怪我する事を恐れた結果。
今俺は怒られていると言う訳だ。
確かに言われている通りだし、もしもその状況に陥ったら俺は立ち直れなかったかもしれない。
今回は親父が槍を見つけてくれたから良かったものの、槍を使わない面子が回収していた場合は間違いなく武器庫に戻されていた事だろう。
そう考えると、ゾッとする……では済まない事態に陥っていた可能性があるのだ。
「本当に、すみませんでした。今度からすぐ持ってきます」
「おう、何時でも来い。儂等はココ専門になっちまったからな、仕事がないと暇なんじゃ」
カラカラとドワーフ組は笑い、セイの母ちゃんはクスクスと笑みを溢している。
そして、親父はと言えば。
「俺からはこれだけだが……お前、また宿題サボったのか?」
「うぅっ!?」
「シルフィが、な。うん……まぁ何だ、頑張れ」
「親父! そこは弁解とかさ!? 一緒にどうにか場を収めてくれるとかさ!」
必死に黒鎧にしがみ付いてみるが、相手は気まずそうに視線を逸らすばかり。
さっきまでの滅茶苦茶強そうな槍使いは何処へ行った。
今では物凄く情けない表情を浮かべながら冷や汗を流しているんだが。
「俺もあんまり頭良く無かったし、宿題をサボる事も普通にあったからなぁ……」
「絶対俺は親父の血を色濃く引いたって! ホラ! 親父と一緒! だからどうにか上手い言い訳の伝授とか、説得の手伝いとか!」
ガックンガックンと黒鎧を揺すってみる訳だが、親父は微妙な表情を浮かべたままウームと唸っている。
だ、駄目だコレ。
全然役に立ちそうにねぇ。
などと、一人で絶望していれば。
「あら、此方にお邪魔していましたか。ホーク? 帰って来たのにお母さんの所に来てくれないのは、ちょっと悲しいなぁって思ってしまいます」
「お、お袋……」
ニコニコと笑顔を浮かべる母の手には、俺が放り出して狩りに向かった筈の紙束が握られていた。
コレは、とても不味い。
「親父……なぁ親父」
「ホーク、すまん。俺には無理だ」
「急に情けなくならないでぇぇ!?」
涙目で懇願してみるが、ウチのお袋が止まる筈も無く。
後ろからガシッと頭を掴んで来た。
「別に無理矢理跡を継げと言っている訳ではありませんよ? いざという時は、別の手段を取って投票によって王を決めますから。イージスの名を継ぐ王族は私の代で終わり、それも全然問題ありませんよ? ですが、未来の可能性を自ら捨てる必要はありませんよね? むしろ孤児院の皆はちゃんとこなしているお勉強ですから、しっかりと覚えましょうねぇ?」
「俺頭良くないんですぅぅ! ウォーカー! ウォーカーで生きるからどうか!」
「ウォーカーでも知識は必要ですよ? こう見えて、ウチの旦那は頭が良いですから。この問題集くらいは、簡単に解いてしまいます」
「え? 嘘」
「そりゃ基礎中の基礎ってくらいだろ……それくらいは出来る。が、もっと難しいのとかはちょっとな」
若干気まずそうに視線を逸らす親父だったが、マジか。
アンタ、割と学があったのか。
どう見ても二本槍で生き残って来た蛮族みたいな見た目をしているのに。
確かにこういう事で親父に相談した事は無い。
あったとしても、戦い方や武器の扱いに関してのみ。
だからこそ意外というか、裏切られたというか。
「さ、行きましょうかホーク。全て放り出した上に暴れて来て、随分とスッキリしたでしょう? お勉強のお時間です」
「あ、ぁ……」
「諦めろ、さもなきゃ孤児院の授業に参加するこった」
「ちくしょぉぉ!」
叫びも虚しく、俺はお袋に連行され部屋に戻されるのであった。
その際ミナミも付いて来てくれて、スパルタ授業にはならなかったが。
それでもやはり、勉強は苦手だ。
ペンを動かすばかりだと、どうしても眠くなってしまう。
集中力が足りないと何度も言われたけど、おかしい。
槍を使っている時は、結構長時間集中している気がするのに。
というか、あぁもう……腹減ったなぁ。
今頃皆飯食ってんのかなぁ……今日狩った鹿、外で食って来ればよかった。
そんな事を思いながら、俺は必死に机に向かうのであった。
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